
期待は感情を豊かにする
昨夜の続きです。
2.相手や自分に「期待する」のと「期待しない」のでは、どちらが良い?
(続き)
運動すればするほど、運動神経は良くなる。
頭を使えば使うほど、頭は良くなる。
同様に、色々な感情を深く味わえば味わうほど、感情も豊かになる。
だから「期待しない」→「喜びも失望もない」よりも、「期待する」→「喜びも失望もある」のほうが、感情が豊かになる。
感情を乱されることなく、平穏無事に過ごしたい。
雑事に悩まされることなく、穏やかに過ごしたい。
誰もが願うことだろう。
俺も憧れる。
しかしそれは、「人間してる」のだろうか?
せっかく人間には感情があるのだから、それをフル回転させても良いのではないか?
偉人はいつだって波瀾万丈だ。
平穏無事な偉人なんて、聞いたことがない。
別に偉人にならなくても良い。
でも「我ながら成長したなー」と思うのは、平穏無事に過ごした時よりも、理不尽な人や出来事に揉みくちゃにされて、感情も使い切ってヘトヘトになった時だ。
感情が平板な時は、成長を実感できない。
だから相手や自分に期待する。
期待が叶えば嬉しい。
叶わなかったら苦しい。
それで良い。
疲れたら期待を緩めれば良い。
その意味でも、「今自分は元気なのか、疲れているのか」と自分の声に耳を傾けることは必要だ。
期待は、相手や自分に限らない。
買い物だってそうだ。
先日スーツを買って、疲れ果てた日から完全回復した。
今日はクロックスのサンダルを買った。
もう10年くらい? 前に買った今のクロックスが、ボロボロになった。
俺は別に良かったが、妻が「さすがに新しいの買ったら?」と言ってくれた。
身に着ける物は、そういうことが多い(笑)。
クロックスもどきの安い物でも良かったが、せっかくだからクロックスを買った。
クロックスの中でも、履き心地の良い、高い物を買った。
期待通りの良い物を買えた。
満足。
しかし残念ながら、それでは終わらない。
家に帰って今のクロックスのサイズを見たら、一回り大きい物を買ってしまった。
売り場では完全に「26センチ」と思い込み、3種類のクロックスの比較をしたが、サイズの比較は頭になかった。
明日、一回り小さいサイズを試したい。
その時点で、期待が少し冷めた。
さらに残念なことに、まだ続きがある。
今そのクロックスを検索すると、や、安い…。
ネットでは。
でもまあ、今度のプールで履きたいから、仕方ないか。
返品してネットで買うまでは、しなくても良いか。
期待通りの物を買えて満足したはずなのに、サイズの比較、金額の比較で、少し冷めてしまった。
しかし良いサンダルなのは間違いない。
このように「期待」→「満足」→「比較」→「後悔」→「改善?」→「納得」と感情が忙しいが、買い物にこれらはつきものだ。
「どうでも良いので、期待せずに買う」ではつまらない。
せっかく買うのであれば、より良いものを全力で買いたい。
ちなみに先日ユニクロで買った部屋着(これも今のが擦り切れたので、妻に「買ったら?」と言われた)は、安くて最高な物が買えた。
スーツも今は暑いからスラックスだけだが、秋になってジャケットを着るのが楽しみ。
買い物も期待して買えば、感情が豊かになる。
3.「期待」がさらにエスカレートすると「強制」になる?
これはまた、相手や自分の話になりそうだ。
「期待」にあるものを足すと、「強制」になる。
続く。