
29歳になったけど、私はいまだに何者かになることを諦めきれない
10年間。
私はずっと本業の外側に逃げ道を作って生きてきました。
大学生のときは、所属していた機械工学科の勉強と全く関係のないプログラミング。
社会人になると、仕事のかたわらで2年ほど料理系インスタグラマーを志し、その夢が潰えると、今度はnoteを書き始めたのです。
どれも生活に欠かせないものではありませんでしたが、やめてしまうと、自分が空っぽになってしまうようで手放すことができませんでした。
「自分はこれでは負けない」「自分にはこれがある」そういったものを見つけるのを29歳になった今でもどうしても諦めきれないのです。
高校から大学にかけて
そもそもなぜ機械工学科を選択したのか。
当時高校生の私に言わせると、「潰しが効くから」というのが最大の理由でした。
文理選択ではそれが理由で理系を選択し、その中でもなんとなく理学より工学の方が向いてそうだったので工学部を選択し、工学について幅広く勉強できて、就職先の選択肢も多い機械工学科を選びました。
要するに、一つに絞り込むのが怖かったのです。
そして、いざ入学してみると周りには、バイクに搭載するエンジンの開発をするんだと意気込む人がいたり、銃火器の研究ができる企業に就職するんだと夢を語る人がいました。
温度差を感じるわけです。
当たり前です。潰しが効くという理由で学科を選択した人間の方が少ないのですから。
日に日に焦りが募っていきます。
自分はみんなとは違う。自分はここにいてもいいのだろうか。本当にこのままこの分野で就職するのだろうか。
夢中になれるなにかを見つけなければならないのではないか。
もがく中ではじめたのがプログラミングでした。
当時心酔していた友人に「これからはITの時代だから悩んでいるならプログラミングの勉強でもしてみれば」と言われたのがきっかけでした。
たしかにモヤモヤを抱えながら、漫然と今の勉強を進めるくらいであればチャレンジした方がいいかもしれない。もしかしたらこれだと思える可能性もある。
こうして専攻と全く関係ない勉強をする日々がはじまりました。
そこから2年間。
勉強を続けて得た実感としては
「正直これではないのかもしれない。でも、専攻の勉強よりは楽しい」
というものでした。
まだ2年しかやっていないし、少しでも楽しいと思えるのであれば変わる方向に賭けてみるか。
賭けに出た私は、IT業界に絞って就職活動を進め、苦戦しながらもなんとかSI部門のある企業に滑り込みました。
ここで力をつけつつ、自分が何を感じて、どう変わっていくのかを見定めよう。そんな想いを抱きながら社会人への第一歩を踏み出しました。
社会人になってから①
勉強の甲斐もあり、システムエンジニアとしてのキャリアをスタートさせた私ですが、1年が経とうとする頃、今度は唐突にインスタグラムを始めました。
仕事はまだまだ慣れず、食らいついていくだけで精一杯。それ以外に何かをしようという気にはなれず、ただただ時間が流れていってしまっている感覚でした。
周囲を見渡すと、忙しい中でも資格取得に向けた勉強に励んでいる人がいたり、今やっているプロジェクトのことを楽しそうに話す人がいたり。
自分はなぜ彼ら彼女らのように出来ないのだろうか。自分を責める毎日でした。
まだ就職して1年も経っていないにもかかわらず、このままで本当にいいのだろうか。自分には向いていないのではないか。プログラミングはやっぱり違うのだろうかと悶々と悩んでいました。
辞める決断を下すには早すぎるけど、何も動かないのは精神的によくない。
何かを始めよう。
好きなことで何かできないだろうか?
毎日やってるし料理とか?
YouTubeとかインスタグラムでレシピを紹介するのはどうだろうか?
インスタは写真あげるだけでいいから続けやすいかもしれない。
こうして仕事のかたわら、インスタで料理レシピを投稿するようになりました。
フォロワー1万人。
ここに届けば、何者かになれる気がする。
そんな根拠など、どこにも存在しない。
ただ仕事でうまくいかない自分を、仕事以外の場所でなんとか救おうとしていたのだと思います。
事実、インスタを始めたことによって、精神的にはかなり楽になっていきました。
どうすればもっとフォロワーが増えるのか。どうすればもっとうまく写真を撮れるのか。どんなレシピだともっと反応があるのか。
試行錯誤してみるけどあまりうまくいかない。でも、うまくいったときのあの興奮。あの達成感。それがあるから続けられていたのかもしれません。
そんな日々が2年ほど続きました。
現実は甘くありませんでした。
インスタの料理ドメインはすでにレッドオーシャン状態。競争相手が日々生まれては消えています。
フォロワーはなんとか1,000人。目標の1万人は遥か彼方。
アカウントの成長速度は鈍化し、投稿を作るのにかけた時間に見合わないと感じるようになっていました。加えて、投稿したレシピ数は200に迫り、徐々にネタ切れ感が漂ってきていました。
ここらが潮時かもしれない。
その数ヶ月前に初めての転職を経て、自分を取り巻く環境が大きく変わったことも少なからず関係しています。ベンチャー企業への転職。安定志向の保守的な自分としては大きなリスクのある決断でした。
今は仕事に集中しよう。そう決断し、インスタをやめることにしました。
社会人になってから②
転職してから1年半が経ち、職場にもだいぶ馴染んできた頃。
同僚に「みずの強みって何?」「みずがこれまでやってたこと、AIが代わりにできるよね?」などと言われてからというものの、こんな考えに囚われるようになりました。
周りと比べたときに自分には何か特筆すべき強みがあるのだろうか?
