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伝説のロックバンド「クイーン」の魅力を再確認 ③

    ツアーが続いたこと、意欲作だったニュー・アルバム「ホット・スペース」が思っていたより売れなかったことへの失望感から肉体的・精神的にも疲労が溜まっていたクイーンのメンバーたち。
    スタジオ内でのケンカが絶えず解散の危機がやってきます。
     
    しかし10年以上も一緒にやってきたメンバーと袂を分かち、また新たな道を進むことに不安もありました。
    そこでメンバーたちが出した答えは、しばらく休養することでした。

    それぞれの休暇


    この休養は無期限のものでした。
    休養といっても、みんな音楽からは離れられず、思い思いの形で音楽を楽しみます。
     
    フレディはソロアルバム「Mr.バッド・ガイ」を制作。
    このアルバムには、後年にも日本のCMやドラマの主題歌にも使われた「アイ・ワズ・ボーン・トゥ・ラブ・ユー」が収録されています。
    (ただし後年使われているものは、のちにクイーンが参加してサウンドがもっと賑やかになっているものが採用されています)

     
    そしてマイケル・ジャクソンとのコラボも実現します。
    長いこと幻の未発表曲となっていましたが、2014年にようやくお目見え。
    「生命の証」というこの曲は、フレディのソロ・バージョンが「Mr.バッド・ガイ」に収録されていますが、二人のデュエットは死後のベスト盤に組み込まれました。
     
    ロジャーもソロアルバム「ストレンジ・フロンティア」を発表。
    クイーンではドラマーとしての腕が冴えわたる彼ですが、元はギターもベースもキーボードも弾けるマルチプレイヤー。
    楽しそうにギターを弾く姿が新鮮でした。

     
    ブライアンも同じくソロアルバムを作ろうとしていたのですが、他のミュージシャンからいろいろ声をかけられて、オールスター・ジャム・セッションに姿を変えました。
    顔触れはエディ・ヴァン・ヘイレン、フィル・チェン、REOスピードワゴンのドラマーのアラン・グラッツァーなど。
     
    ジョンもまた他のバンドや様々な友人たちとジャム・セッションをして楽しんでいました。この中にはテニスプレーヤーのジョン・マッケンローなども入っています。
     
    プライベートもそれぞれ充実して5か月後、再びクイーンとしてやる気を取り戻したメンバーたちは、スタジオに集まりニュー・アルバムの制作に取り掛かります。

    解散危機を乗り越えて


     元のクイーンサウンドに戻したアルバム「ザ・ワークス」は、グレイテスト・ヒッツに次ぐ、バンド史上2番目に全世界での総売り上げが多いものになりました。


    先行でシングル・リリースされたロジャー作の「ラジオ・ガ・ガ」がスマッシュヒットしていたことも売り上げに貢献しています。
     
    それ以外にもシングルカットされた曲は多く、特にメンバー全員が女装した「ブレイク・フリー」のMVは話題になりました。
    クイーンらしい安定感のあるアルバムに仕上がっています。
    しかし世の音楽シーンは変わってきており、クイーンはすでに“過去のバンド”と言われていました。
     
    そこへボブ・ゲルドフが音頭を取る難民救済のイベント「ライヴ・エイド」の話が舞い込みます。
    大物ミュージシャンが一堂に会する20世紀最大のチャリティーイベント。
    クイーンはそこで20分という短い時間をフルに使って熱いパフォーマンスでヒット曲を畳み掛けるように連続で演奏します。
     
    特にフレディの力強さは圧倒的で、スタジアム中の観客を鼓舞し熱狂に沸かせました。
    多くのミュージシャンが出演していましたが、誰の目から見ても明らかにクイーンがずば抜けて最高のステージを魅せています。
     
    自分たちは過去のバンドなんかではなく現役だ! と世界に見せつけたステージでした。このライヴ・エイドでのパフォーマンスはもはや伝説になっています。
    やっぱりクイーンはすごい! と離れていたファンも戻ってきたし、新規のファンも獲得しました。

