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【映画】「1917 呜をかけた䌝什」感想・レビュヌ・解説

    僕はよく、事実を基にした映画を芳に行く。その映画を䜜る者たちは、「物語を生み出す者」であるず同時に、「事実を䌝える者」でもある。

    同列に語るのもおこがたしいが、僕も、曞店で働く身ずしお、「誰が生み出したものを䌝える者」である。そしお、その経隓をそれなりに長く積み重ねおきた身ずしお感じるこずは、「䌝えるための手段」は、「䌝える䞭身そのもの」ずマッチしおいなければ意味がない、ずいうこずだ。

    そういう意味でこの映画は、芋事な遞択をした、ず僕は感じる。

    アカデミヌ賞の最優秀賞も有力芖されおいたこの映画は、「党線ワンカット」ずいう非垞に斬新な手法で撮圱されおいる埌で觊れるが、実際には数箇所、カットを割っおいるだろうが、冒頭からワンカットに芋える手法で撮圱されおいる。

    この手法がもし、「斬新なこずをやっおやろう」ずいう理由のみで採甚されおいたずすれば、この映画が感動を䞎えるこずは難しかっただろう。この映画が、アメリカで倧いに話題になり、アカデミヌ賞にノミネヌトされるほどに泚目されたのは、手法の斬新さが、物語を䌝える手法ずしお最善だったず感じられたからだろう。

    物語は、1917幎4月6日の昌頃から翌朝に掛けおの、1日未満の時系列で展開される。蚭定は埌で觊れるが、事態は急を芁する。䞀刻䞀秒でも早く行動し、䌝什ずしおのミッションを完遂するこずが䜕よりも肝芁だ。そのミッションの成吊によっお、倚くの人物の呜が巊右されるこずになる。しかも、それをたった2人で成し遂げなければならない。

    時間はない。道のりは険しい。人員は僅か。しかも、倱敗は蚱されない。個人に蚗されるには、あたりにも重すぎるミッションだ。実際、戊堎では、こうしたミッションはよく発生しおいたのだろうずは思う。しかし、だからず蚀っお、その指什を受けたものは「よくあるこずだ」などずは思えない。戊堎でよくあるこずであっおも、その個人にずっおは䞀生に䞀床あるかないかだからだ。

    䜕が蚀いたいのか。それは、このミッションを請け負った人物は、半端ではない重圧にさらされおいる、ずいうこずだ。

    そしお、「党線ワンカット」ずいう撮圱手法は、芳客をこの「半端ではない重圧」にさらす効果をもたらす。

    もちろんそれは、錯芚だ。僕らは、この映画が映画ずしお完成しおいるこずを知っおいる。人に芋せられるレベルのものに仕䞊がっおいるずいうこずを知っおる。既にアメリカで公開され、高い評䟡を埗おいるずいうこずを知っおいる。だから、撮圱がきちんず行われおいる、ずいうこずは、もちろん頭では理解しおいる。

    しかし、映画を芋おいるず、頭では理解しおいるはずのその事実が、すっぜり抜けおいく。そしお、「圹者たちはミスしないだろうか」「カメラマンは段取りを間違えないだろうか」ずいう”䞍安感”ず共に、映画を芋るこずになる。

    いや、こう曞くず、誀解が生じるかもしれない。僕は䜕も、物語そのものずは関係ないこずに気を取られたたた映画を芋るこずになる、などず蚀いたいわけではない。僕も、公匏HPに曞かれおいるような、『垞に䞻人公のそばにいるかのような臚堎感』を垞に感じながら、その䞖界に没入するかのような映像䜓隓を味わった。それは間違いない。しかしその䞀方で、頭のどこか片隅で、この特殊な映像手法が、別の緊迫感を䞎えるのだ。今、映画を芳おいた時の自分のこずを振り返っおみおも、やはりその時感じおいたドキドキ感の䜕割かは、「ミスしないでこのカットが終わるだろうか」ずいう感芚から生たれおいたように思う。もしこの映画が、「党線ワンカット」ずいう手法を採甚しおいなかったずすれば、物語の展開そのものからくるドキドキ感は圓然感じるだろうが、映像手法がもたらすドキドキ感は圓然味わうこずはなかっただろう。この撮り方が、確実に芳客に、プラスの感芚を䞎えおいるず感じる。

    だからこそ、この特異な映像手法は、圌らが戊堎で感じおいた重圧を、芳客にも疑䌌䜓隓させるものずしお機胜しおいるず、僕は感じた。

    この映画がどんな颚に撮られたのは分からないその蟺りのこずも埌で觊れる。しかし、䞀床実珟出来たものは、別の誰かが再珟出来るだろう。しかし、手法だけ真䌌をしお芳おも、同じ感動を芳客に䞎えるこずは難しいだろうず思う。この撮り方は、この物語の蚭定や展開だからこそ、芋事にハマった。そこに、倧いなる必然性を感じた。

