
連休明け、それは感情のメリーゴーランド
連休が明け、いよいよ仕事が始まる。
海外オフィスは当然ながら日本の祝日などお構いなく稼働しているため、チャットやメールが溜まっている。緊急性の高い案件が無いことをチェックし、連休前に作った「連休終わったらやることリスト」を眺める。
連休に入る前の私は、どうやら連休明けの私のことを過大評価していたようだ。能動的に過ごす休暇、規則正しい就寝といった要素が自分に活力を与え、溜まった仕事を効率よく処理できると本気で信じていたようである。
もちろん現実は違う。実は、私は休暇前にPRAGMATA というゲームを購入した。女の子の姿をしたアンドロイドと共に、敵ロボットをハッキングしつつ銃撃で倒していくアクションゲームだ。これがすこぶる面白い。ただ、子供たちが寝静まった後にプレイすることになるため、就寝時間は当然不規則になり睡眠も短くなる。
そして睡眠不足のぼんやりした状態で休暇を過ごすのだが、基本的にやることといったら子供の世話である。そこに私の主体性は無い。子供たちは大変かわいいが、やはり日中ずっと拘束されるのはつらい。よく、社内のワークライフバランス関連の記事で、育児中の社員がいけしゃあしゃあと「子供たちと遊ぶことで、自分も元気をもらっています!」という趣旨のことをのたまっているが全く共感できない。恐らく自分にそう思い込ませることで辛うじて正気を保っている哀れな人種なのだろう。そう思い込むことは自由だが、そのスタンスが普通だという風潮を作るな。くたばれ。
そんな不特定多数のパパママへの怒りを一方的に抱きつつ、仕事に頭を切り替える。そういえばそろそろ目標設定の季節だ。私は今の職場自体は割と好きだが、目標設定の時期は毎年憂鬱な気持ちになる。
会社から我々従業員に発せられるメッセージは要約すると例年以下の通りである:
去年度は皆さんの努力のおかげで素晴らしい成果を上げることができました。AIを活用し、他チームとコラボレーションを行い、優先度の高いプロジェクトに貢献することで是非今年度も昨年を上回る成果を上げてください。(たまに大規模リストラをするけれど) 会社は従業員の皆さんのことを何より大事に考えているので、何か困ったことがあったら遠慮なく上長に相談してくださいね。
営利企業としては何一つ間違っていない。むしろかなり良心的で模範的な姿勢といっても良いのではないか。私も理性では上記のスタンスは理解している。しかし私はこのメッセージに本能的な反発を覚える。
毎年私は身をすり減らしながら働いている。育児のため十分な勤務時間を確保することが難しい点もそうだし、能力的にも周りにいる人たちはとても優秀で、彼らの当たり前の水準の高さに私はいつも重圧と恐怖を感じている。リモートワーク中は一日に何度も「疲れた」とつぶやきながらチャットをしている。さらに私の得意だった分野はAIの台頭によってほぼ消失した。肝心のAI活用はというと私はそこまで興味を持てないというのが正直なところである。そんな状況で、「アンビシャスな目標を立てましょう」と言われるのはひどくグロテスクな要求を突きつけられているような気持ちになる。
連休明け早々、様々なネガティブな渦巻いたが、今日は子供の習い事の送迎があるため早めに退勤する。仕事でイライラした気分を強制的にリセットできるという意味では、育児の忙しさもプラスに働くかもしれない。子供たちから元気をもらったような気がする。私もくたばるべきなのだろう。