
若気の至りって、こういうことかもしれない
「今なら笑える、若気の至り」
そう言われて真っ先に思い出すことがあります。
中学3年生の5月、バレーボール部を辞めたこと。
しかも、ただ辞めたわけではありません。
部員の3分の2くらいのメンバーで
ある日突然、練習をボイコットしました。
そして、そのまま部活に行かなくなりました。
今思えば、なかなかの出来事です(笑)。
私が通っていた中学校は、私たちが入学する3年前に
もともとマンモス校だった中学校を分けてできた学校でした。
その元の中学校は当時かなり荒れていたそうで。
その二の舞にならないように
私たちの中学校は校則がとても厳しかった。
ピリピリしてたし思春期だし楽しい思い出はない
部活動も今では考えられないような昭和の部活。
顧問の先生の手も出れば足も出て
罵声が飛び交う指導があり
練習中に水を飲むのも禁止。
とにかく練習は厳しかったけれど
そのおかげもあって、
私たちのバレーボール部は大会で
優勝するような強いチームでした。
でも、強いチームだからこそ練習も厳しい。
日頃の不満や疲れが少しずつ積み重なって
あるとき、みんなの気持ちがピークに達しました。
「もう、みんなでボイコットしよう」
そんな話になり、本当に練習に行きませんでした。
そして、当時の私たちは、
「今、バレー部を変えるのは私たちだ!」
みたいなものすごく熱い気持ちになっていた(笑)。
若かったなぁ。
そして、そのまま部活に戻ることはありませんでした。
不思議なことに、学校からも親からも
そのことについて特に何か言われた記憶がありません。
……いや
もしかしたら何か言われたのかもしれないけど
もう覚えていません(笑)。
その後、みんなそれぞれ希望していた進路に進むことができました。
今になって考えると、
「中学3年の5月って
あと少ししたら嫌でも受験で部活を引退するやん!」
と思います。
あと数か月。
それくらい、待てばよかったのに(笑)。
でも、今ならそう思えるけれど
当時の私たちにとってはそれほど嫌だったんやろな。
大人になった今なら、
「いやいや、そこまでせんでも(笑)」
と笑ってしまう出来事。
でも、あの頃の私たちはいたって真剣でした。
若いって、すごい!
今なら絶対にしないようなことを
勢いと仲間と正義感だけでやってしまう。
でも、そんな「若気の至り」も
振り返ってみれば自分の人生の一部。
あのときの私たちが
ちょっと熱くなりすぎていたことも含めて、
今では懐かしい思い出です。
今日もどこかでカシャっと♪
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