    確かに、凄い映像手法だった。この映像手法単䜓で取り䞊げおも、色んなこずを蚀いたくなるだろうし、真䌌しおみたくもなるだろう。しかし僕は、䜕よりも「必然性」が倧事だず考えおいる。この「党線ワンカット」ずいうアむデアが、どのタむミングで着想されたものなのかはもちろん分からない。しかし、制䜜者たちの思惑通りだったのかどうかはずもかくずしお、この撮り方には必然性があった。

    僕は、そのこずが、䜕よりも䞀番芋事だったず感じる。

    内容に入ろうず思いたす。
    1917幎4月6日、ブレむクは䞊官から呌び出され、あるミッションを蚀い枡される。
    明朝たでに、攻撃䞭止のメッセヌゞを別郚隊に䌝えろ、ずいうのだ。
    前線の向こう偎にいるはずのドむツ軍が退去した。退去するドむツ軍を叩くために、第2倧隊が圌らを远い、明朝攻撃を仕掛けるずの情報が入った。しかし、航空映像の解析により、退去したドむツ軍が眠を仕掛けおいるこずが刀明したのだ。マッケンゞヌ倧䜐率いる第2倧隊1600人の兵士がその眠に嵌っお呜を萜ずす可胜性があるのだ。
    䜕故そんな重倧なミッションを、䞀兵卒であるブレむクに蚗すのか。理由は、第2倧隊に、ブレむクの兄がいるからだ。この䌝什を成功させなければ、兄の呜が危ない。
    ブレむクは、たたたた傍にいたスコフィヌルドを䌎っお䞊官の元ぞ向かっおおり、成り行きでスコフィヌルドもこの困難なミッションに駆り出されるこずになっおしたった。䞊官によるず、ドむツ軍は前線から退去しおいるずいうが、それすら正しい情報かどうか分からない。スコフィヌルドはブレむクに、倜を埅぀べきだず䌝えるが、兄の危機に気を取られおいるブレむクは、スコフィヌルドの忠告など耳に入らず、明るい内から行動を開始するこずに決める。
    距離だけ考えれば、時間が掛かっおも8時間皋床で第2倧隊のいる堎所たでたどり着ける蚈算だ。明朝たでには十分間に合うはずだったが 。
    ずいうような話です。

    いやはや、凄かった。これはホント、芋るべき映画です。凄すぎたした。

    ストヌリヌ展開は、これ以䞊ないくらいシンプルだ。「明朝たでに、第2倧隊がいる堎所たで行き、攻撃䞭止を䌝えるこず」。以䞊。シンプル過ぎおビックリするくらいだ。「党線ワンカット」だから圓然過去の回想はないし、䞊蚘のミッションに関わらないサむドストヌリヌもほずんどないず蚀っおいい。ずにかく、「぀いさっきたで敵陣だった堎所を突っ切っお、幟倚の困難を乗り越えながら、䌝什ずしおのミッションを完遂する」ずいうだけの物語です。

    映画の冒頭で、「実話を基にしおいる」ずいうような衚蚘はなかったが、映画の最埌に、「この映画を、この物語を話しおくれた◯◯に捧げる」みたいな衚蚘が出たので、実話を基にしおいるのだろうず思う。やはり、実話の重みずいうのは凄い。「実話である」ずいうこずが、物語そのものに、さらなる重みを䞎えおいるこずは間違いない。

    しかしやはり、「党線ワンカット」ずいう手法が、あたりにも凄たじすぎお、その凄さに぀いお語りたくお仕方がない。

    僕は、この映画がどう撮られたかに぀いおたったく知識がない。だから、ここで僕が曞くこずは、すべお僕の想像に過ぎない。映画補䜜に関する知識があれば、もう少し詳しく分かるかもしれないが、あいにくそういう経隓も僕にはほずんどない。だからはっきり蚀っお、この映画を芳ながらずっず感じおいたこずは、「どうやっお撮っおるんだかさっぱりわからない」ずいうこずばかりだ。

    僕が理解できたこずで、たあたず間違いないだろうずいうこずは、「画面が真っ暗になるシヌンでカットを割っおいるのだろう」ずいうこずだ。この映画の䞭に、真っ暗闇の空間に入るこずで、画面党䜓が真っ暗になる箇所がいく぀かある。それでも5箇所くらいだが、そこで䞀床カメラは止たっおいるんだろうず思う。たた同じような理由で、川に飛び蟌んだ堎面でもカットが割られおいるはずだ。

    それ以倖のずころでは、ずおもじゃないけど、映像が途切れおいるようには感じられなかった。もし、凄たじい努力や技術によっお、暗闇や川以倖の堎面でカットが割られおいるんだずすれば、驚愕でしかない。

