芋出し画像

音のある方ぞEP16-2.2沞き立぀無数の音——パリ・フランス

📚音のある方ぞ
MCサ゚コ

神の蚀葉を読むために広がった玙は、やがお人間が䞖界を考えるためにも䜿われるようになった。
そしお、玙の䞊にあった蚀葉が街ぞ出るずき、ひずりの声は、もうひずりだけのものではなくなる。


「で、今日はどこ」

䞉日目の朝。ホテルを出たずころで、アむちゃんはもう地図を開いおいた。

「たず朝ごはん」

「サ゚ちゃん」

「はいはい。分かっおるわよ」

サンゞェルマンのカフェで軜く食事を枈たせ、私たちはセヌヌ沿いのコンティ河岞ぞ向かった。

昚日たでに歩いたのは、1572幎から1685幎。

宗教の違いで殺し合った街に王が入り、いったんは共存を認め、最埌には信仰の圢たで決めようずした。鐘の音から始たった旅は、王の呜什を読む声ず、工房の扉を閉める小さな鍵の音ぞ倉わっおいた。

けれど、二癟幎の旅はただ途䞭だった。

「昚日たでは、王が決める偎だったでしょう」

歩きながらアむちゃんが蚀う。

「うん」

「今日は、その先を芋るの」

「王様がいなくなる」

「ただ早いわ」

「あら」

「そこたで䞀気に進たないで」

その日の最初の目的地は、マザラン図曞通だった。

Institut de Franceの建物ぞ入り、高い本棚に囲たれた閲芧宀ぞ進む。玙ず朚、それに叀い本特有の也いた匂いが混ざっおいた。

「今日はアむちゃんの埗意分野ね」

「䜕床も蚀うけど、私、歎史孊者じゃないのよ」

「でも昚日から楜しそう」

「知るこずず、楜しむこずは別です」

「たあたあ」

閲芧の機䌚をもらったのは、『癟科党曞』だった。

十八䞖玀半ば、ディドロやダランベヌルらを䞭心に線たれた倧きな知識の集積。ペヌゞを開けば、機械、工具、怍物、人間の身䜓、職人の䜜業たで、现かな図版ず説明が䞊んでいる。

私はしばらくペヌゞを眺めた。

「倉な感じ」

「䜕が」

「ずっず神様を远いかけおきたから。これは、人間が䞖界のこずを曞いおる」

アむちゃんが少し笑った。

「それたでだっお、人間は䞖界に぀いお曞いおきたわ。でもこれは、聖職者や王が答えを䞎える本ずは少し違う。職人の技術も、機械も、怍物も、自分たちで芋お、調べお、敎理しおいく」

「䞖界の説明曞を、自分たちで䜜ろうずした」

「ずいぶん倧きく蚀えば、そんな感じね。ただし、神様が突然いなくなったわけじゃない。信仰は残っおる。でも、䞖界を理解する方法が䞀぀じゃなくなっおいくの」

さらり、ずペヌゞをめくるず、掻字が躍りだした。

文字が、単語が、それぞれに力匷く音を奏でる。

   。

矜根ペンが玙を擊っおいる。その隣では、玙束の端を机ぞ打ち぀けお揃える音がした。金属の掻字が现かく觊れ合い、奥では印刷機が䜎く軋んでいる。

「そこ、もう䞀床読んでくれ」
「この名前で合っおいるか」
「図版はただか」

誰かが問い、誰かが答える。曞いたものを読み䞊げ、間違いを芋぀ければ曞き盎す。刷り䞊がった玙が運ばれ、本が積たれ、人がその間を忙しそうに行き来しおいた。

窓の倖も静かではない。

銬車の車茪が石畳を叩き、蹄鉄の音がその埌を远う。通りでは商人が声を匵り、倀段を聞き返す声が重なる。荷物を運ぶ人の掛け声、足早に行き亀う足音、どこかで扉を閉める音たで、次から次ぞず入っおくる。

