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インデックス投資は「勝負を降りた者」が勝つ―3冊の名著と、私が市場に居続けられた5つの理由

    序章: 18年前、私は市場で敗北した

    2008年、リーマンショック。

    私が投資を始めて、わずか1〜2年目のことでした。当時の私は、日本の個別株を握っていました。何を買ったかは、正直もう覚えていません。それくらい昔の話です。ただ、結果だけは鮮明に覚えています。

    数十万円あった株式資産が、数万円になりました。およそ8割を失った計算です。

    含み損は日に日に膨らみました。最初は「すぐ戻る」と思っていました。次に「もう少し我慢すれば」と言い聞かせました。最後には何も考えられなくなり、ただ画面を見ないようにしていました。

    塩漬けにしました。長く、長く、塩漬けにしました。そしてどこかの時点で、孫の代までは持っていられないと諦めて、損切りしました。買い増す余力は、もうありませんでした。

    普通であれば、ここで投資から退場します。そして二度と戻ってこない人が大半です。

    私が退場しなかった理由は、家族にありました。

    うちの両親は、投資ではどちらかというと勝ち越している人たちでした。それでもリーマンショックでは、私以上に大きく負けていました。けれど両親は、辞めなかったのです。負けた額は私より遥かに大きかったはずなのに、それでも市場から退場しなかった。

    その姿を見ていた私は、こう思いました。「自分も、再度チャレンジしよう」と。

    退場するという選択肢が、私の中から消えた瞬間でした。


    第1章: 11年の暗中模索

    退場しないと決めたあと、私は探し始めました。

    何を探していたかと言えば、「勝てる方法」です。リーマンで失った資金を取り戻したい、そして二度と同じ負け方をしたくない。その一心で、個別株のチャートを毎日眺め、決算書を読み、業界動向を追いかけました。

    書物も読み漁りました。投資本というジャンルにあるものは、片端から読みました。テクニカル分析、ファンダメンタル分析、バリュー投資、グロース投資、デイトレード、スイングトレード、配当投資。ありとあらゆる手法に目を通しました。控えめに言って、数十冊は軽く読んでいます。

    その中に、インデックス投資の本もありました。

    『敗者のゲーム』も、『ウォール街のランダム・ウォーカー』も、この時期に一度は読んでいます。理屈としては理解できました。市場平均に賭けるのは合理的だ。プロでも市場には勝てない。だからインデックスを買え、と。

    しかし、どこか遠い話に感じていました。

    正直に告白すると、当時の私は「インデックス投資は金持ちの戦略だ」と思っていました。何千万円という資産を持っている人が、安全に運用するための手段。それがインデックス投資である、と。これは完全な誤解ではありませんでした。実際、まとまった元本がなければ、インデックスの複利効果は実感しにくいという側面はあります。

    だから私は、個別株で勝つ方法を探し続けました。リーマンで負けた者として、まずは元手を作らなければならない。インデックスはその後の話だ、と思っていました。

    11年が経ちました。

    私は依然として、「正解」を見つけられないでいました。

    第2章: 在米日本人ブロガーとの出会い

    2020年に入ってすぐの頃だったと思います。

    ネットを彷徨っているうちに、何人かの在米日本人ブロガーの存在を知りました。彼らはアメリカで暮らしながら、自分の投資記録を淡々と公開していました。

    衝撃を受けたのは、その共通点でした。

    母国日本を離れた彼らは、揃ってインデックスを買っていたのです。それも、特定の銘柄に偏っていました。VOO。バンガード・S&P500ETF。アメリカに住んでいる日本人が、母国の株ではなく、住んでいる国のインデックスを、当たり前のように積み立てていました。

    そして、当たり前のように利益を出していました。

    これだ、と思いました。

    勝っている人の真似をするのが一番である。これは投資に限らず、あらゆる分野で真実です。リーマンで負けた私が11年間学んできた中で、これだけは確信を持って言えることでした。そして目の前には、勝っている人たちがいました。彼らが買っているものを、私も買えばいい。

    ただし、すぐには動きませんでした。

    ここで私は、過去に読んだ3冊の名著を、急いで読み直しました。

    『敗者のゲーム』。 『ウォール街のランダム・ウォーカー』。 『マーケットの魔術師』。

    VOOに資金を投下していいかを、確認するためでした。在米ブロガーの真似だけで動くのは、危険でした。彼らが見落としていることがあるかもしれない。私が知らない罠があるかもしれない。古典で裏取りをする必要がありました。

