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憧れの霊山の宿坊で働きたいと思ったホラーめいたマジメな理由

    標高1,982m。
    古くから山岳信仰の対象として
    知られているその霊山は、
    法華経信仰の聖地である。

    山頂からほど近い1,720m付近には
    開創728年の歴史をもつお寺があり、
    行者がMAXで1,000人ほど
    泊まることが出来る。

    ↑そのような場を人は
    “宿坊”と呼ぶ。
    (´・▽・)
    (↑宿坊の説明かいっ!)

    宿坊でバイトしたーい!
    ご縁を頂いている
    神さまのもとで働きたーい!
    ヽ(´▽`)/

    その思いが、神田小梅
    声優人生31年間で3度目の
    アルバイト期間に、
    ついに現実となる日が来た。
    (*゚▽゚*)

    あー、神さま!
    ありがとうございます!
    私をただの売れない、
    仕事がポツンポツンとしか
    入らない声優に戻してくれて!
    ( ´∀`)
    (↑アンタ、棘ない?)

    今回は、人によっては
    毛嫌いする
    胡散臭い話から始まる。
    (・∀・)

    宗教的なお話が嫌いな方は
    ここでサヨウナラ。
    だって日本人は、
    政治と宗教の話は大っ嫌い。
    ヽ(;▽;)ノ

    今回はおふざけナシの
    ホラーにも似た
    マジメなお話し。
    (↑いつもふざけてる
    つもりはナイけどな)


    我が家の母方の家系は
    日蓮宗の信徒で
    地元(←北海道の田舎)の
    お寺の檀家だった。

    もう少し詳しく付け加えると母方は、
    亡き祖母(←私にとってお婆ちゃん)が
    沖縄で言うならば“ユタ”
    恐山で言うならば“イタコ”のような
    神様の言葉や亡き御霊の言葉を
    伝える人だった。

    ショウコ(←亡き母)の話では、
    祖母(←私が小3の時に亡くなった)の
    もとには“口寄せをして欲しい”という人が
    よく来ていて、地元ではちょっとした
    有名人だったという。

    けれども“金儲け”のために
    その能力を使うと
    “力を取り上げられる”という理由から
    お金は一切受け取らなかったのだそうだ。

    その力を受け継いだのが、
    ショウコの姉の
    ヤヨイ叔母さんだった。
    (↑高齢だが、まだ存命!)
    (↑もうその能力は神様に
    お返ししたのだそう。)

    私は祖母の“口寄せ”の場面を
    見たことはないが、
    ヤヨイ叔母さんの
    “口寄せ”の場面には
    何度もその場に
    居合わせたことがある。

    …というか、
    なにかコトあるごとに
    ショウコが神様にお伺いを
    立てたがるので、それに
    付き合わされていた感じだ。

    〇〇大明神さんを祀った
    大きな仏壇の前で
    (↑というよりは祭壇に近かったかも)
    お経をあげていると、
    途中から数珠を持って
    合掌している手が
    大きく揺れ始める。

    そして、ちょっと独特の
    リズムでヤヨイ叔母さんに
    降りてきた神様が話し出す。

    とても不思議な空間だった。

    そして、必ず最後に
    “どうか、この私に水を一杯下さい。”と
    神様が仰る。
    それを聞いて
    ヤヨイ叔母さんの手に
    お水を入れたコップを
    持たせてあげると、
    お水を飲み干して
    神様はお帰りになるのだ。

    信じるのか信じないのかは
    あなた次第。
    (・∀・)

    その時にヤヨイ叔母さんに
    降りてきていたのが、
    今回私がバイトをした霊山の
    お寺に祀られている
    〇〇大明神さんだったのだと思う。
    (↑たまに祖母が祀っていた
    神様も降りてきていたが
    それはまた別の機会にでも)

    ヤヨイ叔母さんは
    30代後半から50代にかけて
    (↑今はもう80代後半)
    北海道から遠路はるばる
    お寺のご住職や
    檀家さんたちと共に、
    この霊山を訪れては
    滝行をしてから山に登り、
    私が今回バイトをした
    宿坊に泊まっていたのだ。


    私はずっと神社仏閣好きで
    神様仏様大好き人間だった
    ワケではない。

    実は神様にウンザリしていた。
    ( ° ▽ ° )
    (↑コラーッ!)

