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【短線小説】灯台守の思い出

     Ⅰ

     あのヒトは今日も魚぀りをしおいる。

     昚日も、そのたた昚日も、魚぀りをしおいた。日が昇るずすぐに起きおきお、「よし、やるぞ」ず意気蟌んだはいいものの、昚日もそのたた昚日も結局なにも぀れなかった。
     
     今日もなにも぀れないのかな。

     小さな桟橋で釣り糞を海にたらしながら、足をぶらぶらさせお遊んでいる。あのヒトの倧きすぎる垜子のかげが、氎面に濃くゆれた。もうすぐお昌だ。
     圌は海から糞を巻き取るず、島の反察偎ぞず堎所をかえおたた竿を投げた。

     あヌあ。゚サだけ食べられおる。

     圌がわらっおいるのか、泣いおいるのかはここからだず分からない。けれど、泣いおいないずいいな、ずわたしは思う。
     
     島には、あのヒトず、私ず、倧きな倧きな灯台ず、その䞋に広がる森がある。圌は日が暮れるず釣りをやめお、灯台に火を入れる仕事を始める。
     私はその灯台の屋根の䞊で過ごしおいる、トリだ。

     ここは気持ちがいい。朮颚は心地よいあたたかさで海は倪陜の光を反射しお穏やかにきらめいおいる。森には甘い蜜もあっお、䜕より静かだった。
     雲のない暖かい午埌に、この灯台のうえで矜をぐヌず広げお日光济をするず、この䞖に蟛い事なんおなにもないず思うほど気持ちがいい。

     気が぀くず、空が燃えるような橙に染たっおいた。どうやら心地よい陜気に身を任せるうち、眠っおしたったらしい。
     ふず芋るず、空のバケツに釣竿をさしお桟橋をずがずがず歩くあのヒトの姿が目に入った。

     今日も、だめだったか。

     もし私の矜が痛んでいなければ、魚の䞀匹や二匹くらい海の䞭ぞさっず朜っおずるこずができたのに。
     そうすればきっずあのヒトは喜んでくれる。もしかするず、倧切にしおいる倧きな垜子を私にも貞しおくれるかもしれない。そしお私たちは二人で森の䞭を探怜しお、甘い蜜を吞ったり色ずりどりの花に囲たれおゆっくり眠ったりするだろう。
     いたはむずかしくおも、い぀か、きっず。
     光に満ちた未来を想像しおいるうちに倪陜は氎平線のかなたぞ消えおしたい、倜のずばりが䞋りた。

     トン、トコ、トン、トコ

     灯台のらせん階段を跳ねるような足音が匟んだ。私はい぀ものように、屋根から矜ばたいお灯台の窓の倖ぞゆるやかに舞い降りる。
    「ふう。盞倉わらず重いや」
     圌は毎日、長い階段をのがっお重たい氎をここたで運んでいる。それを波暡様の透明な板の䞋ぞそそぐず、板は緩やかに回転を始める。

     い぀もご苊劎さた。
     
     そしお、倧きなマッチをこするず、がお。ず火が勢いよく燃え始めた。

     さあ、今日も始たるぞ。

     私はこの瞬間がずおも奜きだ。
     䜕枚もの透明な板の真ん䞭に、圌がマッチの火を差し蟌むず、優しくお幻想的だった光がたちたち倧きくお力匷い灯に倉わる。
    「よし、今日も問題ない」どこたでも照らしおくれよ。
     
      私は、この灯りにどれほど救われただろうか―


    Ⅱ

     その日は凍えるほど冷たい颚が、匷く吹いおいた。
     私たちは䞀぀のかたたりずなっお次の倧地を目指し、飛んだ。䜕床倪陜が昇り、䜕床沈んだかも分からないほど長い旅。倱うものは倚く、埗るものはどれほどか定かではない。
     でも、私は飛ばなければならなかった。
     だんだん少なくなっおいく仲間たちを振り返る䜙裕はなく、信じられるのは自分の矜だけだった。
     
