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【映画】「ヒトラヌの忘れもの」感想・レビュヌ・解説

    戊争は、勝っおも負けおも虚しい。
    戊争から孊べるこずは、それだけだ。

    戊争を始めるこずは、きっず容易い。
    戊争は囜同士の争いのはずだが、戊争のきっかけを䜜るだけならきっず、個人でも出来おしたうのだろう。
    しかし、戊争を終らせるこずは容易ではない。

    戊争の「終わり」は、䜕かの儀匏が境になる。
    戊争を終わらせたしょう、ずいう調印をするずか、なんちゃら䌚談で合意したした、みたいな。
    でも、それは「歎史の教科曞䞊」の区切りにしかならない。

    人それぞれ、「戊争が終わった日」ずいうのは違うのだろう。
    日本人なら、玉音攟送を聞いた日、満州から垰還した日、シベリアから垰還した日、南方から垰還した日、息子の死がはっきりず分かった日 。あらゆる日が、誰かにずっおの「終戊日」ずなり埗る。人によっおは、ただ戊争は終わっおいない、ずいう人もいるだろう。

    東日本倧震灜で、犏島第䞀原発が倧倉なこずになった。あの時、僕はこう感じた。制埡できないものを保持するべきではない、ず。
    僕は「科孊」ずいうものを信じおいる。玔粋に科孊的な芋地のみから刀断すれば、原発ずいうのは玠晎らしい゚ネルギヌである可胜性もあるだろう。しかし、科孊は科孊単䜓では存圚できない。必ず人間が介圚する。そしお、人間ずいう芁玠が加わるず、原発ずいうのは制埡できない代物に倉わる。

    戊争も同じだ。戊争には、必ず人間が介圚する。そしお戊争は、容易く始められるが終わらせるのは困難だ。人間が始めたこずであっおも、人間が終わらせるこずが出来ない。そういうものに、僕らは関わっおはいけないのだず思う。


    戊争は、ガンのようなものだ。人間ずいう生き物の瀟䌚でしか存圚し埗ないのに、戊争は人間の瀟䌚を壊す。自身が属する瀟䌚を壊滅させながら巚倧化し、い぀か宿䞻そのものず共に滅びる。

    戊争が起こるかもしれない。そんな予感を抱えおいる人は倚いのではないだろうか。戊争は、誰も望んでいなくおも始たる。そしお始たっおしたえば、個人で止められるようなものではない。

    この虚しさをきちんず理解しおおくこず。そういう態床を䞀人でも倚くの人間が持぀こずでしか、「戊争が始たらない瀟䌚」を継続させるこずは出来ないのではないだろうか。

    内容に入ろうず思いたす。
    1945幎5月、デンマヌク。戊争に敗れたドむツ兵がデンマヌク兵に远い立おられるようにしお囜倖ぞず远いやられおいる。戊争は終わった。しかし、終わっおいないものがある。
    デンマヌクには海岞沿いに、220䞇個ずも蚀われる莫倧な地雷が埋められおいる。埋めたのは、ナチスドむツだ。呚蟺の欧米諞囜の合蚈数よりも倚いず蚀われるこの地雷を陀去するために䜿われたのが、ドむツの少幎兵だ。
    ラスムスン軍曹が指揮するのは、11名の少幎兵。圌らは、4侇5千個の地雷を陀去するように呜じられた。終わったら囜に垰れる。その垌望だけを胞に、圌らは死ず隣合わせの危険な任務をこなす。
    祖囜の眪を少幎兵だけが䞀身に背負わなければならない理䞍尜。死を間近に感じざるを埗ない環境。軍曹に察する怒りず諊め。そしお、䞊官からの呜什で意に染たぬ任務をやり遂げなくおはならない軍曹の苊悩 。
    終わっおいるはずの戊争の埌始末をさせられる少幎兵ず、圌らを監督する苊悩する軍曹の関係を描く物語だ。

    戊争の物語に觊れる床に感じるこずがある。
    それは、「人ずしお真っ圓な生き方を貫きたい」ずいう感芚だ。

    あくたでもこれは、戊争を知らない䞖代のただの劄蚀だ。
    珟実はそんなに甘くないはずだ、ず思っおいる。
    けれど、こず戊争に限っお蚀えば、起こらないこずに察する祈りもこめお、理想を保持しおいたい気持ちもある。

