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『桜は何もしていなかった」ーパンデミックと満開の桜

    「桜は何もしていなかった」

    未知のウィルスが猛威を振るったあの春も、私は店を開け続けた。

    自粛という言葉が空気を支配していた。

    テレビは毎日数字を読み上げ、街から人が消えていった。

    薄い罪悪感が胸に張り付いている。
    それでも私は、来てくださる方達がありがたく、店を開け続けた。

    根拠もなく、なぜか大丈夫だと思っていた部分もあった。

    ーーーーー

    近所の公園を通りかかったある日の午後、晴れていた。

    麗らかな青空、風は柔らかく、桜が満開だった。

    でも人がいない。

    ベンチも遊具も、いつもの景色はそのままなのに、人だけがいない。

    私しばらく立ちつくす。

    “違和感“

    でも同時に、深いところで静かになった。

    人間界だけがどこかおかしなことになっているのか?
    それなのに自然は、何も変えずに回り続けている。

    その両方が、同時にあった。

    やはり
    「桜は何もしていなかった」

    情報を集めようとも、状況を判断しようとも、していない。

    ただ温度と光に従って、その年も咲いていた。

    治療家として人の身体を見続けてきた私には、その佇まいが妙に鮮明に映る。
    自分の中にあった感覚を、桜が映してくれた気がした。

    ーーーーー

    あの日から、患者さんやアスリートの身体を見ていると、ある共通したものに気づくようになった。

    みんな、足し算がやめられない。

    情報も、緊張も、思考も、どこかで積み上げ続けている。

    引けなくなっている。

    本当に動ける身体を持つアスリートは、どこか桜に似ている。

    力を使っているのに、余分なものがない。

    長い時間をかけて足し算を重ねた先に、静かな引き算がある。

    その身体を間近で見るたびに、あの公園の桜を思い出すことがある。

    この春も

    「桜は ただ 咲いていた」


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

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