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KJourney | 中東問題を考える@シリア クネイトラ〜ヨルダン アンマン 🇸🇾🇯🇴

ゴラン高原。
シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエルに囲まれたこの土地は、その地理的条件によりこれまで何度もイスラエルとイスラムの戦争の舞台になってきた。そのゴラン高原にあるクネイトラという街に、シリア内務省の許可を取り訪れた。

クネイトラ周辺は現在国連の監視下にあり、ニュースでよく見る「UN」と大きく書かれた国連のワゴン車が走っていたりして、物々しい雰囲気が漂っている。何箇所かのチェックポイントを通りクネイトラに着いた。

街は壊滅していた。学校、モスク、病院、民家などあらゆる建物が徹底的に破壊されている。子供たちが学び、人々が祈り、生活していた場所が全て砲撃にあったということだ。

国際政治的に難しい状況にあるアラブをこれまで呑気に旅してきたが、ここへ来て初めて現実を見た。

その後、ヨルダンの首都アンマンに入った。アンマンは戦時中でもイスラエルとイラク両国への玄関口であり、それぞれの国へ入る人、出てきた人が多く滞在しているため、ホットな情報が集まる。

イスラエルには現在ヨルダンとエジプトから数か所ずつ国境が開かれているが、唯一入出国共にスタンプをパスポートではない別紙に押してもらえるのがアンマン近くのキングフセイン大橋だけになっている。イスラエル入国の証があると、ヨルダンとエジプト意外のほとんどのイスラム国家で入国拒否となってしまうため、旅人の多くはキングフセイン大橋をイスラエルの入出国に利用する。俺もそうするつもりだった。

宿の情報ノートの内容は大抵の場合、宿周辺の生活情報、お勧めのスポットや食堂やネットカフェ、近くの街や国の宿や交通手段など旅に役立つ情報が中心なのだが、ここアンマンの情報ノートはかなり色合いが異なる。そこにはイスラエルやイラク帰りの人たちのレポートやメッセージが多く書かれている。

特に目を引くのは、イスラエル内のパレスチナ自治区に行ってきた人、実際にそこでNGOの活動やボランティアに協力してきた人たちのレポートだった。

そこには悲惨なパレスチナの現実があった。日常的に行われているイスラエル軍による侵略、攻撃、殺戮。そして行き場を失った人々、大切な人を殺された人々、恐怖に耐えられない人々、そんなパレスチナの人々による唯一残された抵抗手段であり、世界への訴えでもある自爆テロ。

これらのレポートと共に書かれているメッセージの多くは、少しでも多くの人にパレスチナでの支援活動に協力してほしい、現実を見て知って彼らの声を聞いてあげてほしい、メディアの情報操作に惑わされないでほしいというものだった。

だが実際には、普段平和な国生活している我々にとって、現実を知るのは難しい。情報のほとんどをメディアを通して得るため、そこに情報操作があっても知らずと影響を受けてしまう。テレビのニュースで、イスラエル軍によるパレスチナ市民への攻撃のシーンなんてまず放映されない。だがイスラエル側で自爆テロが起これば、爆破されたバスや死傷者のシーンは放映される。そこに、「何故そんなことが起こったのか」などの解説はない。「◯月◯日、エルサレム市内でパレスチナ人による自爆テロが発生し、◯人の死傷者が出ました」とそれだけだ。そしてこのニュースが、アルカイダやその他過激なイスラム原理主義によるテロや紛争関連のニュースの直後に流されたら、見ている人はどう思うか。「全く、イスラム教徒ってのは恐ろしい奴らだ」と感じてしまう人も多いはずだ。

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが起こった時、まだアメリカ国務省が犯行をアルカイダに絞る前(確かテロ発生から数時間しか経っていなかった)、西側のメディアが流したのは、アメリカの国旗を燃やして踊り回っているアラブの人々、ケーキにろうそくを立ててパーティをしているアラブの子供たちの映像だった。それが印象操作であることは断言できるが、あの混乱した状況でその映像を見た人たちは一体どう感じるのだろう。俺もあの時(@パナマ空港)はイスラムへの恐怖を感じた。

中東問題は、どちらが善でどちらが悪かなんてとても判断できるようなものではないし、簡単に判断するべきものでもないと思う。だが、与えられた情報をそのまま鵜呑みにするのではなく、なるべくフラットな一次情報に触れる努力、その背景を知る努力、事実に近づく努力はするべきだろう。

2003年夏


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