せわしない。

優雅でもない。

でも、嫌な隒がしさではなかった。

みんな䜕かをしおいる。曞く。読む。䜜る。運ぶ。売る。買う。

働いお、今日を生きようずしおいる。

遠くで教䌚の鐘が鳎った。

その音も、ちゃんず聞こえる。

けれど、もう鐘だけではなかった。

1572幎の倜、あの街では人が息を朜めおいた。生きるために窓を閉じ、足音さえ小さくしようずしおいた。

1685幎、あの家族も声を䞊げなかった。ただ荷物をたずめ、最埌に鍵を閉めた。

でも、ここでは違う。

誰かが呌べば、誰かが答える。誰かが曞けば、別の誰かが読み、たた蚀葉を返す。通りでも工房でも、人は自分の音を隠そうずはしおいなかった。

ここにいる。ここで働いおいる。ここで生きおいる。

誰もそんなこずを䞻匵しおはいない。それでも、街じゅうから湧き䞊がる音が、そう蚀っおいるように聞こえた。

   。

「サ゚ちゃん」

アむちゃんの声で、図曞通ぞ戻った。

「今床は、䜕が聞こえたの」

少し考えた。

「  街が動いおる音」

「街が」

「足早に歩く足音。石畳を行き亀う銬車の車茪。商人の呌び声。玙を揃える音も、印刷機の軋む音も。みんな忙しそうで、どこも静かじゃなかった」

もう䞀床、『癟科党曞』のペヌゞを芋る。

「前は、生きるために音を朜めおたでしょう」

アむちゃんは䜕も蚀わず、続きを埅っおいる。

「でも今床は、違った。誰かが呌んで、誰かが答えお、䜜っお、運んで、売っおる。ここにいるっおいうこずを、音で隠しおない感じ」

「  なるほどね」

アむちゃんも開かれたペヌゞぞ目を萜ずした。

「この本だけが賑やかになったわけじゃないのね」

「うん。街ごず、忙しくなっおた」

図曞通を出るず、もう昌を回っおいた。

「で、次は」

今床は私が聞く。

「1789幎」

「ずいぶん飛ぶのね」

「䞉十八幎。昚日よりは近いわ」

「もう感芚がおかしくなっおきた」

「安心しお。私もよ」

私たちはセヌヌを枡り、ルヌノルの脇を抜けお北ぞ歩いた。

「その頃には、さっきの“自分で考える”っおいう人が増えおるの」

「増えおはいる。でも、それだけで革呜になるわけじゃない。思想だけで人は食べられないでしょう」

「急に珟実的ね」

「珟実なのよ。囜の財政は苊しい。皎の䞍公平ぞの䞍満もある。そこぞ䞍䜜や穀物䟡栌の䞊昇が重なっお、パンの倀段が生掻を圧迫しおいた」

「なるほど」

アむちゃんが私の顔を芋る。

「  っお蚀いながら、サ゚ちゃん、さっきからお昌のお店ばっかり芋おるわよね」

「芋おないわよ」

「芋おる」

「ちょっずだけ」

「ちょうどいいわ。次はそこだから」

「そこ」

答える代わりに、アむちゃんは歩き出した。

少し先から、焌いたパンの匂いが流れおくる。

思わず振り返った。

   。

パンの匂いは残っおいる。

でも、目の前の店はさっきたで芋おいたものずは違っおいた。

店先には十数人ほどの列ができおいる。昌を過ぎおいるのに、店内に芋えるパンは倚くない。

前に䞊ぶ女性が、掌の硬貚を芋ながら店䞻ぞ声を䞊げた。

「昚日よりたた高いじゃない」

「俺に蚀われおも困るよ。小麊も粉も高いんだ。こっちだっお奜きで倀段を䞊げおるんじゃない」

「困るのはこっちだよ。子どもに䜕を食べさせろっおいうの」

列の埌ろでは、若い男が刷り物を広げおいる。

「囜には金がない。皎は足りない。王宀の財政は――」

女性が振り返った。

「囜の話は知らないよ。今晩のパンをどうするんだい」

男は口を閉じた。

女性はもう䞀床、手の䞭の硬貚を数える。

じゃら。

囜の財政も、王の政治も、きっず倧事なのだろう。でも、この人が今芋おいるのは、数枚の硬貚ず目の前のパンだった。

そのずき、少し離れた通りから男が駆け蟌んできた。

「ネッケルが眷免された」

列にいた䜕人かが振り返る。

「財務のネッケルが」

「王が远い出した」

ざわめきが広がった。

「本圓なのか」

「軍を入れる気じゃないのか」

「じゃあ、もう話し合う぀もりはないっおこずか」

パン屋の列からも䜕人かが離れた。刷り物を持っおいた男も、人の流れぞ加わる。

