メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像
Photo byペハネス・フェルメヌル / メトロポリタン矎術通

 買い物を終え、倫ず䞀緒にマンションに垰っおきお、私ぱレベヌタが来るを埅っおいる。乗堎モニタヌを芋るず男がひずり、゚レベヌタに乗り蟌むのが芋えた。男は行先ボタンを抌し、そのたた壁に寄りかかるようにしお立぀。
 おや、ず私は思う。 
 モニタヌに映った男埌頭郚ず背䞭しか芋えないのだけれどは、倫にずおもよく䌌おいる。いや、䌌おいるずいうレベルでは無かった。モニタヌ越しに芋るその男はたるで倫そのものだった。髪型本人は気づいおいないかもしれないが、ちょっず぀むじのあたりが出䌚った頃より薄くなっおいるもそう、背䞈や立ち姿もそう、ちょっず䞞たった猫背もそう、寄りかかった壁に頭をあずける時の銖の角床なんかにも芋芚えがある。いた倫が隣にいなければ、私はたず間違いなく、自分の倫が゚レベヌタに乗っおこちらに降りおきおいるのだず確信をもっお蚀えるほど、モニタヌに映る男の埌ろ姿は私の倫にそっくりだったのだ。
 私は隣にいる倫をそっず芋た。圌はスマヌトフォンの画面をじっず芋おいお、私の芖線にも、モニタヌに映る男にも気づいおいなかった。ちょっず面癜いので、このたた゚レベヌタが降りおくるたで黙っおいようず思い、私は再びモニタヌに芖線を戻した。男は盞倉わらず壁に重心をあずけお立っおいた。私はもう䞀床、隣にいる倫を芋た。暪顔から肩から足元に至るたでをたじたじず芋぀め、それからモニタヌの男を芋た。
 濃い玺のシャツに、黒のチノパン。靎は  よく芋えないが、どうも同じような色のスニヌカヌ。モニタヌに映る男は、私の倫ず党く同じ栌奜をしおいた。
 急に足元の床が消えた気がした。心臓がばくん・ばくんず音を立おた。
 あの男ず倫ずを出䌚わせおはいけないずいう考えが、突然私の䞭に匷く湧き䞊がっおきた。
 ゚レベヌタはもう4階たで降りおきおいた。私は倫の肘を掎んで、「ねぇ、ちょっず」ず匕っ匵った。
「ん なに」スマヌトフォンから県を離さずに倫が生返事をする。
「いや──」䜕か、䞊手い蚀い蚳は  「──ちょっず、忘れ物  」
 倫は面倒くさそうにスマヌトフォンをお尻のポケットにしたうず、右の脇ポケットから車のキヌを取り出す。
「いや、そうじゃなくお  そう、買い忘れ」
「なに」
「䜕 なんだろう、ええず明日の、だから──」
 そこで゚レベヌタの扉が開いた。

 *

 人を芋た目で刀断するなずいった話があるず思う。
 私もおおむね、芋た目だけで人を刀断しないように努力しおいる母はよくテレビに出おくる人の顔を芋お、断定的な口調でその人がどういう皮類の人間なのか──それはたいおいの堎合、悪口であった──を話すこずが倚かった。私はそれがずおも嫌だった。
 しかしそれでも、人の芋た目ずいうか、特に顔぀き顔ではなくには、その人ずなりみたいなものが吊が応でも滲み出る、そう思わずにはいられない出来事が、これたでの人生のなかでたびたびあった぀たり、第䞀印象ず、その埌付き合うなかでのその人に察する評䟡ずに、幟分の乖離も芋られないずいうこず。
 人間の顔぀きには、少なからず、その人の人栌ずいうか、どんな颚に生きおきたかのかずか、倧げさに蚀えば本質、あるいはその圱のようなものが立ち珟れる、ず私は考える。

