
【高校野球】母校の校歌は歌えないのに、PL学園の校歌はなぜか歌える
実は私、自分の出身高校の校歌を、ちゃんと歌えない。
歌えるのは「しんぜ〜んび(真善美)」という一部のフレーズだけだ。
他の部分の歌詞もメロディも、何一つ思い出せない。
PL学園の校歌は、なぜか歌える
なのに――
PL学園や智弁和歌山の校歌なら、歌える。
東海大甲府も鼻歌なら歌える。
山梨学院の校歌も、歌い出しの
「ま〜いづるじょう(舞鶴城)の〜」は歌える。
(※私は山梨県出身)
面白いのは、地方大会や甲子園中継で耳にしてきただけで、これらの高校の校歌を覚えてしまっているということだ。
普通なら歌えるはずのない母校以外の校歌の方が、自分の母校の校歌より記憶に残っている。
考えてみると、なかなか妙なことだ。
横浜高校の校歌が歌える友人
先日、友人とランチをした時に高校野球の話になった。
彼女は神奈川県民なので、自然と横浜高校や織田投手の話になった。
すると彼女が、
「横浜高校の校歌、歌えるよ」
と言った。
横浜高校の卒業生でもないのに、だ。
ここにも、他校の校歌を歌える人がいた。
でも、待って。
私は神奈川県予選で横浜を何試合か見ていたし、今年の甲子園でもずっと横浜の試合を追いかけていた。
それなのに、横浜高校の校歌はフレーズひとつ出てこない。
どうやら、単純に「何回聞いたか」だけの問題ではなさそうだ。
校歌は、感情と一緒に記憶される?
自分が、PL学園や智弁和歌山の校歌を覚えた頃のことを振り返ってみた。
たぶん、私は甲子園に流れる校歌をただ「聞いていた」のではない。
「すごい!」
「今のプレー、カッコいい!」
「なんでこんなに強いの!?」
試合を見ながらそんなことを口にし、そのたびに心が湧き立っていた。
そして、あの頃は夏休みそのものが楽しくてたまらなかった。
朝から遊んで、テレビをつければ高校野球をやっていて、また遊びに行く。
何か特別なことをしていたわけではないのに、毎日が楽しかった。
つまり、校歌そのものを覚えたというより、試合を見てワクワクした気持ちや、楽しかった夏休みの記憶と一緒に残っているのかもしれない。
だから、何十年経った今でもPL学園や智弁和歌山の校歌は歌える。
一方、今、高校野球を見る時間は、当時のようなまっさらな夏休みではない。
仕事の合間に、時には仕事をしながら“背中で”見ていることも多い。
高校野球を見る時間の流れかたも、向き合いかたも違う。
横浜高校の試合を何度も見たのに校歌を覚えていないのは、その違いなのかもしれない。
なぜ母校の校歌は覚えていないのか
そう考えると、自分の母校の校歌をほとんど覚えていないことにも、少し納得がいく。
私にとって母校の校歌は、学校生活の中の決まった場面で歌うものでしかなかった。
そこに、高校野球を観戦するときのような心湧き立つ経験は、結びついていない。
そして正直なところ、母校への思い入れはあまり……
いや、全然なかったのかもしれない(笑)。
だから今も残っているのは、
「しんぜ〜んび」
だけなのだろう。
あなたは、母校の校歌を今でも歌えますか?
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