
【#創作大賞2026#エッセイ部門】カーネーションを抱えて帰った、最後の母の日。
「ママこれあげるー!」
「何?どうしたのこれ?」
「母の日だよ。保育園で作ったの」
「ありがとう!嬉しい。お家に飾るね」
そんな話をして家に帰る。
母の日か。遠い記憶のことを思い出した。
『お金足りるかな』貯金箱に入れていたお金を取り出し数える。
『お花屋さんに行くだけ行こう』
小銭を握り、財布に入れた。
お花屋さんには色とりどりの花が飾られ、カーネーションコーナーが目立つように置かれていた。
金額は様様書いてある。
よかった!買えるのあった。
花屋など訪れることなどほぼない。
緊張しながら、これくださいとレジに出した。
「リボン付けますか?」
そう聞かれ、「はい」と頷く。
「ピンクと青どちらがいい?」
「ピンクでお願いします」
母の日のシールも貼ってもらい、豪華になった小さな花束をみて、嬉しくなった。
『喜んでくれるかな。』とドキドキしたのだ。
家に帰ると、おかえりと母が優しく出迎える。
「あのね。これ。いつもありがとう。」
照れくさくて顔は見られない。
けれど花を母が受け取ったときにチラリと顔をみる。
「ありがとう。嬉しい。」
満面の笑みをしながら、母は少し目をうるませていた。
「花瓶に挿さないとね」
そう言って、花瓶を探しにいく母は、後ろ姿でも涙を拭うのが見えた。
母は私が物心つく前から入退院を繰り返していた。
一度入院すると数カ月帰宅できないこともあった。
母と過ごせるこの日常がとても大切で大好きだ。
『だからお願い。私の前からいなくならないで』
夜になると、 布団の中で小さく丸くなっていた。声を出すと、母に聞こえてしまう気がして、 息だけを殺して泣いた。神様にお願いしていた。『お母さんを助けてください』何度言っても、足りない気がした。怖かった。
ただ、怖かった。
でも、その願いはもう届かない気がした。
その次の年の母の日にはプレゼントは贈れなかった。
学校で課題が出される。 テーマは「私の家族」
『マジか…。』書かないと内申に響くのだろうか。
授業終わりに、先生に呼ばれる。
「さっきの課題だが、難しかったら書かなくてもいいからな。…その、両親とも亡くして間もないし。酷なことだと思うから」言いにくそうに言葉を濁しながら伝えてきた。
「分かりました」
そう答えたものの、出さないと周りにズルイと言われるだろうことは分かっていた。
「はぁ…」
帰宅し、作文用紙を取り出す。
どう書けばいいか浮かばない。時間だけが過ぎていた。
『…兄とのことを書くか』乗り気ではなかった。
提出日。先生は何か言いかけて、やめたまま受け取った。
母は、私が中学1年生のときに亡くなり、そのすぐ後、父も病気で亡くなった。
何も考えられなかった。それでも日々は続いていった。
街中を見渡せば、母の日と書かれたポップが目につく。またこの季節がやってきた。
少しだけ、息が詰まる。飾られた写真立ての両親の笑顔が懐かしかった。声は、もう遠くなる。
仏壇に手を合わせる。小さな贈り物を、そっと添える。
日常だけが、続いていた。