    ショウコが、私が高校を卒業して
    東京に出てきてからも
    何かにつけてヤヨイ叔母さんの
    ところへ行き、
    神様からのお告げをもらってきては
    “あーしなさい。”
    “こうしなさい。”と
    口うるさく言い、
    私が聞く耳をもたなければ、
    “あんた!バチがあたるからね!”
    と脅しにかかる。

    それに嫌気がさしたのだ。
    ( ̄ー ̄ )

    もう自分の好きなように
    やらせておくれよ。

    盗んだバイクで
    走り出しはしないが、
    行き先も解らぬままに
    暗い夜の帳の中へも出ないけど、
    誰にも縛られたくないぞ!と
    逃げ込んじゃったこの夜に
    自由になれた気がしちゃった
    26の夜。
    ( ・∇・)
    (↑尾崎?尾崎?)

    それ以来、私は
    “お告げ?いらんがな!
    自分の好きにやらせてもらうぜ!”
    というアウトローな道を歩む。
    ( ̄ー ̄)

    神様のお告げとは、
    反対へ反対へ行く女は、
    この後
    “この子にお酒を
    飲ませるな。お酒で身を
    滅ぼすことになる。”
    というお告げ通りに
    お酒を飲んだ末に
    “あんなこと”や“こんなこと”に
    巻き込まれながら
    人生の泥沼に
    自らズブズブと入っていった。
    ( ˙-˙ )

    神様の言うことは
    聞いておくもんですな!
    ヽ(´▽`)/
    (↑遅すぎっ!)


    28歳からの2年間は
    鬱で毎日“死にたい”と
    思っていた。
    (↑おやおや?話がダークになったぞ)

    もう負のオーラ全開!
    :(;゙゚'ω゚'):
    負が負を呼び込む。

    だけれども、声優の仕事は
    この20代の頃がピークで
    20代の女子にしてみれば、
    お金だけはあった。
    (↑うっわ!今こんなこと
    言ってみたい!)

    外では明るく振る舞い
    ひとり暮らしの部屋に
    帰ってはどかんと落ち込む。

    心がいつも“寂しい”と
    嘆いていたので、
    この時期はちっとも
    幸せを感じてはいなかった。
    (・ω・)

    だから、私は今も
    お金があるから幸せという
    価値観で生きていない。

    お金があれば
    選択肢が増えていく。
    税金も払える。
    家賃もその他の支払いも
    容易に出来る。
    だからあれば本当に有り難い。
    お金大好きーっ!!
    来て来てお金〜!!!
    ヽ(´▽`)/
    (↑よしなさいってば!)
    …てなくらいな感じだ。
    ( ・∇・)
    (↑めっちゃ好きじゃん!)


    私の中で“幸せ”だと
    思うことの要因のひとつは、
    “寂しい”
    その気持ちが心の中を
    支配していないことだ。

    “寂しさ”に支配された心は
    自らを死へ追いやろうとする。
    :(;゙゚'ω゚'):

    20代後半の私は
    ほぼ拒食症だった。
    それも食べて吐くのでなく、
    食べること自体を拒否していた。

    食べることは生きること。

    生きることを放棄した私は、
    そのうち固形のものが
    咽喉を通りずらくなり、
    体重はみるみる落ちて
    筋肉も落ち
    体力もなくなった。

    見るからに栄養失調で
    脚を痒いと掻けば
    その傷がミミズ腫れになり
    いつまでも残っていた。


    そんなある日。
    夜中ひとりで部屋にいると、
    玄関のチャイムが鳴った。
    突然ショウコが
    やって来たのだ。

    そして開口いちばん
    こう言った。↓

    「お婆ちゃん(←私の祖母ね)が
    夢に出て来て
    ママ怒られたんだよ。
    “お前は何をしてるんだ!”って。
    “お前の娘はこのままだと
    1ヶ月後に死ぬぞ。
    お前が行って話を
    全部聞いてやりなさい。
    そうしないと死ぬ。”って
    言われたんだよ。
    小梅ちゃん大丈夫?」

    その時の私は
    「何それ?大丈夫だよ。」
    とだけ言って
    ショウコを帰した。

    何も気にしていなかった。
    ただただ毎日
    自分なんて死ねばいいと
    思っていた私に、
    ショウコの言葉など
    耳に入るはずもなかった。

    その後、
    ショウコが来たことなど
    すっかり忘れてしまった頃。
    深夜散歩に出て
    どこか飛び降りることが
    出来る高いビルや
    マンションを探していた。
    ( ˘ω˘ )
    (↑耐えられない暗さっ!)