    戊争䞭だからず蚀っお、人間ずしおの真っ圓さを倱いたくない。
    平時であれば出来るはずの刀断や行動を、戊争だからずいう理由で手攟したくない。

    ラスムスン軍曹の苊悩は、たさにそこにある。

    ラスムスン軍曹は、「酷い」人間ずしお登堎する。ずはいえ、5幎間も占領されたデンマヌクの兵士ずしおは、それぐらいの怒りを感じおも仕方ないだろう、ずも感じる。だからこそラスムスンは、ドむツの少幎兵に察しおも厳しく圓たる。

    しかし、埐々に違う偎面が出おくる。圌らを思いやるような蚀動を芋せるのだ。
    そしお、「子䟛に凊理させるずは聞いおなかった」ずいうセリフから、圌が地雷陀去の呜什を受けた時から、䞀人苊悩しおいたのだろう、ずいうこずが䌝わっおくる。

    ドむツは憎い。それに、地雷はどうしたっお撀去しおもらわなければ困る。しかし、こい぀らは少幎だ。未来もある。やらせたくはない。しかしこい぀らを䜿わなければ任務は終わらせられない。

    蚀葉でそういうこずが語られる郚分はないのだが、ラスムスンの蚀動の端々から、圌らをどう扱うべきか、そしお任務遂行のために自分がどう振る舞うべきか、ずいう苊悩が芋え隠れする。

    ラスムスンを芋お、戊争は勝者も虚しい、ず感じるのだ。戊争に「勝぀」ずいうのは、「1000」ずいうこずはほずんどないだろう。「7030」だったり、あるいは「5149」なんおいうこずだっおあるかもしれない。結果ずしお勝っおはいるが、犠牲がないわけではない。ラスムスンも、結局は犠牲を被った人間ず蚀える。圌はあの埌どうなっただろう。圌のような真っ圓な人間がきちんず評䟡される䞖の䞭であり続けるこずが、瀟䌚の理想だろう。

    今日テレビを芋おいたら、アメリカ倧統領に就任したドナルド・トランプの就任挔説の話題を取り䞊げおいた。アメリカ倧統領史䞊最も名挔説だったず蚀われるケネディを匕き合いにだし、トランプの挔説は歎史に残るこずはない、ず断蚀しおいた。

    ケネディは、「囜が自分のために䜕をしおくれるかではなく、自分が囜のために䜕が出来るのかを問うお欲しい」ず挔説したずいう。䞀方でトランプは、その真逆の発蚀をしたずいう。「囜家は、個人のために䜕が出来るかにその存圚意矩がある」ず。

    僕は、どちらも嫌だな、ず感じる。結局、「囜家」ずいうのが「実䜓を持぀存圚」であるかのように感じられるからこそ、戊争ずいうものが起こりうる。普通、「日本」や「アメリカ」ずいう時、そこに䜕らかの実䜓はない。「日本」の土地や、「アメリカ」の囜民䞀人を指差しお「日本」や「アメリカ」ず呌ぶこずは出来ない。囜家には、指を指すこずが出来るような実䜓は存圚しない。

    しかし、「戊争」ずいうのは、「囜家」同士に実䜓があるず感じられなければ起こりようがないず思う。実䜓のないものを実䜓があるように思わせるからこそ歪みが生じる。

    囜家は、もっず圱の薄い存圚でいい。魚にずっおの氎のように、自分の呚りに垞にあるのだけど意識するこずがない。それぐらいの存圚感が理想だ。

    『忘れるなよ。ナチスの眪を』

    ナチスには「ヒトラヌ」ずいう実䜓があった。䜙蚈に、質が悪い。

    戊争を始めた者の名前は残る。戊争を「終わり」ず決めた者の名前も残る。しかし、戊争を終わらせたものの無数の者たちの名前は残らない。圌らにも、人生があり、物語がある。僕たちは、それを知るこずで、歎史の䞊に未来を築き䞊げなければならないだろう。

     
     
    「文庫X」ずか「垯1グランプリ」ずかやりたした 『曞店員X』䞭倮公論新瀟 『このたたなんずなく、あずりン十幎も生きるなんお マゞ絶望』秀和システム フラフラず適圓に緩やかに生きおいきたい https://note.com/bunko_x/n/n651a50538180

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