
東京は僕を… #「原稿用紙二枚分の文芸賞」
大学進学のために上京し、一人暮らしを始めて一カ月が過ぎた。
友人はいない。元より人見知りな僕だ、自分から声はかけられず、声をかけられても上手く言葉が出ない。その内相手は待ちくたびれて、目の前から去っていく。
多くの人がいて、多様な文化と価値観に溢れる東京なら、自分も受け入れてもらえるんじゃないか、そう思っていた。でも、現実はそんなに簡単じゃなかった。
東京は僕を待ってはくれない。たったの一カ月がずいぶん長く感じた。人だらけの東京にいるのに、僕の孤独感は、この絶望感はなんなのだろうか。
その日は学校をサボり、近所の商店街をブラブラしていた。昭和の面影を残した風景は、住む場所を決めた一因でもある。
歩くうち、肉屋のショーケースが目に止まった。何種類かの精肉と共に、美味そうな揚げ物が並ぶ。
「兄ちゃん、見ない顔だね」
ゴマシオ頭の店主らしき人が声をかけてきた。
「あ、はい」
「え?そんなちっさい声じゃ聞こえねーな」
「あ、はい」
少しだけ、声を張った。
「越してきたばかりかい?なんだかしんきくせー顔してんなぁ」
言葉は乱暴だけど、表情は柔和だ。僕は例によって言葉が出てこない。
「ちょっとコレ食ってみな。ウチの名物激旨メンチだ。うめーぞ」
ショーケースの向こうから、紙の小袋に入ったメンチを差し出してきた。
「あ、お金…」言いかけた瞬間に「いらねーよ、挨拶代わりだ」と一喝された。言われるがままメンチを口に運ぶ。粗めのパン粉の衣をザクッと噛むと、次の瞬間肉汁の旨みが口の中を支配した。思わず「うまっ」と声が出た。
「小さくて聞こえねーな」
「うまっ!」
「もっと」
「うまっ!!」
「もっとだ」
「うまーっ!!!」
「オッケー」
店主の勢いにつられ、いつぶりかという大声を出していた。
「東京は人だらけだからな、でっけー声出さねーと気づいてもらえねーぞ」
店主が笑顔で言った。
再び歩き始めた僕は、ほんの少しだけど、東京に受け入れられた気がした。
おしまい
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