    けれども結局見つからずに
    部屋に帰ったとたんに
    冷蔵庫の前で
    電池が切れたように
    身体が動かなくなった。
    (↑きっと餓死寸前)

    すべてが重たい。
    頭が重い。腕が重い。脚が重い。
    人はこの重さを支えながら
    普段生きているのかと
    思うと驚愕だった。

    生きるとは何気に
    物凄い力がいることなのだ。

    そのひとつひとつの
    重さに耐えきれなくなり
    倒れ込んで思う。
    “あぁ、もうこのまま
    死ぬのかもしれない。”

    しだいに東側の窓が
    明るくなって来た。

    なぜだか
    “カーテンを開けなきゃ”という
    気持ちになり、
    這いずるようにして
    窓のところまで行く。

    チェストにつかまり
    力を振り絞りながら
    立ち上がってカーテンを
    開けると真っ直ぐに朝陽が
    入って来た。

    眩しさに目を閉じる。
    しばらく身体に朝陽を
    受け入れていると、
    黄色い瞼のスクリーンに
    赤い観音様のような
    シルエットが浮かんだ。

    驚いて目を開ける。

    その時に
    “死にたくない!”
    と明確に思った。

    あんなに死にたかったのに。
    ( ˙-˙ )

    パッと何かが自分から剥がれて
    そもそもあった
    魂が剥き出しになった感じがした。

    「死にたくない。」

    声に出して自分の耳に
    聞かせてやると、
    ますます死にたくなくなった。
    (´ー`)

    魂はいつでも“生きたい”
    そう思っていたのだ。

    そりゃそうだよ。
    (・∀・)
    (↑いつものキャラに戻っちゃってる!)
    そもそもこの世に
    生まれてきたのに
    “死にたい”だなんて魂が
    思ってるわけないじゃん。
    ヽ(´▽`)/

    いつでも負の感情が
    本質を見失わせる。

    けれども“死にたくない”と
    気付いたときに身体が
    動かなくなるだなんて
    皮肉なものだ。

    もう死んでしまうと思った私は
    その辺にあった紙とペンで
    遺体が発見された時のために
    メッセージを残した。
    ( ̄ー ̄)

    ペンの重さに手が震えて、
    ミミズが這ったような
    字になったが
    “自殺じゃありません。”と
    書いた。

    これでヨシオ(父)も
    ショウコ(母)も
    娘が一人暮らしの部屋で
    遺体で発見されても
    (↑恐ろしや〜)
    救われるのではないかと
    思ったのだ。

    あとは、仕事関係で
    お世話になった方々に
    “ありがとう”と書いた。

    人とは結局、
    いくらその人生で
    辛くて苦しいことがあっても、
    この世を去る時は
    感謝の気持ちで
    締め括るようになっているのでは、
    と思った。
    (↑例外はあるにしろね)

    それからショウコに
    “身体が全く動かない。
    もう死ぬかもしれない。”
    と電話をした。

    身体を引き摺りながら
    やっとの思いでベッドに横たわり
    目を閉じると、身体がスーッと
    布団に吸い込まれていくようだった。

    走馬灯のように人生が流れる…

    …流れる

    …流れる…って、
    ウヘッーー!!!
    死んじゃう死んじゃう!!
    ( ・∇・)
    (↑我にかえる)

    死にたくない!
    死にたくないよーっ!
    (T⬜︎T)

    すでに瞼さえ重たく感じるのだが、
    慌てて目を開ける。
    重たい腕を持ち上げて
    腕時計を見ると…

    止まっていた。
    ( ° ▽ ° )

