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Photo bylisa500ml

こんな時代もあったよねと、プロフィール更新いたします。

    noteに来て3年になるのに、ぐずぐずとプロフィールを
    書くことにしり込みしてたりしてました。

    どなたかのプロフィールは書かせて頂くのは好きなのに。
    じぶんのはちょっと遠い目になってしまう。

    noteの中でこんな時代もあったよねみたいな、中島みゆき
    してみるのもいいのかなと。

    今日はプロフィール的なものを書いてみたいです。

    プロフィールであり。
    今までこんななんかどこの馬の骨かわからんものを
    みつけてくださってありがとうございますの
    御恩を感じた方へのお手紙のような感じです。



    ①新人の頃

    コピーライターの事務所だったのに、来る仕事はお店の
    取材などの仕事が多かったです。アポイントメントを、
    取るところからはじまりまして、カメラマンにスケジュー
    ルを開けてもらっていざ出陣みたいな。
    もう失敗ばかりやってました。お店取材の時は、あれです。
    取材後に必ず御馳走して頂くので、日に何度も取材が入って
    いるときはイカメシの気持ちがわかりました!

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    このお稽古ごとバイブルも担当させて頂きました。
    めちゃくちゃブランドの似合う方ばかりを
    取材していた頃です。


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    こういう大阪の遊び場を紹介する仕事をレギュラーでしてました。


    ②おなじく新人の頃

    チーフに叱られながらインタビュー記事を書いていました。
    道具は大学ノートとレコーダーで。
    聞いたつもりになってたら偉い目ににあうんやでと、教わり。
    速記習ったといたほうがよかったって思うぐらい
    大学ノートに取材の相手の方の声を記録しまくってました!
    取材にお答えして頂く方がみなさん親切で、わたしの足りなさ
    もうひとつツッコまなあかんところを、ご自分の言葉で補って
    頂き、ほんとうにその節は助けて頂きありがとうございます!


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    ③こちらからは、るるぶ。フリーの頃。


    関西のなら特集でお声がかかりまして。カメラマンなしで
    突撃取材をさせて頂きました。とある場所に訪れた時
    そこは緋毛氈の敷き詰められているような静かな茶房でしたが
    なんと息子の嫁になっていただけないかという、瓢箪から駒な
    オファーがありまして。
    むむむと心は揺れつつ、揺らすな!
    仕事やめてもいいかな?案件がありましたが。
    その後も四苦八苦しながら仕事にしがみついておりました。



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    なら特集ではお世話になりました!


    ④旅行PR誌『弥次喜多』時代


    こちらは、近畿日本ツーリストのツアーにわたしも
    お客様とご一緒して、バス旅行に乗り込みまして、
    この旅に参加された動機はなんですか?などと
    同行取材しておりました。
    おばさまたちと仲良くなって旅を終える頃には
    くすんしてました。
    あの時のみなさんお元気でどこかを旅されていると
    いいなぁ。


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    近畿日本ツーリストのPR誌です。



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    ⑤通販カタログ時代

    この時代が結構長く続きました。
    京都通販というところのカタログ製作を一式まかされていた
    頃です。
    ご存じの方も多いかと思いますが、春夏のカタログ
    制作は冬に⛄秋冬のカタログ製作は、真夏に行って
    おりました🏖
    季節と真逆のコピーを考えるのが面白かったです。
    商品の説明コピーも書いていたので、毎回余裕のない
    日々ではありましたが懐かしいです。

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    京都通販のみなさまその節はお世話になりました!



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    わはは、ちょっと気取ってて恥ずかしい。

    ⑥ダ・ヴィンチ誌のエッセイ時代ここから地獄編。



    これは公募から仕事をなんとかゲットしたのですが。
    ここから数年がいばらの道でございました。
    本の情報誌なので、必ず本にまつわるエッセイという
    縛りがありまして。
    あの頃にわたしの担当の編集者さんは今は副編集長に
    なられております。このころに学んだこと、ずっとわたしは
    誤解していたことがこの間発覚して、今はあの頃かけて
    頂いた言葉を折り返し読んでおります。


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    大好きなシカオちゃんの表紙に掲載された時は
    生きててよかったと日記に書いてありました!


    わりかし、すきなエッセイを5本ここにオンしてみました。
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    ①遠い日の香り。



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    ②未来のママへ。



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    ③リベンジャー’99




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    ④迷い道ができたあの頃。



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    ⑤憧憬の食卓


    そして短歌集を出版できる日がやってきました。


    ↑こちら、短歌集を作った頃のことが書かれています。

    ⑦かつて出版した短歌集で取材して頂いた掲載誌などです。


    こちらは突然短歌集を出版した編集部のやさしい方から
    電話がかかりまして。取り上げられてますよ!と。
    誰かとまちがってるよね?って本屋でページ開いたら
    ありました。へ? みたいな狐につままれた状態でした。


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    えっつとこの表紙に並んでいらっしゃる方々
    ほとんどファンの方ばかりです。
    なんども至福を味わっていました。



