メインコンテンツへスキップ
見出し画像

雨がやんだら、図書館へ。

    この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
    題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」


    カトマンズの喧騒を後にし、バスにゆられて数時間、わたしはネパールの古都ポカラにたどりついた。しかし、天気はあいにくの雨。肌にひんやりと冷たい雨粒が降り注ぎ、旅の疲れがどっと押し寄せた。

    ---

    この国では、字が読めない人を減らそうと、子どものための図書館を立てる外国人の支援活動が多く広がっていると聞いた。雨宿りを兼ねて、わたしはそんな図書館の一つを訪ねてみることにした。

    扉をギーッと開けると、そこには、期待とは少しちがう光景が広がっていた。本棚に並んでいたのは、ネパールの絵本や教科書ではなく、旅行者が置いていったとおぼしき、使い古されたガイドブックやペーパーバックが大半を占めている。中には、日本語の文庫本も何冊かあり、神田の古本屋の匂いまでしそうな気がした。

    この図書館は、一体誰のためのものなのだろう。
    そんな疑問が、わたしの胸の中に、小さな波紋を広げた。それでも、その本たちが、海を越えてこの場所にたどり着き、誰かの手に取られるのを待っているかと思うと、ふしぎな温かさを感じた。

    ---

    その本棚の中から、わたしは椎名誠の『雨がやんだら』という本を見つけた。旅の途中で、見知らぬ異国の図書館で日本の作家の本を手に取るという、奇妙な巡り合わせに、わたしは思わず微笑んだ。本を広げると、独特のユーモアと温かいまなざしで描かれた文章が、雨で冷えた心にじわーっと染み渡っていくようだった。

    だが、読み進めるうちに、物語の切なさに、わたしの心は次第に沈んでいった。雨音だけがザーッと響く図書館の中で、わたしはひとり、遠い日本の景色を思い浮かべる。この雨がやんだら、どんな景色が見えるのだろう。

    図書館の外では、子どもたちが雨でもキャッキャッと声をあげて遊んでいる。そのにぎやかな声が、本の世界と現実の世界を、ゆるやかに繋いでくれた。
    わたしがページをめくる、パラッという音だけが、静かな図書館に響く。この図書館は、完璧な理想郷ではないかもしれない。それでも、旅人たちの善意と、この建物の柔らかな気配が、雑多なものと溶け合いながら、確かに脈打っていた。

    ―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。


     
     
    異文化ライター / AI対戦会主催 / 年間マンガ500冊レビュー / SF短編小説家 / プロいく一期生 スターバックス勤務20年。ゲーム実況15年。シェアハウス10年。 ヘッダ画像はタプローム遺跡(本人撮影)。木の根が寺院を包み込む様子が神秘的。 amazonアソシエイト参加