    数ヶ月前にわざわざ
    表参道のタグ・ホイヤーにまで行き、
    電池交換を依頼して
    1ヶ月近くかかって
    やっと手元に戻ってきた腕時計。

    電池交換をして
    半年も経っていない。

    こんなに早く止まるのか?
    ( O _ O )

    日付けを見ると、
    深夜にショウコが
    “お前の娘はこのままだと
    1ヶ月後に死ぬぞ”と
    夢で祖母に怒られたと言って
    やって来た日から
    ちょうど1ヶ月を
    1日過ぎていた。
    :(;゙゚'ω゚'):

    “あぁ、ホントは
    もう死んでいたんだ”
    と思った。
    (´・_・`)

    祖母、すごくなーい!?
    ヽ(´▽`)/
    (↑すごいけどコワくない?)


    それから
    幻覚と幻聴と幼児がえりを
    起こしてからの
    “生きたい私”の
    復活劇が凄かった。
    (↑アメブロの
    小梅ナウ!hyperに書いたかも)

    中の人が入れ替わった感じ。
    (*゚▽゚)ノ
    (↑へ?何言ってんの?)

    いや、たぶん入れ替わってる。
    ( ・∇・)

    私じゃないのよ♪私は
    はっはぁ〜ん♪
    ♪( ´θ`)
    (↑歌詞違っとるぞーい!)

    それくらい、
    死ぬ前と死んだ後では
    性格というか性質が変わった。
    (↑死んでないけどなっ!)

    どちらかというと
    いつも陽気!
    ٩( ᐛ )و


    私は中・高・20歳で
    鬱病になっている。

    鬱持ちだったのだ。
    (・∀・)

    世間には
    まだ心療内科というのが
    なかったため、
    20歳の時には普通に
    国立病院の精神科に
    3ヶ月ほど入院させられた。
    (↑目を離すとすぐ首を
    吊ろうとするから)

    病院のいちばん奥の
    陽の当たらない病棟は
    鉄の扉で仕切られていた。
    そして窓には鉄格子!
    臭い飯じゃなかったのが幸い。
    (*゚▽゚)ノ
    (↑そういう問題かっ!?)

    今思い返せば
    見事なまでの鬱持ち。
    (・∀・)
    (↑表現間違ってるぞ!)

    それが、あの栄養失調で
    餓死寸前から
    蘇って以来55歳になるまで、
    “大変だ”“辛い”と思うことは
    それはそれは
    わんさかあったが、
    一度も鬱になっていない。
    (゚ ∀゚)

    中の人が、
    よく言えば能天気
    悪く言っても能天気な人に
    入れ替わった。
    (°▽°)
    (↑まったく深く考えない人)

    もともとそういう
    魂だったのかもしれないな。

    自分としては
    生きやすくなったから
    死にかけて
    結果、オーライ!!
    ヽ(´▽`)/
    (↑オーライじゃないだろっ!)

    実はこの
    『お前の娘はこのままでは
    1ヶ月後に死ぬ』
    という話には後日談がある。
    (・∀・)

    それから半年と経たないうちに
    私は、その栄養失調で死にかけた
    マンションを引っ越した。

    ショウコに
    “あのマンションは気持ちが悪かった”
    という話の流れで
    「そういえばママ、
    “夢にお婆ちゃんが出て来て
    怒られた”って言って
    夜中に突然うちに来たよね。」
    と話題を振ると
    「は?」
    と言われたのだ。
    (@_@)

    「ママ、夜中にウチに
    突然来たでしょ?
    “お前の娘1ヶ月後に死ぬぞ”って
    言われたって。」
    と、もう一度私が聞くと
    ショウコは怪訝そうな顔をして
    こう言った。↓

    「は?何言ってんの?
    ママは夜中に小梅ちゃんの
    ところになんて
    一度も行ったことないよ。」

    ( ̄ー ̄)

    ホラー。
    チビリまくり。
    :(;゙゚'ω゚'):
    (↑余計なひとこといらんがな!)

    では、あれは誰だったのだ?

    私の憶測はこうだ。↓

    あんなにクリアに
    そこに存在をしているように
    幻覚を見せる力があるだなんて、
    お婆ちゃんではない。
    (・Д・)
    (↑アンタお婆ちゃんの力
    見くびり過ぎ!)

