
答え合わせ ―第三章ㅤ⠀指名―
マイク越しのコールと歓声が店内に広がるなか、コルクの弾ける音が響いた。
テーブルの中心で笑うみずきの隣で、俺はシャンパンの泡をぼんやり眺めていた。
コールの余韻が残るなか、みずきは上機嫌にグラスを傾けていた。
「叶翔くんも飲んで」
そう言って、みずきがグラスを傾けてくる。
「ありがとう」
笑顔を作り、グラスを重ね、俺はシャンパンを口に含んだ。
「珍しい」
みずきが満足そうに笑った。
「たまにはね」
「いつも付き合ってよ」
みずきが拗ねたようにグラスを傾けたが、機嫌は良さそうだった。
その後も、他愛のない話が続いた。
テーブルが落ち着いた頃、内勤が申し訳なさそうに席に入ってきた。
「みずき様、叶翔さんを少々お借りしてもよろしいですか?」
「……もう行くの?」
みずきは少し不満そうに眉を寄せた。
「叶翔くん居ないなら、もういい。今日は帰る」
「帰らないでしょ」
「……帰るもん」
みずきは唇を尖らせた。
「……わかった」
困ったように笑いながら、みずきの耳元で囁いた。
「また後でゆっくりしよ?」
みずきの表情が少しだけ和らいだ。
「……じゃあ、許す」
小さく笑ったみずきを見届けると、内勤へ視線を向けた。すぐに察した内勤が動き、みずきの会計が済むのを待って、共に入口へと向かった。
「気をつけて帰って」
そう声をかけると、
「また後でね」
みずきは俺に手を振りながら、店を出ていった。
扉が閉まるのを見届けた後、内勤が口を開いた。
「叶翔さん、すみませんでした。——玲奈様よりご指名が入っています。三名様でのご来店ですが、そのままお席行けますか?」
「大丈夫、気にしないで。そのまま案内して」
内勤に続き、席へ向かいながら、左手が無意識に首の横へ触れた。
テーブルに着くと、笑いながら手を振る女がいた。
「この前ぶり。玲奈です、覚えてます?」
「……一応」
「絶対、覚えてないでしょ~」
玲奈が笑いながら、隣の女へ手を向けた。
「この子、真緒だけど、覚えてますかぁ?」
「……また来てくれたんですね」
改めて真緒へ視線を向けた。
「絶対、真緒のことも覚えてないでしょ~」
玲奈が笑いながら口を挟んだ。
「真緒、叶翔くんと合う気がしたから勝手に指名しといたのに~」
玲奈がわざとらしくため息をつく。
「まあ、話してたら思い出すって。後はお二人に任せましょ」
由梨が苦笑しながら言った。
玲奈はまだ何か言いたそうだったが、それ以上は何も言わず、二人はそれぞれの担当ホストとの会話へ戻った。
短い沈黙が落ちた。
真緒へ視線を向けると、真緒と目が合った。
前回と同じ目だった。
値踏みでも、期待でもない。ただ静かに、こちらを見ていた。
「また連れて来られたんです」
そう言って、小さく息をついた。
「懲りないですね」
思わず言って、口元が緩んだ。
「懲りてるんですけどね」
真緒も小さく笑った。
そのまま会話は途切れ、短い沈黙が落ちた。
店内は騒がしいはずなのに、不思議と音が遠かった。どちらも、それを埋めようとはしなかった。
「……盛り上がってる?」
玲奈が少し不安そうにこちらを見た。
「まあね」
真緒がそう返す。
玲奈はどこか納得していない様子だったが、やがて担当ホストへ視線を戻した。
その後も、当たり障りもない会話が続いた。
やがて閉店の時間が訪れ、席を立つ空気が流れ始める。
帰り際、真緒が席を立ちかけた瞬間、名刺を差し出した。
「よかったら、連絡ください」
真緒は一瞬だけ名刺を見て、何も言わずに受け取った。
それを見ていた玲奈が、俺の袖を引き、耳元で囁いた。
「また連れてくるから、真緒のこと頼むね」
俺は何も言わず頷いた。
三人を見送った後、スマホを開いた。他の客からの通知が数件。全部、既読だけつけて閉じた。
営業も終わり、店全体での終礼の後、少しホスト仲間とゆっくりしてから、帰り支度をして、店を出た。
家の前で、スマホを開いた。
通知は数件。
その中に、見慣れない名前はまだなかった。
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