 *

 ゚レベヌタの䞭にいた男の顔぀きを、そこに珟れる圱を芋たずきにこう思った。圌は私の倫そのものだ、ず。
 服装や背栌奜や、あるいは「顔がそっくり」なだけなら、もしかするず倫が隠しおいただけであるいは知らず生き別れた双子の兄か匟が突然珟れたずか、「ものすごくそっくりな人」この䞖には少なくずも3人はそういう人がいるらしいけれど、ず考えるこずもできたかもしれないそれだっお十分突飛ではあるけれど、可胜性ずしお無くはないず思う。だけどその男の顔぀き──滲み出る䜕か──は、あたりにも私の倫そのものだった。倫ず党く同じように生きお、党く同じような経隓をしお、党く同じようにものを考えおきた人間の顔぀き、そのものだった。
 時間にすればほんの数秒、私ず倫、そしお圌ずは、゚レベヌタの内ず倖で向き合っおいた。私がいるこずそしお゚レベヌタの䞭の圌の隣に私がいないこずを陀けば、䞀人の男が鏡を前に立っおいるように芋えたかもしれない。圌は私を芋お私はたぶんずおも倧きく目を芋開いお圌のこずを芋おいたず思う、次に倫のほうを芋た。圌はただ、本圓にただ、倫を芋た。それだけだっだ。そこには驚きも䜕らかの感銘も無かった。感情の揺らぎみたいなものはただの䞀぀もなかった。ずおも静かな郚屋の、がた぀きも凞凹も䞀切ないテヌブルの均質な倩板に眮かれたコップの䞭になみなみず泚がれた氎の衚面のようだった。
 そんな颚に、圌はただ倫を芋おいたのだ。
 私は倫を芋た。倫もたた圌を芋おいた。その二぀の目で、確実に芋おいた。そしお倫もたた、゚レベヌタのなかの圌ず党く同じだった。コップの䞭の氎面。埮塵の驚きも無かった。二人はただ、目の前にいる自分自身を、鏡でも芋るようにただ芋おいた。
 圌が゚レベヌタを降り、私ず倫が乗る際に、圌ら二人は互いにぶ぀からないよう身䜓をちょっず斜めに向けた。䌚釈さえしなかった。二人はただ、身䜓をちょっず斜めに捻っただけだった。
 ゚レベヌタに乗っおいるあいだ、私ず倫は口をきかなかった。私は぀いさっきの出来事に぀いお考えおいた。そのあいだ、倫はたっすぐ前を向いおじっず扉を芋぀めおいた。そんな倫を芋おいるず、たるでさっきの出来事が私の気のせいなのではないかずいう気さえしおきた。
 ごおん・ごおん、ず゚レベヌタが䞊に向かっお吊られおゆく小さな音が、四方を囲う壁の倖偎からこちら偎に挏れ䌝わっおきた。
「あの、さっきの  」ず私が小さな声で呟いたのず同時に、゚レベヌタの扉が開いた。

 その日、倕食を食べ、映画を䞀本芋おひどい映画ではあったけれど、日曜の倜に家で芋るぶんにはちょうど良いひどさの映画だった、お颚呂から出おベットに入るたでのあいだ、結局私ぱレベヌタでの出来事に぀いお倫ずたずもに話すこずは無かった。実際には䜕床か話そうずしたし、圌がお颚呂から出おきたタむミングで「今日の、゚レベヌタの男のひずなんだけど」ず切り出しもした。倫は私を芋ながらごしごしず力を蟌めお髪を拭き、「ああ、そういえば、䜕か買い忘れたんだっけ」ず話し始めた。それがあんたりにも自然に、なんのやたしさらしいものも、埌ろめたさらしいものも芋せずに、たるでレヌンの䞊をなめらかに転がるボヌリング球のように話し始めたものだから、私もそれを遮っおたで話を元に戻すこずができなかった。
 倫ぱレベヌタのあの男の話題を意図的に避けたのだろうか だずするず䜕故 もしかするず、あの男ず倫ずの間には䜕か私の知らない秘密があるのかもしれない。それはどんな秘密だろうか ベットの䞭で目を瞑りながら、それに぀いおちょっず考えおみたものの、䞊手く想像するこずができなかった。合理的な理由が考え぀かなかった蚳でも、出鱈目な、銬鹿銬鹿しい事情を思い぀けなかった蚳でもない。ただ単に、想像ができなかっただけだ。゚レベヌタの男や倫の態床は、秘密を抱えおいる共犯者ずいうよりは、むしろ  盲点。互いが互いの盲点にいるような、そんな、ずおも奇劙な感じだった。
 そのこず自䜓は、いったい䜕を意味するのだろうか
 そしお私はどうすべきだったのだろうか
 寝返りを打っお隣を芋るず倫の背䞭が芋えた。寝぀きの良い圌が矚たしかった。私はその背䞭をそっず撫でおみた。隆起した背筋のあいだに、ご぀ご぀ずした背骚の感觊があった。

 それから数カ月のあいだ、゚レベヌタに乗るたびに私は倫そっくりなあの男のこずを思い出した。幞か䞍幞か、私䞀人の時も、倫ず䞀緒の時も、私があの男を芋かけるこずは無かった。もしかするず圌はたたたたこのマンションの誰かに甚事があっお、たたたた私たちず鉢合わせただけだったのかもしれない。
 結局、倫ずはそのこずに぀いお䞀床も話さず仕舞いだった。䞀幎も経぀頃には、私ぱレベヌタでの出来事そのものをすっかり忘れおいた。

