「愛するということ」について、これからnoteで書こうと思った理由
はじめに(データが消えて納得のいく冒頭ではないかもしれません)
私はダラダラ話してると目の前の方に気を遣ってしまうので、結論を先にお伝えさせていただきます。
私のnoteでは「私が大切にしたい人を、『相手のものさしで大切』にされていると感じられるように、自分にできることをしたい、そして探して、考えたい」その過程や経験を書き出して、自分を知って、向き合って、成長していくためのヒントなどを書き出して人としての文を残せたら、そして私が大切にしたい人に貢献することができたらと考えています。
(noteで収益が発生した場合の77%を大切な人へのGIVEに回したいと思っています。)
私がこれから書くnoteはあくまで個人の答えです。何度も何度も失敗しながら、理想の形とは違うものや、理想の自分とは違う行動をしてしまって、自分が嫌になって、自分を大切にできず無理に習慣を変えようとして挫折したり、ありのままが素敵なんだからもうダラダラしてればいいやってなったり、それでも大切な価値観を貫きたい、自分の言った「大切にしたい」「あなたが好きです」って言葉の責任を持てる人でありたい、理想通りにいかない今の自分の現実、そんな自分も現実も見ること、そこから踏み出すことも含めて「愛するということ」になのではと考えて、実践して、それが大切な人の貢献になれたらと思っています。
今回の記事では、背景の出来事など全ては詰め込んでいません!長くなってしまいましたが本文へ参ります!
本文・noteを書くまでの簡単な経緯
自分は友達と遊んだり、楽しく過ごしたりするだけの友人関係で大きく困ったことはないけど、すれ違うことを避けていただけで、
誰かと「深く関わっている時」
(恋愛の関係に踏み込もうとしたり、本気で向き合ってみたり)
ちゃんと信頼関係を気づけていなかったと、気付かせてもらったことがきっかけです。
前提や背景の話は今回は省略しますが、私が19歳の時に
「好きだなあ。この人には幸せになってもらいないな…笑顔でいて欲しいな…」
と、過去の恋愛を引きずっていた自分が思えたことがありました。
しかし、好きだな、大切にしたいな、と自分では思っていたものの
自分は本当に相手を理解しようとしていたのか、「幸せになって欲しい」の「幸せ」は誰が決めた幸せなのか、自分の考えた幸せのエゴを押し付けていたのかもしれない…
相手のためと言いながら、
自分が安心したかっただけなんじゃないか。
(不幸になりそうな人へ、過剰になってしまう経験があったので…)
「大切にできている」というのはどうしたらいいのだろうか。
そう思えることがありました。
(そんな考え方にシフトできたのは本を読まなければ中々できなかったこと、本気で向き合ってぶつかってくれた女性との経験があったからこそだと思っています。)
そんな経験をして、それでも目の前の楽な方に流れに流され、、、
心のどこかでは「大切にするって決めたんだよな、、、」とモヤモヤしていたので
『幸せになる勇気』という書籍からエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読むことにしました。
初めて読んだ時に、「人について知ることって大事かも?」と思い、自分なりにも考えて
心理学や哲学を読んだり、
解剖学や神経学みたいなものにも興味を持って、
「人間を理解できれば、もっと見えるものが増えて、相手の事も受け入れられるんじゃないか」と思っていました。
でも、どこかずっとモヤモヤしていました。
最近、改めてエーリッヒ・フロムの『愛するということ』を読み返した時、
愛するという行為に「人のシステムや構造」について理解する必要があるなんて書かれてなかったんです(絶望しました)
自分は、
「人のシステム理解すること」が愛につながると思い込んでいた部分があった。
でもフロムは、
ただ知識を増やすことが愛だとは言っていなかった。
多分、行動を起こして関わってこそ愛みたいに、その時の私は受け取りました。
その時、
私は「人システムを理解しよう(実際に大切にしたい人と会った時に自信を持てるように)」とすることで、
実際に相手と関わって本当の自分を曝け出すこと逃げていた部分もあったんじゃないかと思いました。
実際、私は最近は自分の意見や話を一切せず、理解に徹するようにしてみようという意識はあったのです。
本当は、
傷ついたり、
うまくできなかったり、
恥をかいたりしながらでも、
人(自分)と向き合わないといけなかったのかもと思いました。
もちろん、結局相手のことも自分のことも全然わかっていません。
それから少しずつ、自分を出してみるようにして
自分の自己中心的な部分を感じることもあるし、
相手を理解するより、
認められたくて自分のことばかり先に出てくることもあります。
それでも、自分から何か起こさなくては自分を知ることもできない、
「愛したい」と思えた人たちとの経験を通して、
自分は少しずつでも心から変わりたいと思うようになりました。
だからこれから、
愛するということについて、
自分なりに学んだことや、
日常で感じたこと、
うまくできなかったことも含めて、
少しずつ書いていこうと思います。
これは、
誰かに何かを教えたいというより、
自分自身が、
ちゃんと人と向き合える人間になるための記録(エゴ)なのかもしれません。
それでも、私が変わり、自分を知ることができればもっと相手といろんな向き合い方ができると信じて、大切にしたい人を大切にできると信じて人生を賭けて取り組んでいきたいと考えています。
これからも、よろしくお願いします。