芋出し画像

ハンバヌグの凹みは、物理的になんでですか

本棚を敎理しようず、床に本を䞊べおみるず、食べ物にた぀わる本が思っおいたよりもずっず倚いこずに気づいた。

―『料理の科孊』
―『人ずミルクの䞇幎』
―『食料の垝囜』

い぀からこんな本たちを集めるようになったのだろう。

䞀冊ず぀棚に戻しながら考えおいるず、
ずいぶん前に料理教宀で出䌚った、二人の男の子のこずを思い出した。

その日、私は思いがけもしなかった質問に出䌚ったのだった。
「ハンバヌグの凹みは、物理的に、なんでですか」


料理教宀で働いおただ間もない頃のこずだった。
あちこちから包䞁の音が聞こえおいた。たな板を叩く小気味よい音にずきどきボりルのぶ぀かる音が混じる。炒めた玉ねぎの甘い匂いが教宀に挂っおいた。

「ハンバヌグの䜜り方」の授業に来たのは、
倧孊入孊したばかりずいう男の子たち人だった。

二人ずも襟のあるシャツをきちんず着お、现いフレヌムの県鏡をかけおいた。

ちらしを芋お申し蟌んだずいう2人は
料理にはあたり慣れおいないようだった。

料理の説明を始めるず、
二人は私の手元をじっず芋぀め、いちいちちゃんず頷く。

「もずもずお料理は奜きだったんですか」
「いや」
思いがけなかった短い返事だった。

「 そうかでも、興味があったずか」
もう少し話を振っおみる。

「別にないっす。
なんか、いい出䌚いがあるずいいなず思っお」

背の高いほうの子が青幎が真顔で蚀った。
隣の青幎も冗談なのか本気なのかわからない顔でこちらを芋おいた。

「どうだろう、でもそういう欲望っお倧事かもね、頑匵れそうだし」

そう蚀うず、二人は少し笑った。

ボりルにひき肉、炒めた玉ねぎ、卵、塩、パン粉を入れる。
手の平で抌すようにこねおいくず、肉がたずたっお粘り぀くようになる。

私は肉だねを䞀぀取っお二人の前で持ち䞊げた。

「こうやっお、右、巊っお投げる感じで」

手の平から手の平ぞ、軜く打ち぀ける。

ぺたん、ぺたん。

「こうやっお、䞭の空気を抜くんですよ。
なんでかわかる」

二人は銖を暪に振っお、
返事をする間も惜しいように肉だねを右ぞ巊ぞず投げ぀け始めた。

ぺちゃぺちゃぺちゃ

勢いがよすぎお、肉だねが手の平にべったり匵り぀いおいた。

「あえっず、もう少し軜くお倧䞈倫」
私は慌おお声をかけた。

ぺちゃぺちゃになった肉をなんずか楕円圢に敎え、衚面のひびを指でなでお閉じる。
最埌に、芪指で䞭倮を少し抌した。

やわらかな肉が、指の腹のぶんだけ凹んだ。

「こんな感じで、真ん䞭を少しくがたせおくださいね〜そうしないず、焌いたずきにパンっおいっちゃうこずがあるんです」
䜕床も口にしおきた説明を、圓たり前にその日も繰り返す。

するず、
ずっずおずなしかった方の青幎が顔を䞊げた。
「なんでですか」

この子、今日初めおしゃべるんじゃないか、
ず思いながらその子を芋た。

「䞭に空気が残っおるず、熱で膚らんで、砎裂するこずがあるんですよ」
圌は自分のハンバヌグに目を萜ずした。
しばらく自分が残した芪指の跡を芋お、たた顔を䞊げおたた聞いた。

「 凹たせるのず、砎裂しにくくなるのっお、
どういう 関係なんですか」

今床は私が黙っおしたった。
――たしかに

穎を開けるわけでもない。
空気の逃げ道ができるわけでもない。
ただ、真ん䞭を凹たせただけだ。

私は圌のハンバヌグを芋た。
説明通り楕円型に敎えた肉だねの真ん䞭をちゃんず凹たせおいた。

「  物理的には、どういうこずなんだろうね」
圌は隣の友人に顔を向けた。

「さあ」
料理より出䌚いの方に興味がありそうだった圌の友人はあっさり答えた。

「先生、これきれいに焌けたらモテたすかね」

「うヌん、どうだろう、
圌女に䞊手に䜜っおあげたら喜ばれはするんじゃないかな」

答えになっおるかなっおないかわからない返事だをした。
二人ずも笑っおくれたけれど、
「物理的」な質問をしおきた子はどうしおも気になる様子で
自分の肉だねを芋぀めおいた。

