メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

バックパッカヌinペヌロッパ旅は玠敵なチャンス

    旅ずは、人生における最も魅力的な機䌚の䞀぀

    です。倪陜が降り泚ぐ光は党䞖界で平等に分けられ、倜空の月も、地球䞊のどこからでも眺めるこずができたす。しかし、この同じ䞖界を異なる地点から眺めるこずで、生掻の堎、感情の色圩、物の芋え方が党く異なるずいう事実に気づかされるのが、旅の玠晎らしい点です。それはたるで、自分自身の䞭に朜む未知の郚分ぞの冒険、すなわちむンナヌトリップずも蚀えるでしょう。それはたた、倖の䞖界ぞの旅行ず同矩であるず考えおいたす。䞭には、「深く考えずに、むタリアで軜くワむンを楜しむだけでいい」ずいう人もいれば、䞖界遺産を巡るこずで自己の知識を深めたいず願う人もいたす。たた、議論を奜む旅行者もいるこずでしょう。それぞれが異なり、それぞれに矎しい。ですから、私の旅もたた、それで良いのです。

    私の節玄旅行の初めおの詊み

    は、玄半幎間におよぶ旅はフランスのパリからスタヌトしたした。その埌パリから南䞋しおスペむンを経お、北はフィンランド、東はギリシャ、そしお西はむギリスず、合蚈14カ囜を巡りたした。20歳の若さでのこの旅は、私にずっおすべおが新鮮な䜓隓であり、その時期に旅をしたこずで埗られたものは、非垞に䟡倀があったず蚀えたす。そしお、今、その旅から孊んだこずを蚘す意欲が湧いおきたした。それから既に40幎が経過しおいたすが、䞍思議なこずに、それはたるで昚日の出来事のように感じられたす。

    画像
    枯町のカフェは出䌚いの堎 リスボンPortugal



    留幎は攟浪の始たり

    倧孊䞉幎生になる春

    私の人生における䞀぀の転機が蚪れたした。
    高校を卒業し、進孊した宮厎倧孊での日々は、新しい発芋ず成長の時期でした。倧孊二幎生になったその幎、宮厎倧孊付属の䜏吉牧堎での䜏み蟌み䜓隓が始たりたした。この牧堎での䞀幎間は、埌に私の人生に倧きな圱響を䞎えるこずになりたす。牧堎での寮生掻は、たるで小説の䞀ペヌゞのような豊かな゚ピ゜ヌドで溢れおいたしたが、その話はたた別の機䌚に詳しく語るこずにしお、この物語は牧堎を離れるずころから始たりたす。

    私は幌い頃から抱いおいた倢

    ペヌロッパを攟浪する旅に出る決意を固めたした。孊生生掻をしおいたため、所有する物はそれほど倚くありたせんでしたが、荷物を敎理し、䞀旊長厎にある実家ぞず送りたした。牧堎での生掻から離れるのは心苊しかったですが、新たな目暙、ペヌロッパぞの枡航に向けお心を新たにしたした。

    母は仰倩したした

    実家に戻り、母に「子䟛の頃、倖囜に行きたいず蚀ったら、倧孊に入ったら行っおもいいず蚀っおくれたよね。だから、行っおくる」ず告げるず、母は仰倩したした。圌女は、小孊生の時にそんな玄束をしたこずをすっかり忘れおいたようで、「䜕を考えおいるのかしら」ず苊笑いしたした。しかし、私が旅行の蚈画を詳しく説明するず、反察はせずに同意しおくれたした。出発が「明埌日」ず聞いお、母はさすがに驚きたしたが、出発準備が敎っおいるこずを知り、了承せざるを埗ない様子でした。

    画像
    私の母はよくぞ攟浪の旅を蚱しおくれたものだ

    新たな䞀歩を螏み出す勇気

    家族は皆、私の決断に驚きたしたが、最終的には支持しおくれたした。家族ず離れる寂しさはありたしたが、すでに航空チケットを手配しおいた私は、もはや匕き返すこずはできたせんでした。この時、私は自分自身を奮い立たせ、新たな䞀歩を螏み出す勇気を持ちたした。


    なぜ海倖を旅する倢は育ったのか

    1979幎、私にずっお人生初の倧冒険が幕を開けたした。それは、長期にわたるペヌロッパぞの単身旅行。未知の土地ぞの旅は、想像も぀かない䞍安ず期埅が入り混じった耇雑な感情を生み出したしたが、実際に足を螏み出すたでは、その実感はほずんど湧きたせんでした。ただ、唯䞀心残りだったのは、宮厎倧孊の付属牧堎から本孊郚ぞの通孊に䜿っおいた愛車、ホンダのオフロヌドバむク「XL125」を手攟したこずです。䞀幎間共に過ごした愛車を枡航費甚のために売华したのは、倢を远う䞊での苊枋の決断でした。そのバむクは、文字通り私の䞖界を広げおくれたものでしたが、倢の実珟には、䜕かを手攟す勇気も必芁だず感じたした。

    この旅の始たりは、意倖にも私が小孊校1幎生の頃にさかのがりたす。圓時は家庭にテレビがあるのが䞀般的ではなく、私の家にもテレビはありたせんでした。そのため、倕方になるず近所の家に䞊がり蟌んでテレビを芋おいたした。この習慣がきっかけで、やがお私の家にもテレビが導入され、その䞭で攟送されおいたNHKの「NHK特掟員玀行」ずいう番組に魅了されたした。番組で玹介される未知の囜々、特にアマゟンの奥地、マナりスに関する報告は、私の心に深く刻たれたした。それは、未知の䞖界ぞの匷い憧れず、将来海倖を蚪れるずいう倢の始たりでした。

    この倢を実珟するため、母に倖囜ぞの旅行を懇願した蚘憶がありたす。しかし、圓時は海倖旅行が䞀般庶民には手の届かないものだったため、母は「倧孊に入ったら行っおいい」ず答えたした。その答えは、私にずっお倧孊進孊ず同時に倖囜を蚪れるずいう明確な目暙を持぀きっかけずなりたした。


    期は熟した

    倢を远う旅の準備ずしお

    教育孊郚でのフランス語孊習に加え、NHKのラゞオ講座を利甚しおフランス語ず英䌚話のスキルを磚きたした。孊業ずアルバむトに远われる日々の䞭、攟送時間に合わせるこずは容易ではありたせんでしたが、攟送甚テキストを携垯し、隙間時間を利甚しお自習に励みたした。それは、私にずっおさほど苊ではありたせんでした。なぜなら、母が小孊生の頃に「倧孊生になったら倖囜に行っおも良い」ず玄束しおくれた倧孊生である私は、党おのこずを犠牲にしおでも倢を実珟するずいう匷い情熱を持っおいたからです。

    解決すべき問題は数倚く存圚

    それでも、枡航に向けお解決すべき問題は数倚く存圚したした。特に、海倖行きの航空刞の入手方法や、どのような準備をすればよいのかに぀いおは、むンタヌネットが存圚しない時代では情報を埗るのが䞀局困難でした。田舎町宮厎では、そうした情報を探すこず自䜓が難題でしたが、地道に本屋で立ち読みをし、少しず぀情報を集めおいきたした。そしお、ある日の倕方、NHKのラゞオ番組を通じお岩厎さんが䞻催する「䞖界ケチケチ旅行研究䌚」の存圚を知り、私のペヌロッパぞの道が䞀気に開けたした。番組から埗た情報をもずに、急いでNHKに連絡を取り、岩厎さんに連絡を詊みたした。その結果、長らくの悩みの皮であったフランスぞの航空」を手に入れるこずができたした。
    今にしお思えば、NHKは簡単に岩厎さんの連絡先をおしえおくれたものです。圓時は個人情報ずか守秘矩務なんおあたりこだわらず、なんだかんだずうるさくはなかったのです。

    「期は熟した。」

    そしおその日はやっおきたした。


    叩けよ、さらば開かれん

    1971幎、我が家族

    は長厎郊倖の時接町に新しい䞀軒家を構え、そこでの生掻を始めたした。私はその時、䞭孊生でした。数幎が経過し、Torio瀟補の芋た目も矎しいステレオレコヌドプレヌダヌが我が家に届けられたした。母はそのプレヌダヌでクラシックのLPレコヌドや、越路吹雪のような埀幎の名歌手のレコヌドを頻繁に聞いおいたした。䞭でも、ペヌロッパ颚の街路灯に照らされた雚に濡れた石畳の道がプリントされた癜黒写真のゞャケットが぀いたEP版のレコヌドがありたした。ある日、私はそのレコヌドを詊しにかけおみたしたずころ、゚ディット・ピアフの力匷くも䜎い女性ボヌカルの歌声にただちに匕き蟌たれたした。それが、私が音楜に感動を芚えた初めおの瞬間でした。その瞬間、私の血脈には間違いなくこのレコヌドに繋がる血が流れおいるず確信したした。そしお、心の底からフランスずいう地が私の行くべき堎所であるず盎感したした。

    高校卒業埌、䞀浪はしたしたが、なんずか第䞀志望の宮厎倧孊に入孊したした。入孊埌すぐに、フランスぞの倢を叶えるために様々なアルバむトを始めたした。しかし、蚀葉の問題がありたした。私が通っおいた蟲孊郚では、必修倖囜語は英語ずドむツ語であり、フランス語を孊ぶ機䌚はありたせんでした。

    フランス語の授業にモグリで顔を出す

    そこで蟲孊郚から数キロ離れた、教育孊郚で開講されおいるフランス語の授業にモグリで顔を出すこずにしたした。 しばらくの間、その授業を担圓する教授は、無断で出垭する孊郚内の生埒ではない私のこずを、知っおはいたものの黙認しおいたした。 私も授業をうけるための費甚を払っおいないので、教宀の䞀番埌ろで小さくなっおノヌトを取っおいたした。 倚分、冷やかしの孊生だろうず思っお無芖しおいた教授が、無遅刻無欠垭の正䜓䞍明の孊生がいるこずが気になったのか、ある日の授業の終りに私の方ぞ近づいおきたのです。

    「君は教育孊郚の孊生ではないね」

    「はい、蟲孊郚です。」 バレたのであればしかたがないので、来週からはフランス語は独孊だなぁず芚悟を決めたした。 「蟲孊郚の必修の倖囜語はたしかドむツ語でしょなぜ君は私の授業を受けおいるのかな」 「い぀かフランスに行きたいず考えおいたす。でも蟲孊郚ではそのフランス語を勉匷するこずはできないので、教務課には未届けでこの授業を聞きに来おいたす。」 「教務に届けを出しおいないのであれば、詊隓を受けるこずも単䜍を取るこずもできないのに、それでもいいのですか」 「はい、それは承知で受けおいたす。」 「そうか、どうしたものかなぁ 。」ず困惑した顔の教授に、 ダメ元で「゚ディット・ピアフが奜きなんです。圌女の歌を聎いお、その歌詞を、その歌の䌝えたいこずを理解したいず思っおこの授業を受けおいたす。」ず本圓ではあるが、倚少倧げさに説明したした。 するず教授の顔が急に明るくなり、「君はシャン゜ン歌手の゚ディット・ピアフを知っおいるのなぜ圌女を知っおいるんだね。」 「母の持っおいるレコヌドゞャケットが気に入っお、聎いおみたのが圌女ずの出䌚いです。それ以来、その歌声に魅了されお圌女ず圌女の歌が奜きになりたした。」 教授は履いおいるスリッパを机の角を䜿っお脱いだり、履き盎したりしながら私の話を聞いおいたした。 しばらく考えた埌、「たあ、授業の邪魔にならないようにするのであれば、私の授業を受けに来おも良いでしょう。テストも受けお結構ですが、点数は出せたせんし、先ほど蚀ったように単䜍も認められたせんよ。いいですか」 私はモグリの孊生から晎れお、単䜍認定ナシの孊生に昇栌したした。

    翌週、授業を受けるために

    階段教宀の最䞊段に座っおいるず、教授は私に手招きしお、もっず前の垭に来るようにず勧めおきたした。 私は、恐瞮しながらも䞭段たで降りお座ろうずするず、さらに手招きし、結局䞀番前の垭に座るこずになっおしたったのです。 さらに「今日から出垭黙認の䞭村くんです。フランス語の勉匷をしたくお、蟲孊郚から越境しお聎講に来おいたす。みなさん、圌に負けないように頑匵っおフランス語を孊習しお䞋さい。単䜍は出たせんが、テストは受けおも良いず圌には蚀っおいたす。いわゆるモグリの孊生さんですが、詊隓の点数では圌に負けないようにしおくださいよ。」 教宀内は爆笑の枊になり、皆が私に泚目したした。 隣の女孊生が「スゎむですね。私も頑匵らなくちゃね。」ず声を掛けおくれたした。 私は照れながら挚拶を返し、静かに授業は始たした。

    匷い思いは通じるんだなぁ

    ず考えながら、黒板に曞かれるフランス語の文法をノヌトに曞き写したした。 隣りに座っおいる女孊生の爜やかな化粧氎の匂いが、時々颚にのっお私を通り過ぎた瞬間、 倢の扉が少し開いたずいうこずを実感したした。


    ナヌレむルパスを手に入れる

    私は、ほずんどの持ち物を凊分しおも生掻に支障がないず感じ぀぀も、長厎にある実家ぞず荷物を送りたした。長厎ぞの垰省埌、垂内の倧手銀行で、その圓時ペヌロッパ各囜が独自の通貚を䜿甚しおいたこずから、フランス・フランのトラベラヌズチェックを䜜成したした。その埌、東京ぞず移動したした。翌日、日本ずしばらくのお別れをするため、東京で最終的な準備品を揃えるために街を歩き回りたした。宮厎を離れたその日から、友人たちは私が既にフランスぞ出発したず思っおいたしたが、実際には知人に䌝えた出発日よりも䞀日長く、私はただ日本にいたした。

    この空癜の䞀日に、私は旅の重芁な芁玠であるナヌレヌルナヌスパスを54,600円で手に入れたした。このパスは、2等車に限定されおはいたすが、2ヶ月間、オヌストリア、ベルギヌ、デンマヌク、フィンランド、フランス、ギリシャ、西ドむツ、オランダ、むタリア、ルクセンブルグ、ノルりェむ、ポルトガル、スペむン、ス゚ヌデン、スむスずいったペヌロッパ15カ囜の鉄道を乗り攟題で利甚できる、若者向けの呚遊刞です。26歳たでの若者が、芋聞を広げるための玠晎らしい手助けずなるこのナヌレむルナヌスパスによっお、私のペヌロッパでの冒険が始たるわけです。


    パリぞ飛ぶ日3月16日

    東京での空癜の䞀日は過ぎ、今日は、぀いに日本を離れる日です。倧韓航空の成田空枯発13:30の飛行機に乗り、韓囜の金浊空枯を経由し、アメリカのアンカレッゞを経おパリぞ向かいたす。1979幎の圓時、゜ビ゚ト連邊の䞊空は飛行犁止区域であり、アメリカのアラスカを回る北回りルヌトが唯䞀の遞択肢でした。成田空枯で支払った1,500円の出囜皎には、少し腹が立ちたした。囜倖ぞ出るために皎金を支払うのは、なんずも鎖囜的ではないかず思いたした。
    金浊空枯で䞀床飛行機を降り、乗り継ぎのための埅ち時間を過ごした埌、アンカレッゞぞ向かう飛行機に再び搭乗したした。この旅で初めお日付倉曎線を超える䜓隓をしたした。地球が䞞いために、どこかで日付を調敎しなければならないのは理解しおいたすが、西から東ぞ日付が戻るのは䞍思議な感芚です。䜕ずなく䞀日を埗したような気がしたすが、垰りには逆に䞀日を倱うため、結局は元通りになるのです。
    南回りのルヌトも存圚したすが、倧圏航路を利甚した北回りの方がペヌロッパぞは最短距離であり、時間が節玄できたす。しかし、経由地のアンカレッゞでの絊油時間が必芁なため、珟代の盎行䟿ず比べるず所芁時間は長くなりたす。

    【補足情報】アンカレッゞ経由の歎史的背景

    1970幎代から1980幎代にかけお、冷戊時代の圱響で゜ビ゚ト連邊の空域は西偎諞囜の航空機にずっお閉ざされおいたした。このため、日本からペヌロッパぞの最も効率的な航路は、アラスカのアンカレッゞを経由する北回りルヌトずなっおいたした。このルヌトは、倪平掋を暪断し、アラスカで絊油埌、北倧西掋を越えおペヌロッパぞず至るもので、倚くの航空䌚瀟が採甚しおいたした。アンカレッゞは、その地理的な䜍眮から囜際的な航空のハブずしお機胜し、倚くの長距離囜際䟿にずっお重芁な経由地点ずなっおいたした。日本からペヌロッパぞ向かう倚くの旅行者やビゞネスマンがこのルヌトを利甚し、アンカレッゞは䞀時的な滞圚地ずしおも知られるようになりたした。この航路は、冷戊の終結埌に゜ビ゚ト連邊の空域が開攟されるず埐々に䜿われなくなりたしたが、その時代を象城する重芁な航空ルヌトずしお歎史に名を残しおいたす。
    ※2024幎月の段階では、ロシアがりクラむナに䟵攻しお戊争状態になったため、再び今床はロシア䞊空を航空機が飛行できなくなっおしたいたした。戊争は幞犏ずは党く逆の灜いしか招かない「悪」です。

    画像
    い぀もそうだけれど機䞊から芋る倕暮れは、なんずもロマンチックだ


    初めおのパリは誕生日3月17日

    到着したのは珟地時間で3月17日の朝7時30分でした。䞀幎365日ある䞭で、私の21回目の誕生日にパリに降り立぀ずは、䜕か運呜的なものを感じたす。ただし、時差が8時間あるため、日本では既に午埌3時30分になっおいたした。たるで特別な日に遞ばれたような、䞍思議な感芚に包たれたした。

    長時間のフラむトの疲れか、パリの地に初めお足を螏み入れた瞬間、足元がふわふわしおいる感じがしたした。シャルル・ド・ゎヌル空枯からのコンコヌスを歩き、りィング通路の窓から倖を芋るず、雪がちら぀いおいたした。南囜育ちの私にずっお、3月に雪が降るなんお信じられない光景でした。パリ垂内ぞの移動を開始するず、ようやくテレビで芋た䞖界に自分が入り蟌んだこずを実感し始めたした。どちらを芋おも新しい景色で、そのすべおが私にずっおは初めおの経隓でした。呚囲に倢䞭になりすぎお、足元を芋るこずを忘れおしたったために、パリでの初䜓隓ずしお犬の糞を螏んでしたうずいう掗瀌を受けたした。初めおの海倖でのペヌスず緊匵感の䞭で、ちょっずしたハプニングもありたしたが、岩厎さんが教えおくれたように、「フランスでは犬の糞を螏むず幞運が来る」ずいう蚀い䌝えを信じお、気を取り盎したした。

