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第4章倪陜の神ず海の神 —— 倩照ずスサノオの蚘憶

    前回はこちらです。

    前回は、匥生を「田ず倪陜の蚘憶」ずしお読んでみた。

    田
    çš²
    æ°Ž
    季節
    収穫

    そしお、倪陜

    海ず森ず川の蚘憶の䞊に、田ず倪陜の蚘憶が重なっおいく。

    その先に、神話の圱が芋えおきた。

    今回は、いよいよ神々の名前を出しおみたい。

    倩照。

    スサノオ。

    そしお、ただ静かに圱だけを芋せおいるツクペミ。

    ただし、神話をそのたた歎史ずしお読む぀もりはない。

    ここで芋たいのは、神々の物語の奥に、人々の暮らしの蚘憶が残っおいないかずいうこずだ。


    1. 田ず倪陜の先に、神話が芋えおきた


    第3章を曞きながら、私は少し䞍思議な感芚になった。

    皲䜜の話をしおいるはずなのに、だんだん倪陜の話になっおいく。

    田を敎える
    氎を匕く
    季節を読む
    収穫を埅぀

    そこには、人の力だけではどうにもならないものがある。

    雚が必芁になる
    日差しが必芁になる
    氎が倚すぎおも困る
    少なすぎおも困る

    収穫たでの長い時間を、人は埅たなければならない。

    その埅぀時間の䞭に、祈りが生たれる。

    そう考えるず、倪陜はただ空にある光ではなくなる。

    田を育おるもの
    季節を知らせるもの
    共同䜓の暮らしを照らすもの

    そういう意味を持ち始める。

    だから、第3章の最埌で「倪陜の神の物語が芋えおくる」ず曞いた。

    では、その倪陜の神ずは誰なのか。

    日本神話で、たず思い浮かぶのは倩照だ。

    ただ、ここでいきなり「倩照は匥生の神だ」ず蚀いたいわけではない。

    そんなに単玔な察応衚で神話を読んでしたうず、たぶん倧事なものを萜ずしおしたう。

    でも、田ず倪陜の蚘憶の先に倩照の圱が芋えおくる。

    それは、かなり自然なこずのように思える。


    2. 䞉柱の神が生たれる


    叀事蚘では、むザナキが黄泉の囜から戻り、犊をする堎面がある。

    その犊の最埌に、䞉柱の神が生たれる。

    巊目から、倩照倧埡神。
    右目から、月読呜。
    錻から、須䜐之男呜。

    いわゆる䞉貎子ず呌ばれる神々だ。

    なお、叀事蚘ず日本曞玀では现郚に違いがある。

    ここでは、䞡方を厳密に比范するのではなく、神々の圹割がどう語られおいるかを手がかりに読んでいきたい。

    ここで、私は少し立ち止たっおしたう。

    倪陜
    月
    æµ·

    この䞉぀が、䞊んで出おくる。

    倩照は高倩原を治めるよう呜じられる。

    ツクペミは倜の食囜を治めるよう呜じられる。

    スサノオは海原を治めるよう呜じられる。

    神話ずしお読めば、神々の誕生堎面だ。

    でも、このシリヌズの流れで読むず、少し違っお芋えおくる。

    人々が芋䞊げおきたもの。

    人々が恐れおきたもの。

    人々が生きるために読んできたもの。

    倪陜
    月
    æµ·

    それらが、神の姿を持っお珟れおいるようにも芋える。

    もちろん、これは仮説ずいうより、読み方に近い。

    叀事蚘や日本曞玀を、歎史の蚘録ずしおそのたた読むのではなく、人々の蚘憶が神話の圢をずったものずしお読んでみる。

    そうするず、䞉柱の神は、ただの登堎人物ではなくなる。

    列島で生きた人々が向き合っおきた、倧きな力の名前にも芋えおくる。


    3. 倩照は、倪陜だけではなく秩序の神にも芋える


    倩照は、倪陜の神ずしお知られおいる。

    光をもたらす神。

    高倩原を治める神。

    皇祖神ずしお語られる神。

    その存圚は、日本神話の䞭心に近いずころにある。

    ここで気を぀けたいのは、倩照をただ「明るい神」ずしお芋ないこずだず思う。

    倪陜は、明るい。

    でも、それだけではない。

    倪陜は、日々のリズムを䜜る。

    季節の感芚を䜜る。

    田を育おる。

    収穫に関わる。

    人々の共同䜓の時間を敎える。

    私はここで、倪陜ずいうものが、急に共同䜓の䞭心に芋えおくる。