    ゆえに、私の中では
    “この子にお酒を飲ませるな。
    お酒で身を滅ぼすことになる。”
    とお告げをくれていた
    〇〇大明神さんが
    “だから言わんこっちゃない!
    あんた自分で死んだらアカン!”
    (↑もっと言い方優しいはず!)
    と、助けてくれたのかもしれないと
    勝手に思っている。
    (´∀`*)
    (↑あくまでも勝手に!)

    それ以来、その〇〇大明神さんが
    祀られている霊山に
    いつか登りたいという
    願望があった。

    その願望が叶えられたのは、
    ここ3〜4年のことだ。

    実にそれから
    20数年が経っていた。
    (*゚∀゚*)
    (↑遅過ぎない!?)


    神社仏閣巡りが好きになった
    きっかけを作ってくれた
    スピ系ママ友の
    由真ちゃんと
    2回一緒に登った。
    ( ・∇・)

    そもそも“行”をするための
    お山なので、
    日蓮宗のお寺のご住職と
    檀家さんの団体や、
    法華経を信仰する
    宗教団体が、
    みな白装束を来て
    お題目を唱えながら
    登っている。

    日本人の純粋な信仰心は美しい。
    ヽ(´▽`)/

    その横を
    私と由真ちゃんのような
    登山客が何組か紛れ込んで
    登っている…というような
    感じだった。

    とにかく登るのがキツイ。

    富士山の五合目から
    頂上まで登るほどの
    標高差があるという。
    ( ˙-˙ )

    とある登山客のご年配の
    お兄さんが言っていた。

    「ここはね、富士山に登る前に
    訓練するのにちょうどいいんだよ。
    ここを登れたら
    どこの山も登れるよ。」

    もう本当に“ザ・修行”。
    山道は整備こそされてはいるが、
    景色が良いわけでもなく
    ひたすら葛折りの道を
    登っていく。

    画像
    天国への階段か!?と思うほど
    延々続く葛折りの山道

    ロープウェイもリフトも
    ケーブルカーもない。

    〇〇大明神さんが祀られている
    お寺(宿坊)へ行くには
    ひたすら自分の足で登るしかないのだ。
    ( > _ < )

    感謝の気持ちを伝えながら
    そしてひたすら
    お題目を唱えながら
    歩みを進める。

    辛くて厳しい登山だが、
    魂がとても喜んでいるようで
    自然と涙が溢れてきた。

    初めて登ったときは
    2人で山頂まで登った。

    だいたい行者さんは
    お寺(宿坊・1,720m付近)までしか
    登らないので、
    山頂までの道のりは
    ほぼ由真ちゃんと私の
    2人きりだった。

    途中、山の崩れている面があり
    そこを2人で
    “うわぁ、すごいね〜”などと
    見ていて、ふと空を見上げると
    太陽の周りに彩雲が出ていた。

    画像
    ↑うひょーっ!ってなりました(笑)

    自ずとテンション上がりMAX。
    ( ・∇・)
    (↑いや、アンタ急に何言ってんの?)

    彩雲、それは君が
    見ちゃった光。
    僕が見ちゃった希望。
    彩雲、それは
    ふれあっちゃう心。
    幸せの彩りの雲。
    彩雲。
    ♪( ´▽`)
    (↑青雲?青雲?)

    けれども彩雲は
    ここだけではなかった。

    山頂に着いて昼食の
    おにぎりを頬張ろうとした時、
    周囲は景色が開けてないので
    空を見上げる。と、
    私は思わず走り出した。

    「龍だ!」

    流れて来た
    ひょろひょろとした長い雲が
    龍に見えたのだ。

    画像
    細いけれど龍に見えた

    しかも、彩雲だった。
    頭で考えるより先に
    何かが反応して、
    思わず両手を振って
    大声で叫ぶ。

    「あーりーがーとーっ!!!」
    ╰(*´ ▽ `*)╯
    (↑純粋!)