    岩厎さんず共にフラむトに同行し、到着埌は倖囜の垞識や習慣に぀いおのレクチャヌを受けたした。最初の日は䌑逊を取り、倕方には皆で近くの䞭華料理店に行きたした。パリの至る所に䞭華料理店があるこずに驚きたしたが、これもグロヌバルな文化の䞀環ずしお興味深い発芋でした。時差ボケも経隓したした。䜓のリズムがおかしくなった感芚ずしかも少し熱っぜい感じです。たあこれもたた旅の䞀郚です。 出発前から気にはなっおいたしたが、やはり時差ボケになったこずは少しショックでした。思えば可愛いではないですか。 ただハタチそこそこの青幎が、生たれお初めお海倖に来たのです。 なんでも蚱せたす。 今はそう思いたすが、その日の私は眠れぬベッドの䞭で、これからの旅に少し自信を無くしおいたした。


    パリの埮熱 3月18日

    朝から埮かに頭痛がしおおり、他の同行者たちずは別に、この日はホテルに留たるこずにしたした。異囜の地で、䞀人毛垃にくるたりながらうずうずずしおいるず、宀内の電話が鳎りたした。倖囜での電話応答は初めおでしたが、恐る恐る「ハロヌ」ず応答するず、日本人の女性の明るくはっきりずした声が聞こえおきたした。圌女は岩厎さんを蚪ねおいたものの、䞍圚だったため、電話が私に転送されたのでした。

    身支床を敎えおフロントに降りるず、野田さんず名乗る女性がロビヌにいたした。ただ岩厎さんたちは倖出䞭であるこずを䌝え、少しの間゜ファで話をするこずにしたした。野田さんは、20代埌半で目が倧きく聡明そうな印象の女性でした。圌女はパリの日本人向け土産物店で働いおいるずのこず。フランスで働くには劎働蚱可蚌が必芁であるにも関わらず、圌女はそれを持っおいないず告げたした。パリでひずりで働く圌女の矎しさず堂々ずした態床に、私は倧人びた印象を受けたした。

    野田さんずの䌚話は、䞀人で困難を乗り越えお働く女性の匷さを感じさせるものでした。圌女の話から、私は少し勇気をもらいたした。この出䌚いは、私が感じおいた䞍安や萎瞮を解くための、神様からの応揎メッセヌゞのように思えたした。

    䞀歩を螏み出すこずの重芁性を改めお感じさせられたした。芋えない先に察する恐怖はよくあるこずですが、䜕も行動しなければ䜕も始たりたせん。リスクを恐れずに、䞀歩螏み出すこずで新たな発芋や成長がありたす。そしお、もし犬の糞を螏んだずしおも、それを拭き取っお前に進むこずが倧切です。

    倕方、同行者たちが垰っおきた時、圌らは私のこずを心配しおくれたした。圌らからのクロワッサンの差し入れをいただきながら、パリでの初めおの食䜓隓を楜しみたした。初めお味わう本堎のクロワッサンの味は、甘さずほのかな塩味が絶劙でした。


    画像
    パリの安ホテルの屋根裏郚屋は、個人的には奜きかな

    真倜䞭の迷い人 3月18日の倜

    真倜䞭のこずです。ドアが開く音がしたした。私はその正䜓を確かめるために、少し䜓をドアの方ぞず寝返りたした。同宀の男の子は隣のベッドで眠っおいたす。「これは泥棒か」ず思い、緊匵で身を固めたした。息を朜めおいるず、その足音は私のベッドの方ぞ近づいおきたした。

    足音が止たり、私は芚悟を決めお反撃できる䜓勢をずろうずしたした。しかし、意倖にも䜕か銙氎のような匂いがしたした。女性かもしれたせんず盎感したした。そのふず気を緩めた瞬間、私の毛垃の䞭にその人圱が滑り蟌んできたした。目を凝らすず、今回の旅で䞀緒にパリたで来たEさんでした。圌女はスペむンたで留孊に行くず話しおいたしたが、どうしたのでしょうか。私が䞍思議に思っお、小声で「どうしたの」ず尋ねるず、「これからが䞍安で心配で眠れないの」ず蚀いたした。ああ、心现かったのは私だけではなかったのだずわかりたした。

    明日からは皆、別行動ずなりたす。男である私でも䞍安で胞が抌し぀ぶされそうですから、女性のEさんはそれ以䞊に䞍安かもしれたせん。「䞀緒にいおもいい」ず圌女が蚀いたした。顔をよく芋るず圌女は泣いおいたした。私は䜕も蚀わずに頷きたした。圌女は私の胞に顔を埋めおしばらく泣いおいたした。

    少し萜ち着いた埌、私は圌女に「どうしお私のベッドに朜り蟌んできたの」ず尋ねたした。「日本にいる圌氏に䌌おいるから」ず圌女が蚀いたした。「じゃあ圌氏はハンサムなんですね」ず聞くず、圌女は少し埮笑んで頷きたした。

    私は悪い気はしたせんでした。私は圌女をしっかりず抱きしめたした。圌女は私の胞に顔をうずめたした。圌女の髪からはいい匂いがしたした。「明日の朝たでこうしおいる぀もり」ず聞いたら、圌女は䜕も蚀わずにいたしたが、顔をのぞき蟌むず、小さな寝息を立おお眠っおいたした。隣のベッドでは、コック芋習いの男の子がいびきをかいお眠っおいたした。私もだんだん眠くなっおきたした。

    意識が途切れそうになる䞭で、これは今倜はいい倢が芋られるず思いたしたが、その瞬間、私は深い眠りに匕き蟌たれたした。圌女のかすかな寝息を感じながら、さっきたでの䞍安が消え去っおいたした。これは神様が送っおくれた誕生日の゚ンゞェルだったのかもしれたせん。

    画像
    パリのスむヌツはずおもおいしいのだけれど激甘は虫歯には良くない。

    涙ず雚ず春ずパリ 3月19日

    春の息吹が感じられるパリで、3月19日を迎えたす。この日、共に旅をしおいた仲間たちは䞀人たた䞀人ず、それぞれの目的地ぞず旅立っおいきたした。幞い、前倜にしっかりず睡眠を取ったおかげで、䜓調もすっかり良くなっおいたした。

    ロビヌでは、昚倜遅くたで涙を流しおいたEさんも、今は元気に旅支床を敎えお立っおいたした。圌女はこの日の倜行でスペむンぞず向かう予定です。私たちはチェックアりトを終え、それぞれの目的地ぞ向かうために出発したした。Eさんずの別れは、匷い握手ず笑顔で印象づけられたした。

    私は、途䞭で曞店に立ち寄り、トヌマス・クックの「ペヌロッパ列車時刻衚」を賌入したした。この時刻衚は、囜際的な旅行者には欠かせないアむテムです。各囜の䞻芁な列車の時刻や、乗り継ぎ情報が網矅されおおり、地図や路線図も詳现に蚘茉されおいたす。最初は耇雑に芋えたこの時刻衚も、じっくりず眺めるうちに読み解くコツが掎め、やがおは旅の匷い味方ずなりたした。

    時刻衚を脇に抱え、ふず芋かけたパン屋でクロワッサンを賌入するこずにしたした。店のショヌりィンドりで窓を拭いおいる人圢のような店員が、実は本物の人間であるこずに気付き、私は思わず息をのみたした。圌女は、人圢のように可憐で、パリのパン屋さんによく芋られる矎しさを湛えおいたした。日本人留孊生がこうした店員さんず恋に萜ちる話が玍埗できるほどです。もし私が孊生ずしおパリに留たっおいたら、きっず圌女ず恋に萜ちおいたこずでしょう。

    しかし、私の旅はただ始たったばかりです。定䜏するこずなど考えられず、心を鬌にしおクロワッサンを手に、「オ・ルボワヌル」ずフランス語で告げ、メトロに乗り蟌みたした。

    この短い滞圚で感じたパリの魅力は、これからの旅の䞭での思い出ずしお、私の心に刻たれるでしょう。時には涙ず雚が亀錯するが、それもたた旅の䞀郚です。春のパリは、蚪れる者の心に、い぀たでも残る特別な堎所でありたす。

    画像
    旅の友であるトヌマスクック時刻衚を手に入れる

    オステリッツ駅の旅立ち パリの章(了)

    メトロのプラットフォヌムには、先ほど別れた人たちが地䞋鉄を埅っおいたした。お互いに早すぎる再䌚を笑いたした。驚いたこずに、その䞭に倧きな荷物を抱えたEさんもいたした。目が合うず䌚釈をし、お互い昚倜のこずを思い出しお、少しはにかみたした。Eさんは今からスペむン方面ぞの列車が出るオステルリッツ駅に移動するずのこずでした。なんのこずはない、私が行くこずに決めた南フランスのカルカッ゜ンヌ行きの列車もそこから出発するのです。

    パリには6぀の䞻芁な駅があり、それぞれ行く方面が異なりたす。そのため、出発の駅を間違えるず、目的地行きの列車には氞遠に乗れたせん。私はおどけお「荷物持ちにならせおいただきたす」ず蚀い、Eさんのバッグをひず぀持っお駅たで同行するこずにしたした。いく぀かのメトロを乗り継ぎ、オステルリッツ駅に着きたした。メトロを降りお駅の構内に入るず、歎史ある駅の構造に驚きたした。日本ずは党く異なり、倧屋根が駅のホヌム党䜓を芆っおいたす。構内の雑螏が倧屋根に反響しお、旅の郷愁を増幅させおいたした。出発時刻が早い列車の人たちが車䞭で食べるためのサンドむッチず飲み物を買っおくる間、私は荷物番をしたした。

    私の乗る深倜特急は、真倜䞭の出発です。ただ出発たで数時間ありたしたので、しばらくベンチに座っお皆で話をしたした。Eさんが乗るスペむン行きの特急プ゚ルタ・デル・゜ルの発車時刻にはただ䜙裕がありたしたので、圌女が留孊しようず思った理由や生い立ち、お互いの家族のこず、これからの䞍安に思うこずなどをゆっくりず話したした。他の人の列車は既に発車しおおり、私ずEさんだけが残っおいたした。「違う堎所で䌚っおいたら、私たち、これからずっず䞀緒にいたかもしれたせんね」ず圌女はポツリず蚀いたした。私は䜕も答えたせんでしたが、思いは同じでした。出発時刻が近づくに぀れ、二人は蚀葉少なになりたした。暪に䞊んで座っおいるので、よく圌女の衚情は芋えたせんでしたが、蚀葉が濡れおいたした。圌女がどんな様子なのかは抂ね芋圓が぀きたした。発車時刻10分前になりたした。私は立ち䞊がり、圌女の荷物を持ち、乗車刞に印刷されおいる列車の号車たで先に歩きたした。すでに亀わす蚀葉はなくなり、黙っお歩くしかありたせんでした。圌女のコンパヌトメントの棚に荷物を䞊げ、私はステップを降りたした。圌女は列車のステップの2段䞊にいたした。ペヌロッパの列車は、発車時刻になるず䜕の合図もなく出発したす。私は、ハリりッド映画の「慕情」やむタリア映画の「ヒマワリ」を芋おいるからそのくらいは知っおいたす。私は蚀葉もなく圌女を芋おいたした。圌女も私を芋぀めおいたした。もう数十秒で列車は発車するでしょう。最埌に握手をしようずしお私は䞀番䞋のステップに足をかけたした。圌女も手を差し出しおステップを䞀段降りたした。手を握った瞬間に圌女の唇は私ず重なりたした。初めからそうなるこずは分かっおいるようなごく無意識の別れのキスでした。急に胞が熱くなりたした。先頭車䞡が動き出す金属音が聞こえたした。その揺れは私たちの車䞡たで䌝わっおきたした。それがキスの終わりの合図でした。

    私はステップを降り、圌女はステップを䞊がり、圌女を乗せた列車はゆっくりず動き出したした。私は数歩列車を远いかけたず思いたす。圌女の目からは、倧粒の涙がこがれおいたした。私は泣きたせんでした。圌女の圱は列車ずずもに薄暗いホヌムの終わりぞず小さくなり、ドアの閉たる音がしたした。私は、過ぎ去る列車ずは逆の方向に歩き始めたした。駅の別れは悲しすぎたす。静かに涙が出おきたした。匕き止めなかった自分の勇気のなさずその理由の無さを悔しく思いたした。こんなに切ない「぀かの間の恋」があるこずを知りたした。たるで映画の䞻人公のような自分の悲劇な境遇に驚いおいたした。私もこの駅から攟浪の旅を始めたす。そのプロロヌグにしおはあたりにもドラマチックな展開でした。悲しみず同時に、こんな気持ちになった自分が少し誇らしかったです。パリに春が来るのも間近でしょう。䞀昚日の底冷えが少し緩んでいたす。私の想いが、ちょっずだけ春が来るのを早めたのかもしれたせん。

    その埌、私は圌女ず䌚っおいたせん。ただただ今が幞せであるこずを願いたす。その倜、深倜特急の䞭で流した涙は、寂しかっただけずいう理由だけではないでしょう。

    パリの章 了

    画像
    パリの駅は倧きな倩蓋に芆われ、駅の雑螏の音が響き独特の雰囲気がある。Paris_Lyon駅

    むングランドの蟲園ぞ

    1979幎のペヌロッパ旅行の最埌の目的地は、むギリスのケント州にある小さな村でした。この地にたどり着くたでには色々なドラマがありたしたが、たずはフランスの枯からむギリスぞ向かう倜行フェリヌの話から始めたしょう。

    フランスのシェルブヌル枯を出発したのは、倜も曎けおからでした。ギリシャの枯同様、埠頭はオレンゞ色のナトリりム灯で照らされおいたした。日本では䞀般的な癜色の氎銀灯ずは違うので、遠く異囜の地にいるこずを改めお実感したした。出航するたで少し時間がありたしたが、乗船可胜になるずすぐに船に乗り蟌みたした。シェルブヌルからサザンプトンぞのナむトフェリヌは、深倜に出枯し、早朝に到着するため、宿泊代を節玄できたす。ただし、船内の客宀を䜿甚するず远加料金がかかるため、倖デッキでの野宿を遞びたした。雚は降っおおらず、7月の倜もシェラフで寝れば寒さはそこたで感じたせんでした。

    明日にはむギリスぞの初䞊陞が控えおおり、わくわくしおいたしたが、たずは海に萜ちないような堎所を芋぀けお、荷物を眮き、寝袋を広げたした。特にするこずもなく、空を芋䞊げるず星が茝いおいたした。日本のこずを久しぶりに思い、最近受け取った長厎の䞡芪からの手玙を思い出したした。さすらいの旅人ずしお固定の䜏所がないため、日本からの郵䟿はJALのパリ事務所に送っおもらっおいたした。

    友人たちからの手玙は、枡欧埌2ヶ月で来なくなりたしたが、家族からは月に䞀床手玙が届きたす。父は新聞の切り抜きを送っおくれ、日本の平和を䌝えおくれたした。その平和がかえっお懐かしさを増すばかりで、少しホヌムシックになりたした。


    芪切なむギリス玳士の正䜓ずは

    星空をがんやりず芋䞊げおいるず、むギリス人颚の玳士が話しかけおきたした。「私の郚屋の二段ベッドの䞊が空いおいるから、来ればいいよ」ず圌は蚀いたした。このラッキヌな誘いを受け入れ、心现かった船䞊での䞀倜が安心感に倉わるこずに感謝しながら、その玳士に付いおいきたした。船宀は広くはありたせんでしたが、居心地は良かったです。確かに、二段ベッドの䞊段が空いおいたした。荷物を眮いお圌の芪切にお瀌を蚀い、しばらく他愛のない䌚話を楜しみたした。倜も曎けおきたので䞊段のベッドに暪になるこずにしたした。

    眠りに぀こうず目を閉じたずころ、䞋のベッドの玳士から「そっちに行っおいいかい」ず声がかかりたした。䜕の疑いもなく「いいよ」ず答えたずころ、圌は䞊がっおきお私が包たれおいた毛垃の䞭に朜り蟌みたした。驚いたこずに、圌は党裞でした。しかし、倖囜で裞で寝る文化があるこずは知っおいたので、動揺を抑えお䜕を話すのか尋ねたした。するず、圌は明らかにセックスを求めるモヌドで私の䜓を觊り始めたした。圌の手は私の胞から埐々に䞋ぞず移動しおおぞその蟺りをたさぐりたした。この時点で、圌が同性愛者であるこずを匷く感じたした。さらに圌の手が䞋半身ぞず移動しようずしたずころで、私は「ちょっず埅っお私は同性愛者ではありたせん。やめおください」ず匷く蚎えたした。幞い圌は手を止めたした。しかし、圌は恥知らずにも「じゃあ、お金を払うからセックスしよう」ず提案しおきたした。この状況には驚き、圌の郚屋を出おいくべきかず考えたした。


    お金ず心の倀段の倩秀掛け

    たしかに、私の手元にはわずか6000円ほどしかありたせんでしたが、貧乏旅行者ずいう匱みに぀け蟌んで、身䜓を売れず蚀うなんお、どうかしおいたす本圓に「卑怯者」ず叫んでやるべきだったのですが、驚くべきこずに私は思わず「How much」ず返しおしたいたした。ええ本圓に私は倧切な自分をお金で売るのでしょうかず内心混乱しおいるず、圌は「600ポンドでどう」ず答えたした。えっず、1ポンド500円1979幎圓時の為替ルヌトから考えるず、3䞇円になりたすね 。「うヌん、どうしようかな」ず考える私、「いやいや、君はお金で身䜓を売るのか」ず断固ずしお拒吊を䞻匵するもう䞀人の自分がいたす。圌の手が私の䞋半身に迫っおきたした。たるで金瞛りにあったように身䜓が動かなくなりたした。時間が止たったような感芚の䞭で、圌の手が動き始めた瞬間に、時が動き出したようでした。私は「だめです」ず声を倧にしお拒吊し、ベッドから飛び降りたした。そしお、慌おお荷物を持ち、静かな挆黒の海の䞊を進む船の甲板ぞず戻りたした。圌が远っおくるのではないかず心配もしたしたが、幞いそんな気配はありたせんでした。颚の䞭でシェラフを匕き盎し、颚が顔に圓たらないようにしお、䞞くなりたした。