    驚いたのは、同じ本が、まったく違うものに見えたことです。

    11年前は遠い話だったインデックス投資の論理が、今度は自分の足元の話として腹に落ちました。エリスが言う「敗者にならないこと」が、自分の11年の彷徨と直結しました。マルキールが言う「未来は読めない」が、リーマンで未来を読もうとして失敗した私自身の戒めになりました。シュワッガーが描く魔術師たちの規律が、普通の人間がそれを真似することの不可能性として、はっきりと理解できました。

    腹落ちしました。

    オルカンやS&P500投資信託との接続は、この時点ではまだ十分にはできていませんでした。けれど、ドルで資産を持つことの魅力と、勝っている人の真似をすることの正しさ、その2点で十分でした。

    私は動きました。

    第3章: マスクではなく、私は株を買った

    2020年2月、新型コロナウイルスが世界を覆い始めました。VOOもQQQも、20%以上下落しました。

    街中の景色は今でも覚えています。人々はドラッグストアに並び、マスクを買い漁っていました。テレビは「アメリカも終わりだ」「世界経済はかつてないほどの危機にある」と繰り返し報じていました。

    私はそのとき、株を買いました。

    なけなしの資金でした。当時の私が用意できる、ほぼ全額です。それをVOOとQQQに突っ込みました。怖くなかったか、と聞かれれば、怖かったとしか言いようがありません。ただ、12年前の自分よりは、はるかに冷静でした。

    12年前の私は、暴落の只中で動けませんでした。資金もなく、心も折れていました。けれど2020年の私には、その両方がありました。資金は11年かけて蓄えました。心は3冊の読み直しで準備しました。そして数週間前に、勝っている人の実例を見ていました。

    あれから約6年が経ちます。コロナ底値で投入したその資金は、ほぼ倍になりました。

    ここで強調したいのは、倍になった金額そのものではありません。重要なのは、私が「動けた」という事実です。皆が売っていた瞬間に、私は買いました。リーマンで敗北した私が、コロナでは勝者の側に回れた。この差はどこから来たのか。

    答えは、こうです。

    勝負は、買った時点で半分終わっていました。

    残り半分は、その後の数年間、売らせに来る無数の声に耐え抜く時間でした。そして気づいたのです。インデックス投資とは、買うか売るかを当てるゲームではなく、買ったあとに耐えられるかどうかのゲームなのだと。


    第4章: 3冊の名著は、同じ場所を指していた

    VOOを買ったあと、私は折に触れて、3冊を読み返すようになりました。

    そして気づきました。3冊は、しばしばバラバラに語られますが、私の中では同じ場所を指していたのです。

    『敗者のゲーム』が教えてくれたのは、これでした。プロ同士が戦う市場では、勝とうとすればするほど負ける。アマチュアが勝者のゲームを挑むのは無謀である。ミスを減らした者が、結果的に勝つ。だから市場全体に賭けるインデックスを買い、戦わずに降りなさい。

    『ウォール街のランダム・ウォーカー』が教えてくれたのは、これでした。株価はランダムに動く。短期の値動きを当てることは原理的に不可能である。専門家の予測は、長期で見ればコイン投げと変わらない。だから未来を読もうとせず、市場平均に身を預けなさい。

    『マーケットの魔術師』が教えてくれたのは、逆説的なことでした。一流のトレーダーですら、勝ち続けるためには鉄の規律と独自のエッジを必要とする。彼らの言葉を読めば読むほど、私は理解しました。普通の人が彼らを真似ることは、できないのです。

    3冊の結論を一行に圧縮すると、こうなります。

    勝負しない者が、結果的に勝つ。

    市場は戦場ではなく、流れる川です。泳いではいけません。浮くのです。浮き続けた者だけが、川がやがて海へとたどり着く瞬間に立ち会えます。

    ただし。

    ここまでは、本を読めば誰でも理解できます。本当の問題は、ここから先にあります。

    第5章: 勝負の後半戦 ―売らせに来る5つの敵

    インデックスを買った瞬間、勝負の前半戦は終わります。商品選び、入金力、開始タイミング。これらはもう過去のものです。

    問題は後半戦です。

    買ったあとには、無数の声があなたに「売れ」と囁いてきます。私はこの18年の投資人生で、5種類の敵に出会いました。一つずつ、紹介します。

    敵1: 暴落の恐怖

    これは自分の中にいる、最初の敵です。

    含み損が膨らんでいくとき、人間の脳は「逃げろ」と命令します。これは進化的に正しい反応です。野生動物が捕食者から逃げるのと同じ仕組みが、市場の暴落でも作動します。

    しかし、この敵には弱点があります。歴史を見れば消えるのです。

    リーマンショック、ITバブル崩壊、コロナショック、過去にどれだけの暴落があったでしょうか。チャートを開いてみてください。すべての暴落は、長期で見れば「安く買えた期間」として記録されています。

