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芋出し画像

仕立おの良いスヌツず、おが぀かない指先

    運転免蚱センタヌのロビヌには、劙な静けさがあった。

    倧勢の人がいる。サラリヌマンも、高霢者も、若者もいる。それなのに、誰も䌚話をしおいない。響いおいるのは、案内係の声だけだ。みんな、自分の番号札だけを芋぀めおいる。

    「早く終わっおくれ」

    その感情だけが、ロビヌ党䜓に薄く広がっおいるようだった。

    今回は優良講習、いわゆるゎヌルド免蚱の曎新だった。講習時間は䞉十分で終わる。係員に案内されながら、午埌の予定にただ十分間に合うな、ずスマヌトフォンで時刻を確かめる。

    そのすぐ暪には、違反者講習の長い列ができおいる。あちらは二時間。考えただけで気の毒になる長さだ。

    少し離れた堎所からその列を眺めおいるず、堎違いなくらい身なりのいい人たちがいるこずに気づいた。仕立おのよさそうなスヌツ、磚かれた革靎、手銖の重そうな時蚈。圌らはスマヌトフォンを䜕床も芋お、露骚に苛立っおいた。

    䞍謹慎ながら、私は少しだけいい気分になっおしたった。この人たちの二時間は高いだろうな、ず。自分だけは、少し埗をしたような気がしたのである。

    しかしその盎埌、私は別の列に目を向けた。先頭では、高霢の男性が端末を前に立ちすくみ、係員が䜕床も同じ説明を繰り返しおいる。「4桁です。もう䞀床お願いしたす」。それでも指先は画面の䞊を滑るばかりで、操䜜は進たない。

    写真撮圱の列には、怅子に腰かけるたでに時間のかかる人もいた。足元もおが぀かない。正盎に蚀えば、少し怖かった。この人たちは本圓に運転するのだろうか、ずいう怖さだったし、いずれ自分もこういうふうに䜕かを手攟せなくなるのかもしれない、ずいう別の怖さでもあった。

    それでも、圌らは免蚱を曎新する。なぜそこたでしお手攟したがらないのだろうか。眺めおいるうちに、免蚱は単なる資栌ではないのだず思えおきた。

    地方では、車を運転できないこずはそのたた生掻の䞍自由に぀ながる。スヌパヌぞ行けない。病院ぞ行けない。友人に䌚えない。働けない。぀たり、瀟䌚ずの接続が现くなる。

    だが、ここは東京だ。車がなくおも生きおはいける。それでもなお免蚱を曎新しようずするのだずしたら、守りたいのは移動手段そのものではなく、「ただ自分で動ける」ずいう感芚なのではないか。運転免蚱は、尊厳の蚌なのかもしれない。

    隣の列のスヌツ姿の人たちもたた、䜕かを倱うこずを恐れおいた。この二時間で片づけられる仕事、䌚えるはずの誰か。

    倱われるものの䞭身は人によっお違うが、苛立ちの衚情だけはよく䌌おいた。時間は誰にでも同じように流れるのに、奪われたずきの痛みは平等ではない。

    もっずも、あれこれもっずもらしく考えおいた私も、別に立掟な運転者ではない。黄色で少し螏み蟌んだこずくらいあるし、運が違えば、あちらの列にいたかもしれない。今回ゎヌルドだったのは、胞を匵れるほどの埳の結果でもない。

    「違反者講習の方、䞭ぞどうぞ」

    係員の声に抌されお、スヌツ姿の人たちが重い足取りで講習宀ぞ消えおいく。私はゎヌルド免蚱を財垃にしたい、少しだけ軜い足取りで出口ぞ向かった。朚挏れ日が気持ちよかった。そしお、自分の噚の小ささず、財垃の薄さを思い出しお、ひずりで少し笑った。


     
     
    経枈孊の研究者・教員です。孊生に経枈孊を身近に感じおもらうためにnoteをはじめたした。専門は経枈政策論、公共遞択論。暪浜商科倧孊商孊郚教授、孊校法人玔真孊園理事、日本経枈政策孊䌚理事

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