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定点観測|芍薬のあの人

    駐妻の頃に出会った、えびちゃんや、かつての女子アナを思わせるような友人がいる。

    歳も近く、夫同士が同期だったこともあって、当時は家族ぐるみで食事をしたり、夫たちを残して二人で買い物に出かけたりもした。

    華やかで、人当たりがよくて、いつも周りに人がいる。

    SNSの投稿も頻繁だった。

    新しい街へ行けば、その街の素敵なお店や景色を見つける。
    季節ごとの楽しみを見つける。
    わが子の頑張りや活躍を見つける。

    そうやって見つけたものを発信し、多くの「いいね」を集めていた。

    一緒の街にいた頃は、それを何とも思わなかった。

    でも、お互い別の都市へ移り、それぞれの暮らしが始まってからも、彼女は変わらなかった。

    夫の活躍。
    かつて勤めていた会社。
    新しい街で出会った素敵なもの。

    それらを愛情たっぷりに紹介し続けていた。

    最初は、「本当に好きなんだな」と微笑ましく見ていた。

    けれど、いつ頃からだろう。


    私は少しだけ疲れてしまうようになった。

    彼女が変わらないからではない。


    私が惹かれるものが、少しずつ変わってきたのだ。

    しばらく考えていて気づいた。
    彼女は、外からの光を取り込むのが上手な人なのかもしれない。

    人。
    街。
    会社。
    流行。
    美しい景色。

    そういうものを見つけて喜び、自分のエネルギーに変えていく。


    私はどうだっただろう。

    美しいものや楽しいものは同じように好きだ。

    でも、いつの頃からか、何かが照らしてくれる光よりも、自分の中で生まれる光を求めるようになっていた。


    本を読み終えた後の余韻のように。

    木陰でそよ風に吹かれながら、揺らめく陽光をふっと見つけたときのように。


    自分の中で養分になってくれれば、それで満たされる。

    だから私は、彼女に少し憧れながら、少し距離を感じていたのだと思う。


    どちらが良い悪いではない。

    ただ、光の放ち方が違う。



    そうなのね、あなたは。

    そして、そうなのね、私は。


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    幸せなのに、心が乾いていた。 遠回りをしながら、 少しずつ自分を取り戻してきました。 人のこと。 家族のこと。 そして、自分のこと。 「そうなのね、あなたは」 そんな気持ちで見つめた景色を、 言葉にしています。 カラリリサヤ

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