    空にある光だったものが、暮らしを敎える力に倉わっおいく。

    人々が同じ空を芋お、同じ季節を埅ち、同じ収穫を祈る。

    その䞭心に倪陜がある。

    だから、倩照は倪陜の神であるず同時に、秩序の神にも芋えおくる。

    光によっお、䞖界を芋えるようにする。

    時間を敎える。

    高い堎所から、䞖界を照らす。

    第3章で芋た「田ず倪陜の蚘憶」は、ここで倩照の物語ずゆるく重なっおくる。

    もちろん、倩照をそのたた匥生瀟䌚の象城だず決める぀もりはない。

    でも、氎田皲䜜を受け入れた地域で、倪陜の意味が暮らしに深く結び぀いおいったずするなら、その蚘憶が倪陜の神の物語に重なっお芋えるのは、䞍自然ではない気がする。

    倩照は、ただ空の倪陜だけではなく、人々が倪陜に蚗した秩序の名前ずしおも読めるのかもしれない。


    4. スサノオは、海を任されながら海に収たらない


    䞀方で、スサノオは少し扱いに困る神だ。

    海原を治めるように呜じられる。

    けれど、すんなり海の神ずしお収たらない。

    泣く。

    荒ぶる。

    母のいる根の堅州囜ぞ行きたいず蚀う。

    高倩原ぞ向かう。

    倩照に疑われる。

    誓玄をする。

    そしお、やがお高倩原を乱し、倩岩戞の物語ぞ぀ながっおいく。

    スサノオは、海を任された神なのに、海だけに収たらない。

    ここが面癜い。

    私は、スサノオのこういう収たりの悪さに惹かれる。

    きれいに圹割を䞎えられおいるのに、その圹割からはみ出しおいく。

    海の神ずしお眮かれおいるのに、海の䞭だけでは終わらない。

    第2章では、瞄文を「海に開いおいた文化」ずしお読んだ。

    貝塚
    䞞朚舟
    黒曜石
    ç¿¡ç¿ 

    海ず川ず森を行き来する人々の蚘憶。

    その流れでスサノオを芋るず、圌はただの乱暎な神ではなくなる。

    海の蚘憶。

    移動の蚘憶。

    境界の倖ぞ出おいく力。

    秩序の䞭に収たりきらないもの。

    そういうものを背負った神にも芋えおくる。

    もちろん、スサノオを瞄文の神だず断定したいわけではない。

    それは蚀いすぎだず思う。

    でも、倩照が田ず倪陜の秩序を思わせるなら、スサノオはその倖偎にある海ず荒ぶる力を思わせる。

    光に照らされた田の䞖界。

    その倖に広がる海。

    この二぀が、神話の䞭で向き合っおいるように芋える。


    5. 倩照ずスサノオは、善悪の察立ではない


    倩照ずスサノオの物語を読むず、぀い善悪の察立に芋たくなる。

    倩照は秩序

    スサノオは混乱

    倩照は光

    スサノオは荒ぶる力

    そう敎理するず、わかりやすい。

    でも、たぶんそれだけでは足りない。

    スサノオは、ただの悪圹ではない。

    倩照も、ただ正しい神ずしおだけ描かれおいるわけではない。

    スサノオが高倩原ぞ向かうずき、倩照は疑う。

    スサノオは、自分に邪心がないこずを瀺そうずする。

    そこで誓玄が行われる。

    この堎面には、単玔な善悪ではなく、緊匵がある。

    秩序の偎から芋れば、倖から来る力は怖い。

    でも、倖から来る力がすべお悪いわけではない。

    むしろ、新しいものは、い぀も倖から来る。

    海の向こうから来る。

    山の向こうから来る。

    別の暮らし方から来る。

    だから、倩照ずスサノオの関係は、善悪ずいうより、秩序ず揺さぶりの関係に芋える。

    守る力
    動かす力
    照らす力
    荒ぶる力

    どちらか䞀方だけでは、物語は動かない。

    神話が面癜いのは、ここだず思う。

    倩照だけでは、䞖界は固たりすぎる。

    スサノオだけでは、䞖界は荒れすぎる。

    その間で、物語が揺れおいる。

    画像

    倪陜の秩序ず、海の荒ぶる力。その間で、神話は揺れおいる。


    6. 海の蚘憶は、田の秩序に消されなかった


    第3章で、田ず倪陜の蚘憶を曞いた。

    皲䜜が入り、土地ずの関係が倉わる。

    蓄えが生たれる。

    境界が生たれる。

    ムラの茪郭が濃くなる。

    倪陜の意味が暮らしに深く結び぀いおいく。

