
魔術師としての現実と、ムカッとした日の祈り
昨日、僕はスーパーの店員さんの言い方にムカッとした。
夜には、妹のちょっとした発言にもムカッとした。
不完全を肯定すると決めていたのに、やっぱり僕は“不完全に不完全を愛してゆく”しかないと痛感した日だった。
かつて僕はキリスト教のある組織に関わって「神性の体得」という魔法のようなものを味わっていた。
あの頃は、不快も怒りも、まるで風のように通り過ぎていく感じがあった。
けれど今はもう、その魔法は崩れてしまっている。
だから昨夜、僕は――
神に真剣に祈った。
正直僕は、キリスト教の言う「神」の全ては信じられない。
けれど、聖書を見て、ただ「神ってこういう存在でもあるんだよな」と思い、
素直に祈ってみたら、神性の力が少しだけ戻ってきた。
理屈じゃない。意味もよく分からない。
でも、確かに効いた。
たぶん、僕は魔術師なんだと思う。
信仰の枠にとらわれず、
祈りや関係や対話の中で、相手の“魔法”を理解しようとする魔術師。
そして、その魔法に応じて自分の力を調整しながら生きている現実者。
それはとても地味で、時に無力な実践だけれど――
人間は誰もが魔法を使っていると気づいた今、
僕はこの道を、悲しさも優しさも携えながら歩いていく。