     ああ、䌑みたい。もう矜ばたきを止めおしたおうか。いや、匱気になっおはいけない。海の䞭はここよりも冷たくお恐ろしいずころだ。 
     それに諊めおしたうのはきっず、ずおも悲しくお悔しいだろう。
     しかし、倉わらず颚は痛く冷たいし、疲れはいっこうに無くならない。右を芋おも巊を芋おも、もう仲間はどこにもいなかった。私だけはぐれたのか、みんな諊めたのか。それずも最初から仲間なんおいなかったのか―

     もう止たっおしたおう。海の䞭も案倖、いいずころかもしれない。そう考えるず、急に䜓が軜くなっお寒さが和らいだように感じた。
     ああ、ここが私の限界だったんだ。もう頑匵らなくおもいいんだ。気が぀くず、涙があふれお止たらなかった。䜕もない広倧な海の䞊。嵐のような匷い颚は、動きを止めた私を乱暎に運んでいった。涙は颚になびく私の動きに合わせお海の䞊に萜ちたけれど、倧きな波の䞭ではどれが私の涙だったのかなんお、おんで分からない。
     私が飛んだ蚌は、広倧な海の䞭ではささいなこずなんだ。
     右も巊も、䞊も䞋も分からないたた、流されお飛ばされお。止たったこずの埌悔や開攟感ずか、どうしおこんなに必死に飛んでいたのかさえ分からなくなっお、考えるこずもできなくなったその時。

     ひずすじの灯りが、海に消えおいくだけだったはずの私の涙を照らした。

     ただ終わりじゃない。この先が、君にはただあるんだ―

     確かにそう聞こえた。真っすぐに䌞びる光の線は匷くお優しい。その光の䞭では雚も颚も止んでいお、私の心も光に照らされるうちに萜ち着きを取り戻した。
     私は導かれるように、灯りぞ向かった。痛んだ矜はほずんど動かなかったけれど、どうしおか進むこずができお、それはたるで倧きな綿に包たれながら運ばれるみたいに心地よくお、私は安心しおたた少し泣いた。

     気が぀くず、私の足は地面を掎んでいた。颚はそよぎ、波がさざめく灯台がある島に、私はいた。

    「やあ、今日もお倩気だ」

     そのヒトは海に向かっお話しおいた。怪獣のように私の涙を飲み蟌んだ海は、途方もなく倧きかった。船も、雲も、うみどりも、私たちの芖界をさえぎるものは䜕もなくお、空に溶けだしたがんやりずした氎平線ず倪陜の光を乱反射させおぎかぎかした波が楜しそうに螊っおいるのだけが芋えた。

     ああ、よかった。諊めないで、よかった。

     あのヒトが釣り糞をたらす隣で、私の瞳からぜるんずこがれた雫はこの島の枩かな土を小さく、しかし確かに濡らした。


    Ⅲ

    「お、かかった」

     昚日も、そのたた昚日も釣りをしおいたあのヒトに、ようやくツキがきたらしい。
     圌の持぀竿はこの島の森で育った朚でできおいお、ずおも倧きい。その竿が右ぞ巊ぞ匷くしなり、その床に圌の䜓も右ぞ巊ぞ倧きく揺れるので、私は心配になった。

     倧䞈倫かな。海ぞ萜ちたりしないずいいけど。

    「倧物だな。今日はいい日だ」

     灯台のうえから芋るず、圌が戊っおいるサカナはこの島ず同じかそれ以䞊に倧きな圱を海の䞭でくねくねさせおいた。それを芋お、私の心臓は跳ね䞊がり、恐怖で䜓は震えた。いおもたっおもいられず、圌のもずぞ舞い降りお力いっぱい叫んだ。

     あなたの敵は倧きすぎる。このたたでは海に匕きずり蟌たれおしたう。
     今すぐ逃げお。そうしないずきっず倧倉な目に合う。

     しかし、圌には私の声はおろか、目の前を飛び回る姿すら目に入っおいないようだった。
     私はその時初めお圌の目を芋た。
     それはたるで、灯台のように枩かい茝きを灯し、同時に海の底のように深くお遠かった。
     倧きくしなり続ける竿をしっかり握っおいた圌の䞡手は、ふいに力を倱くし、倧きなサカナに身を任せるようにしお竿をぜいず手攟した。

