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南谷知子さんの個展

    カンナ

    7月16日、日本画家 南谷知子さんの個展最終日に伺ってきた。
    インスタやtwitterでは作品を拝見していたが、初めて生でその迫力を体験できて、南谷さんとお話もさせて頂きとても楽しかった。

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    個展DM

    インスタをフォローさせて頂いたきっかけは、翡翠の絵だったと思う。鳥が好きなので鳥の絵や写真をよく漁っているのだが、南谷さんの鳥の絵は今まで見たことのない力が合って心を掴まれた。今回初の個展だそうで、実物を拝見できる幸運な機会と期待して出かけた。
    実物は、当然ながらスマホで見るのとは迫力、質感とも全く違うもので絵に込められたものが直接伝わってきた。
    躍動感のある動物が描かれているとき「生きているよう」と表現したりする。
    南谷さんの描く鳩や雀を見たとき、そのぬらりとした独特な姿形の表現に「生きているよう」とは違う生々しさを感じた。それは死を内包した生とでもいうべきか。
    生きているとは、いつか死ぬことだ。
    日本画の花鳥画でこのような印象を受けたのは初めてだった。
    若冲はかっこいい。省亭は綺麗。古邨はかわいい。でも生きたその先の死までは見えなかった。
    南谷さんの鳥が漫画的とも言える奔放なポーズを決めながら寓話的にならずリアルに感じられるのは、その死と抱き合わせの生を感じられるからかもしれない。
    文鳥飼いあるあるだと思うのだが、文鳥を飼っていると何故か常に死を身近に感じるのである。文鳥が可愛すぎて失うことを恐れるあまりなのか。毎朝おやすみカバーを開ける時はまず床面を見てしまう。
    南谷さんの鳥に死の影を見たのは、そういう私の見方のせいかもしれないが、またお会いする機会があったらお話を伺ってみたい。

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    南谷知子さん個展作品





     
     
     
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