メインコンテンツへスキップ
見出し画像

ほろ苦いガーナの、チョコと歴史。

    この文章は世界の街を切り取った旅エッセイです。
    題して「見知らぬ異国で、ひとりごつ」


    アクラに着くまで、西アフリカをわかったつもりでいた。

    アクラの街に入った瞬間、窓の外の景色に、目を疑った。
    高層ビルが、建ち並んでいる。
    ガラス張りの、モダンなビル。きちんと舗装された道路。信号機。
    車が、整然と流れている。渋滞しているが、それでも、ちゃんと列を作っている。

    ショッピングモール。
    カフェ。
    レストラン。

    ここは、どこだ。

    モーリタニアで見た、砂だらけの街。
    ギニアビサウで見た、朽ちた建物。
    あれらとは、まったく、違う。

    ここは、大都会だ。
    人々の服装も、洗練されている。スーツを着たビジネスマンが、颯爽と歩いている。スマートフォンを見ながら歩く若者たち。

    信じられない。
    同じ西アフリカなのに。

    デザートに、ガーナチョコレートを買う。
    ガーナは、世界有数のカカオ生産国だ。日本で発売されるチョコの8割がガーナ産。

    一粒、口に入れる。
    なめらかで、とろける。が苦い。

    ああ、これだ。
    これが、ガーナのチョコレート。

    翌日、ケープコースト城へ。
    アクラから、バスで三時間ほど。

    ケープコースト城は、海沿いにある、白い城。
    遠くから見ると、美しい。

    だが、その美しさの裏に、重い歴史がある。

    ここは、奴隷貿易の拠点だった。
    ゴレ島と同じように。

    城の中に入る。
    薄暗い部屋。狭い空間。
    天井は、低い。大人が立つこともできない高さだ。

    ガイドが、説明してくれる。

    「この部屋に、二百人以上が詰め込まれました。座ることも、横になることもできない。ただ、立ったまま、何週間も、何ヶ月も」

    ガイドの声が、静かに響く。

    「床を見てください」

    床には、深い溝がある。

    「これは、排泄物を流すための溝です。トイレはありません。ここで、そのまま。病気になっても、死んでも、そのまま。死体は、そこに放置されました」

    息が、詰まる。

    「空気穴は、あそこだけ。小さな窓が一つ。暑い日には、熱中症で倒れる。水も、ほとんど与えられない。食事も、最低限」

    壁に手を触れる。ひんやりとしている。
    だが、当時、ここは、地獄だったのだろう。

    「女性は、別の部屋に入れられました」

    ガイドが、隣の部屋を指差す。

    「兵士たちは、好きなときに、女性を連れ出しました。抵抗すれば、鞭で打たれました。妊娠した女性は、より高く売れました」

    「反抗した者は、ここに」

    ガイドが、さらに小さな部屋を指差す。

    「罰の部屋。ここに入れられた者は、まず生きて出られませんでした。光もない。空気もない。数日で、死にました」

    「そして、ここから」

    ガイドが、指差す。

    「ここから、船へ。アメリカ大陸へ」

    ドア・オブ・ノーリターン。帰らずの扉。

    「船の中も、同じです。ぎゅうぎゅうに詰め込まれて。航海の途中で、半分が死にました。病気で、餓死で、絶望で。死体は、海に捨てられました」

    ガイドは、淡々と話す。
    何度も、この話をしてきたのだろう。

    「これが、何百年も、続きました」

    その扉の向こうには、海が見える。
    波が、ざぶん、ざぶんと音を立てている。

    ゴレ島で、同じような場所を見た。
    だが、ここでもう一度、歴史に向き合う。胸の中で見えない手が、静かに糸を引くようだ。

    城を出ると、まぶしい陽射しが、ぱっと目に飛び込んできた。
    海が、きらきらと輝いている。
    波の音が、穏やかに響いている。

    アクラに戻って、また街を歩く。

    ガーナは、急速い発展している、ベトナムやインドのように。
    同じ西アフリカでも、国によって、こんなに違う。

    高層ビルがある。舗装された道路がある。うまい料理がある。
    そして、カカオがあり、チョコレートがある。

    同時に、ケープコースト城もある。
    奴隷貿易の、重い歴史も、ここにはある。

    夜、宿の部屋で、ガーナチョコレートを、もう一粒、口に入れた。
    ほろ苦い。甘いとはいえない。

    このチョコレートも、この発展も、そしてあの重い歴史も、すべて、この国の一部なのだと。

    ガーナは、複雑。
    だが、それが、リアル。

    電気がつく。エアコンがある。Wi-Fiがつながる。
    久しぶりに、普通の暮らしができる場所に来た。

    ―ああ、またひとつ、見知らぬ異国で、ひとりごつ。


     
     
    異文化ライター / AI対戦会主催 / 年間マンガ500冊レビュー / SF短編小説家 / プロいく一期生 スターバックス勤務20年。ゲーム実況15年。シェアハウス10年。 ヘッダ画像はタプローム遺跡(本人撮影)。木の根が寺院を包み込む様子が神秘的。 amazonアソシエイト参加