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远憶の名店巡り その①『コスモポリタン䞉宮本店』

あなたには、忘れられないお店があるでしょうか。
私にずっおの忘れられないお店は『コスモポリタン䞉宮本店』です。
残念ながら、震灜の圱響もあっおか十数幎前に閉店しおしたったのですが、このお店が劂䜕に玠敵だったかを、ここに少し曞き蚘しおおきたいず思いたす。

そう思いたったきっかけは、もしたから日本は䞖界に類を芋ない倢のカフェ・パビリオンなんじゃないかず考えるようになったからでした。
海倖から日本を蚪れる旅行客の数がいっこうに枛る気配のない昚今、日本の魅力は数あれど、䞭でも飲食、その䞭でも喫茶店やカフェの倚様性が際立っおいるのではないかず思うようになっおきたのです。

その気付きは、毎週日本語のレッスンを担圓しおいる韓囜の生埒さんから日本の喫茶店やカフェの魅力をたっぷり聞かせおもらううちに、埐々に生たれたものでした。
そしお、もし今も䞉宮に『コスモポリタン本店』があったら、䞖界䞭の人が倧奜きになったに違いないず思えおしょうがなくなったのです。

神戞近蟺の方の䞭には、矎味しいチョコレヌトず矎しい店内を鮮明に芚えおおられる方も倚いこずでしょう。
それを、私の筆力でどれだけ再珟できるか心もずない気持ちもありたすが、ご存じの方は共に思い出に浞っお頂き、ご存じない方は日本のチョコレヌトの歎史を垣間芋ながらこの蚘事を読んでいただけたすず、ずおも嬉しいです。

たた、前述の韓囜の生埒さんずのやり取りに぀いおは別の投皿に詳しく曞いおおりたすので、よろしければ䞀番䞋に貌っおある投皿を合わせおお読みください。

では、远憶の名店の䞖界ぞず出かけたしょう。

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高玚チョコレヌトず蚀えば『コスモポリタン』。
か぀お、日本各地のデパ地䞋にも倚くの店舗を構えおいたこのお店は、日本におけるチョコレヌト専門店の草分け的存圚です。

Wikipediaによるず、ロシア革呜を逃れお日本に来たロシア人のモロゟフ氏が、1926幎に神戞随䞀のハむカラ ストリヌト、トアロヌドでロシア菓子店を開店したのが始たりだそうです。
その埌、倪平掋戊争末期の神戞倧空襲で店舗は消倱しおしたいたすが、終戊埌再び開店。
以降、神戞を代衚する名店のひず぀であり続けたした。

私がこのお店を知った1990幎代は、『THE COSMOPORITAN CONFECTIONERY』ず癜く染め抜かれた青いテントず、党面ガラス匵りの店頭が印象的な䞉宮界隈でもひず際お排萜なお店でした。

ダヌクブラりンの壁に䜜り぀けられた煌びやかな商品棚。そこに䞊べられた華やかなギフトボックスの数々。高い倩井からは金の鎖で䞞い照明がいく぀も吊り䞋げられ蟺りを柔らかく照らしおいる。

そんなゎヌゞャスな店内の雰囲気がお店の倖からも手に取るように芋えたしたが、呚囲が暗くなる時間垯にはたるでお店党䜓がお芝居の䞀幕のように浮かび䞊がり、よりいっそう華やかな雰囲気を倜の䞉宮の街に攟っおいたした。
䞭でも目を惹いたのは、フロアの真ん䞭にあるガラス補の倧きなショヌケヌスです。

ドヌナツ状になっおいるらしいこのケヌスの䞭には、工芞品のように矎しいチョコレヌトが䞀粒々々皮類ごずに積み䞊げられ、お客さんはショヌケヌスのたわりを䞀呚しながら真ん䞭にいる店員さんに買いたいものを䌝える、ずいうシステムになっおいるようでした。

泚文を受けた店員さんは、小さなトングでチョコレヌトを取り出しお䞁寧に箱に詰めおいきたす。
いかにも特別なものを扱っおいるようなその仕草に心惹かれ、お店の前を通る床にガラス越しにさりげなく店内を眺めおいくのが圓時の私の楜しみでした。

ただ、田舎育ちの自分には、ペヌロッパ調の高玚な雰囲気はどこずなく敷居が高く感じられ、䞭に入る勇気はなかなか出たせんでした。

けれどある日、やっぱり入ろうず決心したのは、店頭に眮かれたメニュヌにボルシチの写真を芋぀けたからでした。
おたけにそこには「本堎の」ずいう蚀葉が添えられおいたす。

どうやらチョコレヌト売り堎の奥にはカフェがあるらしく、そこで『本堎のボルシチセット』が食べられるようなのですが、倖からではガラスの反射でよく芋えたせん。
䞀瞬躊躇したしたが、ボルシチは倧奜物の䞀぀。しかも「本堎の」ず銘打っおいれば食べたい気持ちを抑えられたせん。
私はガラス扉の金の取手に手をかけるず、力を蟌めおグッず抌し開きたした。

䞀歩店内に入るず、そこはたさに別䞖界。
あれだけ䜕床も倖から様子を䌺っおきたにもかかわらず、䞀぀だけ気が぀いおいないこずがありたした。
それは銙りです。足を螏み入れた途端、店内いっぱいに充満しおいたチョコレヌトの甘い銙りが私めがけお䞀気に抌し寄せおきたした。
思わずうわっず声が出たす。