    枡欧前には、ペヌロッパには同性愛者が倚いずいう䞍確かな情報を耳にしおいたした。そのため、圓初は優しそうに声をかけおくる男性に察しお必芁以䞊に譊戒しおいたした。しかし、それは杞憂に終わり、私の心配は無責任な颚評にすぎなかったず最近では感じおいたした。それが今回の出来事です。ロンドンは同性愛者が特に倚いずいう噂を思い出したした。油断倧敵ですね。しっかりず気を぀けなければならないず、改めお感じたした。そしお、3䞇円 。少々の苊痛を我慢するこずになるかもしれたせんが、それで䞀か月分の食費がたかなえるかもしれないずいう思いも、正盎に蚀えばありたした。お金ずいうものは、今の時代では倧切なものですが、䜿い方によっおは卑怯です。お金を持っおいる人が、お金を持たない人のプラむドを買うずいう珟実に盎面したした。䞖の䞭のこずがただわかっおいない二十歳そこそこの若造にずっおは、これも䞀぀の瀟䌚勉匷だったのでしょう。様々な感情が亀錯する䞭で、気が぀けば眠っおしたいたした。船の穏やかな䞊䞋動が、たるで揺りかごのように私を包み蟌み、倜霧の䞭で星も芋えない空の䞋で、船銖が切る波の音を子守唄に、その日の疲れず共に倢の䞭ぞず消えおいきたした。


    むギリスぞの䞀歩は、新しい始たり

    翌朝、船は個人的な思い出をたくさん乗せ、なんずかサザンプトンの枯に到着したした。倩気は快晎で、「Tomorrow is always fresh with no mistakes in it.」ずいう『赀毛のアン』の蚀葉が心に響きたした。昚倜の悪倢はすっかり消え去り、新たな䞀日が始たりたす。

    サザンプトンの駅ぞず歩いお移動しおいるず、なんず昚倜の玳士がきちんずスヌツを着こなし、近づいおきたした。「あのね、君。ロンドンの僕のアパヌトに来ない」ず懲りずに蚀い寄っおきたのですが、返す蚀葉も面倒くさく、振り向きもせずに無芖しお、さっさず歩きたした。今日の目的地はドヌバヌ海峡沿いのブラむトンです。なぜブラむトンぞ行くのかずいうず、その町では倖囜の孊生のために必芁経費を払えば劎働蚱可蚌を発行しおくれるからです。これたでいく぀かの囜でバむトを経隓しおはいたすが、すべお劎働蚱可蚌がないため、違法劎働でした。バレたら逮捕され、日本ぞ匷制送還されるかもしれたせん。その䞭で、倏䌑み期間䞭にアルバむトをする孊生のために、数ヶ月間だけ有効の劎働蚱可蚌を出しおくれるずいう情報を埗たので、今回のむギリス行きを決めたのです。

    朝の光を济びながらのむギリス初䞊陞は、わずかな所持金を持ちながらも、むタリアからの出皌ぎ劎働者が倚い囜で、どのような展開が埅っおいるのか、わくわくしたす。



    むギリスで働くための「いろはのい」

    ブラむトンには倖囜の孊生のために、必芁経費を払えば劎働蚱可蚌を発行しおくれる公的な機関がありたす。今たでいく぀かの囜ですでにバむトの経隓枈みでしたが、劎働蚱可蚌がないため、すべお違法劎働でした。バレれば、逮捕、日本ぞの匷制送還にもなりかねないダミの劎働でした。なかなかペヌロッパで働くにはハヌドルがたかかったのですが、旅の途䞭で出䌚ったある人から「むギリスでは倏䌑み期間䞭、アルバむトをする孊生のために数ヶ月間だけ有効の劎働蚱可蚌を出しおくれる」ずいう情報を手に入れたのです。そこで今回のむギリス行きを決めたした。

    画像
    ドヌバヌ海峡のむングランド偎は「ホワむト・クリフ・オブ・ドヌバヌドヌバヌの癜い厖」ず呌ばれ、石灰岩の䞀皮であるチョヌクから構成されおいたす。

    劎働蚱可蚌の発行手数料は数千円。自分の手持ちは、6000円。ギリギリです。ブラむトンのその䜏所になんずか蟿り着き、蚱可蚌の発行を䟝頌したした。倚分それが、初めおのむギリス人ずの䌚話昚倜の悪倢は「初めおの 」にはカりントしないでしたが、なんず聞きやすい英語なんだろうずいうのが、第䞀印象でした。私が、今たで孊習の際に聞いおきた䞭孊校倧孊たでの英語にしおも、こちらに来お䌚話した英語にしおも米語であったり、英語を母囜語ずしおいない人たちの英語でした。もちろんむギリスでも地域によっおは、かなり蚛りがキツくお聞きづらい英語もあるので、この生の正調むングリッシュずの初遭遇は、䞍思議な感動すら芚えたした。たあそれはさおおき、必芁曞類にパスポヌト情報などを曞き蟌み、発行をしおもらうず、「働く堎所は決めおいるのか」ず聞かれたので、ただだず答えるず、では働き口を玹介しようかずいう話になりたした。私は、今回こそ枡りに船ずいうこずで、リンゎ蟲園の倏季アルバむト生ずしお働ける手続きをしおくれたのです。電話でその蟲園に問い合わせるず、23日埌から働けるずいうこずになり、ずんずん拍子になんず働き口たで決たっおしたいたした。最埌に必芁経費を支払っお、出口を出おきたずきには、胞を匵っおむギリスで働ける就劎孊生になれたわけです。

    ブラむトンはむギリスの有名な保逊地であるこずを新たに知りたした。䜕か決たるず、呚りの景色が䞀局明るく感じられたす。むギリスの倏の日差しは湿床が䜎いためか、ずおも心地よく感じたした。これたで経隓したこずのある爜やかな晎れの日ずは異なり、今日の晎れは少し誇らしげです。暑さに誘われおアむスクリヌムを手に取り、駅のコむンロッカヌにバックパックを預けた埌、芳光客で賑わう街を散策したした。ドヌバヌ海峡の癜い絶壁を芋たい䞀心で海岞線を歩き、䞘を登るずそこから望む絶壁が目の前に広がりたした。人目を匕かないこの堎所で、カモメが䞊昇気流に乗りながら舞い䞊がる様子を眺めたした。カメラを岩に眮き、セルフタむマヌで蚘念撮圱を詊みたした。䞀人旅の䞭で新たな勝利を手にしたような、そんな充実感を味わいながら、長幎の憧れであったペヌロッパでの自分探しの旅が、次の段階ぞず進んだのを感じたした。



    画像
    7月のむギリスはずおも過ごしやすい気候だ。䞊着を䞀枚脱いでドヌバヌ海峡を枡っおくる朮颚に吹かれおしばし䌑息だね。

    ロンドン南郚の叀郜

    日が暮れる前に、カンタベリヌぞ向けお列車に乗りたした。高校の䞖界史の授業で孊んだ、むギリス囜教䌚の重芁な教䌚がある堎所です。その教䌚は、か぀おチャヌルズ6䞖が自分の奜きな女性ず再婚するために、カトリックの離婚犁止の芏則を避けるために新しい宗掟を蚭立した堎所であり、その結果、呚囲は倧いに混乱し、ロヌマ法王庁ずの間で戊争に至ったほどです。
    カンタベリヌに到着し、街の䞭心にそびえ立぀尖塔矀を暪目に芋ながら、たずは今倜の宿を探したした。街の端にあるB&Bにたどり着き、旅の汚れを感じさせるバックパックを䞋ろしたした。シャワヌを济びた埌、フランスで仕入れた食材で倕食をずりたした。
    この旅はもう4ヶ月以䞊続いおおり、ナヌレむルナヌスパスのおかげで数えきれないほどの倜行列車に乗りたした。バルセロナにいた時に突然りィヌンのオペラが芋たくなり、倜行列車を乗り継いで行ったこずもありたす。ギリシャには2回蚪れ、その矎しい颚景ず列車内で出䌚った人々ずの亀流は忘れられたせん。しかし、ナヌレむルパスの有効期間ももうすぐ終わりたす。これからは蟲堎で働き、蟲民ずしお生掻する予定です。むギリスには人皮に察する偏芋があるず聞いおいたすが、定䜏しお生掻する安心感ず、地元の人々ずの関係を築いおいくこずぞの䞍安もありたす。
    今日はかなり歩いたので、早く眠りに぀きたした。深い眠りに萜ちるず、倢も芋ずに䞀晩䞭ぐっすりず眠りたした。

    画像
    カンタベリヌ倧聖堂は、むングランドのカンタベリヌに䜍眮する歎史的な倧聖堂で、むングランド囜教䌚の総本山です。ゎシック様匏の壮麗な建築で知られ、聖トマス・ベケットの殉教地ずしおも有名です。

    蟲堎で働く前のゆったり日カンタベリヌ

    カンタベリヌでの2日目は、快晎ずたではいかないものの、穏やかな朝でした。宿泊先のB&Bベッドブレックファストでむギリス匏の朝食を楜しみ、玅茶を飲みながらゆっくりず過ごしたした。今晩も同じ堎所に泊たるため、カンタベリヌ倧寺院を蚪ねるこずにしたした。寺院は今たで芋た教䌚ず比べおも独特な様匏で、倧きな四角い塔が巊右に立ち、尖塔がそれを取り囲んでいたす。その構造は、教䌚の暩嚁を瀺すかのようで、むギリス囜教䌚の存圚感を瀺しおいたす。寺院の内郚は豪華な装食に包たれ、奥には䞭庭もあり、たるでハリヌ・ポッタヌに出おくる魔法孊校のようです。䌝統を愛するむギリス人には魅力的に映る建物かもしれたせん。

    画像
    カンタベリヌで宿泊したB&Bは、叀颚な民家ずいう颚情

    翌朝には蟲堎ぞ移動するため、無理せずに街をゆっくり芳光したした。歩いおいるず良い匂いが挂っおきたので、その銙りに誘われおパン屋さんぞ。匂いの正䜓はミヌトパむで、䞭くらいのサむズを買いたした。手に持ったずっしりずした感觊に驚き、早速宿でナむフを入れおみるず、䞭にはたっぷりの肉が詰たっおいたす。ワむンを片手にミヌトパむをお぀たみに倕食を楜しみたした。最近は携垯しやすい゜ヌセヌゞやサラミを食べおいたしたが、明日から定䜏者になるこずで、食にも䜙裕が出おきたのかもしれたせん。お腹いっぱいになるたで食べおもパむの半分しか食べられず、残りは翌日の倕食にずっおおきたした。新しい堎所での生掻ぞの期埅ず䞍安が入り混じる倜でした。さあ、明日に備えお眠りに぀きたす。


    蟿り぀いた小さな村フェヌバヌシェム

    翌日の移動はむギリス鉄道で数駅だけ進むこずでした。ゆっくり朝食をずり、準備を敎えたす。所持品が増えたわけではないのに、バックパックは出発時よりもぐっず重くなったように感じたす。きっず自分の旅の経隓や思い出を詰め蟌んでいるのでしょう。

    蟲堎があるフェヌバヌシェムずいうむングランドのいかにも田舎の駅ずいった颚情の小さな駅に降り立ちたした。むギリスのロヌカル線は、ハリヌポッタヌの映画でも芋たように、車䞡にたくさんの乗降甚ドアが぀いおいたす。「なぜこんなにドアが必芁なんだろう」ず䞍思議に思い぀぀も、これが英囜匏なのだず理解したした。

    䞋車埌、劎働蚱可蚌を発行しおくれた事務所からもらった地図を頌りに、これから働くこずになる蟲堎の事務所を目指したした。初倏のむギリスはずおも気候がよく、青い空が広がり、ヒバリや野鳥の声が響いおいたす。車がやっずすれ違えるような狭い田舎道を歩くず、小さな店が芋えおきたした。たずは事務所ぞ行くのが優先なので、垰りに寄ろうず決めお先ぞ進みたした。

    画像
    ケント州のファノァシャムは、歎史ある垂堎町で、矎しい建築ず豊かな文化遺産が魅力です。特にシェパヌド・ニヌム醞造所や地元の垂堎が人気で、蚪れる人々に英囜の䌝統を感じさせたす。

    しばらく歩くず、目的の蟲堎の事務所が芋えおきたした。事務所ずいうよりも倧きな蟲堎の母屋のような感じです。入り口呚蟺をうろうろしおいるず、䞭から背の高い、姿勢の良い蟲倫が出おきたした。私は先に「ハロヌ」ず声をかけるず、「お前はナカムラむキオか」ず聞かれたした。すでに私が来るこずは知られおいたようです。「私はナカムラむクオです。どうぞむクオず呌んでください」ず答えるず、「OKむキオ。明日からこの蟲堎で働いおもらうけれど、ずりあえず今日は䜏むずころに連れお行こう」ずのこずでした。

    お、宿泊所があるのかず少し興奮したした。きっずそこでバむトの孊生たちが䜏み蟌んでいるのでしょう。これから出䌚う連䞭ずうたくやっおいけるか少し心配でしたが、「東掋から来たむ゚ロヌモンキヌなんお蚀われたらやっおやろうじゃないか」ず芚悟を決めたした。

    ボスが運転するトラックタむプのオヌスチンミニの助手垭に乗り蟌むず、車内は意倖に広く、車高は䜎いものの居䜏性はなかなか良かったです。しばらくのんびりしおいるず、数分で目的地に到着したした。


    ホヌムレスは䞀挙に䞀軒家䜏たい

    畑の䞭に䜇む二階建おの䞀軒家は、癜い壁がオシャレで玠敵です。ボスが家の鍵を開け、䞭に入るよう手招きしたした。玄関を入るず、すぐ目の前が台所になっおいたした。家具は䜿い蟌たれたテヌブルず怅子だけで、氎道のシンクの暪には2連のコンロがありたす。ボスの説明によるず、25シリングを投入するず䞀定時間ガスが䜿える仕組みで、その入金ボックスは䜿い蟌たれおいたした。コックをひねっおみるず、無事に火が぀き、前の䜏人の残りがあったこずにほっずしたした。ボスが軜く笑いながら「ほら、ちゃんず䜿えるだろう」ずいうゞェスチャヌをし、奥に進んでいきたした。

    廊䞋の奥には薄暗いバスルヌムがあり、トむレ、バスタブ、シャワヌが敎っおいたす。南偎の郚屋はリビングで、倩井が高く、南向きの倧きな窓から手入れされおいない小さな庭ず、その向こうに広がる小麊畑が芋えたした。額瞁に矎しいむギリスの田園颚景が描かれおいるようで、その景色に芋ずれおしたいたす。

    ボスが「二階に䞊がるぞ」ず声をかけたので、階段を䞊がっおいくず二郚屋がありたした。北偎の郚屋は台所の真䞊で、窓の䞋には車が芋えたすが、景色はいたいちです。南偎の郚屋はリビングの真䞊で、むき出しで擊り切れた朚床の䞭倮に、䜿い蟌たれたベッドが眮かれおいたした。スプリングマットレスの真ん䞭がぞこんでいたすが、ないよりはマシです。カヌテンは遮光効果のある垃地で、カヌテンを開けるず倏の日差しが窓から降り泚ぎ、玠晎らしい眺めが広がりたした。リビングから芋るより遠くたで芋枡せたす。

    ボスにこの郚屋にするこずを䌝えるず、そっけなく鍵を枡し「じゃあ、明日の8時に事務所に来るように」ず蚀い残しお出おいきたした。䞀人残されお、しばらく家の䞭を探怜したした。東掋から来たホヌムレスのようなさすらい人が、いきなり䞀戞建おに䜏む劎働蚱可蚌持ちのアルバむト生になりたした。その倜のこずはあたり芚えおいたせん。早めに寝袋にもぐりこみ、倩井を静かに眺めながら、い぀の間にか眠りの深みに萜ちおいきたした。

    画像
    ホヌムレスは䞀軒家の䞻に栌䞊げか

    むギリスの蟲堎に初出勀

    初出勀の日は快晎です。ありがたいこずです。初日が雚だず、モチベヌションが䞋がっおしたいたすからね。手持ちの食糧もほずんど残っおいないため、適圓にサンドむッチを䜜っおお匁圓にしたした。するず、朝食甚の食べ物がなくなっおしたいたしたが、たあいいです。食べ物はありたす。ただし食べる時間が遅くなるだけです。自分で玍埗したした。誰も文句を蚀う人なんおいたせん。それに、蟲堎に出勀する緊匵であたり食欲もないです。バックパックからくたびれたスヌパヌのビニヌル袋を取り出しお、お昌ご飯を包みたした。䜜業䞭にのどが枇くだろうから、氎道氎をアルミの氎筒に詰めたした。ドアを出るず、明るいむングランドの朝の倪陜が昇っおきおいたす。

    蟲堎ぞの道をしっかり芚えおいるわけではありたせんが、「なんずなくこっちだったよな 」ずいうかなりいい加枛な方向感芚で歩き始めたした。ずにかく広い蟲堎のようで、かなり歩いおもただ蟲堎敷地内のリンゎ畑が続いおいたす。囲い蟌み運動で地䞻が蟲地を占有したずいう歎史を高校のずきに習ったこずを思い出したす。すれ違う人もいたせん。実は正盎ホッずしおいたす。ずいうのも、向こうから誰か歩いおくるずすれば、ずいぶん手前からその姿が芋えるわけで、緊匵した状況でどう挚拶すればよいのか戞惑っおしたうかもしれないず心配だからです。もちろんむギリスなのだから「グッドモヌニング」でいいはずですが、ちゃんず発音できるか急に自信がなくなりたす。

    今たでは英語が母囜語ではない人たちず英語で䌚話をしおきたので、たあなんずか通じるだろうず高をくくっお話をしおいたしたが、ここは英語の本家本元です。劎働蚱可蚌を発行しおくれたおばちゃんも、蟲堎のボスもずおも聞きやすい英語を話しおいたした。それに比べお私の個性的な英語の発音は、かなりダりングレヌドです。そんなこずを考えながら歩いおいるず、いきなり埌ろから「グッ、モヌニング」ずいう挚拶が聞こえたした。自分も反射的に「グッドモヌニング」ず答えたした。その男性は颯爜ず自転車で私を远い抜いお、芋る間もなく過ぎ去っおいきたした。今たで埌ろから远い越しざたに挚拶される経隓なんおなかったので、かなり新鮮な経隓でした。かっこいいず思いたした。それでなんずなく肩の力が抜けお、未経隓の緊匵感もずいぶん和らぎたした。


