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ご飯の話【エッセイ】

    小さい頃はご飯が嫌いだった。
    ご飯を食べる時はいつも緊張していた。

    「左手でお皿を持て!左手使わないならちょんぎるぞ!」
    「テレビ見るな!」
    「汚ねぇよ!」
    「食べるのおせぇんだよ!」

    実際にハサミを手首に当てられたり、睨まれたり、おかずごと皿をぶん投げられたりしていた。
    外食に行って食べるのが遅いと、私を置いて車で帰ってしまうこともあった。


    母親は偏食だった。野菜が嫌いで、食卓に野菜はほとんどでない。
    母親が嫌いな食べ物は食べてはいけなかった。
    食べてはいけないと言われたわけではないけれど、母親が嫌いな食べ物を食べていると「そんな不味いもの食べておかしい子」「おいしくないよ」「それほんと大っ嫌い」なんて言われ続ければ、食べる気も失せる。
    そうして私も偏食になった。ほとんどが食わず嫌いだったけれど。

    逆に母親が好きな食べ物は何がなんでも食べさせられた。何度もトマトを食べさせられ、吐き、怒鳴られ、一人惨めに掃除をする。


    いつからか、母親はご飯をあまり作らなくなった。
    小学生の時点で朝ごはんは自分で用意していた。夜ご飯も、母親がお腹空いていない時は食べさせてもらえなかった。

    「学校で昼食べてんだから、死にはしねぇよ」
    「お腹空いたなら寝ろ!」

    よくお腹を空かせて、吐き気を我慢しながら、布団にくるまっていた記憶がある。


    小学六年生の時に、家庭科の調理実習で自分の好きなおかずを一品作ることになった。
    今までお手伝いという形では料理したことあっても、一品丸々は作ったことがなかった。
    私は母親に授業で作れる簡単なおかずを教えて欲しいと頼んだ。


    教わった料理は「ジャガイモとにんじんのきんぴら」
    ジャガイモの皮を剥くのも、それぞれを細切りにするのも、小学生の自分にはすごく難しかった。
    遅い、下手と罵られながら三時間かけてやっと完成させた時には、もう作りたくないとさえ思った。

    食卓に並べられ、家族みんなで食べる。おいしくないと怒られたくなくて、緊張で食事が喉を通らなかった。

    「うん、うまいじゃん」

    そう言ったのは母親だった。嬉しかった。

    その後も何度か料理を教わり、作った。上手にできると褒められるのが嬉しかった。
    たまに失敗して、怒鳴られることもあったけれど。


    中学生になると、得意料理は「青椒肉絲」になった。ほとんど失敗しないし、すぐ作れるから得意だった。

    失敗しなければ怒られることもなかった。早く作れるのも褒められた。嬉しかった。
    褒められる料理が得意料理になり、「ジャガイモとにんじんのきんぴら」は作らなくなった。


    彼氏と同棲を始めてから、私は料理をふるまった。
    母親から教わった料理は少なく、自分でレシピを参考に試行錯誤で作る日々。失敗も多い。それでも彼氏は怒らなかった。
    不味いと不機嫌になることも、お皿を投げつけることも、彼氏はしなかった。

    ふと、小学生の頃に作っていたきんぴらを思い出した。
    今は時間もたんまりあるから、時間かかっても大丈夫。そう思った私は「ジャガイモとにんじんのきんぴら」を作ることを決めた。


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    ジャガイモとにんじんのきんぴら

    わずか一時間で完成した。味もあの頃のまま。食べると、あの頃の記憶が蘇る。
    遅い、不味いと怒鳴られながら作り続けたこと、緊張で食事が喉を通らなかったこと、翌日に冷え冷えのきんぴらを一人で消費していたこと。

    美味しいって言ってもらえたこと。褒めてもらえた温かみ。

    食事が嫌いだった。囲む食卓はいつも怒鳴り声でうるさくて、緊迫していて、怖かった。一人で食べるご飯は寂しかった。

    今は違う。
    一緒に食べてくれる彼氏は美味しいと喜んでくれる。ちゃんと味を感じる。一人じゃない。

    食事が大好きだ。

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    3色丼
    母は野菜嫌いだったため、実家では2色丼だった
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    中華丼
    ネットのレシピ通りが母の味

    【莉々】

     
     
    解離性同一性障害の備忘録。色んな人格が好きなように書きます。楽しいこと、辛いこと、全部ひっくるめて一色邸。

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