
【エッセイ】書く理由は、何度でも変わっていい
私がnoteを始めた理由は、
「凸凹子育て」について多くの人に知ってもらいたい。
そして、書くことが上手くなりたい。
そう思ったからだった。
でも、続けていくうちに、書く目的は少しずつ変わっていった。
最初はどちらかと言うと、「自分のため」に書いていた。
それが、コメント欄の方とのやりとりで、少しずつ
「誰かのため」に書きたいと思うようになった。
そして、息子が不登校になってからは、
同じように悩んでいるお母さんたちに向けて書くことが中心になった。
それが今、また少し変わってきている気がしている。
息子が中学生になり、毎日学校に通うようになった今、
ふと、「私は今、何を書いていきたいんだろう?」と考えることが増えた。
これまで私は、ずっと
「昔、書くのが苦手だった」と言ってきた。
でも最近、それって本当だったのかな?と思うわけよ。
小学生の頃から日記を書くのが好きで、
実家には今でも大量の日記が残っている。
友達に手紙を書くのも好きだったし、
交換日記も大好きだった。
ブログはやったことがないけど、
ミクシーやFacebookは長く続いた。
今となっては、どんなことを書いていたのか読み返したいくらいだ。
パスワードがわからなくて、もう見れないけどね(笑)
そう考えると、私はずっと
「書いてきた人」だったのかもしれない。
今は、note創作大賞に向けて、何か書いているわけではない。
でも、今年からnoteのお題企画に合わせて書いたり、メンバーシップの帽子さんの企画にも、少し挑戦している。
これまで子育てのことを中心に書いてきたけど、
それ以外のことを書くのも、けっこう好きなんだな~と、気がついた。
あと、気合いを入れて書く子育て記事よりも、
気楽に書いたエッセイの方が読まれることもある。
特に、このエッセイ↓
これなんて、サンマルクのカフェで、隣の人の話を盗み聞きしながら書いたものなのにね。
それもまた新しい発見だった。
ああ、今の私はきっと、
「純粋に趣味としてnoteを書いているんだな」と思う。
前はどこかで、仕事の一部として書いていたから。
今は、家族との何気ない日々を残していく。
そんな感覚で書いている。
家族のこと、息子のこと。
いつかそれを一冊の「家族の日記集」にしたいとも思っている。
Kindleにするわけでもなく、
ただ、「いつか息子に渡せたらいいな~」という気持ちでね。
それとは別に、私だけのエッセイ集も作ってみたい。
私はエッセイを読むのが好きだ。
読んでいると、ほっこりしたり、
その人の生き方に触れて、何度も読み返したくなる。
noteでも、暮らしの中で大切にしているものが私と似ている人に出会うと、
思わずコメントしたくなる。
きっとそれは、
自分と似た「価値観」に触れた瞬間に、テンションが上がっちゃうからなんだと思う。
私にもちゃんと、
大切にしている価値観がある。
これからは、子育てだけじゃなくて、もっと広く、
「私が何を大切に生きているか」を書いていくのもいいのかもしれない。
noteを書く目的は、これからもきっと変わるだろう。
でも、それでいいと思っている。
変わらないことがすごいと言われがちだけど、
その時々で変化していけることも、同じくらい大切だと思うから。
前はあんなことを言っていたのに、
今は、全然違うことを言っている自分。
それって、カッコ悪いことなのかな?
ブレている人なのかな?
でも、私にとってそれは、カッコ悪いことでもないし「ブレている」わけでもない。
「変化に柔軟に対応」しているだけのこと。
私は、「前言撤回」という言葉を都合よく使っている(笑)
だって、仕方がないやん。
変わってしまうんだもん。
前とは全然違う自分になっちゃうんだもん。
「コロコロ言うこと変わるね」って思う人もいるかもしれない
そんな私のことを、成長期だと思って温かく見守ってもらいたい(笑)
ということで、
これからも、変わっていく自分ごと、正直に書いていきます。
まあ、こうやって書いてるけど、またどうせ変わるんだろうけどね(笑)
それも含めて、私やねん。
そんな私でいい!と思ってくれる心の広い皆さんが大好きです。