    旅は人を育おる かも

    蟲堎の事務所に到着するず、すでに10人ほどの蟲倫が集たっおいたした。腹を決めお先に「グッドモヌニング」ず明るく挚拶したした。するず蟲倫の人たちもちゃんず答えおくれたした。よし、たずは぀かみはかもず少し安心したした。しばらくするずボスが事務所からスケゞュヌルが曞いおあるらしい玙を脇に挟んで出おきたした。皆はボスを䞭心になんずなく半円状に囲みたした。たずはボスが挚拶をしお、今日の䜜業予定をそれぞれの人に䌝えおいきたす。䞀通り話が枈むず、ボスが私に目で合図をしお、ちょっず前に出るようにずいうゞェスチャヌをしたした。ボスが私を玹介しおくれたした。私のほうを向いお自己玹介をするように蚀われ、「日本から来たした。倏䌑みの数ヶ月間ここで働きたす。私のこずはIKUOず呌んでください」ず蚀いたした。ペヌロッパを攟浪しおきお、それなりに床胞が぀いおいるので、ずりあえずさらりず自分の玹介はできたかなず思いたした。皆、口々に「よろしくな」などず挚拶しお、各自本日の担圓䜜業に取り掛かりたした。皆真面目そうで、田舎の人間はやはり安心しお付き合えるなぁず思いたした。あずで倧倉なこずになるのですが、その話はもう少し埌に回しお、独りがっちになった私にボスはたた「぀いお来い」ず蚀っお、ミニの運転垭に座りたした。私も助手垭に座るず、蟲堎の䞭をしばらく走りたした。この蟲堎の広さはいったいどのくらいあるのだろうず思うくらい感心しおしたいたす。倧きなサクランボの朚の林を越え、芋事なリンゎの老朚たちの䞘を抜け、䜕かしらベリヌ系の朚が連なる矎しい栜培地を過ぎお、やっず車は目的地に着きたした。

    ボスが指瀺したのは、リンゎの収穫゚リアでした。倧きなカゎが䞊べられ、収穫の準備が敎っおいたした。ボスは「今日の䜜業はここだ。収穫したリンゎをこのカゎに入れおいく。品質を芋分けるコツは埌で教える」ず蚀いたした。そしお、䜜業甚の手袋ず゚プロンを枡しおくれたした。私は早速䜜業に取り掛かり、指瀺通りにリンゎを収穫しおいきたした。最初は手探り状態でしたが、埐々にコツを掎み、リズム良く䜜業が進みたした。呚りの蟲倫たちも芪切で、わからないこずがあればすぐに教えおくれたした。昌食の時間になるず、皆で䞀緒に䌑憩を取りたした。サンドむッチを取り出し、手䜜りの簡単なお匁圓を食べながら、蟲倫たちず話したした。圌らは地元の話や蟲堎での出来事を面癜おかしく話しおくれたした。緊匵が少しず぀ほぐれ、圌らずの距離が瞮たっおいくのを感じたした。

    倕方には疲劎感ずずもに達成感を感じたした。初日の仕事が終わり、蟲堎を埌にしお垰宅の道を歩きたす。行きず同じ道を通りたすが、朝ずは違い、倕焌けが矎しい景色を圩っおいたす。むギリスの田園颚景は本圓に絵になりたすね。家に垰るず、すぐにシャワヌを济びお汗を流し、さっぱりしたした。倕食には、昚日の残りのミヌトパむを枩めお食べたした。䜓を動かした埌の食事は矎味しく、すぐに眠りに萜ちたした。明日も頑匵ろうず思いながら、静かに眠りに萜ちたした。


    䞀人がっちず孀独は違う

    翌日は朝のミヌティング埌にボスは私をトラックタむプのミニクヌパヌで昚日ずは違った珟堎に私を連れおいきたした。そこは、果暹の幌朚を怍えおある明るい蟲地でした。

    荷台に積んである道具を䞋ろすず、倪い針金の郚品をいく぀か手に取り、幌朚のほうに歩いおいきたした。私も圌の埌に続き、どんな䜜業になるのか少々䞍安ではありたしたが、静かに圌が説明を始めるのを芋守りたした。「むキオ、これは、ただ小さなリンゎの苗朚だ。芋お分かるように分かれお出おきおいる枝が、すべお䞊を向いおいる。」なるほど。幹の倧きさもただ人差し指ぐらいの倪さです。「これでは、枝から広がる葉が、効率的に倪陜の光を十分に受けるこずができない栌奜だ。」なるほど 。そこで、むキオ。このS字型の針金補のフックを幹ず枝に匕っ掛けお、広がった状態に矯正するんだ。」ふむふむ。「芋おごらん。たず幹にS字の郚分を匕っ掛けお、残りの郚分を枝に匕っ掛けるず、ほら枝が広がっただろ。」「Yes, I got it. Boss」「じゃあ倕方になったら迎えに来る」ず蚀い残しお、私をひずり残しお車で立ち去りたした。私は半分唖然ずしながら、山ほどのS字フックが詰め蟌たれたコンテナずその郚品が取り分けおあるプラスチック補のバケツの前にしばし䜇みたした。

    画像
    広いりんごの幌朚の䞭に䞀人で䜜業する

    改めお回りを芋枡しおみるず、遠く氎平線たで続くリンゎの幌朚の畑に動いおいるのは私䞀人でした。空高くヒバリが鳎き、ずきどき優しく颚が吹きたした。ずりあえずアリが来るず困るので、S字フックの山の頂䞊に昌ごはん昚日ドラッグストアで買ったパンずハムのサンドりィッチず氎筒を眮き、ノロノロず小分けしたS字フックのバケツを持っお、初めの列の2本目の朚にフックを掛けおみたした。もちろん䞀本目には、ボスのフックがかかっおいたす。実際にやっおみるず以倖に難しく、ボスのように掛けた぀もりでもなかなか枝が広がっおくれたせん。䜕床も自分のフックの掛け方ずボスの掛け方を芋比べるこず30分。なんずなくやり方が把握でき、少しづ぀掛け方もスムヌズになっおきたした。

    日差しは暑いのですが、颚が吹くず汗が匕きたす。湿床が日本ず比べるず䜎いこずが実感されたす。生たれお初めおの経隓です。日本では想像できないくらいの快適さで、「日本の倏もこんなんだずいいんだけどなヌ」ず無駄なこずも思い浮かぶ䜙裕も少しづ぀出おきたす。ずはいっおも、間違いなく身䜓の氎分は蒞発しおいくのだからず、氎筒をフックのバケツに突っ蟌んで、時々のどの枇きを最しながら䜜業を続けたした。本圓に私以倖の生き物は地䞊にいないのだろうかずいうくらい広々ずした畑に動くものが芋圓たりたせん。䞀人がっちだけれど、寂しくなかったです。きっず向こうに芋えるブッシュの䞭には、野うさぎが隠れおいるでしょうし、リスだっおあの朚の枝で忙しく゚サを探しおいるでしょう。私が倧奜きな「倪平掋䞀人がっち」堀江健䞀著のなかで、䞻人公の堀江青幎は、ペットによる倪平掋の単独暪断の途䞭でこんなこずを考えおいたす。䞀人がっちず孀独は違いたす。倪平掋の真ん䞭に䞀人で挂っおいおもそれが孀独ずいうわけじゃありたせん。日本に自分のこずを思っおくれおいる仲間や家族がいれば、たたたたその間の距離が遠いだけで心は぀ながっおいたす。でも、呚りにたくさんの人間がいおも、心がひず぀孀立しおいるずすれば、それはずおも寂しい事になりたす。それが孀独です。確かにそう思いたす。

    今は、ペヌロッパを䞀人で旅しお、蟿り着いた堎所はむギリスです。呚りには知人がいるはずもないが、ちっずも寂しくないです。日本には、友達もいるし、家族もいる。たあ最近では、忘れられおいるかもしれないが、私は忘れおいたせん。今はたくさんの経隓をするこずで、なにかしら新しい発芋をできるように生掻したいです。なにかしらの生き方の道しるべが芋぀けられれば幞いです。それが芋぀けられないにしおも、貎重な経隓をしおいるこずには間違いないです。今ならこれたでの倧倉な経隓も有難いず思うようになれた。定䜏するようになっおたった䞀日なのに、心の持ち方が倉わりたした。䞍思議だけれど、これも貎重な経隓なのだろうず思いたす。


    本堎むギリスで初めおのティヌブレむク

    ふず腕時蚈を芋るず、10時を過ぎおいたした。せっかくむギリスにいるのだから、10時のお茶、いわゆるティヌブレむクを楜しもうず思いたした。ずはいえ、玅茶もクッキヌも持っおいたせん。今日は氎ずお昌ご飯甚のサンドむッチだけです。たあいい、栌奜だけでも楜しもうず思い、ベヌスキャンプに戻り、昌ご飯甚のサンドむッチの䞀郚をちぎっお腰を䞋ろし、氎を玅茶代わりに飲みながらなんちゃっおティヌブレむクをしたした。昚日、垰り道に芋぀けた雑貚屋さんでクッキヌずパン、それから本堎の玅茶を買おうず思いたす。しばらく䜏むのだから、少々買い蟌んでも問題ないでしょう。ずはいえ、絊料日たでは莅沢はできないので、それなりの買い物しかできたせんが 。

    さお、仕事の続きを始めようず思いたした。広がるリンゎの苗朚の林をどこたで進むかわかりたせんが、任せられた仕事なので、頑匵っおいい仕事をしようず思いたした。倕暮れたでもくもくず䜜業をこなしたした。もちろん3時のお茶の時間にもちゃんず䌑憩を取りたしたが、お昌ご飯はすでに食べおしたっおいたし、氎の残りも少なかったので、フランスで買ったDRUMずいう銘柄の玙巻タバコを巻いお、䞀服しただけでした。

    倕方5時前にボスが迎えに来たした。私の䜜業を芋お、特に文句も耒めるこずもなく、ふヌんず芋枡しお、「むキオ、明日も同じ仕事だ」ず蚀っおニダッず笑いたした。私は少し匕き぀った顔で「Yes, Boss」ず答え、明日の䜜業甚の道具をそのたたにしお匕き䞊げたした。蟲堎の管理事務所ぞ向かう道すがら、このリンゎの苗朚たちが矎味しい実を぀けるのはい぀ごろだろうかずがんやり思いたした。自分のリンゎの朚ではないけれど、その成長が楜しみです。管理事務所はすでに静かで、ボスにさよならを蚀った埌、家路に着きたした。


    ドラッグストア初入店

    蟲堎の䞀日が終わり、垰り道に少し寄り道をしたした。目的地は、䟋のドラッグストアです。圓時、日本にはただ倚くなかったドラッグストアに入るのは初めおで、少し緊匵しおいたした。店の䞭は䜕でも屋のような雰囲気で、郵䟿局も兌ねおいるようでした。ちょっず小倪りで芪しみやすそうなおばちゃんが出おきたした。すでにペヌロッパで4ヶ月過ごしおいるので、挚拶には慣れおいたす。目で䌚釈をしたした。

    画像
    ドラッグストアの店䞻兌郵䟿局長゚リザベスさん

    お目圓おのクッキヌず玅茶、党粒のオヌトミヌルパン、お米も手に入れたした。旅行者かず尋ねられたので、近くの蟲堎で倏の間だけアルバむトをするこずになったず答えたした。おばちゃんは、日本からのアルバむト生は初めおらしく、䜕でも聞いおいいず蚀っおくれたした。早速、日本に手玙を出したいので、ア゚ログラムを数枚欲しいず尋ねるず、すぐに出しおくれたした。ア゚ログラムは、ハガキず封筒が合䜓したようなもので、ハガキよりもたくさん曞けお、封曞よりも安い料金で出せる簡易封曞です。切手は既に封筒偎に印刷されおいたす。数ヶ月間はここにいるので、明日ボスに䜏たいずしお貞しおもらっおいる家の䜏所をきちんず聞いお、日本の家族に連絡しようず思いたす。4枚ほど賌入したした。

    倖に出るず、高緯床のむギリスの倏の倕方は長く、やっず陜が傟いおきたした。気が぀かなかったけれど、今日は盞圓歩いたようで、家に戻るず急いでシャワヌを济びたした。お腹に牛乳ずパンを流し蟌み、ベッドに倒れ蟌みたした。倖には、シンずした闇が広がっおいたした。


    リンゎの朚ず野うさぎず戊闘機

    二日目の朝、蟲堎ぞの道を歩きながら出䌚う人々ず元気に挚拶を亀わし、朝瀌も無事に終えお、ボスに連れられ再びリンゎの赀ちゃんたちのお䞖話をするために昚日ず同じリンゎ畑ぞず向かいたした。今日は䞇党の準備です。氎筒には玅茶、ミネラルりォヌタヌはペットボトルに入れ、お昌ご飯甚のサンドむッチずティヌタむム甚のレモンクリヌムがサンドされおいるクッキヌを䞀袋甚意したした。案の定、ボスは私を畑に萜ずすなり、さっさず垰っおいきたした。

    私は、10時のティヌタむムたで、S字フックを掛ける「tieing tree」の䜜業をしたした。盞倉わらず本圓に気持ちの良い倩気です。10時の玅茶を楜しんでいるず、リンゎの幌朚の間から䜕かが飛び出しおきたした。野うさぎでした。パッず出おきたものの、私がいたためびっくりしたのでしょう。しばらく固たっおいたした。私もびっくりしたした。うさぎを芋たこずはありたしたが、野うさぎずの遭遇は初めおです。野うさぎは固たっおはいるものの、こちらを怖がっおいる颚でもありたせん。しばらくお互い芋぀め合いたしたが、うさぎには私に近づくだけの理由はなかったのでしょう。近くを適圓に散策した埌、出おきたずきず同じ勢いでブッシュの䞭に消えお行きたした。

    その盎埌、ものすごい蜟音ずずもにゞェット戊闘機が超䜎空飛行で飛び去りたした。線隊を組んだその戊闘機矀は、きれいな赀に機䜓がカラヌリングされおいたため、芋せるこずを目的ずしたむギリス空軍のチヌムかもしれたせん。埌日、ドラッグストアのおばちゃんに聞いおみたら、レッドアロヌズずいうむギリス空軍のアクロバチック゚アロチヌムだず教えおくれたした。さっきの野うさぎも、この蜟音を私よりも先に聞き぀けおブッシュの䞭に飛び蟌んだのかもしれたせん。戊闘機が飛び去るず静けさが戻りたした。特に䜜業を止める理由もなかったので、再び䜜業に戻りたした。なんずいう静かで平和な時間でしょう。䜜業は決しお楜しいずいうものではありたせんが、自分のペヌスで進められたす。こんな䜜業が、3日ほど続きたした。

    画像
    氞遠ず続くリンゎ蟲園ではいったいどれくらいのリンゎが収穫されるのだろうかこの蟲園の芏暡の倧きさに驚く

    道すがらナゟのキノコを獲る

    ドラッグストアでは少し銎染み客になり、䜏んでいる家のちょっず個性のある煮炊き甚のコンロのクセもわかっおきたした。蟲堎ぞの近道も発芋したした。倧きなリンゎの朚の林を突っ切り、ブラックチェリヌの芋事な倧朚がズラリず䞊ぶ林を通るず、あっずいう間にドラッグストアの前に出たす。そこから家たでは5分もかかりたせん。しかも思いもよらぬ収穫もありたした。リンゎの林を抜けるずきにふず朚の根元を芋るず䜕かしら癜いものが芋えたした。䜕だろうず近づいおみるず、それは癜いキノコ、なんず自生のマッシュルヌムだったのです。

    それたでマッシュルヌムず蚀えば猶詰か小さなパック詰めのものしか知りたせんでしたが、これが自然に生えおいるのを芋぀けたのです。キノコは毒を持぀ものもありたすが、その姿栌奜がたさしくマッシュルヌムそのたたでした。私は手ごろな倧きさのものを4、5個採っおカバンに入れたした。ふず䞊を芋䞊げるず、小ぶりのリンゎも赀くなっおいるではありたせんか。しばらく考えた埌、これだけ沢山あるんだから味芋ずいうこずで2、3個採っおもバチはあたらないだろうず刀断しお倱敬したした。埌日、蟲堎の蟲倫の人たちも適圓に採っお垰っおいたので、たあ職員特兞ずいうこずなのでしょう。

    さお、マッシュルヌムの話に戻りたす。どのように料理しようかず我が家たでの道すがら考えたした。やっぱり焌くのが無難かなず決めかねお、なんずなく日本から持っおきたポケットタむプの日英蟞曞で調べおみるず、マッシュルヌムは「西掋マツタケ」ず翻蚳されおいたした。では自炊甚に買っおきたお米でマッシュルヌムご飯に決定です。早速、準備したした。たずお米を研ぎたす。日本のお米ずは違っお長粒皮、いわゆるロングラむスなので、少し氎加枛は倚めにしたす。そこにドラッグストアで買ったしょう油で塩加枛を調敎したした。なんずむギリスの田舎でもしょう油が売っおあるのを芋たずきは感動したした。しかも日本補です。日本のセヌルスマンは䞖界䞭で日本補品を売り蟌んでいおすごいなぁず感謝しお、手を合わせお買いたした。

    貎重なしょう油なので必芁最小限の量を加え、足りない分はむギリスの塩で調敎したした。日英同盟です。そこに2、3mmの厚さにスラむスしたマッシュルヌムを入れたした。本圓にマッシュルヌムだろうかずいう䞍安は若干ありたしたが、今たで培っおきた野生の勘を信じるこずにしたした。蓋をロックしお準備完了です。


    こだわりのマツタケ颚炊き蟌みご飯

    コンロにかけお火を぀けたす。お米を炊くのには、持参しおきたコッフェルが非垞に圹に立ちたす。このアルミ補のコッフェルは、ふた付きでしかも簡易的にロックができるので、お米を炊くずきにはそれなりに圧力がかかり、いい具合にお米が炊けるのです。日本にいるずきも、このようなシチュ゚ヌションがい぀かあるだろうず思っお、かなりお米を炊く緎習はしおきたした。その成果を詊すずきが来たした。この旅の䞭でお湯を沞かしたり、クノヌルのむンスタントスヌプを䜜ったり、ここに来おからは絶察に倖せないティヌタむム甚の玅茶を煮出すのに䜿っおきたした。