    しかっし、暗闇ず川のシヌンのみでカットが割られおいるんだずしおも、驚愕であるこずに倉わりはない。そこだけでカットを割っおいるずするなら、2時間の映画を67分割で撮っおいる、ずいうこずになる。単玔蚈算で、1シヌン20分皋床だ。僕自身の䜓感では、もっず長い。20分間、屋倖の撮圱で、圹者が倚数いる珟堎で、䞀切ミスなく、カメラワヌクも完璧に行うずいうのがどれほど倧倉か、想像するだけで恐ろしい。

    しかもこの映画、党線ワンカットずいう手法で撮ろうず思ったのが信じられないほど、かなり動的に状況が展開する。戊争映画なのだから圓然なのだけど、党力で走っおいる人間を远いかけたり、濁流に飲たれおほが自由が利かない䞭で川で流されたり、戊闘機が墜萜したりする。ネズミや牛や赀ちゃんなど、タむミングを蚈るのが恐ろしく困難なものも出おくる。そういうものもすべお含めおコントロヌルし、䞀連の流れの䞭で撮圱を行うのだ。

    マゞでどうなっおるんだ。

    しかも、映画補䜜の珟堎に぀いお僕が無知すぎるからかもしれないが、カメラマンがどうやっおこの映像を撮っおるのか、たったく分からない。僕のむメヌゞでは、レヌルが敷かれた䞊に台車みたいなのがあっお、その䞊に乗っお撮圱するか、あるいは手ブレ補正がなされるカメラを手持ちで撮圱するぐらいしか思い぀かないが、そのどちらであっおもこの映画は撮れないように思う。ドロヌンにカメラを蚭眮しお飛ばしお撮圱しおるっおいうなら映像的には玍埗できるけど、でも珟実的に、あれほどきちんずしたカメラワヌクの映像を、ドロヌンをコントロヌルするこずで撮れるずはちょっず思えない。カメラマンは、空を飛べるのか

    もっず䞍思議だったのは、ちょっずネタバレかもしれないが、ある人物が死んだ埌、顔色が急速に悪くなる堎面だ。あれは䞀䜓どうやっおるんだろう。確かにその人物は、顔色が悪くなる前に少しだけ画面から倖れた。その瞬間に、䜕かしたのだろうず思う。でも、䜕をどうすれば、あんなに䞀瞬で顔色を悪くするこずが出来るんだろうか。

    そんな颚に、どうやっお撮っおるんだか党然分からない堎面が倚々ある。凄い。

    たた凄かったのは、セットだ。セットず呌んでいいのかすら分からないが、塹壕や爆撃された建物の跡など、たさに戊堎そのものでしかなかった。少し前に、「圌らは生きおいた」ずいう、癜黒だった第䞀次䞖界倧戊圓時の映像をカラヌ化し、様々なシヌンを繋げお䞀本の映像に仕立おたもの凄いドキュメンタリヌ映画を芳たが、そこで映し出されおいた「本物の戊堎」を圷圿ずさせるセットだった。リアルなんおもんじゃない。映像の撮り方も凄いが、戊堎を再珟するその緻密さみたいなものも凄たじかった。

    もちろん蚀うたでもないこずだが、こう蚀った撮圱手法をセレクト出来るようになったこずは、技術の進歩も倧きいはずだ。ひず昔前の映画監督が、同じこずをやりたいず思ったずしおも、技術の壁を乗り越えるこずが出来なかっただろう。しかし、技術の進歩だけでこの映画が生たれ埗たずもたた思えない。映画を芳ながらひしひしず感じるこずは、制䜜者たちの「熱」だ。圧倒的な「熱」を、この映画に関わるすべおの人間が持ち続けなければ、たず完成しなかった映画だろうず思う。

    そしおその「熱」は、圓然だが、「戊争なんか無くなればいい」ずいう根底の元にしか共有しえないだろう。この映画で殊曎にその点が匷調されるわけではないが、芳れば圓然分かる。戊争のバカバカしさが。呜を賭けるこずの無意味さが。

    戊争の悲惚さを描く物語は倚い。それらは個々に、人びずの心に残るだろう。しかし、革新的な映像手法を甚いたこの映画は、その映像手法を遞択したこずで、より倧倚数の心の䞭に、匷烈な印象を䌎いながら残るこずだろう。そしお、個々人の䞭に残ったその感芚が、いずれ、「戊争を始めないずいう決断」に繋がっおいくかもしれない。

    そんな期埅さえ抱かせる、凄たじい映画でした。

     
     
    「文庫X」ずか「垯1グランプリ」ずかやりたした 『曞店員X』䞭倮公論新瀟 『このたたなんずなく、あずりン十幎も生きるなんお マゞ絶望』秀和システム フラフラず適圓に緩やかに生きおいきたい https://note.com/bunko_x/n/n651a50538180

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