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    文芸評論家の加藤典洋氏に評論して頂きました。
    「言葉が言葉でなくなろうとしている」



    ⑧はじめての短歌連載時代。

    スイッチ誌の編集者増渕俊之氏からお声かかりました。
    これはほんとうになんの縛りもなく自由に書かせて頂いて。
    毎回デザインがとんがっていてとっても好きでした。
    またこういうカッコいいのやってみたいです。

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    こんな感じのデザインでした。


    ⑨創作系

    このころ携帯で小説を書いてました。

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    ①アボカド。



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    ②逆立ち


    ⑩じつはこういうものも書いてました。


    元気になるんです。悩みがある時ほどこういう小説を
    書いていると元気が向こうからやってくる。
    からだってふしぎだなって思っていた経験があります。
    今はどうかなもう書けない気がします。

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    ⑪こちらは取材して頂いたスイッチ誌です。


    先ほどの短歌の連載のお仕事はこちらで
    増渕俊之さまに取材頂きお声かけて頂きました。
    実は、スイッチ誌は弟とわたしの愛読書でした。
    こんな大好きな雑誌からお声かかるなんて、もう
    運は使い果たしてかまへんよと思ったこと覚えて
    おります。

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    深津絵里さん大好きすぎる女優さんなので。
    これまた狂喜乱舞しました。
    うつくしい!
    大雪原が似合う方。


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    増渕氏は東京。わたしは大阪。
    電話取材でした。めちゃくちゃ緊張しました。
    わたしが言い間違えた時に
    「ん?」って仰ったあの鼻濁音の声今も耳に残ってます。
    「ん?」はしばらくわたしのツボでした。


    ⑫こちら『イラストレーション』誌の取材でした。


    松浦弥太郎氏に取材して頂きました。
    この時は「かわいい+α特集」でした。
    この時大好きな絵本『ぐりとぐら』とご一緒できたこと
    遠い日のこどもだったときのわたしに教えたいです。


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    ⑬こちらは短歌を紹介して頂いた書籍です。
    ありがたいです。
    わたしは短歌の結社にも属さない野放図で自由
    気ままに書いていましたが。
    出版社もインディーズ系でした。
    それでもみつけて頂けたこと心より感謝申し上げます。


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    左から、佐藤真由美氏、穂村弘氏、東直子氏、沢田俊樹氏、
    手前
    加藤治郎氏。
    取り上げて頂くことでどれだけ励みになったか
    わかりません。今も宝物です。
    ありがとうございます。


    ⑭こちらは個人的に取材してもらった書籍です。

    ルポライターでもいらっしゃる上原隆氏は、
    実は穂村弘氏の『短歌の友人』でわたしの歌をみつけて
    頂き、ブログでそのことを書いてくださいました。
    これが御縁になって、元彼のことなど恋愛の話を
    聞かせてもらえませんか?と朝日新聞の夕刊で連載
    されました。
    母が読んで、これあんたのこと?ってその日の食卓が
    きまづくなったこと記憶に新しいです。



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    その節はたくさん耳を傾けて頂き
    ありがとうございます。

    ⑮こちらは上原隆氏にインタビューを受けた後の
    後日談取材でした。



    じぶんの体験を誰かに話すということは、
    その後どんな作用がありましたか?
    ということのアフター取材をしていただき、
    言葉にしてみました。
    わたしは自分の過去をゆるせたような気持になったと
    話した覚えがあります。


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    おまけ
    閑話休題。
    使い方あってるかな?
    こちらは大好きだったゴンチチさんのLiveに
    伺って取材してました。
    チチ松村さんゴンザレス三上さんその節は
    ありがとうございました。

    Twitterでゴンチチさんをおみかけするたびに
    いまだにきゅんとしてます♬

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    ⑯こちらは現在の詩歌のお仕事関連です。


    こどもたちの応募作品の選評をしています。
    現在5冊ほどの書籍のなかにこちらの選評を
    書かせて頂いています。

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    そしてnoteで出会った方にインタビューなども
    ロングランで続いております。



    イシノアサミさんとはじめての絵本も作ってみました🍀



    そしていちはやくわたしをみつけて頂きました糸井重里氏。
    憧れの方にお声かけて頂けたこと、今もたいせつなわたしの
    記憶です。あなたの今がみたいんですと仰ってくださった
    その言葉今も座右の銘になっております。

    短歌とエッセイを連載させていただいておりました。


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    駆け足でしたが、こんなわたしと出会って頂き、
    声をかけてくださったことをかみしめています。
    この思いを大切にしながら、いけるところまで
    頑張りたいと思います。ここまでお読みいただき
    ありがとうございました!




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    ダ・ヴィンチ誌でエッセイ連載後、歌集『ゼロ・ゼロ・ゼロ』刊行。note公式コンテスト#推したい会社 創作大賞2023、2024恋愛小説部門中間通過、ベストレビュアー賞受賞。クリネックス涙腺短歌佳作受賞。短歌アンソロジー『星のうた』(左右社)寄稿。

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