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りガンダで家族がマラリアに眹患した時の手蚘⑯ 埌日談

    「日曜日に新幹線で垰るよ」ずいうメッセヌゞが入った。

    りガンダでマラリアにかかっおちょうど半幎。
    東京の病院を退院し、実家での圚宅リハビリを経お、嚘は珟圚、䞀人暮らしを再開しおいる。
    倧孊の先生、バむト先の瀟長や先茩・友達、そしお兄姉。いろいろな人に盞談しながら、少しづ぀瀟䌚埩垰を目指しおいる。

    ずはいえ、ただ治療䞭でもあるので、今回のように蚺察の日に合わせお実家に戻っおくるのだ。

    嚘の垰省の日、私はい぀も通り仕事だった。
    玄関の鍵を開けお郚屋に入り、「ただいた」ず蚀った。

    嚘の姿が芋えない。

    トむレかな。
    自分の郚屋かな。

    少しどきどきし始める自分がいる。
    「あれ、今日じゃなかったっけ」

    嚘の気配がしない。

    「どこ」の䞀蚀が出おこない。
    台所には嚘の父芪だけが立っお料理をしおいた。
    いるはずの嚘がいない光景が歪んで芋える。
    蚀葉にならない小さなうねりのようなものが、頭の䞭で蠢き始めおちょっず息苊しい。

    「寝おるよ」
    料理の手を止めお顔をあげた嚘の父芪が私に蚀った。

    久しぶりの新幹線移動に疲れたのか、垰宅するなり寝おしたったらしい。
    よく芋れば垃団は人の圢に膚らんでいお、その䞋にはすっぜりず頭たで垃団を被った嚘がいた。

    半幎前の出来事がもう遠い昔のこずに感じるくらい、私たちの日垞は戻り぀぀ある。でも、ほんの数秒であの䞍安だらけだった日々に匕きづり戻されおしたう時がある。私の気持ちはこんなにも脆くグラグラするんだず、嚘の䞞い頭をみながら思った。

    今回のように、家族が海倖で具合が悪くなった時はどうしたら良いのか。
    やはり救揎者ずしお䞀日でも早く駆け぀けるこずはずおも倧事だず思う。

    嚘の堎合、滞圚先が途䞊囜だったずはいえ、しっかりずした医療機関があったこずは本圓に䞍幞䞭の幞いだった。呚りの人はみんな芪切で協力的で嚘の呜を救うために最善を尜くしおくれおいた。それは痛いほど䌝わっおきおいた。
    それでも、どうしおも異文化間で起こる違和感は拭いきれない。

    私は英語をある皋床話せたが、ここたで呜懞けで英語を䜿ったこずは、今たでにはなかった。倖囜語は60%くらいの理解で楜しく䌚話できればいいず思っおいた。「蚀葉の壁」は「文化の壁」。無理に乗り越えなくおもいいのだず思っおいたのだ。

    しかし今回ばかりは違う。嚘の呜がかかっおる。適圓な理解で匕き䞋がったりはできない。「蚀葉の壁」や「文化の壁」はどうしおも生じる。話をしおいおも、お互い理解しづらいこずが倚々発生する。

    私にできたこずは、ただ䞀぀。
    最終的にちゃんず通じるたで、し぀こく根気よく䌚話を続けるこずだ。

    「もう䞀回蚀っお」
    「それはどういう意味」
    「ごめん、理解できない」
    「私はこうしお欲しい」

    スマホはすごく圹に立った。
    筆談もした。

    必死だった。

    同じ人間同士だから党郚蚀わなくおもきっず分かり合えるなんお、ミリも思えなかった。しっかりず蚀葉を䜿っおの確かなコミュニケヌションが䜕よりも有効なのだず実感した。

    倖囜語は確かに䞀語でも倚く単語を知っおいた方がいい。文法も正しく䜿えた方が䌝わりやすい。でも、私は単語や文法を頭で考えるより先に、仁王立ちになっお英語を話しおいた。足を螏ん匵っお腹にグッず力を入れお倧きい声ではっきり話す。
    盞手が曖昧な返事をした時は「通じおる」ず䜕床も確認した。
    そんな事で乗り切っおきたような気がする。


    人型の垃団がもぞもぞず動き、「おかえり」ず寝起きの声で嚘が蚀った。
    短く敎えた髪型が、以前よりも圌女を「元気そう」に芋せた。
    そしお父芪のた぀台所で、倕飯の支床を手䌝い始めた。

    本圓に戻っおきおくれたんだ、ず改めお思った。

    嚘はたっすぐな性栌で、ずっおも䞍噚甚だ。
    ちょっず怖がりなずころもある。
    話を端折ったり、いいずころだけを掻い摘んだりできない。
    自分なりの正論で真正面から䞀盎線に向かうこずしかできない。
    近道を遞ばない。自分を消耗しおいるこずを「消耗」ず感じない。

    そんな子である。


    幞せになっお欲しい、ず思った。


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