さっきたでパンの倀段を話しおいた人たちが、今床は王の話をしおいる。

「䜕が始たるんだろう」

呟いおみたけれど、答える人はいなかった。

人の流れが動き始める。

私も、その埌に぀いおいく。

通りを䞀぀抜けるたびに人数が増えおいった。ネッケル、眷免、軍、王――断片的な蚀葉だけが人から人ぞ枡り、事情をよく知らないたた歩いおいる人もいるようだった。

でも、䞍安だけは共有されおいる。

王が䜕をするのか。明日もパンを買えるのか。自分たちの声は届くのか。

それぞれ違う心配を抱えた人たちが、同じ方向ぞ歩いおいた。

やがお流れは、䞀぀の堎所ぞ吞い蟌たれおいく。

パレ・ロワむダル。

庭には人があふれおいた。

カフェのテヌブルにはグラスず新聞が眮かれ、立ったたた議論する人もいる。新聞を読み䞊げる声、噂を確かめ合う声、䜕が起こるのか分からないたた誰かの蚀葉を埅぀人のざわめきが重なっおいる。

䞀人の若い男が、高いずころぞ䞊がった。

呚囲が振り返る。

「デムヌランだ」

誰かが蚀った。

カミヌナ・デムヌラン。

男が声を䞊げる。

最初に聞いおいたのは数人だった。けれど、その蚀葉に誰かが答えるたびに人垣が膚らんでいく。少し前たでパンの倀段を話しおいた人も、新聞を読んでいた人も、い぀の間にか同じ方向を芋おいた。

誰かが叫ぶ。

別の堎所から声が返る。

さらに、その倖偎から別の声が重なる。

鐘は鳎っおいない。

王の呜什を読み䞊げる人もいない。

それでも、人が動き始めおいる。

䞀人の声を別の誰かが受け取り、その人の蚀葉ずしおたた返しおいた。

   。

「サ゚ちゃん」

朚々の葉が揺れおいた。

珟圚のパレ・ロワむダル。

アむちゃんが隣に立っおいる。

「ずいぶん遠くたで行っおたみたいね」

「そう」

「呌んでも、しばらく返事なかったもの」

「ごめん」

アむちゃんは笑い、それ以䞊は聞かなかった。

私は庭を芋回した。

さっきたで、ここには人があふれおいた。パン屋の前に䞊んでいた人も、刷り物を読んでいた男も、同じ流れに抌されるようにこの庭ぞやっお来た。

「ネッケル  」

「ん」

「ネッケルっお、どんな人」

「ん  ああ。そうね。財政を立お盎そうずしおいた責任者の䞀人。王宀の支出や皎の仕組みに手を入れようずしおいお、少なくずも民衆には『自分たちの偎を芋おいる人』ず思われおいたの」

「だから、蟞めさせられただけであんなに」

「それだけじゃないわ。パンは高い。皎ぞの䞍満もある。パリの呚囲には軍も集たっおいた。そこぞ、改革を期埅されおいたネッケルが王に眷免された」

アむちゃんは、珟圚の静かな庭ぞ目を向けた。

「ただの人事じゃなくお、『王はもう話を聞く気がないんじゃないか』っお受け取られたのよ」

「  最初は、パンの話だったのに」

「そう。デムヌランの挔説だけで、突然みんなが革呜家になったわけじゃないの。食べるこず、皎金、仕事、囜の借金、王ぞの䞍信。それたで別々だった䞍満が、䞀぀の堎所ぞ集たっおきた」

「それが、ここ」

「ここも、その䞀぀ね。今サ゚ちゃんが芋おいたのは、1789幎7月12日。バスティヌナが襲撃されるのは、その二日埌の7月14日よ」

私はもう䞀床、庭を芋た。

二日。

少し前たで、あの女性は今晩のパンを心配しおいた。それが、い぀の間にか王の話になっおいた。

「あの人も、ここたで来たのかな」

アむちゃんがこちらを芋る。

「パン屋の人」

「あの列にいた人」

䞀瞬だけ間があった。

「  そうね。来たかもしれないし、家ぞ垰ったかもしれない。でも、同じような人はたくさんいたでしょうね」

前の日ず同じ蚀い方だった。

あの工房の家族のこずを聞いたずきも、アむちゃんはこうしお答えた。

たぶん、もう分かっおいる。

私が昔の街を、幎号や事件だけで芋おいるわけではないこずを。

それでも、詳しくは聞かない。

「最初の質問、芚えおる」

アむちゃんが蚀った。

「誰が正しいっお決めるのか」

「そう。最初は宗教の違いだった。そこぞ王が入り、共存を認めたり、逆に䞀぀の信仰ぞ寄せようずした。そのあず、人間が自分たちで䞖界を調べお、曞いお、議論するようになる」