    でも、そこで海の蚘憶が消えたわけではない。

    むしろ、神話の䞭では、海は匷い存圚感を持っお戻っおくる。

    スサノオ。

    海原を任された神。

    荒ぶる神。

    高倩原に乱れを持ち蟌む神。

    しかし、やがお出雲ぞ぀ながっおいく神。

    ここで、海の蚘憶は、田の秩序に完党には吞収されなかったのだず思う。

    田が広がっおも、海は残る。

    倪陜の秩序が匷くなっおも、荒ぶる力は残る。

    高倩原の物語が䞭心に眮かれおも、その倖偎には出雲がある。

    この構図は、ずおも面癜い。

    日本神話は、ひず぀の䞭心だけでできおいない。

    䞭心に向かう物語があり、その倖偎に残る物語がある。

    光の物語があり、海の物語がある。

    田の蚘憶があり、移動の蚘憶がある。

    だから、スサノオは物語から消えない。

    むしろ、重芁な神ずしお残る。

    荒ぶる力は、ただ吊定されるのではなく、物語の䞭で別の堎所を䞎えられる。

    そこに、私は日本神話の䞍思議な深さを感じる。


    7. 月の神は、ただ黙っおいる


    倩照ずスサノオを芋おいるず、どうしおも二人の関係に目がいく。

    倪陜ず海。

    秩序ず荒ぶる力。

    高倩原ず倖偎。

    でも、䞉貎子にはもう䞀柱いる。

    ツクペミ。

    月の神。

    倜の食囜を任された神。

    この神は、䞍思議なくらい静かだ。

    倩照やスサノオに比べるず、物語の䞭での存圚感が薄い。

    だからこそ、気になる。

    倪陜があり、海があり、月がある。

    この䞉぀は、最初に䞊んでいたはずなのに、物語の䞭では倪陜ず海が倧きく動き、月は静かに圱だけを芋せおいる。

    なぜなのだろう。

    月は、䜕を背負っおいるのか。

    倜ずは、䜕の蚘憶なのか。

    暊なのか。

    朮なのか。

    死者の囜なのか。

    それずも、ただ別の蚘憶なのか。

    ここでは、ただ螏み蟌たない。

    第4章では、倪陜ず海を芋るずころたでにしおおきたい。

    ただ、ツクペミは忘れない。

    静かな神ほど、あずで倧きな問いを連れおくるこずがある。


    8. 次は、出雲ぞ


    ここたで、人類の移動から始めおきた。

    アフリカを出た人々。

    海沿いの道。

    スンダランド。

    瞄文の海。

    匥生の田。

    そしお、倩照ずスサノオ。

    少しず぀、神話の䞭ぞ入っおきた。

    倩照は、倪陜の神ずしお珟れる。

    スサノオは、海を任されながら、海に収たらない神ずしお動き出す。

    ツクペミは、ただ静かに圱だけを芋せおいる。

    この䞉柱を、ただ神話の登堎人物ずしお読むこずもできる。

    でも、ここたで人類の移動、海の民ずしおの瞄文、田ず倪陜の匥生を芋おきたあずでは、少し違っお芋える。

    神々は、空から突然降っおきたのではないのかもしれない。

    人が移動し、暮らしが倉わり、祈りが重なった先に、神々の物語が生たれたのかもしれない。

    次は、出雲ぞ向かいたい。

    スサノオの先に、倧囜䞻がいる。

    そしお、囜譲りの物語が芋えおくる。

    叀い力は、消されたのか。

    それずも、䞭心から倖されたあず、祀られるこずで残されたのか。

    神話の奥に、もう少し深く入っおみたい。

    人類の移動から日本神話たでをたどるこのシリヌズは、こちらのマガゞンにたずめおいたす。

    参考にしたもの

    國孞院倧孞 叀兞文化孊事業「叀事蚘」

    國孞院倧孞 叀兞文化孊事業「須䜐之男の昇倩」

    國孞院倧孞 叀兞文化孊事業「倩石屋戞」

    https://kojiki.kokugakuin.ac.jp/kojiki/倩石屋戞/


    #叀代史
    #日本神話
    #叀事蚘
    #倩照
    #スサノオ
    #神話ず考叀孊
    #神々は旅をした

     
     
    これはある40代SEの悲しいリアル プログラマ、SE、PL、PM、管理職を経隓。IT職の働き方、自己理解、AI時代のキャリア、40代の生掻を実䜓隓ベヌスで曞いおいたす ※Amazon.co.jpア゜シ゚むトを利甚しおいたす

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