幸せの扉 (1000文字)
「その扉をくぐると幸せになります。」
穏やかにそう言う女性。きっと笑顔なんだろうが、笑うことに慣れてはいなさそうだ。
恐る恐る、その少しだけ豪華な扉を開けば、この空間が当たり前に続く。
何の変哲もない扉だった。
「開けましたね。」
「あなたの幸せはなんですか?」
女性が変わらない口調で矢継ぎ早に話す。
私は少し考え、こう答える。
「私と私の周りが滞りなく、円滑に生きていくことかもしれません。」
笑顔風だった女性から笑顔がとれた。
能面のようなその顔に、扉をくぐることを迫られたように感じる。
当たり前の質問を投げかける。
「なぜ、この扉をくぐると幸せになるんですか?」
女性は呆れたように言葉を発する。
「なぜ?幸せになると言われる扉をくぐらない人が幸せになれると思いますか?幸せは勝手にやってきますか?」
その女性の正論なのかよくわからない論法に押され、私は扉の前に立ち、ふと気になった。
「私が幸せになったら、お礼、おいくらぐらいお支払いすればいいんですか?」
「この扉は金銭的なものはいただいていません。ただ、幸せを少しお裾分けしていただきます。」
何かのシステムのように話す。
「幸せのお裾分け?」
「そこは説明では難しいので、体感して頂くしかありません。後ろの方もお待ちです、さぁどうぞ。」
振り返るが、特に後ろに並ぶ人は見当たらない。
が、急かされるままに扉をくぐる。
ただ、隣の部屋に移動しただけの感覚。
「お疲れさまでした。」
振り返ると、さっきの女性…とはどこか違う女性だった。
扉はすぐに閉められていたらしく、いた場所を見ることはできない。ただ、入り口の女性とは比べ物にならないくらいの笑顔だった。
「あの…聞いてもいいですか?」
入り口と変わらず明るく涼しい部屋で、笑顔の女性に声をかける。
「お疲れ様でした。」
変わらない笑顔でまた声を発する。
話すわけではなく、ただ声を発するだけの女性。多分会話する気はないのだろう。なんとなく、ロールプレイングゲームを思い出す。
少し時間をかけ、手のひら、姿見で自分の体、足の裏、今目視できる箇所を全て確認する。
なんなら財布の中身まで。
特に変化は感じない、当たり前だ。扉をくぐっただけなのだから。
出口と書かれた目の前のドアを通ると外。空には月が見える。
スマホをみると友人からの未読メールが数件。
競馬で当たった。
昇進した。
デビューが決まった。
内容に驚き、振り返ってあの扉のある建物をしばらく見つめる。
また、メールが1件届く。妻からだ。
離婚してください。
ああ、お裾分けか。
