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死ぬ前の私は何を思うだろう

    50代半ば、もう後半戦
    死ぬ前に私は何を思うか?と
    この間、ふとそのような事を考えていた。

    私は昔、出かける間際になると
    急に掃除したくなることが多かった。
    「なんでこんな時間がない時に片づけてるのだろう?」
    と自分のおかしな行動に我ながら???と思いながら、
    この押し迫っているのに急に掃除がしたくなるという感情
    これは、いったいどこから来ているのか?と
    いつも思っていた。

    そうして長いこと考えた結果
    極端ながらこんな事を考えた。
    私はいつかの時代で(前世など)
    自分の人生がもうすぐ終わると悟った時
    押し迫ったタイミングで
    今更ながらも、あれこれやって
    思い残すことなく“逝きたい”と
    思っていた時があったのでは?
    気付いた時にはタイムアウトという?だった?
    「飛ぶ鳥跡を濁さず」的な??

    とはいえ、それが「掃除なの⁉」とはなるのだが…

    とりあえず、当時の私にとっては「掃除」は
    身近な問題だったのかもしれない。

    そして、そんな事を考えながら
    もしかしたら私は昔から
    「終わり」を意識する魂の癖があったのかもしれない。
    と思ったりもした。

    最近また、同じようなことを考えていた。
    今度は「死ぬ前にやりたい事」というより
    死んだ後どういう心持ちになるのか?を考えた。

    私は癌になったこともあり、
    その時も心積もりや覚悟などそれなりにあった。
    そのステージを乗り越えて今がある。

    もし今、私の人生が終わるとしたら、
    私は最後に何を思うのだろう…と、ふと、そんなことを考えた。
    葬儀など3次元的な具体的な事ではない。
    悪戯ではなく
    私は何を思ってどうするのか?を
    巡らせてみたくなったのだ。

    この体を脱ぎ
    軽くなった私はどこに行くだろう?
    誰に会いに行ったりするのだろう?

    きっと田舎の海も見に行くだろう
    おばあちゃんの家も見に行くだろう
    近所の氏神様の所にも行き
    家の座り慣れたソファに腰かけてみたり
    あちこちに残っている家族との思い出を
    思い出したりするのだろう

    ブーブー言っていた家族の事を思ってみたり
    そして、誤解だったなぁ…と
    私の知らない家族の視点を見つけ
    ありがとうって言ってみたり
    ごめんねって言ってみたり
    よろしくね。って感謝で手放して…

    何だこいつ!って腹の内を知って
    思ったり?することもあるかもしれないけど?

    最後は、門前で家を見て
    家や庭にも深々と頭を下げている
    そんな自分が視えた。

    そして絶対その過程を通る気がする。


    そして、今生きている私に視点を戻すと
    では、それまで
    「死」が来るまで
    私はどう考えて、どう生きたいのか?

    父は仕事一筋だった。
    「あれもやりたい、これもやりたい」と思える頃には
    身体も心も思うように動かなくなり、そのまま旅立っていった。
    母は病気と共に生きた人だった。
    それでも八十を過ぎ、ある日突然「あっ」という間に還っていった。

    私はどうしたい?
    あなたはどうしたい?
    何をしにこの世に生まれてきたのか?

    人の寿命に年功序列はない
    いつ、何時くるかわからない
    けれど必ずくる「終わり」という出口

    死ぬ前に私は何を思うのか?

    そう思うと
    前より自分の心に正直に向き合えるような気がする。

    他人の気持ちを優先ばかりせず
    残りの人生くらいは、自分の心にも正直でいたい。



     
     
    小さい頃から感じてきた独特なマイワールドをあの世に黙って持ち帰るのが惜しくなりnoteへ。 縁側で聞くように読んでもらえたら嬉しいです。 フィクションでもあり、私にとってはノンフィクションでもある物語。

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