    個性的なコンロで火加枛を調敎するのは至難の業ですが、マッシュルヌム倚分 の炊き蟌みご飯を食べるために、埮劙な火加枛をするために栌闘したす。個人的な経隓で確かず蚀うわけではないですが、ご飯を炊くずきに䞀番必芁なのは聎芚だず思いたす。もちろん火加枛は必須ですが、最埌の仕䞊げの段階は火加枛ずいうよりは、お鍋の䞭から聞こえおくる音の聞き分けに成吊があるず思いたす。たあ仕䞊がり間近たではグツグツずいう音ですが、すっかりお米に火が通り、氎分がいよいよなくなっおくる頃になるず、グツグツがプツプツずいう感じに倉わりたす。そこであわおお火を止めるずベッチャリずしお氎っぜい、いわゆるおかゆに近い仕䞊がりになりたす。そこでプツプツからしばらく攟っおおきたす。するず蓋の脇から湧き䞊がっおいたねっずりした湯気が少なくなり、埮劙に焊げ臭い匂いが挂っおきたす。ほずんど氎分が蒞発しお、なべ底のお米が焊げ始めた蚌拠です。圓然そのたた攟眮するず、せっかく炊いたご飯はおこげご飯になりたす。しかしおいしいお米に仕䞊げるためには、このギリギリの蟛抱が倧切になりたす。プツプツずいう音はもう少し高い音になり、パチパチずいう「もういっぱいいっぱい」ずいうお米からの悲鳎が聞こえおきたすが、ここでも「埌もう少しだ」ず最埌の蟛抱したす。さらに高音のピチピチずいう音になれば「もう我慢できないだめだぁヌ」ずいう我慢の限界が蚪れた時点で、火を止めたす。

    さお、はたしお西掋マツタケ颚炊き蟌みごはんの出来は 


    芚悟を決めお 食べる

    さお、今倜のお米の仕䞊がりはどうだろうずコッフェルの蓋をずるず、なんず぀や぀やした仕䞊がりのマッシュルヌムご飯が湯気の向こうに芋えたした。別名、西掋マツタケご飯です。匂いはたったく、おいしそうです。最埌の確認は、舌で確かめるしかありたせん。その矎味しそうなご飯の銙りに負けお、たずスプヌンでご飯を味芋したした。久しぶりのご飯の味にテンションが䞊がりたす。勢いでマッシュルヌムのようなキノコもすくっお、食べおみたした。銙りは日本のマツタケには及ばないものの、味はほのかにマツタケのうたみが口の䞭に広がりたす。間違いない、これはマッシュルヌムです。

    その目の前の西掋マツタケご飯ができたこずもうれしいですが、通勀路に食材が生えおいる。぀たり飢える可胜性が䜎くなるずいうこずは、ホヌムレス同然の生掻をしおきた人間にずっおは垌望の光です。垰る家がある。食べる物がある。胞を匵っお仕事できる職堎がある。この状況に出䌚えた自分は幞せです。たった䞀぀のむギリスのアドレスから道が広がりたした。やはり、生きるずは前進するこずが倧切であるず再確認したした。

    毎日、静かで萜ち着いた生掻を送っおいたす。倧きなリンゎ林の暪には、私が倧奜きな西掋梚pearの盞圓広い林も芋぀けたした。もちろん、鈎なりの西掋梚を職員特兞ずいうこずでどっさりもらっお垰りたした。もう職員特兞のオンパレヌドで、ブラックチェリヌも出勀前ず垰宅するずきに空き猶に入れお垰りたした。ああ幞せです。旅っおいいなぁなどずお気楜にしおいたした。ただし、次の詊緎がもうすぐそこたで来おいたこずを知らずに 。


    画像
    蟲園ぞの通勀途䞭で毎日拟った食材巊から西掋梚、プラム、マッシュルヌム、リンゎ

    車持ちのアルバむト生

    朚曜日、出勀するず蟲堎の事務所のほうから賑やかな声が聞こえおきたした。䜕事かず思いながら蟲堎の門をくぐるず、そこには英語の措氎が広がっおいたした。近くの職員に尋ねるず、この日から孊校が倏䌑みになり、新たに蟲堎でアルバむトをする孊生たちがやっお来たのだず教えおくれたした。私ず同じ身分の圌らが、たるで祭りのようにどやどやず入村しおきたのです。

    䞀瞬、圌らが私の䜏んでいる家に来るのかず思いゟッずしたしたが、どうやら専甚の宿泊斜蚭が甚意されおいるらしく、少し安心したした。しかし、ボスが私を呌び出し、新しい䜏人がスペむンからやっおくるこずを告げたした。「Yes, boss」ず答えるしかありたせんでした。こうしお、のんきな䞀軒家でのハッピヌシングルラむフは終わりを告げたした。

    新しい䜏人に぀いお詳しく聞くず、スペむンのむギリス倧䜿通の職員の息子だずいうこずで、少しは安心したした。倧䜿通関係者の子息なら、それなりに行動や盞手に察する敬意の払い方は知っおいるだろうず思ったからです。しかし、続けおボスは「実は、その男の子は英語があたり話せないんだ」ず蚀いたした。えっむギリス人なのに英語があたり話せない驚きたしたが、聞けばスペむンでの生掻が長く、スペむン語が生掻のほずんどであり、英語はスペむンの高校で習った皋床だずのこずです。ふむふむ、ずいうこずは、もしかしお私のほうが英語が䞊手かもそんな䜙裕も出おきたした。しかも、私は先に䜏んでいるずいうこずで、先䜏民の立堎です。䜕かず優䜍に事が運ぶかもしれないず少しホッずしたした。

    ボスは「たあ、仲良くやっおくれ」ず蚀い、「Yes, Boss」で話は終わりたした。翌日から地元のバむト生がtieing treeの䜜業を担圓するこずになり、「では、今日から私は」ず尋ねるず、ボスは「むキオ、お前は車の運転免蚱を持っおいるのか」ず聞きたした。「持っおたす」ず答えるず、「では、今日からこの車を仕事のずきに䜿いなさい」ず蚀っお、車のキヌを枡されたした。どの車かず尋ねるず、指差された先にはなんずオヌスティン・ミニトラックがありたした。やったぁなんずいうこずでしょう。これでずりあえず車持ちの装備たで敎いたした。これなら䞖界䞭を行けるぞず、ほくそえんでいる自分がいたした。

    画像
    広倧な蟲堎を移動するために支絊されたミニクヌパヌトラック

    スリリングなむギリスでの初運転

    早速、䜜業の道具を荷台に積み蟌み、今日が最埌ずなるリンゎの畑に向かいたした。右ハンドルで巊偎通行のむギリスでは、日本ず同じように運転できるのが助かりたす。ずいうのも、ペヌロッパに来た圓初、日本ずは逆の亀通ルヌルに慣れるのが倧倉で、道路を暪断する際の巊右の確認や、バス停でバスを埅぀ずきに、぀い日本の車の流れを思い出しお右埀巊埀しおしたいたした。巊方向に行くバスに乗るには、道路の向こう偎のバス停で埅たなければならないのですが、日本の感芚で手前のバス停に立っおしたうのです。ペヌロッパでは通行ルヌルが逆なので、バス停を間違えるず倧倉です。

    街䞭では車が頻繁に通るので、芖芚的に右方向か巊方向かを確認できるため問題は少ないのですが、田舎のほずんど車が通らないバス停でがんやり埅っおいるず、いざバスがやっおきたずきに慌おおしたいたす。むギリスではその心配がないので安心です。䞍思議なこずに、日本ずむギリスは島囜同士で通行方向が同じ巊偎ずいう共通点がありたす。

    ミニトラックに乗り蟌み、゚ンゞンをかけお蟲堎から出発したした。道幅が非垞に狭いこずは以前にも曞きたしたが、オヌスティン・ミニにずっおは問題ありたせん。快適に運転しおいたら、前方にトラクタヌが珟れたした。離合する堎所が少し先にありそうだったので、そこでやり過ごそうずハンドルを切りたしたが、どちら偎に寄せれば良いのか䞀瞬迷っおしたいたした。こちらでしばらく暮らしたせいで、い぀の間にか巊偎通行の頭が右偎通行の頭に切り替わっおいたのです。

    正面から倧きなトラクタヌが近づいおくる䞭、冷や汗がどっず出たした。すんでのずころで、むギリス匏の亀通法芏に則った巊偎の離合スペヌスに停めるこずができたした。正面から来たトラクタヌの運転手がにこやかに手を䞊げ、「グッ、ダむ」ず声をかけお通り過ぎたした。危ないずころでした。䞀぀間違えば正面衝突になっおいたかもしれたせん。䞖界䞭どこでも安党運転を心がけるこずを私の暙語にしようず心に刻みたした。

    慎重に、たるで初心者のように前方ず埌方の確認を指差し呌称で行い、しっかりずギアをロヌに入れお静かに再出発したした。安党運転を心がけるこずの倧切さを改めお実感し、泚意深くリンゎの畑に向かいたした。

    むギリスの田舎の亀差点はロヌタリヌ

    ずころがたたたた、問題発生です。次の曲がり角がロヌタリヌだったこずを思い出したした。「進入方法っおどうやるの!?」ずいう䞍安が頭をよぎりたす。それたでボスの運転で気楜に助手垭に乗っお通り過ごしおいたのですが、今たでにロヌタリヌを車で通過したこずがなかったため、右ぞ曲がる方法に困惑したした。巊に曲がるのは簡単です。日本の亀差点ず同様に巊にハンドルを切っお道なりに進めばよいのです。しかし、右に曲がる堎合、たず巊ぞ曲がる必芁がありたす。巊ぞ曲がる道を通過し、さらに右回りに回っお、ロヌタリヌの進入点から芋るず盎線方向の道を通過し、やっず目的の方向に進めたす。ロヌタリヌ初心者にずっおは、目が回るような右折です。䞋手をするずロヌタリヌを䞀呚しお元の道に戻っおしたうかもしれたせん。䞀人で運転しおいるので独り蚀を蚀っおも問題ありたせん。「よし、安党運転でロヌタリヌぞ進入」ず気合を入れお円状のロヌタリヌの亀差点に進入したした。呚りを芋枡すず500メヌトル半埄内にはたったく車が芋えないので、ノロノロ走っおも誰にも迷惑はかけなさそうです。しかし、緎習の぀もりで安党に、か぀スロヌスピヌドではなく、静々ず回転したした。あやうく䞀呚しそうになりたしたが、無事に右折に成功したした。次回進入するずきは3呚くらい回っおやろうかずも思いたしたが、せっかく䞖界どこでも安党運転ずいう誓いを立おたので、やめおおきたした。なんずか無事に䜜業するリンゎ畑に到着したした。


    数千本のリンゎの朚ず付き合う

    今日も快晎です。芋枡すず、3日間の䜜業でずいぶんずリンゎの子䟛たちは枝を広げるようにS字フックがセットできおいたす。みんな手を広げお、私に手を振っおいるようにも芋えたす。い぀かたた倧きくなったこのリンゎの朚たちず䌚っおみたいずも思いたす。ただ10時たでには時間があるので、できるだけ今日䞭に䜜業を進めようず決意したした。

    ふず気が付くず明日は金曜日です。初の絊料日であるこずに気づきたした。はたしおどのくらいの絊料になるのでしょうか。少なくずも䞀週間の食費が皌げれば良いのですが、急に珟実味を垯びお少し心配になっおきたした。今の時点で考えおもしょうがないず自分に蚀い聞かせ、こ぀こ぀ためればきっず日本に垰れるくらいのお金になるだろうず思いたした。でも、高犏祉囜家のむギリスだからガッポリ皎金ずられたらどうしようなんお、えらく䞖知蟛いこずを今日は考えるなぁず思いたした。

    ずにかく日が傟くたでリンゎの朚ず向き合いたした。最埌に遥かに䞘の向こうたで続くリンゎの若朚たち芋枡した埌、広い広い蟲園の真ん䞭で手を振りたした。「みんな元気に倧きく育぀んだよ」ず少し寂しい気もしたしたが、次の日には新しい同居人も来たす。絊料日でもあり、初めおのこの地でのりェヌク゚ンドです。やっぱり、みんなでパブに行くのかなヌず考え、生ぬるいずいうこずで有名なラガヌビヌルでも飲んでみるかなず思いたした。

    垰りがけに職員特兞のリンゎ、マッシュルヌム、西掋梚、プラム、ブラックベリヌをしこたたバッグに詰め蟌んでドラッグストアに寄っおみたした。おばちゃんは倖出䞭ずいうこずで、高校生くらいの女の子がカりンタヌにいたした。名前を聞くずシャヌロンずいう名前でした。久しぶりに若い女性ず䌚話をしお、ガラになく恥ずかしかったです。私宛に郵䟿が来おいないかずずりあえず聞いおみたした。ただ、こちらから出した手玙を出した日から数日しか経っおいないので、日本に着いおもいないだろうず思い぀぀、䌚話する事が芋぀からなくお、ずりあえず聞いおみたのです。シャヌロンはアングロサク゜ン系のきれいな目をしおいお、いわゆるむギリス矎人の兞型でした。私が聞きやすいように、ゆっくり話しおくれる優しさも持っおいたす。しばらく䌚話を楜しみ、週末甚の牛乳ず食パンを買っお垰りたした。

    充実した䞀日でした。ボスに信頌されお瀟甚車のミニクヌパヌを運転し、むギリス矎人ず知り合い、か぀おないいい日でした。ただし明日から始たる倧倉な共同生掻などたったく知らずに安らかに寝りに぀きたした。

    画像
    FavershamのドラッグストアでアルバむトをしおいるMiss.Sharon Owen

    今日は充実した䞀日でした。ボスに信頌されお瀟甚車のミニクヌパヌを運転し、むギリス矎人ず知り合い、か぀おないいい日でした。明日からの倧倉さなどたったく知らずに安らかに寝入りたした。


    スペむン語しか話せないむギリス人

    朝からちょうどお匁圓箱の倧きさにぎったりのピクルスのプラスチックケヌスがあったので、昚晩のマッシュルヌムご飯を詰めお昌ごはんにしたした。朝食も嬉しいこずに和食です。アルミ補の氎筒には熱い玅茶を入れたした。昚日、党粒のビスケットも買っおいたので、ティヌタむムのサむドメニュヌは問題ありたせん。それに職員特兞のフルヌツもリンゎず西掋ナシがあっお、なんずたあ莅沢なラむンナップです。サブバッグはすでにパンパンです。ショルダヌバッグの玐が肩に食い蟌むのを感じながら蟲堎の事務所に向かいたした。

    事務所に到着するず、おぉ、いるわいるわ 。たったく孊校の朝瀌前の校庭ずいった雰囲気です。若さず隒々しさが溢れる䞭庭で朝の挚拶ず今日の䜜業段取りが指瀺されたした。完了するず、その他倧勢のアルバむト生はトラックに積み蟌たれお、昚日たで私が䜜業しおいたリンゎの幌朚が怍えおある畑に向かいたした。きっず昚日䌚った野うさぎは今日の隒々しさに驚くに違いありたせん。ちょっずお気の毒だなぁずがんやり考えおいるず、ボスが私に来いず手招きしたした。

    ボスの暪には、私ず同じくらいの背栌奜の若者がいたした。ははぁヌ、こい぀が䟋の倧䜿通員の英語が䞋手なむギリス人だなずピンずきたした。「むキオ、圌が今日からあの家に䞀緒に䜏むこずになるゞェヌムスだ。」ず玹介されたした。私は、第䞀印象でなめられおはいかんず思っお、ゞェヌムスの぀た先から頭のおっぺんたでゆっくり舐めるように芋おやりたした。自分のこずを「なんずなく尻の穎の小さい奎だなぁヌ」ず感じながらも、最初が肝心ず気合を入れお目を合わせたした。

    するず「ボク、ゞェヌムスです。仲良くしおね。」ず銎れ銎れしく話しかけおきたした。私はちょっずツッパリの感じで「あぁ、俺はむクオだ、よろしくな」ず盞手の目を芋぀めながら蚀葉を返したした。「きっず、いい友達になれるね。」などず無邪気に語りかけおくるのでちょっず気を削がれる感じではありたしたが、たあこれでなめられるこずもないだろうず自己満足しおいたした。なんずたぁ心の狭い自分がいたした。

    ずにかくあいさ぀が終わるずボスは、私たちに「じゃあ、今日の䜜業゚リアに連れお行くよ。」ずいうこずで、私はミニトラックの助手垭に乗り蟌み、ゞェヌムスは荷台に乗っお、ボスの運転で今日の䜜業堎に連れお行かれたした。


    生意気スペむン人ずチヌムを組む

    着いた先では、すでに䜕人かの蟲倫が䜜業をしおいたした。「トヌマスちょっず来おくれ。」ずいうず、䜜業しおいる䞭から初老の男性が私たちの方に近づいおきたした。「トヌマス、今日の䜜業で䜿っおやっおくれ。むキオずゞェヌムスだ。」ず私の肩を叩きながら、その䜜業䞻任に私たちを玹介したした。「むキオ、ゞェヌムス、圌はここの䞻任でトヌマスだ。今日は圌の指瀺で䜜業をしおくれ。」軜く私たちに䌚釈しお「オヌカむ、ボス。じゃあ䜜業を䞀緒に進めるように段取りするよ。」ず手短に䌚話するず私たちに぀いおくるようにずアゎで合図したした。

    その䜜業堎では、送氎甚の金属補のパむプを二人䞀組で運ぶ䜜業をしおいたした。トヌマス䞻任は私たちに「お前ら二人でこのパむプを䞀本ず぀トラックの荷台に積んでくれ」ずいうこずになりたした。抂ね8人が、長さ10m皋のパむプを手前から順番に二人で持っおトラックの荷台で埅っおいる䜜業者に枡したす。荷台の䜜業者は奥の方から順番に詰めながら積み蟌み䜜業をしおいるようです。「じゃあやっおみろ。」ずいうこずで、私ずゞェヌムスはパむプの䞡端に立っおパむプを持ちあげようずしたした。他の䜜業者がトラックに近い偎から持っおいるので私もそれにならっお手前のパむプを持ち䞊げたした。ずころがゞェヌムスは党く適圓にこちらに気にするこずもなく適圓なパむプに手をやっお持ち䞊げたした。もちろん私ずゞェヌムスが持ち䞊げたパむプは違っおいるので、パむプが互い違いに持ち䞊がったこずになりたす。

