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音のある方へ|EP15:白い十字路――スイス・ジュネーブ

📚音のある方へ
MC:サエコ

静かな街だからといって、
音まで閉じ込められているとは限らない。
ある日、その音は人の足に乗って、
国境の向こうへ歩き始める。


レマン湖から吹く風は、少し冷たい。

旧市街へ向かう坂道を歩けば、靴の裏に石畳の硬さが返ってくる。遠くでトラムのベルが鳴り、カフェのテラスからは食器の触れ合う音が流れてきた。

ジュネーヴ。

私は、ここで一度旅を止めている。

サン・ピエール大聖堂の白い壁を見上げると、あのとき感じた静けさだけが、思っていたより鮮明に残っていた。

けれど今日は、不思議と足が止まらない。

坂の途中でパン屋の扉が開き、温かな空気と一緒に小麦の匂いが流れてくる。小さな紙袋を抱えた男の子が母親より先を歩き、何かを振り返って話している。

何を言っているのかは分からないけれど、楽しそうだった。

その横を通り過ぎ、大聖堂へ近づいていく。
街のざわめきが、少しずつ遠くなる。

鐘が鳴った。

低い音が石の壁を伝い、旧市街の屋根を越えて広がっていく。

もう一度。

足を止め、目を閉じる。

頬を抜けた風の匂いが、わずかに変わった。

目を開けると、道の向こうから荷車が上ってくる。車輪が石の継ぎ目に引っかかるたび、古い木が軋んでいた。

反射的に道の端へ寄る。

荷車の後ろには、大きな包みを背負った男。その少し後ろを、布に包んだ荷物を抱える女性と、小さな女の子が歩いている。

女の子の靴は泥で白く汚れていた。

私のすぐそばを通り過ぎるとき、女性が短く何かを口にする。

フランス語だった。

振り返ると、一組だけではない。

坂の下から、また人が上がってくる。肩から袋を下げた若い男、手を繋いだ親子、大きな荷物を抱えた老人。少し離れたところでは、見知らぬ者同士が道を教え合っている。

以前、この街で聞いた静けさとは少し違う。

街そのものは変わらず落ち着いているのに、外からいくつもの声が入り込んでいた。

人の流れに押されるように歩く。

肩がぶつかり、振り返った青年が軽く手を上げる。私も曖昧に笑い、そのまま流れについていく。

やがて石造りの建物の中から、いくつもの声が聞こえてきた。

扉の向こうには、机へ向かう人、立ったまま耳を傾ける人、紙へ文字を書きつける人がいる。ペン先が紙を擦る音だけが、妙にはっきり耳に残る。

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