アむちゃんはパレ・ロワむダルを芋枡した。

「そしお今日芋たのは、その蚀葉が本の䞭だけじゃなく、街ぞ出おいくずころ」

少し考えた。

「じゃあ  決める人が、増えたんじゃない」

「うん」

「神様だけでも、王様だけでもなくなった。曞く人も、読む人も、パン屋の前で怒っおた人も、自分の正しさを蚀うようになった」

アむちゃんはしばらく黙っおから頷いた。

「そうかもしれない。ただ、そのぶん、䞀぀の正しさだけでは動かなくなる」

「  ややこしくなったね」

「人が自分の声を出すようになればね」

私は、さっきたで人で埋たっおいた庭を芋る。

「でも、賑やかだった」

「そうね」

アむちゃんが少し笑った。

二癟幎を歩いたからずいっお、䜕かが綺麗に分かったわけではない。

神様が消えたわけでも、王様がいなくなった瞬間に、みんなが自由になったわけでもない。

でも、街を動かす音は確かに増えおいた。

鐘が鳎り、王の蚀葉が読み䞊げられる。その隣で、人は曞き、刷り、読み、互いに蚀葉を返すようになった。パン屋では倀段に怒る声が䞊がり、その声はやがお王の話ぞ倉わっおいく。

音が増えた。

ずいうより、人が自分の音を隠さなくなったのかもしれない。

「明日、垰るわ」

パレ・ロワむダルを出たずころで、アむちゃんが蚀った。

「もう」

「倧孊があるの。誰かさんみたいに、い぀たでも旅しおいられないのよ」

「分かっおるわよ。空枯たで送る」

「いいわよ。遠いもの」

「送るの」

アむちゃんが少し笑った。

「  じゃあ、お願い」

その倜は、サンゞェルマンの小さな店で食事をした。

䞉日間の話を党郚振り返ったわけではない。途䞭からは倧孊の話になり、垰囜したら䜕をしなければならないのか、そんな珟実的な話ばかりになった。

それでいい気がした。

店を出るず、教䌚の鐘が聞こえた。車が走り、店の扉が開けば音楜が挏れ、人が笑いながら通り過ぎおいく。

䞉日前、この街で聞こえおいたものずはずいぶん違う。

それでも、党郚消えおしたったわけではない。

二癟幎。

長い時間を歩いたはずなのに、私はただ、この街から離れたいずは思わなかった。

明日は、アむちゃんを空枯たで送る。

そのあず、どうしようか。

ただ少しだけ。

パリの音を聞いおいたかった。


【線集郚より】

本蚘事は、18䞖玀フランスの啓蒙思想、『癟科党曞』、フランス革呜前倜から1789幎7月のパリを背景に構成した史実ベヌスのフィクションです。実圚する人物・堎所・歎史的事件を扱っおいたすが、サ゚コずアむの旅、垂民の䌚話や生掻描写、時間を越える挔出には創䜜を含みたす。フランス革呜を単玔に肯定・吊定する意図はなく、圓時の瀟䌚や人々の暮らしの倉化を「音」を通しお描いたものです。

コラム

サむコメトラヌ・サ゚コ

物に宿った蚘憶を読み取る超胜力「サむコメトリヌ」。
ずいえば  『サむコメトラヌEIJI』ですかね笑

たあ、サ゚コの堎合は物に觊れなくおも時空を超えおしたうので、「タむムトラベラヌ」の方が近いのかもしれたせん。

ただ  本人にも、どこにトリガヌがあるのかは、ただ分かっおいないようです。

今回、アむず䞀緒に旅をしたこずで、サ゚コ自身も「どうやら私は、ほかの人ずは少し違うものを芋おいるらしい」ず、これたでよりはっきり認識したのではないでしょうか。

䜕ずも䟿利なスキルです笑
これからも存分に生かしおいただきたいず思いたす。

――ゆめの結人

いいなず思ったら応揎しよう

週間ゆめのゆめの結人 少しでも”考えるきっかけ”になる蚘事を投皿しおいきたす。気に入っお頂けたしたら応揎よろしくお願いしたす。

この蚘事が参加しおいる募集