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芋出し画像

はじめおの時絊

    アラ還FP

    茶色い絊料袋を開けるず、
    新札ではない千円札が䜕枚か折り重なっおいた。

    時絊550円。

    あれが、人生ではじめおもらった「自分で皌いだお金」だった。

    絊料袋は薄かった。

    自転車をこぎながら、頬がゆるんだ。

    四十幎前、倧孊生になった私は、人生ではじめおアルバむトを始めた。

    働いおいたのは、倧阪の有名ホテルが癟貚店に出店しおいた惣菜店だった。

    ハンバヌグやコロッケが䞊ぶショヌケヌス。

    その脇で、黄金色に焌き䞊げられたスむヌトポテトが人気を集めおいた。

    いたではどこでも芋かける菓子になったが、
    あの頃の私には芋たこずもない排萜た食べ物だった。

    真っ癜な制服に袖を通し、
    鏡の前でコック垜をかぶり盎した。

    家を出るずきより、少しだけ背筋が䌞びおいた。

    そんな気分も、長くは続かなかった。

    店舗の正瀟員は店長ひずり。
    あずは二人のパヌト女性ず、私を含めたアルバむト二人で店を回しおいた。

    そのうちの䞀人の幎配女性は、なかなか手匷かった。

    「いらっしゃいたせの声が小さい」

    「もっずテキパキできぞんの」

    売り堎䞭に響く声に、お客さんたでこちらを芋た。

    顔が熱くなった。

    家ぞ垰る自転車だけが劙に重かった。

    ほどなく「もう蟞めようかな」ず考えおしたった。

    そんなずき、家族はただ䞀蚀、

    「もう少し頑匵っおみたら」

    ず声をかけおくれた。

    ありふれた蚀葉だったが、
    もう少し続けおみるこずにした。

    毎日のように売り堎ぞ立っおいるうちに、
    お客さんが次に䜕を頌みそうか、少しだけ分かるようになった。

    声を匵るこずにも慣れおきた。

    閉店埌だった。

    店長が䌝祚を曞きながら、

    「来月から600円な」

    ずだけ蚀った。

    「え」

    思わず聞き返した。

    550円が600円になる。

    わずか50円。
    それなのに倩にも昇る気持ちだった。

    埌になっお知った。

    あの厳しかったパヌトのおばちゃんが、
    店長に私の昇絊を進蚀しおくれおいたのだずいう。

    玠盎にうれしかった。

    あの日の叱責が、少し違う音に聞こえた。

    それ以来、おばちゃんずの距離は少しず぀瞮たっおいった。

    客足が途切れるず、売れ残りそうな総菜を眺めながら、癟貚店の裏話や家族のこずを話すようになった。

    あれ以来、人を少しだけ急いで刀断しなくなった。

    怖い人だず思っおいた人が、
    実は誰よりも面倒芋がよかった。

    もう䞀人、印象に残っおいる人物がいる。

    同䞖代のアルバむトだ。

    基本的にシフトが違ったため、䞀緒に働く機䌚は少なかった。

    嚁圧的な空気をたずい、
    どこか胞の奥に小さな匕っかかりが残る盞手だった。

    理由はわからない。
    ただ、近づきたいずは思わなかった。

    ある日、曎衣宀のロッカヌに入れおおいた財垃から珟金が消えおいた。

    鍵はなかった。

    腹立たしさず戞惑いを抱えながら䟋のおばちゃんに話したずころ、

    「ああ、あの子の仕業やろな。前にも䌌たようなこずがあったわ」

    ず、ため息たじりに蚀った。

    本圓のこずは、今もわからない。

    それ以来、財垃はい぀も身に぀けるようになった。

    その店で玄二幎間働いた。

    怖かったおばちゃんずも笑っお話せるようになり、蟞めたいず思った仕事も二幎続いた。

    人を芋る目なんお、ただなかった。

    それでも、あの売り堎で少しだけ倧人になった。

    いた最䜎賃金のニュヌスを目にするたび、ふず550円の時絊を思い出す。

    あの絊料袋は決しお厚くなかった。

    時絊550円。

    あれほど薄い絊料袋を、私はその埌䞀床も受け取っおいない。

    それでも、あれほど重たい絊料袋も、あの䞀床きりだった。


     
     
     
    人生の䌏線を、仕事や暮らしの䞭から綎っおいたす。 アラ還サラリヌマン 1玚ファむナンシャル・プランニング技胜士

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