遠き日の立体魔法|第5話 靴紐|第二章 見えない座標
Laed:アイ
📚マガジン:遠き日の立体魔法
誰かのことを考えることと、誰かの答えを決めることは、同じではなかった。
二〇〇五年、九月。
その夜、携帯電話の赤いランプが点滅していた。
真希からだった。
『これ、回ってきた?』
画面には、転送の跡が何段も重なっている。
Fw:
Fw:
Fw:
親指で下キーを押す。
『杉山美里、男ができてからバレーやる気ないんじゃない?』
その下には、川崎駅で友也と一緒にいた、練習があんな感じなのに、といった言葉が続いていた。
携帯を閉じる前に、もう一通届いた。
奈緒。
『愛子先輩、変なメールが一年の間で回っています。どうしたらいいですか?』
美里、真希、奈緒、理奈。
名前が私のところへ集まってくる。
主将だから。
まとめられるだろうと言われたから。
奈緒には、
『転送しないで、そのまま消して。誰かに聞かれても広げないで』
と返した。
真希には送信元を確認した。本人も知らないアドレスから回ってきたらしい。
黒田先生へ言うべきか。全員へ注意するべきか。美里へ見せるべきか。
注意すれば、知らない子にまで噂を教えることになる。何もしなければ広がる。
正解が見えなかった。
理奈から届いた。
『奈緒から聞いた。明日どうする?』
以前なら、何か答えを書こうとしたと思う。
その夜は、
『明日、まず様子を見る。今夜は転送しないで』
とだけ返した。
答えはなかった。
答えを作ったふりもしなかった。
*
翌日、美里が体育館へ入ってくると、それまで続いていた会話が薄くなった。
誰も露骨には黙らない。
それでも一度集まった視線がすぐに逸れる。
美里は気づいていた。
たぶん。
真希が先に声をかけた。
「美里、対人やろ」
「勝手に決めんな」
「空いてるじゃん」
「そういう問題じゃない」
言いながら、美里はボールを持った。
二人の間で対人パスが始まった。何本目か、真希の返球が短くなる。美里は床へ飛び込み、片手で上げた。
「ナイス」
真希が言う。
美里は立ち上がりながら、周囲を見た。
「ちゃんとやってるから」
誰も何も言っていなかった。
だから、その一言だけが残った。
その日の美里は、休憩まで削るように動いた。短い球へ飛び込み、ブロックへ跳び、速いトスがずれればもう一本を要求する。
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