
愚痴は言ってみりゃ心の掃除。だもんで、ゴミは速やかに捨てましょう
大人になると、愚痴を言う機会が増えちゃって、嫌になっちゃうよう。
仕事、人間関係、家庭。学生時代の「先生が嫌だ」「好きな人が冷たい」「既読スルーされた」とは比べものにならないくらい、悩みは複雑になる。
ほいだもんで、ついつい「ちょっと聞いてよ」なんつって誰か愚痴を言いたくなる。ちなみに、僕は愚痴る相手をしっかりと選んで定期的に愚痴る人間である。
ぶっちゃけ、僕はね、愚痴るという行為そのものは悪いことではないと思っとるんだわ。
心理学では、自分の感情を言葉にすることで、気持ちを整理しやすくなると考えられている。
頭の中で渦巻くモヤモヤに「悲しかった」「悔しかった」「認めてもらいたかった」と名前を付けていく。僕はこれを「名無しの感情に名札を付けるような作業」と個人的に呼んでいる。
すると「怒っていたと思っていたけれど、本当は寂しかった」「恨んでいたはずが、意外と感謝していた」など、自分でも気づかなかった本音が見えてくる。だから、モヤモヤを言語化するという事において、愚痴には意味があると、ぼかあ、思うよ。