    歴史を知っていれば、暴落時に「売る」という選択肢が、いかに愚かであるかが分かります。私が2020年に動けたのは、12年前の敗北を含めた歴史を、自分の中に持っていたからです。

    敵2: SNSの煽り

    これは外からやって来る敵です。

    SNSはあらゆる顔をしてあなたを覗いてきます。正義の顔、善意の顔、世論の顔。あたかも国の代表のような口ぶりで意見を言ってきます。

    ですが、決して耳を貸してはいけません。目を奪われてもいけません。

    最良なのは見ないことですが、現代の生活でSNSを完全に断つのは難しいでしょう。ならば、こう考えてください。SNSは「あなたを試す装置」です。あなたが本当に長期投資家であるかどうか、毎日試験されているのです。

    試されているのに、いちいち付き合う必要はありません。試験官の質問に毎回反応する受験生は、試験に落ちます。黙って自分の答案を書き続ける者だけが、合格します。

    敵3: 専門家の予測

    これは権威の顔をしてやって来る敵です。

    専門家は偉大です。立派な肩書を持ち、テレビに出演し、本を出し、あなたのあらゆる投資判断を否定してきます。「今は買い時ではない」「アメリカは終わった」「インデックスはもう古い」、こうした言葉が、あなたを揺さぶります。

    けれど、忘れてはいけません。

    未来を語る行為は、控えめに言って占いです。AIが台頭するこの時代、あなたは占いを信じるでしょうか。そしてAIの予測を信じるでしょうか。AIは平気で嘘をつきます。

    専門家の言葉を聞いたら、こう自問してください。「この人は、外れたときに責任を取るのか」と。答えがノーであれば、その予測は単なる感想です。感想で資産を動かす必要はありません。

    敵4: 含み益を確定したくなる欲望

    これは再び、自分の中にやって来る敵です。

    含み益が育ってくると、人間は確定したくなります。「ここで利確しておけば確実だ」「もし下がったら後悔する」、こうした声が、頭の中で響きます。

    しかし、考えてみてください。

    もしあなたが含み益を確定したくなったとしたら、あなたは必要以上に投資をしている人かもしれません。投資は余剰資金で行うものです。生活に必要なお金で投資をしているから、含み益を見て「逃げたい」と思うのです。

    そしてもう一つ。利益確定したい気持ちは分かりますが、複利で増えていく雪だるまを、わざわざ自分で削っているという事実を忘れてはいけません。せっかく転がり始めた雪だるまを、止めて切り分ける意味があるでしょうか。

    私が資産額を見ない理由は、ここにあります。見れば確定したくなる。だから見ないのです。

    敵5: 個別株で大儲けした人の自慢

    これは隣人の顔をしてやって来る敵です。

    SNSや雑談で、誰かが個別株で大儲けした話を聞きます。あなたは比較したくなります。「自分も個別株をやっておけばよかったのか」「インデックスは退屈すぎるのではないか」と。

    しかし、上には上がいます。そして下には下もいます。とかく他人と比較するものではありません。

    考えてみてください。あなたは自分をウォーレン・バフェットと比べるでしょうか。ジョージ・ワシントンと比べるでしょうか。その行為に意味はありますか。答えはノーです。

    人と比べることは、最も虚しい行為です。比べたところで、どうにもならないからです。さらに言えば、大儲けした人の話だけが目立つだけで、同じ手法で大損した人の話はあなたに届きません。生存者バイアスが、あなたを揺さぶっているだけです。

    これが、私が出会った5つの敵です。

    そして興味深いことに、5つすべてに、共通する解毒剤がありました。


    第6章: 5つの敵に共通する3つの解毒剤

    5つの敵を見渡してみると、すべてに同じ解毒剤が効くことに気づきます。解毒剤は3つあります。

    解毒剤1: 読書

    5つすべて、書物で予習できます。歴史を知るための本、メディア・リテラシーを学ぶ本、行動経済学の本、そして長期投資の古典。私が紹介した3冊だけでも、5つの敵に対する基本的な武器は揃います。

