
【短編小説】夜に、瞬く
銀河の夜、空にきらきら、星が光ってる
……なんて、実際はそんなことない。
まっくろな空に、ぽっかり小さなお月さま。
ベランダから覗く空は、いつもとても狭い。
本当は、無数の星が瞬いているはずなのに。
どこにいけば、それがあるのだろう。
どこにいけば、見えるのだろう。
……わたしの欲しいものは、どこにあるのだろう。
子供たちは寝息をたて、夫はいびきをかき。
とてもとても穏やかで、幸せな光景。
……そう、そのはずなのだ。
小さな頃から、将来の夢はお母さんだった。
夢は願って、叶って、そしてその光景がいま、わたしの最もそばにある。
それなのに、なぜいつもこんなにひとりぼっちなのだろう。
なぜいつも心がぽっかり、どこかを漂っているのだろう。
子供たちと過ごしていると、「自分はなんて嫌な人間なのだ」と、まざまざと感じさせられる日がある。
1日を『ぶん回す』ためだけに予定を組み、掃除に洗濯に食事作り。
郵便物を開いては捨て、Amazonの段ボールを潰し、子供たちの心の揺らめきを見ながら、いかにスムーズにお風呂やごはんを済ませられるかを考えて声がけをする。
すべてが上手くいくわけじゃない。
むしろ、いかないことのほうが多い。
その一つ一つにがっかりしたり、勝手に期待して落ち込んだり。
成果が伴わないことの方が多いとわかっているはずなのに、なんだかとてつもなく疲れてしまう。
「気分転換したい」なんて、そんな生易しい感情じゃない。
ただすべてから解放されたいという気持ちが、強く、強く、強く心に響く日は、自分が人類でいちばん嫌な奴に思えて、どうにも悲しくて虚しくなってしまう。
――みんなが寝静まってから、ようやくできたひとり時間。
やらなきゃいけないことも、やるべきことも、やりたいこともたくさんあるのに、今日はそのどれもが思い浮かんでは心に残りつつも、身体が動いてくれない。
寂しいはずないのに、寂しい。
虚しいはずないのに、虚しい。
家族に必要とされ、愛されているはずなのに。
どうして「わたし」という存在を、こんなにも求めてしまうんだろう。
母として、妻として、家を回す「歯車」としては、確かにここにいる。
けれど、それ以上でも以下でもない「わたし自身」がどこにいるのか、もうわからない。
小さい頃の夢。それが叶ったのだから、これ以上を望んではいけないのかもしれない。
でも、夢が叶ったその先に、こんなにも深くて広い、どこにもいけない虚しさが待っているなんて知らなかった。
今の暮らしを捨てたいわけじゃない。
そのひとつひとつがどんなに儚くて、愛しくて、大切で、かけがえのないものであるかは、わかっている。知っている。理解している。
それでも、心の奥底で「もっと違うわたし」を探す声が、どうしても響いてしまう。
きっとこんなこと、誰だって抱えている身近な落とし穴で、みんな誰に吐露するでもなく、自力でさらっと脱出している感情なのだろう。
なのに、こんなことでいちいち虚しさに浸ってしまうわたしは、なんて稚拙で痛い奴なんだろうと、それもまたがっかりする。
手に持っていた携帯からLINEを開き、昔々の、まだ何者でもない「わたし」が連絡をとっていた人たちをスライドして眺める。
若くて、無敵で、触れられたら破裂してしまいそうなくらいエネルギーがあった頃のわたし。
脆くて、でも強くて、正解も不正解もなんでもよかった頃のわたし。
画面を見つめながら、すんでのところで――またLINEを閉じて、画面を暗くする。
ここに心を求めても、昔々の「わたし」はもういない。
甘やかな非日常を求めても、願った通りには返ってこないことも、その代償が大きいことも、今の私は知っているから。
どこまでも続く、狭いまっくらな空を見上げながら、きっとそこにあるはずの瞬く星を探す。
いつかこのどうしようもない気持ちを飼い慣らす日がくるのだろうか。
夜空に、ひとり浮かぶ月のように。
自分が願うように、思うように。
求めることも、求められることにもこだわることのない自分に。
そんな自分に、いつかなれるのだろうか。
今日もまた眠れずに、夜に瞬く、