
恋に落ちたのは、「鯛の目ん玉」だった
私は30代で、人生最大のモテ期を経験したことがある。
あの時は、友達からの紹介が重なり、毎週のように誰かとデートをしていた。
告白されてはお断りし、「まぁまぁかな」と思う人には、少し思わせぶりな態度をとっておく。
どうやら、男にモテると、性格が悪くなるようだ。
私には、追われる恋より、追いかける恋でちょうどよい。
そんな大忙しのある日、一本の電話がかかってきた。
「ちゃぼはちに、紹介したい人おるねん」
大学時代の親友からだった。
正直、嬉しいというよりは「またか…」という気持ちの方が大きかった。
他にも紹介の予定は入っていたし、キープしている人たちとのやり取りもある。「少し面倒くさいな~」と思ってしまった。
それでも親友の頼みだ。
なんとか予定を空けて、大晦日に会うことにした。
それが、今の夫である。
第一印象は、「べつに」
強く惹かれるわけでもなく、かといってそこまで嫌でもない。
それから、なんとなくメールのやり取りが続き、2回目のデートに誘われた。
面倒くさいな~と思いながらも、会ってみると「ちょっとだけ、面白いかも」と、ほんの少しだけ興味がわいた。
そして、3回目のデート。
海沿いの魚料理のお店で食事をすることになった。
私は海鮮丼、彼は鯛のあら煮を注文した。
「魚をとても綺麗に食べる人だな~」と、心が動いた。
だけど、ひとつだけ残っているものがあった。
それが
鯛の目ん玉だった。
ぽつんと残されたそれをじっと見ていると、彼と目が合った。
「どうされましたか?」
そう聞かれて、思わず
「あの…。目ん玉って、食べないんですか?」
一瞬、沈黙があった。
そして、
「これって、残すものじゃないんですか?」と、言われた。
「なんか、目ん玉の周りって、コラーゲンがたっぷりで、栄養ありそうな気がしますけどね〜」と、返してみた。
すると
「じゃぁ、ちゃぼはちさんが、食べますか?」
「えっ!」
「わたし?」
一瞬、迷った。
いいな~と思い始めている人の目の前で、鯛の目ん玉を食べる女ってどうなんだろうか。
でも、なんだか関西人として、変なスイッチが入ってきた。
ここで、「いえいえ、そんな~私には食べれませんよ」って、上品ぶってお断りするのも、どうなんだろうか。
あの時私は、彼に関西人として「試されている」ような気がした。
これは、「目ん玉」を食べるのが正解や!と判断し、
「いただきます」
そう言って、目ん玉を口に入れた。
トロトロ。コリコリっとした食感。
美味しそうに食べる私を見て、彼は静かにこう言った。
「もう片方の目ん玉は、どうされますか?」
「なんやねん。この人、結構グイグイくるな~」と思いながらも、
「もちろん、いただきますよ」
と、もう一つも、食べてみた。
そして、
最後に彼が、ぽつりと一言。
「ぼく、目ん玉を食べる女性を、初めて見ました」
その瞬間だった。
なぜか、恋に落ちた。
理由はうまく説明できない。
ただ、
「この人なんやわ」と、直感が働いた。
気づいてからの私の動きは早かった。
キープしていた人たちとの連絡をやめ、予定していた紹介の話もすべて断った。
私が結婚を決めたきっかけは、
鯛の目ん玉だった。
ちなみに、あれから私は「目ん玉」を一度も食べていない。
特別美味しいものでもないし、進んで食べたいとも思わない。
でももし、「思い出の食事はなんですか?」と聞かれたら、迷わずこう答えるだろう。
「鯛の目ん玉です」
これは、私の人生を変えた、忘れられない食事の話だ。