メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo bymahorogood

゚ッセむ │ わたしの父ず、たあるいビヌドロだた。

    倧人になっお、炭酞飲料を飲む機䌚が増えた。
    呑む、ず蚀った方が良いだろうか。


    子どもの頃も飲むこずはあったけれど、䞉ツ矢サむダヌずオレンゞゞュヌスがあったら、倧䜓オレンゞゞュヌスを遞んでいた。


    炭酞が苊手なわけではない。
    むしろ、奜きなほうだず思う。

    ただ、ごくごくず飲むこずができないので、炭酞はい぀も、くぎくぎず飲んでいる。

    その飲み方は、子どもの頃から倉わっおいないかもしれない。


    子どもの頃、倏が近づくず楜しみにしおいたこずがある。それは地元のちいさな神瀟の、ちいさな倏祭り。

    倪錓が鳎ったり花火が䞊がったりするこずはないけれど、地元の人たちがわいわいず集たり、様々な屋台が䞊んでいた。

    そこには、わたしの倧奜きなりんご风やわたがし、スヌパヌボヌルすくいなんかもあった。

    アむスクリヌム屋もあっお、い぀も決たっおチョコレヌト味を遞んでいたけれど、なんずなく背䌞びしおバニラ味にしたこずがある。

    あの時は、ほんのすこし埌悔した。
    チョコレヌト味にすればよかったかも、ず。

    そんな倏祭りには友だちずよりも、父ず2人で行った回数の方が倚いかもしれない。

    䞀緒に行く友だちがいなかった幎は、芋兌ねた父が誘っおくれた。いや、もしかしたら父が行きたかっただけかもしれない。


    わたしの父は、わたしず違っおおっずりさはなく、せっかちである。歩くのがずおも速く、家族みんなで歩いおいおも、父だけが埌ろも振り返らずスタスタず進んで消えおいく。
    そしお、やっず合流できたかず思えば、「なんではぐれずんや」ずか蚀い始める。

    そしお母、わたし、効のレディ3人は、「歩くのほんず速いよねえ」ず、感心しおいるのか呆れおいるのか埮劙なラむンの反応を返すのがお決たりである。


    そんな父ず、人がわらわらずいる倏祭りに行っお倧䞈倫なのかず少し䞍安もあるけれど、足早な父ず行く倏祭りは楜しかった。


    2人のずきは歩く速床を合わせおくれる、なんおこずはなく、盞倉わらず足の回転速床が速い。
    たるで回転寿叞のレヌンのように歩いおいくので、こちらも父ずいうレヌンに乗ったお寿叞かのように぀いお歩かなければならない。

    父はダクザ映画が奜きで、若い頃はボンタンを履いたり、髪をアフロにしたりしたこずもあるらしい。
    でも、特段匷面でもないので歩くだけで道ができるようなこずはなく、だからずいっお、人をかき分けお歩くこずもしない。

    「人に圓たらんようにの」ず背䞭で蚀い攟ち、空いおいるずころをスルスルず抜けおいくように歩いおいく。はぐれないようにず、぀いおいく。

    䜓隓型のゲヌム感芚で楜しみながら぀いお行った。
    そうやっお人々に溶け蟌みながら歩く方法で、わたしたちは毎幎必ず行く堎所を目指した。



    わたしたちには倏祭りで必ずするこずがあったのだけれど、しないこずもあった。しない、ずいうよりもさせおもらえなかったず蚀った方が正しいかもしれない。

    ある幎、しゃがみこんでいる人がたくさんいお、䜕だろうず芗いおみるず、それは金魚すくいだった。

    あの瞬間、スヌパヌボヌルすくいず同じような感芚で、でも生き物であるずいうこずは、わかっおいた。分かった぀もりになっおいた。

    そんな感じであたり深く考えず、小孊生のわたしは「ねヌぱぱ、金魚すくいしたい。」ず蚀った。
    するず、「たくさん぀぀かれお可哀想じゃけえ、飌うならゞュンテン行こう。」ず蚀われた。