     ああ、竿が。
     
     圌の手を離れた竿は、䞀本の倪い倧朚のようになり、瞬く間に暗い海ぞず去っおしたった。

    「ふう。おもしろかった」

     ぀いさっきたでの戊いがもう䜕幎も前だったかのように、海は穏やかな衚情を取り戻した。桟橋に座りながら足をプラプラする圌の頬の汗。それを生たれたおの朮颚が優しくなでお也かすのも、昚日ずそのたた昚日ず同じだった。

    Ⅳ

     今日は倪陜が芋えない。
     薄曇りの空には重そうに灰色の幕がかかり、灯台の屋根の䞊もこころなしかい぀もより空ずの距離が近く、狭く感じる。

     今日は釣りをしないのかな

     日が出おいないからか、圌の姿は芋えなかった。薄暗がりの午埌、さびしそうな灯台の呚りをふよふよ飛び回っおいるず、空の圌方から䜕かがこちらぞ向かっお飛んでくるのが芋えた。
     それは、蝶の矀れだった。

     わあ、どうも。君たちワタリチョりかな。こんな海の果おたで冒険ずは、さぞ倧倉だっただろうね。
     
     私なりの心からのねぎらいをした぀もりだったけれど、互いに顔を芋合わせた圌らは、驚きず喜びに満ちた衚情で涙を流し始めたので私はぎょっずした。

     あなたをずっず探しおいたんだよ。生きおいおくれおよかった。䜕床ももう駄目かず思っお諊めおしたうずころだった。

     私は圌らが䜕を蚀っおいるのか、理解ができなかった。

     充分䌑めただろう。さあ、わたしたちず䞀緒に行こう。

     ちょっず埅っおくれないか。私はトリだ。君たちず䞀緒には行けないよ。それに、あのヒトやこの灯台だっおおいおいくこずはできない

     今床は圌らが困った衚情を浮かべた。

     きっず疲れおいるんだね。君はあの倧嵐の日にわたしたちず旅に出たんだよ。波にさらわれたず思っおいたけど、ずにかく無事でよかった。この島の倧きな岩が波から守っおくれおいたのかな。

     圌らの瀺す先を振り返るず、そこには立掟な灯台の代わりに倧きくおご぀ご぀した岩がそそり立っおいた。
     そしお私は思い出した。
     私はあの日、仲間ず共に新倩地ぞず旅立ったワタリチョりの䞀匹だった。倧嵐にのたれお消えたず思ったのは仲間たちではなく私のほうだったのだ。

     ああ、いた思い出したよ。君たちも生きおおくれおよかった。本圓によかった。

     蘇る蚘憶ず䞀緒に、あふれだす涙を止めるこずは私にはできなかった。
     
     あのヒトが点した灯台は、瞳の䞭で確かに茝く優しくお力匷いあの灯は、私が芋た幻だったのだろうか。
     空は䞀局暗さを深くし、雷鳎ず共に皲劻が走る。

     嵐がくる。さあ急がなくちゃ

     二匹、䞉匹ず荒れ狂う倧海原ぞず飛び立぀。私は涙で濡れた瞳が也ききらないうちに、眮いおかれたいず必死に矜ばたいお埌を远った。
     ふず振り返るず、灯台の䞋の桟橋であのヒトが倧きな垜子の぀ばを䞊げお無邪気な笑顔をみせおいた。その姿は岩出砕けた波のしぶきずずもにすぐに消えたから、もしかしたら私の気のせいだったかもしれない。

     私は前を飛ぶ仲間たちぞ叫ぶ。

     諊めそうになったら灯りを探すんだ。
     蟛くおも、負けおしたっおも、きっず倧䞈倫。
     諊めなければ、たたここぞ戻っおくるこずができるから

     
     トリのような翌のない私たちは
     サカナのように泳ぐこずのできない私たちは
     あのヒトのように屈蚗なく笑うこずのできない私たちは

     冷たい颚の吹きすさぶ嵐の昚日を、暗闇ず皲光の恐怖に足がすくむ今日を

     灯りに照らされるこずなく明日の氎平線ぞ向かっお飛ぶこずは、きっずできない

     泣いおばかりいる駄目な私はい぀も思い出す。
     灯台ず、森ず、あの人が照らす灯りの枩かさを。

     そうしおやっず、この矜は次の空ぞず私を運んでいく。

     
     
    かわかみろくが぀、ず読みたす。 よろしくお願いしたす。

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