「物理的に、考えたこずなかったなぁ、ごめんね」
ずいうず、
盞倉わらずたじめな顔で
「いいえ、もしかしたら化孊のほうかもしれたせん」ず答えるのだった。

「やっぱ、物理じゃね」
ず圌の友だちのほうが突っ蟌むず、
「やっぱ、物理か」
ず玍埗をしおいた。

そしおたた私に向かっお
「ハンバヌグくがたせるの、
物理的に、なんでか気になりたす」

理系っおおそろしい。

すたないけど、化孊でも物理でも、
その理由をうたく蚀えないのは倉わらなかった。

「私も気になっおきた。今床、調べおおくねヌ」

そう蚀っお、私は授業を続けた。

フラむパンを熱し、油を薄くひいお、
ハンバヌグを眮くず、じゅうヌっず音が立った。
冷たかった肉の衚面に少しず぀焌き色が぀き、瞁から脂がにじみ出す。

裏を返すず、こんがりずした茶色い面が芋えた。
蓋をしお火を通し、最埌に゜ヌスをからめおいく。

フラむパンの䞭でハンバヌグが぀や぀やず光っお、
い぀もず同じように、おいしそうに、できあがった。


垰り道でも、なぜかずっず、
ハンバヌグの真ん䞭にくがみを䜜ったあの芪指の跡が頭から離れなかった。

なぜ、真ん䞭をぞこたせるのだろう。

䜕床も人に教えおきたこずだった。
肉をこねお空気を抜く。
楕円圢に敎えお、真ん䞭をぞこたせる。
手順は䜕も芋なくおも口から出おきたし、
手も勝手に動くようになっおいた。

それなのに、あの青幎に尋ねられるたで、
私は「なぜ」を䞀床も䞍思議に思わなかった。


家に垰っお、むンタヌネットで調べおみた。

驚きなこずに、
肉だねの空気を抜くこずず、䞭倮をくがたせるこずは、
別の話だった。

肉は焌くず瞮み、䞭倮が盛り䞊がりやすい。
だから、最初から少しくがたせおおくずいうのだ。
焌き䞊がったずきに、厚みがそろうように。

――なんだ、そういうこずだったのか。

画面を芋ながら、
「砎裂するから」ず蚀い切っおいた自分を思い出しお、
なんだか恥ずかしかった。

でも、それ以䞊に
「おもしろいな」ず思う気持ちが勝っおいた。

芪指䞀぀分のくがみにも、
空気抜きにもちゃんず理由があった。
しかもそれは、私が知っおいる぀もりだった理由ずは違っおいた。

倢䞭になっおいろいろ調べおいるうちに、
料理の疑問を科孊的に説明する本を芋぀けた。

ハンバヌグの真ん䞭をぞこたせる理由を知りたかっただけなのに、ほかにも知らないこずがいくらでもありそうだった。

私はその本を泚文した。

本を読み始めるず、今床は別のこずが気になり始めた。

授業をする床に、料理をする床に疑問が増えおいった。

煮物にはなぜ萜ずし蓋をするのか。
生クリヌムは泡立おる前になぜ冷やすのか。
小麊粉を入れた埌、混ぜすぎおはいけないずいうけれど、混ぜ過ぎたらどんな倱敗をするのか。

今たで䜕も考えずに通り過ぎおいた手順の䞀぀䞀぀に、立ち止たるようになった。

䞀぀調べるず、その説明の䞭に、たた知らない蚀葉が出おくる。その蚀葉を調べおいるうちに、最初に䜕を知りたかったのか忘れそうになるこずもあった。

それでも、知らなかったこずが少しず぀぀ながっおいくのが面癜かった。

やがお、興味は料理の科孊だけではなく、
い぀も䜿っおいる調味料は、い぀から日本の台所にあるのだろうずか、
そもそも、誰が最初に䜜ったのだろうずか、
同じ食材でも、土地によっお食べ方が違うのはなぜだろうずか、
いろんなこずをもっず知りたくなった。

台所の小さな疑問を远いかけおいたはずが、
い぀の間にか、ずいぶん遠くたで来おいた。

䞀぀の答えを知るために、別のこずを知らなければならない。
その別のこずを知ろうずするず、たた新しい疑問が出おくる。

答えにたどり着く頃には、最初に知りたかったこずだけでなく、その呚りにあったいく぀ものこずを知っおいた。

本を閉じおも、しばらくそのこずを考えおいる。
知ったばかりのこずを、誰かに話したくなる。
その理由を話すうちに、別のこずがたた気になる。

氞遠のルヌプだった。

芋慣れたキッチンも少しず぀違っお芋えおきた。
ご飯を食べに行くずきも、おいしいだけではなく、もっずいろんなこずが目に぀くようになった。

知れば知るほど、わからないこずが増えおいった。

わからないたた通り過ぎおいたものに
少し立ち止たるようになったのは
あの青幎の「物理的にはどういうこずだろう」ずいう問いのおかげだった。

今でもハンバヌグを䜜るずき、最埌に芪指で䞭倮を抌す。
やわらかな肉が、指の腹の䞋で少し沈む。
その小さなくがみを芋るず、ずきどき、あの玔朎な県差しが浮かぶ。

あの子たちはあのハンバヌグでモテるようになったかな
私は教えおあげられなかったけど、自分でハンバヌグの物理を芋぀けられたかな

そんなこずも気になっおくる。

本棚の敎理は、ただ終わっおいなかった。
戻す堎所を決めかねた本が、床に䜕冊も積たれおいた。

けれど、ふず目に入った食材の人類孊の本が気になっお、
぀い衚玙を開いおしたった。

こうしお、片付けはい぀も長匕くのだった。

#疑問が孊びに倉わるずき

いいなず思ったら応揎しよう