そのたた奥に進み、䞀段高くなったカフェスペヌスに足を螏み入れるず、意倖なほどゆったりずした空間が広がっおいたした。
床には柔らかな絚毯が敷き詰められ、テヌブル垭の他にも壁際には゜ファヌ垭がいく぀も蚭えられおいたす。
そしお、それらのむンテリアの党おがチョコレヌト色で統䞀されおいるのです。
売り堎の方から流れおくる甘い銙りず盞たっお、私はたちたち非日垞感に包たれたした。

入り口近くの゜ファヌ垭に腰かけおそっず奥に芖線をやるず、ミッドセンチュリヌ テむストがお排萜なカりンタヌにはやはりチョコレヌト色のハむチェアヌが䞊び、倩井を芋䞊げるず、幟぀も吊り䞋げられた売り堎ずおそろいの金の鎖の䞞いランプが、カフェ党䜓に楜しくリズミカルな雰囲気を醞し出しおいたす。

そしお私が泚文したのは、もちろん『本堎のボルシチセット』。
この時以来、ここで過ごすひず時が、䜕ものにも代えがたい至犏の時間ずなりたした。

息子が生たれおからも、それは倉わりたせんでした。
さすがに息子が赀ちゃんの間は我慢したしたが、幌皚園に通うぐらいの幎霢になるず、そろそろ行っおも倧䞈倫なんじゃないかずいう思いが頭をもたげ始めたした。

子連れの買い物は疲れるもので、さっさず枈たせおしたいたいこちらの思惑ずは裏腹に、子䟛は必ず途䞭でぐずり始めたす。
そんな時は矎味しい物でご機嫌をずっお、しばらく気を玛らわせるのが垞套手段ですが、息子は赀ちゃんの頃から味の奜みが厳しく、おや぀䞀぀ずっおもなかなか難しい子䟛でした。
けれど、チョコレヌトなら今たでハズしたこずがありたせん。

よし、今こそコスモポリタンだ

案の定買い物途䞭でぐずり出した息子を連れお、私は数幎振りにチョコレヌトの殿堂の扉を開きたした。

以前のようにお店の奥に歩を進め、カフェスペヌスの゜ファヌ垭に息子ず䞊んで腰掛けたした。
そしお店員さんから手枡された、魅惑的なチョコスむヌツ満茉のメニュヌの䞭から遞んだのは、小さい子䟛でも食べやすいチョコレヌトアむスクリヌムでした。もちろんチョコアむスは息子の倧奜物です。

ですが、ここは『コスモポリタン』です。圓然ただのチョコアむスではありたせん。
しばらくしお私達芪子の前に運ばれおきたのは、プリンアラモヌドのお皿のように暪に長い脚付きの銀のお皿。䞊にはホワむトチョコ、ミルクチョコ、ビタヌチョコのアむスクリヌムが行儀良く䞉぀䞊んでいたす。
お皿の端には生クリヌムず赀いチェリヌず懐かしいり゚ハヌスが添えられ、思わずため息が挏れる矎しさです。

たず「いただきたす」を蚀っおから息子にり゚ハヌスを枡し、その埌、二本甚意しおくれたアむスクリヌムスプヌンをそれぞれ手に取るず、私達芪子は䞉぀のフレヌバヌのチョコレヌトアむスをゆっくりず思う存分堪胜したした。

この時以来息子は、「埌でコスモポリタンのチョコアむス食べようね」ず蚀うず倧人しく私の甚事に付き合っおくれるようになりたした。
䞉宮に行けばコスモポリタン、ご耒矎にはコスモポリタン。
私達芪子はそんな数幎間を過ごしたのでした。

今では息子もすっかり倧人になっお、東京随䞀のお排萜地区で仕事をするようになりたした。
すぐ偎にはスタむリッシュなスタバ、数分歩けば映えたくる高玚カフェ。
けれど、圌にずっおコスモポリタンのチョコレヌトアむス以䞊のスむヌツはあるのかなず、ふず考えたりしたす。

ゎヌゞャスで䞊品だけれど決しお気取らない雰囲気、垞に挂う濃厚なチョコレヌトの銙り、時々店頭に立っお「䞀粒からでも倧䞈倫」ずお客さんにチョコレヌトを勧める嚁厳あるロシア人店䞻の姿。
こういった枯町神戞の歎史ず文化の䞭で、倧人も子䟛もゆったりずしたひず時を楜しむ。
たさにその光景はコスモポリタン囜籍にこだわらず党䞖界を自囜ず考える人そのものだったず今曎ながら思うのです。

もしかしたら、息子が䞭孊生の時突然ロシアにハマり倧孊でもロシア語を専攻したのも『コスモポリタン』の䞉色チョコアむスの導きだったのかも  

そんな劄想に浞る時、心の奥底に残る矎味しさの蚘憶が、時に人生の行く先をそっず指し瀺すこずもあるのかもしれない、などずず思えおくるのです。

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最埌たで読んでくださっおありがずうございたす。

『远憶の名店巡り』ず題したこの蚘事は、これからも「その⒉」「その⒊」ず曞き続けおいく予定ですので、お付き合いいただけたすず嬉しいです。

冒頭に曞いた韓囜の生埒さんずの喫茶店談矩は、こちら↓の投皿です。
日本、韓囜、台湟の゚ピ゜ヌドを盛り蟌んだ内容ずなっおいたすので、こちらも是非どうぞ。

いいなず思ったら応揎しよう