    私には霊感もない。
    神様とコンタクトがとれる
    スピな人でもない。

    だから、これが本当に
    龍なのかどうなのかも
    わからない。
    けれども、私の中のどこかが
    “これは龍!”と認識した。

    もう、ここはこの世であって
    この世じゃない感じさえする。

    脳内から変な物質が
    出まくりだった。
    (・∀・)

    すると、今度は
    さらに大きな彩雲が現れた。

    画像
    空に広がる彩雲

    由真ちゃんと2人きりの
    山頂は彩雲ワールドの
    貸し切り状態だった。

    2人で興奮しながら
    スマホをビデオ機能にしたり
    カメラ機能にしながら
    感動でとにかく撮影しまくった。

    撮影をしているときには
    気付かなかったのだが、
    連写した写真の中に
    明らかに“これは龍なのでは?”
    という写真が何枚かあった。

    画像
    これ、龍だよね?

    ちなみに、
    この霊山に祀られている
    〇〇大明神さんは龍神様。

    とにかく、こんな素敵な雲を
    見せて頂けたことに
    感謝しかなかった。
    ( ;∀;)

    ただ単に
    天候条件が良い方に
    重なって
    彩雲が見られただけ。

    人はそう言うだろう。

    けれども辛くて厳しい、
    それこそ“修行”としか
    言いようのない霊山登山のあとは
    もう、なんかどこか
    イッちゃってんのよ。
    (*´ー`*)
    (↑だから現実的なことは
    言ってくれるな)

    生きてて良かった。
    死ななくて良かった。
    神様のお告げは
    聞かなかったけれど、
    助けられてから
    お陰様で
    陽気に生きてます。

    心から報告。
    ヽ(´▽`)/


    初っ端から
    こんな摩訶不思議ワールドを
    体験したら、そりゃあアンタ
    (↑アンタ!?)
    また行きたくなっちゃうに
    決まっている。
    (゚∀゚)


    もちろん私と由真ちゃんは
    翌年も登った。

    …が、2度目の登山は
    大雨のなか登るという
    修行中の修行のような
    登山だった。
    ( ̄ー ̄)

    大学受験(←共通テストね)を
    挟むので、その翌年は
    登らなかったが…

    今年の3月。
    3度目はひとりで、
    登山客ではなく
    憧れの宿坊で
    働くためにこの霊山を登った。

    どうせ、バイトをするなら
    やりたかったことを。
    ヽ(´▽`)/

    実は1度目の登山で
    泊まる宿坊とは
    少し離れたところにある
    奥の院を参拝したときに、
    掲示板に“お勝手さん募集”の
    チラシが貼ってあるのを見た。

    その時に思ったのだ。
    “お勝手さん”?
    そんなお仕事があるのなら、
    いつか命を救ってくれた
    (と思われる)
    〇〇大明神さんのお近くで
    働いてみたい!!
    (*゚▽゚*)


    ずいぶん長々と書いてしまったが、
    これが、私が
    この霊山の宿坊で
    働きたいと思った理由だ。
    (*´ー`*)

    けど、いいのか?
    山の上の宿坊だぞ。
    通勤するのも大変だが、
    退勤するのも大変だぞ。
    コンビニもないぞ。
    しかも朝は早起きで
    夜は就寝時間も早いぞ。
    肉も魚も食べられないぞ。
    スマホの電波も微妙だぞ。
    XもYouTubeも
    見る時間もないし、
    勉強だって出来ないぞ。
    自分のことなんて
    する時間なんてないぞ!

    ↑色々な思いが巡ったが、
    案ずるよりも産むが易し。
    考えるよりもやっちゃって
    確かめろ。
    ( ・∇・)

    俗世間と少しだけでも
    オサラバ出来るなんて
    素敵ではないか!
    ヽ(´▽`)/

    ( ˙-˙ )
    ( ˙-˙ )

    このとき小梅は、
    まさか宿坊でのバイトが
    あんなことになるだろうとは
    思ってもいなかった。
    (・∀・)
    (↑何それーーーっ!!)
    (↑含みをもたせるじゃーん!)





    ※長いのに最後まで読んでくださって
     ありがとうございました!



    #創作大賞2025 #エッセイ部門

     
     
    50代シングルマザー。19歳〜24歳→放送作家。24歳〜現在→アニメやらない声優。趣味→神社仏閣巡り・勉強・ドライブ。アメブロ『小梅ナウ!hyper』('08〜'21)にてエッセイを書いていました。神田小梅はペンネーム

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