    ただし、ここで一つ注意があります。私自身がそうだったように、同じ本でも、自分の経験次第でまったく違うものに見えるのです。11年前の私には、3冊の名著は遠い話でした。けれどVOOに出会ったあとに読み直したら、同じ文字が、自分の足元の話として腹に落ちました。

    読書は、一度では効きません。何度も読み直すべきものです。

    解毒剤2: 一度の敗北経験

    これは、もっと重要な解毒剤です。

    私は18年前、リーマンショックで投資資金のおよそ8割を失いました。その経験がなければ、2020年のコロナで動けたかどうか、自信がありません。痛みを知らない者は、痛みを過大に評価するか、過小に評価するかのどちらかです。両方とも、市場では命取りになります。

    長期投資を貫けている人を観察すると、多くが一度は負けています。痛みを知った者だけが、雪だるまを削らない覚悟を持てるのです。

    もし若い投資家から助言を求められたら、私はこう答えるでしょう。「早めに小さく負けてください。負けたあとに、本当の投資が始まります」と。

    解毒剤3: 自分なりのルール

    3つ目の解毒剤は、自分なりの格言、あるいはルールを持つことです。

    私が18年で見つけたルールは、二つあります。

    一つ目。正解はどこにもない。しかし、負ける方法はある。

    これは重要な気づきでした。投資には絶対の正解がありません。アクティブが正しい局面もあれば、インデックスが正しい局面もあります。日本株が伸びる時代もあれば、米国株が伸びる時代もあります。けれど「負ける方法」は、ある程度パターンが決まっています。狼狽売り、高値掴み、レバレッジの掛けすぎ、雰囲気での銘柄選択。これらを避けるだけで、敗北の確率はぐっと下がります。

    二つ目。自分のスタイルと違うことをすると、負ける。

    これも18年で痛感したことでした。私は短期売買で勝てるタイプの人間ではありません。それを認めるのに時間がかかりました。インデックス長期投資が自分に合っていると気づいてからは、それ以外のことに手を出すのをやめました。儲かりそうな話を聞いても、自分のスタイルと違えば手を出さない。これだけで、不要な負けを大幅に減らせます。

    正解はない、しかし負ける方法はある。そして自分のスタイルと違うことをすると負ける。この二つを守るだけで、市場に居続けることがぐっと楽になります。


    終章: あなたが今日からできること

    ここまで読んでくださったあなたに、最後に伝えたいことがあります。

    インデックス投資の勝負は、買った時点で半分終わっています。残り半分は、売らせに来る5つの敵に耐えるゲームです。そしてこのゲームに勝つために必要なのは、特別な才能でも、深い分析力でもありません。必要なのは、以下のたった4つです。

    第一に、暴落時の行動を、平時のうちに決めておくこと。「下落20%で買い増す」「ニュースを見ない日を作る」、こうしたルールを冷静なときに紙に書いておきます。市場が荒れているときに考えても、もう遅いのです。

    第二に、資産額を見る頻度を、極限まで下げること。私は配当が再投資できる額に達したかどうかしか見ません。それ以外の数字は、私を不必要に揺さぶるノイズです。

    第三に、他人のポートフォリオを見ないこと。SNSのフォローを整理し、雑談で投資の話が出たら微笑んで聞き流す。自分の航路を、他人の航路と比べないことです。

    第四に、3冊の名著を、定期的に読み返すこと。市場が荒れているときほど、エリスを、マルキールを、シュワッガーを開いてください。彼らは何十年も前の知恵を、今のあなたに届けてくれます。そして同じ本が、あなたの経験次第でまったく違うものに見えることに、いつか気づくはずです。

    私はリーマンで敗北しました。両親が辞めなかった姿に背中を押されて、退場しませんでした。その後の11年間、私は勝つ方法を探し続けました。そして2020年、在米日本人ブロガーを通じてVOOに出会い、急いで3冊を読み直し、腹落ちし、動きました。

    「勝負を降りる」ことが、私にとっては最大の勝負でした。

    市場で勝つ最短距離は、勝とうとしないことです。インデックスという勝ち馬に乗り、あとは静かに見守ること。皆があなたを売らせに来ようと躍起になっても、ただ浮き続けること。

    未来は読めません。暴騰も暴落も来ます。それでも右肩上がりの成長を信じるのであれば、すべてを受け入れるべきです。

    3冊の名著は、結局のところ、同じ場所を指していました。

    勝負しない者が、結果的に勝つ。

    これが、私が18年かけて手に入れた、たった一つの実践知です。


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