 *

 倫が䞀週間ほど海倖ぞ出匵に出かけた。
 私ひずりなので、オフィスから垰宅途䞭でファミレスに寄っお簡単に倕食を枈たせた。
 りチに戻っお玄関扉を開けるず、リビングの明かりが぀いおいるのが芋えた。぀いでにテレビの音も挏れ聞こえおくる。぀けっぱなしにしおいたのかな、ず思い぀぀、私は傘立おから倫の黒い蝙蝠傘をそっず匕っ匵り出し、手銖で軜く振っお感觊を確かめる。そしおしっかりず䞡手で握り、静かにリビングぞ向かう。ドアハンドルに手をかけ、ゆっくりず回しお開く。
 テレビの画面では昔のスパむ映画が流れおいる。その正面の゜ファに人圱がある。その人圱がこちらに振り向く。
「うわっ、えっ なに、傘なんか持っお」
 パゞャマ姿の倫が゜ファに座ったたたそう蚀うず、手に持った猶ビヌルをんっぐず䞀口飲んだ。急に䜓の力が抜けお、私は振りかざした蝙蝠傘を床に萜ずした。
「だお、出匵だっお蚀っおたから  」
 倫は笑いながら、「ああ、ごめん、急に予定が繰り䞊がっちゃっおさあ。連絡いれたんだけど」
 私はスマヌトフォンを確かめ、「来おないけど  」ず、ちょっず恚みがたしく蚀う。ええ ず倫が声を䞊げお自分のスマヌトフォンを取り出しお、
「あ、ごめん、送れおなかった」
 ブブブ、ず私のおのひらでスマヌトフォンが震え、倫からのメッセヌゞが衚瀺された。私は溜息を぀いた。

 お颚呂から出お冷蔵庫を開けたずころで「ごめん、俺にも、もう䞀本」ずリビングから倫の声がする。既に酒を飲んでいるせいだろうか、い぀もより明るい声色だった。500mlの猶ビヌルを二本持っおリビングに行き、倫の隣に座る。タブを開けるずぷしゅり、ず癜い泡が挏れ出おきた。「お疲れ」ず蚀っお倫が私の持っおいる猶を自身の猶で軜くこづく。私も「お疲れさた」ず蚀う。泡が私の倪腿あたりに数滎、ぜずぜずず萜ちた。
「どうだったの、出匵。䞊手くいった」ず聞くず、
「ん んん  」
 倫はんっぐ、んっぐ、ずビヌルを喉に流し蟌んでから、にやりず笑った。
 それから、二人で映画の続きを芋た。話に深みがある蚳でも無いけれど、抌し぀けがたしくも難解でも無く、そしお皋よく金が掛けられた、぀たりたあ、仕事終わりに倫婊で芋るには䞁床いい塩梅の映画だった。最埌は郜合よく䞻人公圌は少し背が䜎いず顔の良い女ヒヌルは履いおないのだけれど、ひどく背が高いがひしず抱き合っお、500mlの猶ビヌルみたいなキスをした。倫も私もゲラゲラず笑いながらそのシヌンを芋た。
 そのあず、別にその映画にあおられたずいう蚳でも無いのだけれど、私たちはベットに行っおセックスをした。特に仲の悪い倫婊では無かったのだけれど、お互いの仕事が忙しく、ここ数幎は自然ずそんなこずをする機䌚もすっかり無くなっおいた。それだけに、久しぶりの性亀は䜕だかずおも䞍思議な感じがした。たるではじめおの盞手ず抱き合っおいるような奇劙な感じだった。それでいお、その倜の性亀自䜓は、私自身が蚘憶しおいたものより遥かによいものだった。幎霢によっお感じ方も倉わるのだろうか 私は圌に抱かれながらそんなこずを考え、圌の背䞭を撫でた。隆起した背筋のあいだに、ご぀ご぀ずした背骚の感觊があった。

 翌朝、私はコヌヒヌを飲みながら、テヌブルを挟んで向かいに座っおスクランブル゚ッグを぀぀く圌の顔をたじたじず芋぀めた。圌の額や、額にかかる前髪や、眉やたぶた、ややブラりンがかった黒い瞳、耳たぶ、唇や顎、銖筋や肩、手ず指先なんかをじっくりず芳察した。こんな颚に、真正面から、じっくりず圌を芋るのはい぀以来だろうか。
 そのずきふずこう思った──私の倫は、本圓にこんな顔぀きをしおいたのだろうか ず。
 圌の額はあんなに広かっただろうか単に犿げかけおいるだけだろうか 眉の倪さは 銖筋のあんなずころにほくろはあっただろうか 耳たぶの圢はあれで良かったのだろうか 錻の高さは 唇はあんな颚だっただろうか 指の倪さや長さは 昚日抱かれた時はどうだっただろう 圌のペニスのかたちは 私の手が撫でた圌の背䞭の感觊は、私の倫のものだっただろうか
 私の芖線に気づいお、目の前の男が顔をあげおこちらを芋た。
 重力がふっず消えたように足元の感芚が無くなった。ばくん・ばくんず心臓が早鐘を打぀。ごおん・ごおん、ず、ずおも小さな音が、私の頭のなかで鳎り響いた。゚レベヌタの、四方の壁の向こうから䌝わる音だ。゚レベヌタが止たるず扉が開く。そこには倫がいる、あるいは──。

あなたぞのおすすめ