仕事は嫌いではない。しかし、ほとんど趣味のように仕事をする人たちのようになるのは難しい。好きでやっている人に努力だけですがり続けるしかないのか?
そんな矢先、私にとってアイデンティティを揺さぶる決定的な出来事がおきました。
大学時代の友人が起業していて、その仕事を業務委託でやらせてもらっていたときのことです。
「開発したプロダクト(商品)の方向性をどうすればいいのかすべて任せる」と言われていたのですが、そんなことこれまでやったことのなかった私は何をどうすればよいのか全く分からず、何も成果をあげることが出来ないまま時間だけを溶かしました。
ずっと仲良くしていた友人に何も出来ない無能だと思われたくなくて、相談することもできずに1人で抱え込んでしまったのもよくなかった。
その一件が友人にとって大きかったのでしょう。お互い合意のもと、業務委託としての関係は終わりを迎えました。
あぁ、自分は何も出来ないんだな…
4年間IT業界にいるけど、ITは自分にとって心から関心のもてる対象ではないのだといいかげん認めないといけないかもな…
覆いつくす無力感と不安にさいなまれ続ける日々の中で、何かこれだというものを作らなければ自分を保てそうもない。
そんなときに出会ったのが、noteでした。
もともと読書が好きで、noteという存在は知っていました。
小説やエッセイで作者の言葉に触れるたびに、同じ日本人であるにもかかわらず、どう生きていたらこんなふうに言葉を自在に操って、人の心に触れる文章を紡げるようになるのだろうか。
尊敬を超えて、畏敬の念を抱いていました。
しかし、それまで書くことをほとんどやってこなかった私にとって憧れはあれど、その距離は遠いものでした。
それが、転職によって少しずつ変わっていきました。会社で開発する商品のサポート記事執筆を任されるようになったのです。
小説、エッセイと毛色は全く違うけれど、続けていくうちに、いつしか書くことが身近になっていきました。
畏敬の念を抱くだけでなく、この機会に憧れに向けてチャレンジしてみよう。
noteなら簡単にはじめられそうだということで、1年ほど前にnoteを書きはじめました。
1年前より言葉を操れるようになってきた。自分ではそう思っています。
何を夢みたいなことをと自分でも笑ってしまいますが、最近では書くことがどこかで繋がって、ちょっとしたお仕事なんかになり、ゆくゆくは本なんて出せたりしたらすごいだろうなと妄想を膨らませています。
夢物語はさておき、仕事を続けながらにはなりますが今後も書き続けていきたいと考えています。
振り返ってみて
こうして振り返ってみると、この10年間ずーーーっと誰かと自分を比較しては焦り、落ち込み、このままでいいのかと自分自身に問いかけ、何か動かなければと新しいことをはじめる。この繰り返しです。
周りの人間はみんなすごい。みんな何か持っているように見える。私も彼ら彼女らのようになりたい。何者かになりたい。
そんな思いが根底にはあります。
自分には何か特別なものがあって、自分にしかない才能を活かして輝ける場所があるのではないか。
幼心に思っていたことをいまだに心のどこかで考えています。
年齢を重ねるにつれて、可能性の扉が少しずつ閉じていく中にあっても、まだ諦めたくない。
「これでは負けない」「これだと心から思える」ものがきっとどこかにあるはずだと年甲斐もなく追い求め続けています。
それが見つかる日がいつか来るかもしれないし、来ないかもしれない。
来ない可能性の方が高いかもしれない。
でも、そんな日が来なかったとしても、そこまでに積み上げてきたものが無駄になるわけじゃない。
プログラミングを勉強してきたから今の仕事ができているし、インスタをやって全世界にレシピを公開してきたから、noteで拙い文章を全世界に公開することに対するためらいも少なかった。
はじめた瞬間は全く関係ないと思えることだとしても、いつかはどこかで繋がると思っているし、そう考えた方が絶対にいい。私は信じています。
その瞬間瞬間で悩みながらも決断して、曲がりなりにも頑張ってやってきたことなのだから、無駄だったなんて思いたくない。
無駄だと思うことは、それまでの時間の全てを否定するようであまりにも寂しいし、耐えられないから。
今の生活が決して不満なわけではない。けれど、心のどこかに押し殺しているものがある。これは自分が本当に望んでいたものなのだろうか。もっとこれだと言えるものがあるのではないか。みんなすごい。みんなのようになりたくて色々やってみたけど、なかなかしっくりくるものが見つからない。
そんなモヤモヤを抱えて、不安になりながらも、その先に何かがあると信じて毎日を生きるあなたへ。
あなたがこれまで積み上げてきたものは、きっと無駄じゃない。
あなたの仲間が他にもいるんだよということを伝えさせてください。