    私は思わず「ばか」ず日本語で蚀った埌「みんなトラックに近い偎から順に積み蟌んでいるのだから、お前にずっお䞀番右端のパむプから持ち䞊げるんだよ。」ず蚀いたした。䞍届きにもゞェヌムスは「適圓でいいじゃないか、むキオ、俺の持っおいるパむプをお前が持ちかえればいい。」ず蚀い、私が持っおいるパむプを降ろし、圌が持っおいるパむプを持おず䞻匵するではありたせんか。「みんな、順序良くトラック偎のパむプから持っおいるのだから、そのパタヌンを守れ。」ず蚀い返すず、生意気にも䞀週間先茩の私に察しお「いやだ。むキオがボクの持っおいるパむプを持っおよ。」ずいきなり口論ずなりたした。

    空気の読めない奎で、芳察力のない奎ず憀慚しながらも、他の䜜業者ず同じルヌルで䜜業しないず、私以倖の䜜業者ず組む事になった時、たた同じこずになるだろうず思ったので、「ゞェヌムス他の䜜業者ず同じやり方でやらないず䜜業がスムヌズに進たない」ず少し語気を匷めお蚀い返したした。暪で芋おいたトヌマス䞻任が、「そうだ、バカゞェヌムス、お前はむキオが蚀うように、トラックに䞀番近いパむプから持぀んだよ」ず泚意されたした。他の䜜業者も「そうだ、むキオのようにやれ」ず責められお、しぶしぶずふくれっ面をしながら、自分が持ち䞊げたパむプを降ろしお、私が持っおいる䞀番右端のパむプを持ち盎したした。

    ぞぇヌ、日本語の「バカ」ずいう蚀葉は䞖界暙準で通じるのだなず感心しながら、これは䜿い方を気を぀けないず日本語が通じないからず蚀っお、気を抜いおバカず぀ぶやけないなずも思いたした。空気の読めないゞェヌムスはのろのろず䜜業をしたす。先ほどの泚意されたこずを根に持っおいるのか、あるいはスペむン育ちのがっちゃんは頭が悪いのか、芳察力がないのか働くこずが嫌いなのか、いずれにしおもチヌムプレむにはちっずもマッチングしない人材であるこずは明らかでした。他の䜜業員も同じように感じおいるようで、䜜業が進むに぀れおゞェヌムスぞの颚圓たりは匷くなっおいきたした。それに反しお、ダメなゞェヌムスず比べれば、キビキビず䜜業する私ぞの評䟡は䜜業するごずに受け入れられおいき、他の䜜業員も気軜に「むキオ、もう少し奥に」ずか、「むキオあず10本積んだら、少しトラックを移動するから気を぀けろ。」ずか指瀺をするようになりたした。ゞェヌムスは他の䜜業員から半分無芖されるようになり、たすたす肩身が狭くなっおしたいたした。それはそうです。履いおいるゞヌンズにちょっずでも泥が付くず䞀生懞呜汚れを取ろうずしたす。その間、流れ䜜業でやっおいる仕事なので、他の䜜業員の仕事も止たっおしたいたす。「そんな汚れが付くのが気になるようなゞヌンズなんか履いおくるなよな」などず内心むラ぀いおいたしたたが、他の䜜業員も同じようで「急げ急げ」ず远い立おられお怒鳎られたした。その床に私も䜜業を止めなければならないので、半分呆れお、半分あきらめ10時のティヌタむムたで䜜業は続きたした。


    マむペヌスな困ったちゃん

    10時になるずトヌマス䞻任が「じゃあ、䞀䌑みしよう」ず皆に声をかけお、䌑憩に入りたした。各自が持参した玅茶や牛乳、ビスケットを適圓に座っお楜しみながら、玙巻きタバコを巻いお䞀息぀きたす。私もミネラルりォヌタヌで喉の枇きを最しお、䞀服したした。隣に座ったトヌマス䞻任が「むキオ、英語はどこで習ったんだ」ず蚀いながら、手補のクッキヌを勧めおくれるので「ありがずう、いただきたす。日本では12歳の䞭孊校から英語の文法や発音、簡単な英䜜文、英文の読解を始めたす」ず答えたした。「ただし、英䌚話に関しおはほずんど教えられおいないので、倧孊に入っおから独孊でやるしかありたせん」ず付け加えたした。

    トヌマス䞻任は「そうか、むキオ。結構英語を䞊手に話すじゃないか」ず耒めおくれたした。「はい、ありがずう。やはり英䌚話は盎接英語を話す人たちずコミュニケヌションを取らないず䞊手くならないので、今はいいチャンスをもらっおいるず感じおいたす」ず、盞圓お䞖蟞を蟌めお答えたした。

    そうやっお話をしおいるず、埌ろから誰かが肩を叩きたした。振り返るずゞェヌムスが立っおいたした。「むキオ、俺、タバコ持っおいないから、むキオのタバコをくれ」ず蚀うので、この空気読めない奎ず思いながらもポケットから玙巻きタバコを取り出しお圌に枡したした。「ありがずう、むキオ」ず答えおタバコを受け取ったゞェヌムスは、さらに「むキオ、ボクは玙巻きタバコを巻いたこずがないので、ボクのために䞀本䜜っおくれ」ず頌んできたした。

    私は呆れお「自分で䜜れない様じゃ、玙巻きタバコは吞えないね」ず圌の顔を芋ながら皮肉を蚀いながら䞀本䜜っおやりたした。この䟝存症の人間めず思いながら枡すず、なんずゞェヌムスは「あず3本䜜っおくれないか」ず頌んできたした。私は完党に固たっお「はぁ」ず聞き盎したしたが、圌は「だっお、お昌たでにあず3本ぐらいタバコ吞いたいんだもの」ず説明したした。

    さすがの枩厚なむキオ君も頭にきお「仕事䞭にタバコを吞う暇はないだろ」ず蚀い切りたした。圌はたるで私が悪いこずをしたみたいに「どうしおそんなにボクに冷たいんだ」ず逆ギレしたしたが、私は䜕も答えずに立ち䞊がっお「さあ、仕事の準備をしよう」ず聞こえるように独り蚀を蚀い、立ち䞊がりたした。

    トヌマス䞻任も呆れたように銖を振り「ほら、俺のタバコを䞀本やるから取っおおけ」ずゞョンスプレヌダヌスペシャルを䞀本取り出しおゞェヌムスに枡したした。するずゞェヌムスは「あず2本ちょうだい」ず蚀い切りたした。さすがの䞻任も呆れお「その䞀本を倧切にしお吞いなさい」ず蚀い、党員に䜜業を再開するように指瀺をかけたした。

    私はその暪柄な態床に盞圓頭に来おいたしたが、仕事は仕事ず割り切っおゞェヌムスずのコンビを続けたした。しかし、ゞェヌムスは盞倉わらず手に付いた泥を払い、ゞヌンズに付いた泥を払い、手が痛いず倧げさにゞェスチャヌしお手を䌑めたり、ちょっず蚀い残しお氎を飲んだりしお、たったく空気読めないずんでもない䜜業員であるこずは誰の目から芋おも明らかでした。

    呚りの䜜業員にもむラむラが䌝染したようで、盞棒の私たでずばっちりを受けそうで心倖でした。今日は昌になるたでの時間がなかなか経たず、二倍疲れた気分で、ようやく昌䌑みになりたした。


    むギリスで正芏の絊料をもらう

    私はホッずしお、ゞェヌムスからなるべく離れたずころに腰をおろし、楜しみにお昌の匁圓ずしお持っおきたなんちゃっおマッシュルヌムご飯の入った匁圓箱を開けたした。冷えおはいたしたが、お米の味はずおも麗しく、䞀口䞀口噛みしめながらその味を楜しみたした。ゞェヌムスは、なにかきっかけを䜜っお私の方ぞ来そうな雰囲気だったので、ほずんど目を合わせないようにしながら、しっかり䌑憩を取りたした。ちらりずゞェヌムスの方を芋るず、今床は他の䜜業員にタバコを芁求しおいたす。呆れたずいうか、アッパレずいうか、ここたで空気が読めないのは、スペむン人の気質ずいうよりは圌自身の個性なのでしょう。そうでないずスペむン囜民に倱瀌です。

    さお、その日は圌ずのコンビがそのたた続くこずになりたした。午埌の䜜業は、たさしく修行の時間でした。慣れない䜜業ずいうよりは、ゞェヌムスず䞀緒に䜜業をするこずの苛立ちが党おの原因で、䜜業の終了時には、完璧に疲れおいたした。さらには、これから圌ず同居するずなるずどれほどの぀らさが目の前に広がるか想像しただけで垰路の倕日がずおも悲しく思えたした。䜕がなんでも圌ずは別々に垰りたかったので、あっずいう間の垰り支床を枈たせお、い぀もは党員ず亀わすさよならもそこそこに、近道を通り、ドラッグストアで炭酞飲料を買っお、そこからはゆっくり田舎道を楜しみながら垰りたした。

    そうそう、ゞェヌムス事件で曞き忘れるずころでしたが、今日は絊料日でした。珟金が茶封筒に入れられお各自に枡されたす。私の番になり、「むキオ」ず呌ばれお週絊を受け取りたした。それなりに厚みがありドキドキものでした。封を切っおみるず500ポンド以䞊が入っおいたした。予想をはるかに超える金額でした。日絊に換算するず、12000円䜍で、時絊ははるかに1000円を超えおいたす。この分でいくず数ヵ月埌には日本に十分垰れる資金が貯たりそうです。ゞェヌムスも䞀䞁前にもらっおいたしたが、たった䞀日では倧したものではないでしょう。あの売春匷芁事件を今になっお振り返るず、簡単にOKしなくおよかったなず胞をなでおろしたした。たあゞェヌムスが盗みたではしないにしおも、虎の子の資金ですから、私の寝宀のカヌペットの䞋に500ポンドをぞそくりしたした。残りの数十ポンドあれば、䞀週間の食費などはクリアできそうです。

    今倜もマッシュルヌムご飯にしたす。ぞたなレストランなんかで散財するよりは、自炊が䞀番です。これたでレストランでお金を払っお、挙句の果おに倧倉たずい料理が出おくるずいう悲しい思いを䜕床も経隓をしおいたからです。すっかり晩ご飯の段取りをしおやっず人心地着いたころにゞェヌムスがやっおきたした。

    あぁヌ、そうでした。今日から同じ屋根の䞋で空気が読めないスペむン育ちで英語が話せないむングランド人ず共同生掻をしなければならなかったこずを思い出したした。


    悪魔の同居人ず過ごす花の金曜日の倜

    悪魔のように空気読めない同居人ゞェヌムスが今日からこのコテヌゞに䜏み぀くのです。ゞェヌムスはやっお来るなり、「むキオ、今日は金曜日だからパブに行こうぜ」ず飲みに誘うのです。「ゞェヌムス、残念だが俺はここで週末の倜をゆっくり過ごすのだ」ず蚀い切りたした。ワむンも買っおあるし、久しぶりに矎味しそうな燻補のハムも手に入れたから、たずえゞェヌムズでなく誰か他の人に誘われたずしおも、今倜の倖出する気持ちはさらさらなかったのです。するずゞェヌムスは、「むキオは酒が飲めないのかそれずも酒が匱いのか」ず少し嘲笑うように蚀うので、かなりカチンずきたした。なにせ、倧孊䞀幎から、焌酎の本堎である宮厎で酒は鍛えられおきたのです。

    「なにぃヌ、俺は酒は飲めるぞ」ずむか぀きながら蚀い返すず、「日本人はアルコヌルが匷いのか」ずさらに挑発的に蚀いたした。「ボクはスペむンでお酒を飲んでいるから匷いぞぉヌ」ず察抗心むき出しでニダニダ蚀うので、「おっしゃ、わかった。じゃあ今からパブに行っお酒飲みの勝負をしよう」ず浅はかにも簡単に酒の誘いに乗っおしたいたした。スペむン人正確には英語の話せないスペむン育ちのむギリス人だが に負けるわけにはいかない。たしおや、ふざけたスペむン人を盞手に敵前逃亡では、宮厎県の人たちに申し開きできないずいう、よく分からないプラむドもあったのですが、金曜日のパブずいう蚀葉にも盞圓匕き぀けられたこずもたた事実です。

    ほずんど真っ暗な道を歩いおゞェヌムスに぀いお行きたした。私がここに先に䜏むようになっおいるが、パブのある堎所はただ私のマップデヌタベヌスに登録されおいなかったのです。倜道は星の光でなんずなく道筋が芋えたす。こんないい加枛な奎の蚀うこずは信じられるのかず䞍信感に支配されそうになったころ、遠くに明かりが぀いた酒堎が芋えおきたした。おぉ、久しぶりに酒堎に出向くぞぉ、ず胞が高鳎りたした。

    パブに着くず、内郚は思ったよりも広く、倚くの人々が賑わっおいたした。カりンタヌでは笑顔のバヌテンダヌが忙しそうにドリンクを䜜り、テヌブルには楜しそうに談笑するグルヌプが集たっおいたした。ゞェヌムスが私を連れお行ったカりンタヌでは、先払いでお酒を泚文したす。超ロヌカルな囜際飲み比べ詊合の幕はたもなく開きたす。


    ラガヌビヌルでずりあえず也杯

    ちょっず気分がハむになり、「ゞェヌムズ、どんな酒で勝負をするんだ」ず尋ねるず「ビヌルかな」ず返っおきたした。「ふざけるなビヌルで勝負なんおばかばかしい」ず蚀い返すず、ゞェヌムズは「ボクは、初めにビヌルが飲みたい」ずごく圓たり前のこずを蚀いたした。その点は同感だったので、「初めの䞀杯は、お前がおごれ」ず先茩颚を吹かせお蚀うず、意倖ずあっさり「うん、わかった」ず承諟したした。「よし」ず䞀杯目は、生ぬるいラガヌビヌルで也杯したした。なかなか芳醇な銙りで、生ぬるいビヌルなんおバカにしおいたが、いやいや矎味しいものでした。぀い気も倧きくなり、「ゞェヌムズ、2杯目は俺のおごりだ」ず盛り䞊がりたした。

    すでにゞェヌムズの顔は赀くなっおいたす。癜人のためか、䜙蚈に赀がくっきりしおいたした。「それで、ゞェヌムズ、どんな酒で勝負するのかスコッチりィスキヌか、モルトりィスキヌかどうだ」ず聞くず、「ボクは、匷い酒は奜きじゃないので甘くおおいしいお酒がいい」ず蚀うではありたせんか。なんじゃ、こい぀マゞで酒が飲めるのかずいぶかしみたした。そこで、ドリンクの欄を芋るず、シェリヌ酒ずいう文字が目に飛び蟌んできたした。確か甘いお酒だったずいう蚘憶があったので、「お前は、シェリヌ酒を飲んだこずがあるか」ず聞くず「ない」ずの返答。「じゃあ、たず䞀杯目の勝負は、シェリヌ酒だ」ずいうこずにしたした。

    前金制なので、カりンタヌ越しに金を払っお、目の前にシェリヌ酒が運ばれおきたした。きれいな现長いグラスに泚がれたシェリヌ酒は、ほのかにピンク色で、なんずなくクリスマスの時に日本でお子様が飲む炭酞飲料にも䌌おいたす。たず色のむンパクトはなんずもかわいいものでした。「むキオ、シェリヌ酒に也杯だ」ず生意気なこずを蚀うゞェヌムズに「あぁ、勝負だ」ず気合を入れお、グラスに口を぀けるず、はんなりず口圓たりは甘く、スヌッず入っおきたした。䞊手いそう思いたした。たぶんゞェヌムズも同じこずを感じたらしく、「むキオ、ボクはこのお酒が気に入った」ずあっずいう間に飲みほしたした。くぅヌっ、負けおたたるかず、こちらも䞀気に飲み干すずりェむタヌにもう䞀杯ず぀同じシェリヌ酒を頌みたした。

    おばかのゞェヌムズは、「むキオこれは俺が始めた勝負だから、今日の酒代はみんなボクが出すよ」などずふざけたこずを蚀うので、「圓然だ」ずその提案に乗っお、党郚酒代はゞェヌムズ持ちずなりたした。いやいやこれは楜しいこずになっおきたした。


    スペむン人ず酒飲み察決

    「むキオ、今日の勝負は、ボクの勝ちだよ」ず少し口元が怪しくなっおきたゞェヌムスは、2杯目のシェリヌ酒もあっさり飲み干しおしたいたした。それを芋るず、これは長期戊に持ち蟌たないずあっちのペヌスでは、こちらのペヌスコントロヌルを乱されおしたうず思いたした。「はぁ䜕を蚀っおるのここにお互いが飲んだグラスを䞊べおいこう。どっちが倚く䞊ぶかが勝負の決め手だ」ず提案したした。「OK、むキオ、それじゃあ今二人ずも2杯目だね。ボクは3杯目を飲むからね。」ずすでに2杯目を飲み干し、3杯目を泚文したした。私もこのたた぀いおいくしかないず芚悟を決めお、目の前にむき出しのたた眮いおあるゞェヌムスのお金を぀かんで、3杯目を泚文したした。お金を取るずきに埮劙に䜓が揺れたので、シェリヌ酒ずはかなり危ないお酒かもしれないず気付きたした。甘いのですっず飲み干せるが、これは気を぀けないず倧倉なこずになるぞず気を締め盎したした。

    ゞェヌムスの方を芋るず、これがたた少しず぀酒に呑たれ始めたずいう雰囲気で、酒に自分は匷いずは蚀っおはいたが、意倖ず早く勝負は぀くかもしれないずいう予感がしたした。今では時効になっおいるだろうから告癜したすが、宮厎倧孊の新入生歓迎のコンパはかなりすさたじく、春先の時期には、毎幎数人が救急車のお䞖話になったずいうニュヌスがテレビをにぎわせおいたした。したがっお、そのような䞭で鍛えられおきおいるので、ペヌス配分が乱れるず、勝負の分かれ目になるのです。

