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Photo byviva_a_h_s

選択肢は多い方がいい?

    15年以上前の話だが、昔働いていた本屋のバイトの女の子が、「見合い結婚が普通の世の中を生きてたかった」と言っていた。そこにはこんな理由がある。

    恋愛結婚が当たり前の世の中だと、「結婚出来ない場合、自分が悪い」みたいになるだろう。全部が自己責任だからだ。恋愛結婚は、選択肢がたくさんあるように思えるけど、その選択肢のほとんどは「実際には選べないもの」でしかなく、「選択肢の多さ」は見掛け倒し。だったら、選択肢などほとんどないような「見合い結婚」の方が良いし、その方がすべての結果に対して「自分のせいじゃない」って思えるから良い。

    なるほど、と感じた記憶がある。確かに、「選択肢がたくさんある」という状況は「自由」に感じられるが、「選び取る責任」もあるし、また「実際には選べないフェイクの選択肢」に惑わされているだけみたいなこともあるだろう。だったら、「選択肢なんかない」みたいな状況の方がまだマシなんじゃないかという発想にも割と合理性が感じられるんじゃないかと思う。

    また、それとは全然別の話だが、「最近の若い人は、何かを選ぶストレスを避けがち」みたいな話も聞いたことがある。「タイパ」みたいな感じで「メンパ」という言葉があるらしく、これは「メンタルパフォーマンス」、つまり「ストレスからの解放」を意味するようだ。「選択すること」が「ストレス」に感じられるようで、だから「選択を避けた行動を取りがち」ということらしい。

    僕自身も、昔から「選ぶこと」は結構ストレスで、「ざっくり選択肢を絞るにはどうしたらいいか」をいつも考えている。しかしやはり、「選択肢がゼロ」というのも嫌いで、だから「程よく絞るやり方をどう見つけるか」が大事なんだけど。

    選択肢は少ない方がいいが、でも「自分が選んでいる感」も少しは欲しい。割とそういう感覚が世の中的にも強くなっていくのかなと思う。

     
     
    「文庫X」とか「帯1グランプリ」とかやりました 『書店員X』(中央公論新社) 『このままなんとなく、あとウン十年も生きるなんて マジ絶望』(秀和システム) フラフラと適当に緩やかに生きていきたい https://note.com/bunko_x/n/n651a50538180

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