50歳で世界一周に出た理由。夢を叶えたその先。
20代のバックパッカー時代
「マチュピチュが一番良かった」
20代の頃、タイでバックパッカーをしていた私は、世界一周をしている旅人たちから何度もこの言葉を聞いた。

カオサンのゲストハウスに何ヶ月も泊まり、そこで出会った旅人たちとつるんでは、周辺の国を旅していた。
人生で一番楽しかった時間だったと言っても過言ではないかもしれない。

夜になると、ゲストハウスの1階に旅人たちが集まって、ビールを飲みながら、「何か国行った?」「どこの国が1番良かった?」なんて、お決まりの話をしていた。
そして、皆、口を揃えて「マチュピチュ」を絶賛する。

まだSNSが発達していない時代。
「ウユニ塩湖」は全然知られておらず、「イエローナイフのオーロラ」と並んで、皆が口にしたのがマチュピチュだった。
一体、どんな場所なのだろう。

いつか行ってみたい。
ペルーのマチュピチュは、いつしか私の中でも特別な存在になっていった。
しかし、日本の裏側にあるがゆえ、行くにはお金も時間も膨大にかかる。
バックパッカーをやめ、日本に帰って就職した私にとって、その「いつか」は、やって来なかった。
マチュピチュとは
標高約2,450mの尾根に位置し、麓からはその姿を見ることができない。16世紀、インカ帝国がスペイン軍によって滅ぼされた後も、ここは発見されることなく、ひっそりと放棄された。

1911年、アメリカの探検家ハイラム・ビンガムに発見されるまで、約400年間眠っていた「空中都市」。
なぜ、何のために、こんな場所に造られたのか。今も多くの謎が残されている。
23年後、ついにマチュピチュへ
2023年3月。
ついに私は、マチュピチュの麓であるアグアスカリエンテス(マチュピチュ村)に到着した。
この時、ペルーでは国内デモが激しく、陸路の国境も封鎖されていた。

日本でもニュースになっていて、コロナ禍がまだ完全には明けていないこともあり、世界的に有名な観光地なのに街は驚くほど閑散としていた。
ホテルも、ショップも、マッサージ店も暇そうだ。

何日も前から予約しないといけないと聞いていたクスコからのペルーレイルも、マチュピチュの入場券も、当日にあっさり購入できた。
今では考えられない状況だった。

マチュピチュへは、麓からハイラム・ビンガム・ロードという細いくねくね道をバスで登り、30分ほどで入口に到着した。

マチュピチュの入口に到着した。13時入場のチケットを見せて、いよいよ中へ。中は徒歩4時間コースと聞いている。
道がいくつかに分かれていたので、上へ上がるコースを選んだ。
そして――

だんだんと、景色が見えてきた。
突然、目の前に広がる。

これが、マチュピチュ。
後ろにはワイナピチュがそびえている。
言葉が出なかった。
27歳のときに旅人から聞いた、あの「マチュピチュ」が、今、目の前にある。

こんな険しい山の上に、どうやってこんな精巧な街を造ったんだろう。
そして、なぜ突然ここを捨てたんだろう。
素知らぬ顔で、野生のリャマが、何事もなかったかのように草を食べている。

23年前、タイの安宿で聞いた話。
「マチュピチュが一番良かった」
この言葉を聞いてから、ずっと頭にあった場所。
あの頃の、いろんな記憶が一気によみがえってきた。
自然と涙がこぼれた。
夢が叶った。
本当に、叶ってしまった。
人生のタイムリミット
2000年のタイ。
カオサンのゲストハウスに、何年も住んでいた日本人男性がいた。
ジミー金村さん。

「ジミーくんMap」を作ってタイのカオサンで配布したり、『外ごもりのすすめ』という本を書いていた人だ。
私は彼と、ときどき一緒に屋台へ行ったり、10バーツのラーメンを食べたりした。
ジミーくんMapを見ながら、初めてローカルバスや船に乗れた時は、地元の人に混じってドキドキしながらも、「自分も旅人になったんだ」という感覚に胸が躍った。
ジミーさんは何歳も歳上の人だったから、当時の私からすると、ずっと先を生きている人のように見えていた。
ところが、コロナ禍に彼が40代でがんで既に亡くなっていたことを知った。
衝撃だった。
自分より歳上だった人が、自分より若くしてもうこの世にいない。
いつまで生きられるか
そして、強く思った。
「いつかやりたい」
そう思っていることが、本当に「いつか」できるとは限らない。
人は、いつまで生きられるか分からない。
だから私は、50歳で会社を辞めた。

そして世界一周に出た。
自分に体力があって、自由に動ける時間は、永遠に続くわけじゃない。
この旅には、そんな思いが詰まっていた。
そして、ここで、長年の夢も旅の最終目的も、すべて叶えてしまった。
夢って、叶えてしまったら・・・
夢って、叶えてしまったら、次からはどうすればいいのだろう。
昔、タイで出会った旅人たちは、今どうしているんだろう。
あの頃、それぞれが語っていた夢を叶えられただろうか。

その日、夢を叶えた祝杯として入った豪華レストランで、そんなことをぼんやり考えながら、ウルバンバの谷を流れる川を、いつまでもずっと眺めていた。

私は20代の頃に思い描いていた人生とは、まったく違う人生を歩いている。こんな人生になるなんて、あの頃の私は想像もしていなかった。
でも――
私は50歳まで生きている。

そして今、ずっと憧れていたマチュピチュにいる。
それだけでも、十分ラッキーなのだ。
私が今生きている今日は、誰かが生きられなかった明日なのだから。
夢に終わりはあるのか
世界一周を終えてから、ちょうど2年が経った。
私は今、また会社を辞めて、世界一周に出ようとしている。
あの日、夢を叶えてしまって、マチュピチュを眺めながら途方に暮れていた私に伝えたい。

⋯
夢って、終わらないんだよ。
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