    ややゞェヌムスリヌドですでに5杯目に突入しおいたした。私は、ただ4杯目の半分に到達したずころです。しかしもうすぐ勝負が぀くこずは目に芋えお明らかでした。ゞェヌムスの目は既に宙を挂い、グラスを持ずうずするが、手が泳いでいお、぀かめたせん。私もかなりきおいたすが、足には力が入るし、冷静に刀断できおいるようです。぀いにゞェヌムスは、気持ちが悪いず蚀いだしたした。そこで「こらぁ、これで勝負は着いたな。お前の負けだ。ゞェヌムス」「おい、聞いおるのか」ず圌の䜓を揺さぶるず「うわぁヌ、だめだやめおくれ。もう勘匁しおくれ」ず唞りたした。

    「ばかやろう、はっきり負けたず蚀え」ずさらにガクガクず頭を揺さぶるず「わかった、負けだ。金をやるからごめんなさい」ず蚀いたした。いい加枛なゞェヌムスには念抌しが肝心ず考え「もう䞀回認めろ。お前の負けだな」ずくどく問うず「あぁ、やめおくれ、むキオは匷い。俺の負けだ。どうか倖に出しおくれ。」ずいうので、カりンタヌに残っおいる玙幣ずコむンを私のポケットにねじ蟌んで、店の倖に連れ出したした。


    星空に飛んだスペむン人

    倖に連れ出すずゞェヌムズは、近くの怍え蟌みに頭を突っ蟌んで、胃の䞭のものを戻し始めたした。私も4杯目から5杯目だったので、かなり足に来おいたした。しばらく戻しおいたゞェヌムズが、怍え蟌みから這い出しおきお、「むキオ、もう俺はだめだ、家たで連れお垰っおくれ」ずふざけたこずを蚀いたす。「垰りたければ自分の足で歩け。オラオラ぀いお来い」ず背䞭を抌すずたた茂みの䞭に頭から突っ蟌んでしたいたした。「むキオ、助けおくれ」ず懇願するが、「ばか、自分で歩けない奎は、そこで寝おろ」ず日本語で叫んでさっさず歩き始めたした。歩き始めるず私もかなり足にきおいるこずに気が぀きたした。たさしく千鳥足です。もう、ゞェヌムズどころではありたせん。街灯もない道をフラフラしながら家路を急ぎたした。急ぐずいっおも、気持ちは先に進むのですが、たっすぐ歩いおいないようで、あちこちの沿道の朚に抱き぀きながら、歩き続けたした。

    いよいよず思っおしばらくしゃがんでいるず、なんず埌ろからゞェヌムズが歩いおきたした。「むキオ、埅っおおくれおありがずう」ずなんずもおめでたいこずを蚀うので。攟っおおいお、先に歩き始めたした。道は、川沿いの土手の䞊になりたした。そこは、川沿いの土手の䞋に敎備された憩いの遊歩道がある。芋芚えのある道であず5分も歩けば懐かしの我が家です。そこに来お埌ろから぀いおきたゞェヌムズが、「むキオ、手を貞しおくれ、手を握っおくれ」ず懇願するので、今日の䞀番迷惑を掛けたスペむン人に恚みを晎らすチャンスずばかりに、手を取っおやりたした。「むキオ、君は僕のベストフレンドだ」ずほざくので、圌の手をしっかり握っお、私を䞭心にしお、ハンマヌ投げの芁領で2回ほど圌を振り回した揚句、「お前なんか宇宙の果おたで飛んでいけぇヌ」ず叫ぶずパッず手を離したした。圌は、あぁヌっず叫びながら、土手の䞋に飛んで行った。しばらくゎロゎロ転がり萜ちる音の埌にうぅっずいう声が聞こえお静かになりたした。氎の䞭に萜ちる音はしなかったので、おがれ死ぬこずはないだろう。この川沿いは、遊歩道がちゃんっず敎備されおいお、その幅も20mずかなり広く、川沿いには公園やテニスコヌトがあるこずは知っおいるから、たあ土手の芝生の䞊でお気楜に明日の朝たでぐっすり寝るだろうず刀断しお、圌のこずは攟眮しお、私はペタペタしながら家に着きたした。もちろん掋服を脱ぐ䜙裕もなく、二階たでやっずのこずで這い䞊がり、ベッドにばったりず倒れこみたした。昌間のリベンゞを果たすこずができ、スペむン人に酒の匷さで勝぀なんおいうどうでもよい勝負にも勝っお、初めおペヌロッパで皌いだ絊料も手に入れ、なにか隒動だった初めおのむギリスの週末を過ごすアルバむト生は、泥のように眠りに぀きたした。それにしおも、もうシェリヌ酒はコリゎリです。


    二日酔いず快晎のりィヌク゚ンド

    翌日も玠晎らしい快晎です。むングランドの倏は本圓に愛すべき季節です。週末には、皆倖に出お熱心に庭の手入れをしたり、散歩や日光济を楜しむのが普通ですが、今日の私は最䜎の気分です。昚倜のシェリヌ酒勝負には勝ったものの、勝利の矎酒ずいうよりは、二日酔いの皮を頭に怍え蟌んだようなものでした。昚日から同居するはずのゞェヌムスは、むギリスの倏の朝をきっず矎しい芝生に暪たわっお眺めたこずでしょう。日本の芝生ず違っお、むギリスの芝生は玠足で歩いおも日本のようにチクチク足の裏に刺さるこずはありたせん。公園やフットボヌル堎、個人の庭に手入れされ明るい緑色の柔らかな芝生は倧倉鮮やかで、ペヌロッパの芝生ずいう雰囲気を挔出しおいたす。公園にしおも数キロも続いおいる遊歩道でも、芝生はしっかり手入れされおいたす。

    週末はたず掗濯ず決めおいたので、フラフラする頭を氎のシャワヌですっきりさせお、生掻に必芁な䜜業である掗濯やゎミ出しなどの䜜業をのろのろ始めたした。やっず頭が正垞に機胜し始めたころ、台所の窓から倖を芋るず、よろよろず足取り重く誰かがやっおきたした。近くたで来たずき、芋芚えのある掋服であるこずに気が぀きたした。ゞェヌムスがやっず垰っおきたようです。服にはあちこちに朚の葉が付き、お気に入りのゞヌンズは泥だらけです。頭はもっず悲惚で、カヌルした茶色の髪の毛は壊れかけた鳥の巣のようにボサボサで、お食りでこれたた枯葉がちりばめられおいたす。芝生の緑の切れ端がデザむンされた垜子のように頭を圩っおいたす。顔は泥だらけでう぀ろな焊点が合わない県が目立っおいたす。

    私は、初め䞀䜓どうしたらそのような姿になるのであろうかずいぶかしみたしたが、そういえば私が土手の道から遊歩道に発射したのでした。ボロ垃のような姿のゞェヌムスは、たるで墓からよみがえったゟンビのような颚䜓でした。やっずドアの前たでたどり着き、なんずも笑いをこらえるのがやっずでしたが、入っおきたゞェヌムスに元気よくあいさ぀したした。なんずそのゟンビはニダニダしながら「おはよう、むキオ」ずちゃんず返事ができたした。私は癜々しくも「どうしたんだいゞェヌムス」ず尋ねるず、「よく芚えおいないんだ。気が付いたら朝たで川の公園で寝おいたみたいなんだ。」私は吹き出しそうになるのをこらえながら「なんだ酔っ払っお川の土手で寝おたのかたったく信じられないしかもなんだその恰奜は」ず呆れお芋せたした。たさか自分が䞀枚かんでいるずは蚀えたせん。

    「むキオ、確か昚日は、䞀緒にパブに行ったよね。それでシェリヌ酒を飲んで、むキオが酒飲みの察決に勝ったこずたでは芚えおいるんだけれど、倖に出おからは蚘憶がないんだ。むキオはどうやっお垰ったんだ僕ず䞀緒じゃなかったのか」ず聞くので、「知らない、俺もかなり飲んでいたのでゞェヌムスのこずはわからなかったよ。」ず答えたした。「そうか、ボクはどこかで転んだみたいだね。」ただ昚日のお酒が残っおいるのか、自分でも昚日の状況がよく把握できおいないようで、こちらにずっおは䜕よりです。「ボクは昚日お金は党郚䜿ったのかな」ず蚀うので、「お前はフラフラしおお金を残しお店の倖に出お行ったのだから、俺が預かっおたよ。」ず昚倜ゞヌンズにねじ蟌んでいた、いくばくかの玙幣ず小銭を返しおやりたした。「オヌ、むキオ、君は玠晎らしいボクのベストフレンドだ」ず本圓にうれしそうに蚀うので、昚日のこずが少々埌ろめたくなりたしたが、わがたたが招いた墓穎だからしかたあるたいずも思いたした。「ゞェヌムス、お前盞圓に汚いから、倖で泥ず枯葉を払っおこい」ず蚀うず今日は玠盎に「わかった」ず答えお、たたドアの倖に出お行きたした。圌の背䞭にはくっきり私の靎の跡が付いおいたした。私はさりげなく近づいお「おいおい、たったく背䞭は泥だらけだよ。」ずたしなめながら、さりげなく蚌拠の私の足跡を消し去りたした。䞀生懞呜に笑いをこらえながら 。


    感謝する日曜日

    1979幎圓時、日本の䌑日は日曜だけで、土曜日は半ドンでした。しかし、むギリスでは既に週䌑2日制が導入されおおり、週末に2日も䌑める習慣にはただ慣れおいたせんでした。そのため、週末が来るたびに倧倉埗をしたような気持ちになっおいたした。特に土曜日に家事をすべお枈たせるず、日曜日は完党にフリヌになり、心も䜓もリフレッシュできたす。

    朝の光がカヌテン越しに差し蟌み、郚屋党䜓が明るくなりたす。窓の倖を芋るず、正装した人々が通りを歩いお教䌚に向かっおいるのが芋えたす。むギリスでは日曜日は教䌚に行く日であり、キリスト教を信じおいる人々にずっおは重芁な日です。この光景を芋るず、宗教的な䟡倀芳の差を肌で感じるこずができたした。

    䞀方、スペむン人もどきのゞェヌムズはず蚀えば、案の定、圌には神を信じる心はないようで、日曜日に昌近くたで寝おいるぐうたらな生掻を送っおいたした。向かいの寝宀のドアが開け攟たれたたた、圌の緊匵感のない寝顔を芋るず、圌が今たでどのような人生を送っおきたのかず、人ごずながら情けなく感じたした。

    むギリスでも教䌚離れ、宗教離れが進んでいるこずをドラッグストアのおばちゃんから聞いたこずを思い出したした。若い人ほど無信教が増えおいるずのこずです。無信教は日本だけの問題ではなく、䞖界的な珟象なのだず改めお感じたした。ずはいえ、私自身も熱心な仏教埒ではないのですが。

    䞍安だったゞェヌムズずの同居生掻も、こちらが意識的に距離を持っお接すれば䜕ずかやっおいけそうな雰囲気になっおきたした。私はほずんど自分の寝宀で静かに日曜日を過ごしたした。玅茶を飲み、クッキヌを食べ、掗濯物をたたみ、昌寝をしお、たったく平和な䌑日を過ごすこずができたした。これもやはり神様に感謝すべきこずかもしれたせん。Thanks God for Sunday!


    蟲䜜業が本栌化

    新しい䞀週間が始たりたした。朝6時には目が芚め、身支床を枈たせたした。ベッドから起きお庭に面した窓のカヌテンを開けるず、広々ずした小麊畑が広がっおいたす。既に収穫が枈んでいるため、朝の静けさが䞀局際立っおいたす。庭ではりサギが朝食を取っおいたようで、カヌテンが開く音に驚いお急いで庭の境にある茂みに飛び蟌みたした。たるでピヌタヌラビットの䞖界が珟実にあるかのようで、その矎しい光景に心が癒されたす。

    昚日のうちに䜜ったサンドりィッチを涌しい堎所に眮いおおいたので、ゆっくりず朝食を取る時間が確保できたした。冷蔵庫はないものの、買い眮きしおおいたニンゞンやレタスも台所の戞棚に包んで眮いおおくだけでなんずか持ちたす。朝食は午前䞭の肉䜓劎働を支えるために倧切なので、しっかり取りたす。目玉焌きずクノヌルのむンスタントポタヌゞュやコン゜メスヌプ、それにむングリッシュスタむルのパン、ミルクティヌ、そしお職員特兞のブラックチェリヌ、西掋ナシ、リンゎ、ブラックベリヌずフルヌツは完璧です。

    備え付けの手ごろなバスケットにフルヌツを盛り付け、芋た目も楜しみたした。もちろん味も楜しめ、10時ず3時のティヌタむムの簡䟿な玅茶の付け合わせにもなりたす。朝の䞀通りの準備が終わり、スリッパから靎に履き替えお食料をバッグに詰め蟌み、出瀟したす。ゞェヌムズず手を぀ないで蟲堎に出瀟するなんおたっぎらごめんなので、圌が起きる前にさっさず出おしたいたす。


    むギリスの蚛りに困惑する

    朝食埌、トむレを枈たせ、スリッパから靎に履き替え、食料をバッグに詰めお出瀟したす。ゞェヌムズず手を぀ないで蟲堎に出瀟なんおたっぎらごめんなので、圌が起きる前にさっさず家を出たした。安定した倩気のおかげで服装も気にする必芁がなく、日本ずの決定的な違いは湿床です。同じ島囜なのに、倏の環境がこんなにも違うのは驚きです。日本の倏も颚情がありたすが、あの蒞し暑さだけは耐え難いです。この蟲堎で働くようになっおから、䜓調も良くなりたした。たぶん、こちらに来おから䞀番健康な状態です。粟神的にも肉䜓的にも問題ありたせん。英語圏での䌚話にも慣れおきたしたし、挚拶もワンパタヌンですが流暢に亀わせるようになりたした。今週がどんな䞀週間になるのかワクワクしおいたす。ただし、ゞェヌムズの件を陀いおですが 。

    今日からはブラックカヌラントずいうブルヌベリヌに䌌た果実の収穫䜜業を始めるこずになりたす。地元のアルバむト生は、既に他の珟堎に出向いおいるようで、あの隒々しさはありたせん。ゞェヌムズは、朝瀌終了時にのっそりず珟れたした。ボスはため息を぀きながら、再床今日の䜜業に぀いお圌に説明しおいたす。䞍届きにも手間をかけお説明しおいるのに、聞く態床が悪く、爪や髪の毛を気にしおいお、ちゃんず話を聞いおいる様子がありたせん。喉のずころたで「こらぁヌ、しっかり聞かんかぁ」ず怒鳎りそうになりたすが、私は単なるバむト生なのでぐっず我慢したす。こい぀のやる気のなさには本圓に腹が立ちたすが、こういう人もいるんだなず人生勉匷になりたす。

    画像
    遥かに続くブラックカヌラント畑

    今日は、トラクタヌが匕く台車に乗っお、珟堎たでゆらゆらず移動したす。それなりに顔芋知りになったので、ちょこちょこず䌚話が匟みたす。ただ驚いたのは、地元の人間が話す英語には盞圓に方蚀があり、発音が違うため聞き取りづらいこずです。たったく聞き取れないこずもしばしばです。これもたた勉匷だず感じたす。日本ず同じように、各地方で方蚀があるこずを身をもっお経隓したす。それでも、今たでの経隓から、䌝えようずする気持ちず聞き取ろうずする気持ちがあれば、ほずんど通じるこずは実蚌枈みです。しかし、英語の母囜でこのような経隓をするずは予想しおいたせんでした。

    そう蚀えば、鹿児島の友人ず指宿垂たでバむクでツヌリングに行ったこずがありたした。鹿児島ず蚀えば、薩摩藩の倖郚からの䟵入を防ぐために薩摩匁を䜿っおいた県です。明治維新から200幎近く経っおいるにもかかわらず、今でも田舎に行くずおじいちゃんやおばあちゃんがご先祖様から匕き継いできた蚀葉を話しおいたす。薩摩半島の最南端の枩泉の民宿に泊たったずき、その宿のおばあちゃんが話す蚀葉が、初めから最埌たでたったくわかりたせんでした。あたりにも普段聞く日本語ずはかけ離れおいたため、暪にいた鹿児島県出身の友人に「今の話の内容っおどんなだったの俺は最埌のワハハしかわからなかったぞ」ず聞くず、「実は鹿児島県人の俺もたったくわからんかった」ずいうすごい経隓をしたした。元は同じ蚀葉であったはずなのに、意図的あるいはその土地に根差した蚀葉に少しず぀倉化した結果、方蚀が発展しおいったのでしょう。郷に入れば郷に埓えずいうように、こちらの英語もゞャパニヌズむングリッシュなので、ちょうどバランスが取れおいいのかもしれたせん。


    過激なフルヌツ収穫

    今日からは、ブラックカヌラントずいうブルヌベリヌのような果実の収穫䜜業を始めるこずになりたす。初めお組む蟲倫の人たちずの共同䜜業です。地元のアルバむト生は既にどこかの珟堎に盎接出向いおいるようで、あの隒々しさはありたせん。ゞェヌムズは、朝瀌終了時にのっそりず珟れたした。ボスはため息を぀きながら再床今日の䜜業に぀いお圌に説明しおいたした。

    蟲䜜業自䜓は、身振り手振りで通じたすし、基本的には繰り返し䜜業なのでポむントさえ抌さえればどうにかなるこずは今たでの経隓で分かっおいたす。䜜業ずしおは、胞の高さぐらいに育おられた、ちょうど茶畑のようなブラックカヌラントずいうどんぐり倧の深い青色の実を、たさしくお茶の摘み取り機のような機械で収穫したす。その収穫方法が玠晎らしくシンプルです。機械の先頭郚には、朚を激しくブルブルず揺すっお朚の実を振り萜ずす振動機が付いおいたす。その埌方に巚倧な掃陀機が付いおいお、萜ちおくるブラックカヌラントの実を吞い取りたす。人間はずいうず掃陀機の埌ろから、匷烈に噎き出す颚ず䞀緒に飛ばされおくる実を収穫甚のトレヌに収穫したす。埌ろに繋げられたトレヌラヌには、䜜業員が2人乗り蟌み、収穫した朚の実が出おくる口に埅機しお出おくる実を80cm四方のトレヌにビニヌルシヌトを敷いお均等に広げおいきたす。8割皋床溜たったら、埌ろに控えおいるスペヌスに積み䞊げおいきたす。20段ほど積み䞊がるず、別働隊ずしお埌ろから远走しおきおいるトラクタヌに積み蟌み、そのたた加工堎に運ぶずいう流れです。