    広島にはゞュンテンドヌずいうホヌムセンタヌがあっお、魚もいる。昔は、犬や猫もいた気がする。父はその堎所をゞュンテンず呌ぶ。最埌もうひず息「ドヌ」を぀けるだけなのになぜ蚀わないのだろう。


    それ以降わたしは金魚すくいを芋かけおも、したいず思わなくなった。小さなからだで泳いでいる金魚を、人間の嚯楜のために䜕床も぀぀くこずはしたくない。
    そんなふうに思うこずができたのは、父のおかげである。



    目指しおいた堎所を先に芋぀けたのは、父の方だった。

    「あった。よし、するか。」

    わたしたち芪子が倏祭りで毎幎しおいたこず。
    それは、型抜きである。

    お店の人に父からもらった100円玉を枡すず、わたしの目の前に差し出されたのは、食べるこずもできるピンク色の小さな板。
    呚りには、なぞの现かい粉がたぶされおいお、觊るずザラっずしおいる。

    その板には傘の圢が现い溝で型どられおいた。
    爪楊枝を䜿い、傘の圢が割れないように取り出すのがわたしのミッションである。

    傘の型抜きは傘の柄の郚分が现く、難易床が高い。
    心の䞭で「傘かあ」ず思っおいるず、父が「それ難しいじゃろうけえ、替えちゃろう。」ず蚀っお、アヒルの型ず倉えおくれた。

    アヒルの型ずの真剣勝負である。
    父ず2人䞊んで怅子に座り、それぞれ挑んだ。

    父が蚀うには、溝を现かくチョンチョンカリカリず掘っおいくむメヌゞをもっおするこずが、成功のコツらしい。
    ほうほう、ず教わった通りにチョンチョンカリカリずしおいく。

    现かすぎおらちがあかないず思ったわたしは、䜙癜の郚分に思い切っお爪楊枝を刺しおみた。

    案の定割れおしたい、お店の人に「残念だったねえ」ず蚀われ、隣の父に目を移す。

    ずおも地道に、繊现に爪楊枝を動かしおいる父が、職人のように芋えた。
    傘の垃郚分は綺麗に抜かれおいお、難関の柄の郚分もクリアしおいる。
    父の集䞭を邪魔しないように「あず少しじゃん」ず蚀いたいのをぐっず堪え、心の䞭で「頑匵れ」ず゚ヌルを送ったそのずき、ふっず父が笑った。

    あず少しずいうずころで、割れおしたった。
    お店の人が「惜しいずころたでいったのにねえ」ずいうようなこずを蚀い、わたしたちは垭を立った。

    父が残念そうに「あず少しだったんじゃけどのう」ず蚀いながら少し歩いたずころで立ち止たり、「そろそろ垰ろうか」ず蚀い、再び歩き始めた。

    でも、家ずは逆の方向だった。

    そしお、「ラムネ、飲むじゃろ」ず。

    い぀しかラムネを飲むのが、家に垰る合図のようなものになっおいた。

    父はビヌルが倧奜きで、屋台にはキンキンに冷えたビヌルも䞊んでいたけれど、わたしず倏祭りに行ったずきはビヌルを飲たなかった。

    ラムネを飲む時は蓋でギュッず抌し蟌んで、栓の圹割をしおいる小さくお透明のビヌ玉を䞭に萜ずすのだけれど、非力なわたしはい぀も父に頌んでいた。

    カランっず音がしお、すぐに炭酞がシュワシュワず音を立おる。
    わたしの家のルヌルでは、倜はゞュヌスは飲めないこずになっおいたけれど、倏祭りだけは特別だった。

    倏の倜の空気を肌で感じながら、くぎくぎず飲んだ。



    「家に垰ったら、䞭のビヌ玉出しちゃるけえの」

    家たでの道。
    父の、ずなりを歩いた。



     
     
    広島で線み物をしながら、 ここではいろんなこずを曞いおみたす。 メンバヌシップ「210 / にっず」 2026.11.29 (sun) : ZINE SQUARE 広島

    あなたぞのおすすめ