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父が送ってきた豪華な雛人形をうちは一度しか飾らなかった

    今日はひな祭り。
    幼い頃に両親が離婚したため、離れて暮らしていた父から「ええもん送るでー!」と豪華な雛飾りが届いたことがある。数段あるそれらを組み立て、かわいいとは言い難い人形達を配置したところ、当時一緒に暮らしていたハンサムな柴犬が真っ赤な雛壇を駆け上がろうとした。それを全力で止めながら、「なんてうちの犬はおりこうなんだろう!」と姉と爆笑したのを覚えている。
    父からのプレゼントへのリアクションは難しかった。たとえもらって嬉しいアイテムでも母の手前、大手を振って喜んではいけない気がして、どっちつかずの表現になりがちだったのだ。
    それを察してなのか「ひゃっほー!」と我が愛犬が空気をぶっ壊してくれたのは正解以外の何物でもなかった。

    それから毎年、雛祭りが近づくと父は
    「雛さん出しとかんと、お嫁に行かれへんで」
    と、自分が送った人形の所在を確認してきた。
    リサイクルショップにでも売ったのではないかと疑われるのも嫌なので、「うん、ことしもきれいですよ、はいはい。」と適当に相槌をうちながら固定電話横に設置されたメモ帳に落書き。
    そして一句。

    雛さんに 頼る間もなく 反面教師

    父を嫌っていた祖母が、私と父の会話を盗み聞きするように近くでマイルドセブンスーパーライトを吸っていたので、そのメモを見せると
    「うまいこというね」と煙で咽せていた。

    🐕    🐕    🐕
    ちなみに、柴犬レッドカーペット事件以降、雛人形が飾られることはなかった。
    姉が「飾ればいいのに」と漏らす年もあったが、父を思い出すのが辛い母への配慮として、健気に空気を読み、決して母に「お雛様出して」とねだらなかった。こうして私たちは実家を出た。

    でもね、姉さま。時を超えてわかったよ。
    母はきっと、ただただひたすら、片付けが面倒だっただけだ。

    確信の理由は目の前にある。
    3月だというのに、我が家にはまだクリスマスの飾りが堂々と居座っているからだ。私はこれを母の遺伝だと思っている。

    さて、我が家には3匹の可愛いお姫様(猫)がいる。今日の晩ごはんには、サーモン味の桃色のちゅーるでハートを添えよう。黒猫のぼくにも、もちろん添えよう。

     
     
    小さなスコップで記憶を掘り起こしては、ぐにゃりとした姿勢でエッセイを書いています。イラストも描いてるよ。

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