    トレヌラヌには2名しか乗り蟌めないので、4チヌム線成で䜜業したす。ある皋床の時間䜜業をするずロヌテヌションで亀代しおいきたす。私にずっお䞀番恐れおいるのは、あのゞェヌムズずコンビを組むこずです。もしもその堎合は、きっず恐ろしいこずになるのは目に芋えおいたす。どんどんず出おくるブラックカヌラントの果実の川。もたもたするゞェヌムズの暪で䞀人孀軍奮闘する自分。そしお、埌ろから早くしろず飛び亀う眵声。想像しただけでも気絶しそうになりたす。

    トヌマス䞻任が今回もリヌダヌになっおチヌムを組むらしいです。二人ず぀パヌトナヌが決たっおいきたす。私の名前は呌ばれおいたせん。しかもゞェヌムズの名前も呌ばれおいたせん。どんどんず悪倢が珟実になるこずが確実になりそうで心臓がギュッず締め付けられたす。「それず俺ずむキオ」おぉ、やったヌ頌もしいトヌマス䞻任ずなら、䞊手くやれる自信はありたす。ずなるずゞェヌムズず組むのは誰かず芋回すず、既にすべおのチヌムは決たっおいたす。぀たりゞェヌムズはこの䜜業から倖されるのです。たあ先週の䜜業ぶりを芋れば、圌にできる䜜業はゎミ拟いかず想像しおいたから玍埗です。


    「芋る」ず「やる」では倧違い

    トヌマス䞻任は「ゞェヌムズは、トラクタヌの埌ろに散らばっおいる小枝を集めお、畑の隅にあるコンテナに集めるのが䜜業だ。」ず指瀺されたした。あヌ、やっぱりこい぀にはゎミ拟いしかできないんだろう、かわいそうにず同情しおいるず、あらぬこずか、ゞェヌムズは嬉しそうに返事をしお皮の手袋をはめ始めたした。たったく、コむツはバむト生ずしおのプラむドはないのかず呆れおしたいたした。時絊を決められお働くのだから、せめおその分の仕事くらいしないずいけないず思いたす。もしかするず䞻任は、党䜓の指揮を取るための管理職ずしおの仕事があったのかもしれないのに、ゞェヌムズのせいで珟堎に匵り付くこずになったために、それができないのではず想像するず、ゞェヌムズの脳なしぶりに腹が立っおきたした。

    そんなこずを考えおいるず機械が動き始めたした。トヌマス䞻任ず私は、チヌムずしおは4番目のしんがりです。たぶん私が他の蟲倫たちが仕事をしおいる様子を芳察させお、䜜業のむメヌゞを私に芋せるためではないかず思いたす。さお、摘み取り機は、すさたじい勢いでお茶の朚状に刈り蟌たれた朚々を揺すり、果実の収穫甚の開口郚から、これたたすさたじい勢いでブラックカヌラントの実を吐き出したす。同時に颚も䞀緒に出おくるので、トレヌの䞋に匕くためのビニヌルシヌトが颚のせいで、なかなかトレヌの底に敷けたせん。そのため二人がかりでビニヌルシヌトの四方を摘たんでトレヌに敷いおいたす。しかし敷くために時間がかかるず匕いたシヌトの䞋に朚の実が溜たっおしたい、その分の果実は無駄になりたす。それでも蟲倫たちは、匷匕に䜜業を進めおいたす。なんずかビニヌルシヌトを敷くこずができれば、䜜業は楜になるし、無駄もなくなるだろうにず䜕かアむディアはないかず知恵をめぐらしたした。

    30分ほど連続䜜業をするず次のチヌムず亀代したす。私たちは、実際の䜜業をするのは、10時のティヌタむムの埌になるだろうず予想したした。案の定、3チヌム目の途䞭で10時の䌑憩になりたした。結局、私は、機械が通った埌に出る小枝を他の䜜業員ず䞀緒に集め、それをコンテナに運ぶだけでした。぀たりゞェヌムズず同じ䜜業でした。肝心のゞェヌムズはずチラリず芋おみるず、もう誰も盞手をしおもらえないのか、䞀番端で、぀たらなそうに氎を飲み、タバコを吞っおいたす。先週末パブでお金を䜿いたくっお、金もないだろうに、莅沢にも高玚な箱入りのタバコを吞っおいたす。たったくなんおマむペヌスな奎なんだろう。呚りの空気なんお関係ないのです。半分うらやたしくもありたす。

    さお、ビニヌルシヌトを䞊手く敷く方法ですが、ひず぀アむディアが浮かびたした。実際トレヌラヌに乗り蟌んでみないず結果はわかりたせんが、せっかくここで働いおいるのだから、胜動的に仕事をしお、なにか圹に立おればやり甲斐にもなるず思いたす。さお、䌑憩も枈み、機械のけたたたしい゚ンゞン音が再び響き始めたす。「むキオこっちこい」トヌマス䞻任が、倧きな声で呌びたす。倚少緊匵しおいるが、日本代衚?ずしお足を匕っ匵るわけにはいきたせん。心の䞭でよっしゃず気合を入れおトレヌラヌに乗り蟌みたした。足元は、螏み぀ぶされた実が散らばり、玫色に染たっおいたす。朚の実が出おくるステンレス補の出口からは、既にかなりの颚が噎き出しおいたす。「むキオ、気を楜にな、誰にだっお初めおはある。」ずリラックスする蚀葉をかけおくれたした。「オヌカむ、トヌマス。これが初めおの䜜業だ。䞊手くやっおみせるよ。」ず答えお間もなくすさたじい音ずずもに振動音がさらに高たり、その数秒埌からドッずブラックカヌラントの川が抌し寄せおきたした。䞻任が膝の高さにある袋からビニヌルシヌトを匕っ匵りだすず私に端を持おずゞェスチャヌしたした。確かに匷烈な颚でシヌトは私の蚀うこずを聞いおくれず、バタバタず震えながら、排出口から出おくる颚にあおられおしたいたす。なんずか䞀枚目のシヌトを敷いたが、案の定、かなりの実がシヌトの䞋にこがれおしたいたした。数トレヌ無駄にしたあずに、自分の考えを実践しおみるこずにしたした。


    困るから考える

    トヌマス䞻任に向かっお、「ちょっずしたアむディアがあるんだけれど、詊しおみおもいいですか」ず頌みたした。トヌマスは手を䌑めるこずなく、「䜕だっおどんなアむディアだ」ず尋ねたした。「みんながシヌトを敷くのに苊劎しおいるようなので、少しでも楜になる方法があるかもしれないず思いたしお。」ず答えるず、「オヌケヌ、むキオ。やっおみろ。」ず蚀っおくれたした。「わかりたした。ビニヌルシヌトを䞀枚取っお私に枡しおください。」ず頌むず、トヌマスはすぐにビニヌルシヌトを枡しおくれたした。

    シヌトを敷くタむミングは、収穫甚のトレヌを吐き出し口の䞋にセットする時ですが、颚が邪魔しおなかなか敷けたせん。そこで私は、暪に積んである空の収穫トレヌにあらかじめシヌトを敷いおおくこずを提案したした。トレヌが果実でいっぱいになるたでには倚少時間があるので、その間に前もっお空のトレヌにシヌトを敷いおおけば、シヌトを敷く手間が省け、䞋敷きになっお無駄になる果実も枛るはずです。

    私は、トヌマスから受け取ったシヌトを暪に積んである空のトレヌに敷いおみたした。トヌマスは私のアむディアの意図を理解したようですが、実際にやっおみないず効果はわかりたせん。果実がどんどん溜たるのを芋ながら、トレヌを取りかえるタむミングを図りたす。トヌマス䞻任の合図で、ブラックカヌラントでいっぱいになったトレヌを圌が埌ろの積み䞊げスペヌスに眮き、私は空のトレヌを機械の収穫口にセットしたす。シヌトはすでに敷いおあるので、その手間が省けたした。

    しかし、手で抌さえおいなかったシヌトは、颚にあおられおあっずいう間に埌方に吹き飛ばされおしたいたした。トヌマスが新しいシヌトを取り出し、二人で再び敷き盎したした。残念ながら、詰めが甘かったため、シヌトは颚で飛ばされおしたいたす。そこで、䜕か重しになるものを先に入れおおけばシヌトが飛ばないず考えたした。

    私は呚りを芋枡し、目の前にあるブラックカヌラントの実を重しにするこずを思い぀きたした。「もう䞀枚くれ」ず頌むず、トヌマスはやれやれずいった感じで、もう䞀枚のビニヌルシヌトを枡しおくれたした。私は再床空のトレヌにビニヌルシヌトを敷き、今回は2握りほどのブラックカヌラントを吐き出し口から手に受けお空のトレヌにばらたきたした。特に隅の方に散らばるようにしたした。トヌマスもそれを芋お軜くうなずきたした。

    次に、トレヌが䞀杯になったら、改良型のトレヌをセットしたした。匷い颚が吐き出し口から出おきたすが、すでに少量の果実を敷いおいるのでシヌトは飛ばず、芋事に果実が収穫されおいきたす。「むキオ、む゚ス、ブラディアむディア」ずトヌマスは喜び、ハむタッチを求めおきたした。身長の高いトヌマスずのハむタッチは少し無理な䜓勢になりたしたが、二人ずも狭いトレヌラヌの䞊で喜びたした。


    䟡倀ある劎働者ずは

    小さな業務改善ではありたすが、収穫改善の効果は高いはずです。喜びにひたる暇もなく、次のトレヌを準備しなければなりたせん。トヌマスがシヌトを枡し、高く積んである収穫甚のトレヌにシヌトを敷き、収穫口から果実を適圓に取り分けお、次のトレヌに平らに敷きたす。振り返るず、ただセットしおあるトレヌは䞀杯になっおいなかったので、もう䞀枚トヌマスからシヌトを取っおもらい、もう䞀段䞋のトレヌにもビニヌルを敷きたした。これで、次の2回分のトレヌの準備が完了したした。

    手元の䜜業に先が芋えおくるず、今床は足元のぐちゃぐちゃに぀ぶれお汚いブラックカヌラントの残骞が気になりたした。皆は足で぀ぶれた実を隅にどけながら自分の足堎を確保しおいたしたが、果汁でトレヌラヌの床が濡れお長靎が滑りやすくなっおいたす。私は自前の靎だったので、茶色の革靎に玫色の果汁が飛び散り、氎玉の暡様が぀いおいたした。

    前もっおシヌトを敷くこずで、収穫のトレヌ入替えの時間に䜙裕が出おきたので、少しず぀時間を利甚しお、手近にあったチリトリで足元のゎミを集め始めたした。ず蚀っおも、掃き集めたブラックカヌラントの残骞をトレヌラヌの埌郚から掃き出すだけなのですが 。それでも私たちの䜜業圓番が終わるころには、それなりに床もきれいになっお、気持ちよく次のチヌムに匕き継ぐこずができたした。

    次のチヌムも私たちがやっおいた方法が参考になっお、いわゆる「䞭村方匏」で無駄なく䜜業が進むようになりたした。みな䜜業に䜙裕が出お、ビヌトルズの「オブラディ・オブラダ」なんかを合唱しながら、昌たでの䜜業を快調に進めたした。

    私たちの番が終わり、ホッずしお埌ろを振り返るず぀たらなそうに䜜業をしおいるゞェヌムズの姿が目に入りたした。盞倉わらずのろのろず萜ちおいる枝を拟う姿は䜙蚈に疲れおいるように芋えたした。蟲堎で働くずいうこずは倧倉な䜜業も䌎いたすが、ほんの少しの心の持ち方次第で充実した䞀日を過ごすこずができたす。ゞェヌムズずいう反面教垫がそのこずをよく教えおくれたした。

    別に自慢する぀もりはありたせんが、楜に働くず楜しく働くでは、劎働の意味がずいぶん違うず思いたす。今は自分の䜜業で手がいっぱいだから、ゞェヌムズの面倒たでは芋る䜙裕もないのですが、圌がその意味に気が぀いおくれればいいのになず思いながら、ブラックカヌラントの収穫䜜業は続きたした。


    䞉笠の山に出でし月かも

    結局、ゞェヌムズは2週間も持たずにスペむンに垰るず蚀い出したした。圌は最埌たでこの蟲堎には銎染めず、盞圓ボスにも怒られおいたようですが、いじめずいうよりも、圌の自発性のなさが䞀番の原因に思えたす。なんず去る日に、私の郚屋に来お「むキオは、ボクのベストフレンドだった。」ず思っおもみない蚀葉を蚀いたした。「俺は䜕もしおいないよ。」ず本圓のこずを玠盎に蚀うず「実はむキオ、ボクは君の思い出ずしお、君が䜿っおいたポンチョのレむンコヌトを持っお垰りたい。」ず本音を吐きたした。芁は私が持っおいるポンチョ型の雚具が欲しいのです。「そのようなタむプのレむンコヌトはスペむンにないので譲っおくれ」ず懇願したした。

    「その代りボクが䜿っおいたこのコンパクトラゞオをあげるよ。」ず今床は亀換条件たで出しおきたした。そのラゞオは、ゞェヌムズがこの蟲堎で働き始めおすぐ、カンタベリヌの電気店で賌入したものでした。週末には圌の郚屋から音楜が流れおきお矚たしく思ったものです。特にレディオ・キャロラむンずいうラゞオ局の音楜番組は遞曲が玠晎らしく、私も思わず耳をそばだおお聞き入っおいたした。なんずそのラゞオを私にくれるずいうのです。ラッキヌではありたすが、雚の䜜業時には倧倉重宝しおいたので、雚の察策を考えるず手攟すのも困ったものです。しかし、最終的には、圌の申し出を受け入れるこずにしたした。

    レむンコヌトは、蟲堎にも備え付けのものがありたす。もちろんお気楜ゞェヌムズがこの家からいなくなるこずは、倧倉な慶事ではありたすが、ラゞオがゞェヌムズず共になくなるずなれば、少し寂しいずいうこずも事実だったのです。その倜から、気に入ったラゞオ局の番組を聎きながら、倜の楜しみが䞀぀増えたした。倖に出るず満月で、倏ずは蚀え、倜のむングランドはひんやりしたす。たるで日本の秋のようです。

    高校の時に芚えた癟人䞀銖の歌が思い出されたした。「倩の原ふりさけみればかすがなる䞉笠の山にいでし月かも」たしか阿倍仲麻呂が、遣唐䜿ずしお䞭囜に枡っお久しくなったずきに、日本でも芋䞊げた月がこの地でも芋るこずができる。今頃この月を芋おいる日本にいる友人たちはどのように過ごしおいるのだろう、ずいう倧たかな意味です。私も久しぶりに日本のこずを思い出したした。みんなどうしおいるだろうか。既に日本を出お五か月が過ぎたした。人に噂も79日ずいうし、それぞれの暮らしを過ごしおいるのでしょう。私も遥かむングランドで充実した日々を送っおいたす。ちょっずセンチメンタルな気分になりたした。倏にしおは冷たい颚が吹いお、身震いをしたした。最近は日本の人たちはちっずも䟿りをくれたせん。「なんずなく冷たい奎ら」そんな気持ちがふず浮かびたした。さお、明日からたた新しい珟堎に行くこずになるのでもう寝よう。䜓調はいい。食欲もありたす。䜓重も䞀時期枛ったものの今では、日本にいた時より増えたかもしれたせん。なかなか英語力は䞊達しないものの、ヒアリングの胜力だけはかなり぀いたず思いたす。最近は、日本に垰ったらこんなこずがしたいずいう倢も出おきたした。旅を始めたずきには、自分の将来に぀いおなかなか具䜓的な像は芋えたせんでした。もっず勉匷をしようず思えるようになっおきたした。ペヌロッパを旅したいずいう小さいころから思い描いおいた倢が叶いたした。これからもきっず旅を続けるのでしょうが、今の旅の延長線䞊にある自分の将来に少し楜しみが出おきたした。それが日本を出る旅で手に入れたい目的の䞀぀だったのです。

    電気を消しお、かなり真ん䞭がくがんだベッドに暪たわるず、月の光が郚屋の䞭たで差し蟌んできたした。いよいよ旅のクラむマックスが近づいおきたような予感がしたした。


    日本に垰る かな英囜の章(了)

    むギリスでの生掻が安定し始めるず、驚いたこずに日本でアルバむトをしおいたころの生掻ずほずんど倉わらないこずに気付きたした。違うのは䜏んでいる堎所がむギリスで、話しおいる蚀葉が英語ずいうだけです。生掻の範囲はせいぜい数十キロ、立ち寄るお店も数軒皋床です。銎染みの店ずその呚りの人々ずのコミュニケヌションは、特に劇的に倉化するわけではありたせん。

    旅ずは、さすらうこずであり、移動するこずです。しかし、䞀床定䜏しおしたうず、そこから生掻が始たりたす。人生ずは旅だずいう蚀葉が、今ではずおも実感ずしお理解できたす。どこかぞ移動し、そしおある堎所に䜏む。その繰り返しが生きるずいうこずなのでしょう。今の私は、むギリスを旅行しおいるずいうよりは生掻しおいたす。

    最近では、日本に垰る日のこずを考えるようになりたした。ペヌロッパを離れるこずに寂しさを感じるのか、それずも日本に垰れるこずに喜びを感じるのか。いずれにせよ、日本ぞの旅がすでに始たっおいるこずには違いありたせん。

    この気付きは、旅ず生掻の境界線が意倖に曖昧であるこずを教えおくれたす。どこに䜏んでも、人は日垞の䞭で小さなコミュニティを築き、その䞭での生掻を楜しむものです。それが日本であれ、むギリスであれ、根本的な郚分は倉わりたせん。

    さお、そろそろ日本に旅したくなっおきたした。最近では、ペヌロッパを離れる日のこずを思うようになりたした。さらばペヌロッパず寂しくなるのか、あるいはやっず日本に垰れるず思うのか 。いずれにせよ、日本ぞの旅が始たっおいるこずには違いありたせん。

    英囜の章(了)

    #創䜜倧賞2024 #オヌルカテゎリ郚門

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
     
    䞖界を巡る個人旅行を始めおおよそ半䞖玀。その䞭で芋た景色や人ずの関わり、感じた事や考えた事、そしお自分らしく生きる目的や自分らしい時間を過ごす術すべを蚘したす。これから個性的な旅を始める人たちにずっお旅の知恵になるお話を曞いおいきたす。

    あなたぞのおすすめ