
第三話 かけこみ寺
2月2日(月)
5時半にセットした目覚ましはまだ鳴っていない。目が覚めてスマホをのぞくと、まだ4時だった。
さすがに早いけど、二度寝はできそうになくてバスタブにお湯を張って温まることにした。
家から持ってきていた入浴剤を入れる。朝からぽかぽかリラックス空間。
ビジネスホテルあるあるの、よく乾燥したタオルがどんどん髪の水気を吸ってくれて助かる。
ヒートテックとホッカイロを背中と足裏(つま先側に貼るのが重要)に仕込んだら防寒対策は完璧。
わたしは雪国の出身なので、防寒には一切の手を抜かない。
早起きついでに、朝からやっているうどん屋さんで腹ごしらえをすることにした。
なんのための腹ごしらえか、今日向かう場所ではきっと心も体力を使う気がしていた。
かけこみ寺に、かけこむ準備
早起きをして目指すのは鈴虫寺。
ご存じの方も多いだろう、お坊さんの説法が聴けるお寺。
そして、お願いを一つだけ叶えに家まで来てくれる、わらじを履いたお地蔵様がいるお寺。
わたしの荒んだ心に、生きていくためのヒントがもらえるのではないか。
すがる思いで今回の旅で行くことを決めていたのだ。
鈴虫寺を目指すまえに、まずは、ほかほかのうどんを求めてホテルを出発した。
朝6時半、底冷えの2月。肩が縮こまって体が震えた。
うどん屋さんは四条通りの路地の裏、京都らしく奥まったところにある町家を改装したお店だった。
お姉さまがおひとりで切り盛りしていて、現金で支払ったらおつりはテーブルのおつり箱から自分で小銭をもらう。
早朝の京都は、働く人の時間だった。
朝手際よく動くお姉さまと、急いでうどんをすすっていくお客さんを眺めていると、不思議とこちらまで背筋が伸びた。
京都らしい、淡い色のスープに九条ネギとお揚げさん。
寒さに縮こまっていたからだが今度は内側からほぐれて震えた。

うどん好きさんはきっとこの一杯を気に入るはず、また京都に来る理由が一つ増えてしまった。
お坊さん
なかなかお寺にたどり着かないという声が聞こえた気がしたので歩みをすすめよう。
四条から電車で40分。途中、電車を乗り継いで桂川沿いに北西へ移動する。
見慣れない、けれどどうしてか懐かしい車窓。

最寄りの駅に降り立つと、山が近いからか気温はさらに下がっていた。5℃くらいだったろうか。
鈴虫寺までは駅から歩いて10分ほど。
お寺に着くころには背中に汗をかいていた。あれだけ頼もしかった防寒対策も今度は暑すぎる。
背中の高いところに貼ったカイロを外そうとしたのだが、これがなかなか届かない。待機列に他の人はいなかったので、体をくねくねさせてどうにか外した。
鈴虫寺。
小高い山の上にあって、そのため長い階段を昇る。少しずつ導かれている感覚があった。
鈴虫寺にはほかのお寺にはない約束がある。
お願いごとをすると、お地蔵様が家まで歩いて来てくれるというのだ。
そして、お願いことは一つだけ。
強い思いをこめるのだから、自分の望みが何なのかはっきりさせたい。
その手助けをしてもらえるのではないかと思い、鈴虫寺に行くことを決めたのだった。
カイロとの戦いがおわって、心を落ちつかせるために、鳥の声や風の音を聞きながら待つ。
いつの間にかわたしの後ろにはたくさんの人が並んでいた。50人くらいだったろうか。(多いと一回に150人も集まるらしい)
説法が始まる時間になると広間に案内される。
お寺の名前にふさわしく、鈴虫がかごにたくさんいて鳴いている。
全くうるさいとは思わない、お寺でよく耳にするおりんの音のように感じて体に染み渡るようだった。
お茶をいただいていると、一人のお坊さんが広間の前に現れてお話が始まった。
説法を生まれて初めて聴くわたしでもまったく難しくない。
噺家さんのように子気味よく、コミカルでずっと聴いていたくなるお話をしてくれた。
30分があっという間に過ぎていた。素敵な言葉がスーッと心に届く感覚、ぜひ生で味わってほしい。
説法が終わると、多くの人はお守りをいただいて捌けていった。
わたしは広間に響く音色をぼーっと聴いていて、そして広間に残っていたお坊さんと目が合い、気が付いたら悩みを打ち明けていた。
「歩みより」
お坊さんが話してくれたこの言葉が、何度も胸の中で反響した。
お坊さんと話したあと、わたしもみなさんと同じようにお守りをいただいて、例のお地蔵様の前でお願い事をした。
「どのような結果になるとしても、ありのままの自分で夫と向き合えますように。話して歩みよれますように」
どうしたいのか全く分からなくなって逃げてきた、そんな自分がちゃんと気持ちを言葉にできたということが嬉しかった。
結果を急ぐことではなく、しっかりと理解したい。
夫婦の関係を100%あきらめているわけではないということに気づいてしまった瞬間だった。
鈴虫寺からホテルまでの帰り道、足取りは朝よりすこしだけ軽い気がした。
まだ何も解決していない。
でも、ようやく歩き始められる気がした。
ようやく自分の願いを自分に届けることができたから。