     
    その後クイーンは小休止を挟みながらツアーやアルバムを作る、少しペースを落とした活動になります。
    映画「ハイランダー」の主題歌及びサントラがほぼ占めるアルバム「カインド・オブ・マジック」、スタジアム・コンサートでの音源を使用した「ライヴ・マジック」などをリリースします。

    病魔を抱えながら


    1987年はまた少しクイーンとしての活動をオフにすると決められていました。
    フレディは憧れのオペラ歌手、モンセラート・カバリエと共演し、彼女の故郷である「バルセロナ」という曲を書き上げました。
    これは後のバルセロナ・オリンピック開催記念パーティーで披露されます。

     
    この年にフレディは、エイズに感染していると医師に宣告されたそうです。
    このことはすぐにメンバーや関係者に伝えられましたが、全員ショックを受けつつもマスコミ等に触れ回る真似はしませんでした。
    危機を乗り越えたとはいえ、いずれは解散するかも…と思っていたメンバーたちも、「最期までフレディとやっていく、解散は絶対しない」と決意します。
     
    この事件があってから作られたアルバム「ザ・ミラクル」から、作詞・作曲の名義が個人名ではなく[クイーン]で統一されました。
    印税が4人均等に分配されるようにです。

     
    MVでのファッションが落ち着いた大人の装いになっていることにちょっとビックリしました。
    (だってレオタードとか毛皮とか、奇抜な恰好がトレードマークだったから…😅)
    全員お揃いでシンプルな服を着てるのも珍しい光景です。
     
    駆け抜ける機関車の上で気持ちよさそうに演奏する「ブレイクスルー」のMVがすごく好きです。全員シャツに柄物ベストで可愛い。
    MVなどからはフレディの病状はまだ出ていないかのように見えますが、メンバーらの近しい人たちは異変を感じ取っていたそうです。
     
    次のアルバム「イニュエンドウ」がフレディ生前の最後のアルバムになります。


    シングルカットされたMVの中で「ヘッドロング」では元気にしている姿が見られますが、「ショウ・マスト・ゴー・オン」、そしてラストの「輝ける日々」では明らかにやせ細り、厚塗りで肌の状態を隠した上に白黒撮影で、病気がかなり進行していることが伺えます。
     
    「輝ける日々」の最後にフレディはカメラ目線で “I still love you.” と言って捌けていきます。
    ファンへの最後のメッセージ。
    最期までエンターテイナーだったフレディらしい気配りです。
     
    そして1991年11月23日、フレディ・マーキュリーは自身がエイズであることを世間に公表。翌24日に永眠しました。享年45歳。

    永遠に紡がれる音楽


    最後のスタジオ盤になったアルバム「メイド・イン・ヘブン」のリリースはフレディの死後になりました。
    最後の力を振り絞ったかのような歌声は、凄絶と表現したくなるほど伸びやかです。

     
    このアルバムを最後にジョンも音楽シーンから去っていきます。
    ブライアンとロジャーはそれぞれソロ活動やジャムをしながら、クイーン+ポール・ロジャースでコンサート活動を行っていましたが2009年に解散。
    その後アダム・ランバートと組んでいます。
     
    音楽的才能に恵まれ、人間的魅力にも溢れた天才フレディ・マーキュリー。
    45年という短い生涯で残した作品は、未だに色褪せることなく聴き継がれています。
    数年前、ロンドンにあるフレディの自宅を見に行きましたが、そこを訪れたファンのメッセージがまだドアに残されていました。
     
    これから先も、新たなファンが増えるでしょう。
    そして色んな形でクイーンの音楽はこの先も紡がれていくと思います。
    どれだけ時代が進んでも、ずっと後世に残っていく音楽。
    伝説のロック・バンドとしてクイーン、そしてフレディの歌声は永遠に残っていくのだと確信しています。

    ▼こちらの記事に紹介していただきました!!😆ありがとうございます!

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