
「なんで無職になるの?」と聞かれると「なんで働くの?」と聞きたくなる
「なんで無職になるの?」
人は自分が理解できない決断をする人に対して説明を求める。私の場合だったら、サラリーマンを辞めて無職になる決断をした時にこの質問を何度も何度もされた。別に嫌なわけではない。「そりゃ気になるよね」というのが正直なところだし、聞かれたら丁寧に答えるようにしていた。
でも不思議なことに気付いた。質問をする人たちの多くは丁寧に答えると途中から退屈そうにしていた。私は気づいた。
「この人たちは無職になる理由が知りたいわけではなく、自分が安心する理由を話してほしいんだ」
自分が安心するために質問する人たち
世の中にはこの手のタイプの人が多い。質問の目的は自分が安心するため。自分が不安になる回答が飛んでくると退屈そうにする。「どうして無職になるの?」という質問に答え続けているうちに、この手のタイプの人たちへの回答テンプレートが出来上がってきた。
「ん~。サラリーマン飽きちゃいました!人生何とかなるかな~と思います!」
多くの人はこの回答をすると「こいつ何も考えてないんだな」と安心して世話を焼いてくれる。
「おまえなあ。もっと人生考えた方がいいぞ。俺の場合は云々…」
このパターンになると聞く側に回れるので楽になる。興味が無い相手に話すより、興味が無い話を聞く方がずっと楽なのだ。私は性格がねじ曲がっているので、相手が気持ちよくなってきたタイミングでこんな質問をしてみる。
「〇〇さんはなんで働くんですか?」
この質問をすると多くの場合、相手は言葉に詰まる。私からしたら考えに考え抜いた結果、無職なのである。それは私にとっての「普通」だ。あなたにとって働くという「普通」をどこまで考えられてますか?という問いだ。
この問いに対し多くの人は嫌な顔をする。「働くなんて当たり前だろ」という言葉が顔からにじみ出る。でもあまり考えたことが無い質問のため少し考え始める。ここで私と目の前の人が同じ土俵に上がる。
その人にとって「普通」のことを、自分が安心したいために説明を求めるのは、あなたにとって「普通」のことに対しても説明責任が発生する。