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体と歩く|『疲れた』は、今日を生きた証。

    体と歩く。
    体は、いつも私たちより少し早く、今の自分を知っています。
    このシリーズでは、そんな体の声に耳を澄ませながら、自分らしい歩幅を見つける時間を綴っています。

    「なんだか、今日は疲れたな」

    一日の終わりに、そんな言葉が口からこぼれることはありませんか。

    たくさん歩いたわけでもない。

    重いものを運んだわけでもない。

    ものすごく忙しかったわけでもない。

    それなのに、体が重かったり、いつもより早く横になりたくなったりする。

    そんなとき、

    「今日はそんなに頑張っていないのにな」

    「これくらいで疲れていたらだめだよね」

    なんて、自分に言ってしまうことがあります。

    でも、疲れたと感じることは、弱さではないのかもしれません。

    私は最近、こんなふうに思うようになりました。

    疲れは、弱さではなく、今日を生きた証。

    今日もこの体は、私と一緒に一日を歩いてくれた。

    だから「疲れた」と感じた日は、もっと頑張る日ではなく、体をねぎらう日にしてもいいのではないでしょうか。


    私たちの体は、私たちが意識していないところで、ずっと働いてくれています。

    朝、目を覚ます。

    起き上がる。

    ご飯を食べる。

    仕事へ行く。

    人と話す。

    考える。

    笑う。

    悩む。

    そして、家に帰ってくる。

    当たり前のように繰り返している一日の中で、体はずっと私についてきてくれています。

    特に暑い季節は、それだけでも知らないうちに疲れがたまることがあります。

    暑い外と冷房の効いた室内を行ったり来たり。

    寝苦しい夜が続いて、いつもより眠りが浅くなったり。

    自分では「いつもと同じ一日」のつもりでも、体にとってはそうではないのかもしれません。

    だから、

    「何もしていないのに疲れた」

    ではなく、

    「今日もいろいろなことに対応してくれていたんだね」

    と考えてみる。

    それだけで、少し自分の体への見方が変わります。


    疲れていると、

    「元気を出さなくちゃ」

    「まだやることがある」

    「もう少し頑張れる」

    そんなふうに、自分を急かしてしまうことがあります。

    でも、「疲れた」という感覚は、邪魔なものではありません。

    もしかしたら、

    「今日はここまでにしようよ」

    「少し休もうよ」

    という、体の声なのかもしれません。

    その声を聞かないふりをして歩き続けるのではなく、

    「あ、私、疲れているんだ」

    と気づいてあげる。

    体の声を聞くというのは、難しいことではなく、そんな小さな気づきから始まるのだと思います。


    疲れた日は、できることなら少し予定を減らしてみる。

    いつもより早くお風呂に入る。

    温かいものを飲む。

    スマートフォンを置いて、早めに布団に入る。

    何もしないで、ぼんやりする。

    そんな時間があってもいい。

    私たちはつい、「休む=何もしない」と考えてしまいます。

    でも私は、休むことも、明日へ進むための大切な時間だと思っています。

    植物だって、ずっと花を咲かせているわけではありません。

    土の中で根を伸ばす時間があり、雨の日があり、静かに次の季節を待つ時間があります。

    人も同じなのかもしれません。

    休んでいるように見える時間にも、体はちゃんと明日の準備をしている。

    だから、疲れたときくらいは安心して休んでいい。

    休むことは、自分を大切にすること。

    そう思えたら、「今日は休もう」と決めることへの罪悪感も、少し軽くなるような気がします。


    私たちは誰かに何かをしてもらったとき、

    「ありがとう」

    と言います。

    仕事を手伝ってもらったとき。

    荷物を持ってもらったとき。

    優しい言葉をかけてもらったとき。

    それなのに、一番近くで毎日私を支えてくれている自分の体には、あまり「ありがとう」と言っていないことに気づきました。

    今日も歩いてくれた足。

    たくさんのものを見せてくれた目。

    仕事をしてくれた手。

    いろいろなことを考えてくれた頭。

    そして、今日という一日を一緒に生きてくれた体。

    そう考えると、

    「もっと頑張って」

    ではなく、

    「今日もありがとう」

    と言いたくなります。


    疲れた日は、何かが足りなかった日ではありません。

    できなかったことを数える日でもありません。

    今日を生きた自分の体を、ねぎらう日。

    そんな日にしてみませんか。

    「今日は疲れたね」

    「よく頑張ったね」

    「もう休もうか」

    大切な人にかけるような言葉を、自分の体にもかけてあげる。

    私たちは、元気な自分だけを大切にしなくてもいいのです。

    元気な日も。

    疲れた日も。

    思うように動けない日も。

    少し立ち止まりたい日も。

    どんな日の体も置いていかずに、一緒に歩いていく。

    それが、私にとっての「体と歩く」なのだと思います。

    今夜、布団に入ったら、今日一日を一緒に過ごしてくれた自分の体に、そっと声をかけてみてください。

    「今日も一日、ありがとう。おつかれさま」

    疲れは、弱さではなく、今日を生きた証。

    ゆっくり休んだら、明日はまた、明日の体と歩いていきましょう。


    今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
    また「体と歩く」の時間に、お会いできたら嬉しいです。

    Yufu


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    営業事務として働きながら、 50歳を前に人生を書き始めました。 いじめ、DV、離婚を越えて今ここに生きています。 朝の緑茶とお香、鳥のさえずり、朝日と花が好き。 誰かの生きる力になれたら。

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