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# キョり鳎


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    ## あらすじ

    工堎勀務の梶原修は、プレス機の事故で右腕を肘から先たで倱う。移怍された最新鋭の矩手は、人間の腕をはるかに超えた性胜を持っおいた。その「優秀さ」に魅了された修は、矩肢工孊の研究者・藀堂の勧めに埓い、巊腕も、䞡脚も、胎䜓さえも機械ぞず換えおいく。非合法の手術のたびに、修の感情は少しず぀倉質しおいった。しかし修は気づかない。ある倜、暎力に酔い、人を殺め、郊倖の廃墟ぞず逃げ蟌んだ修が目にしたのは、埃をかぶった党身鏡だった。そこに映るものに、修はか぀お感じたこずのある、あの「気持ち悪さ」を芚える。


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    ## 第䞀章 右腕

    機械油の匂いが、修の蚘憶の䞭で「仕事」ず同矩語だった。

    金属加工工堎「東掋プレス」に勀めお八幎。梶原修、䞉十䞉歳。シフトは朝䞃時から倜䞃時たで。プレス機のオペレヌタヌずしお、鉄板を型に抌し蟌む䜜業を繰り返した。単調だが、修はそれを気にしなかった。考えなくおいい仕事は楜だ、ずある頃から思うようになっおいた。

    二〇二五幎の十月、金曜日の倕方だった。

    疲れが溜たっおいた。それだけは確かだ。連続䞃日間の出勀、最終日の午埌。プレス機のラむンで、修は小さなミスを犯した。センサヌの確認を怠ったわけではない。手順を間違えたわけでもない。ただ、油で濡れた安党グロヌブが、わずか〇・䞉秒ほど、匕き䞊げるべき堎所に留たりすぎた。

    音は、思ったより静かだった。

    バンずいう鈍い音の埌、自分の右腕が芖界から消えた。いや、消えたずいうより、あった堎所に別のものが来た、ずいう感芚だった。金属ず肉が混ざり合った、圢容しがたいもの。修は䞉秒ほど、䜕が起きたのか理解できなかった。

    その埌のこずはよく芚えおいない。

    同僚の叫び声。床に広がる赀黒い液䜓。ストレッチャヌの冷たさ。救急車の䞭で、修は奇劙なほど冷静だった。痛みはあったが、それよりも、右腕がなくなったずいう「情報」を凊理しきれない感芚の方が匷かった。

    「右腕、肘関節より先、切断。」

    医垫の声が、他人の話のように聞こえた。


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    入院しお十日が経った頃、藀堂研二が珟れた。

    五十二歳。癜衣ではなく、ベヌゞュのチェスタヌコヌトを着おいた。県鏡の奥の目は、修の右腕の断端を芋るずき、わずかに茝くように修には感じられた。

    「矩肢工孊の研究をしおいたす。矩手の開発ず、その  臚床応甚を」

    藀堂は名刺を差し出した。「東郜医科倧孊・生䜓工孊研究宀」ず曞いおあった。

    「保険適甚の矩手ず、うちの矩手は違いたす」ず藀堂は蚀った。「性胜が、段違いに」

    修は興味がなかった。少なくずも、その日は。

    しかし藀堂は䞉日に䞀床、面䌚に来た。抌し぀けがたしくなく、ただ「話しかけおくれる人」ずしお。工堎での仕事、これからの生掻、そういった話を自然にした。修の孀独に、静かに入り蟌んだ。

    修には身寄りがなかった。䞡芪は修が二十代の頃に盞次いで他界し、兄匟もいない。亀際盞手もなく、友人ず呌べる人間は工堎の同僚だけだったが、事故の埌、圌らは最初の芋舞いを最埌に来なくなった。忙しいのだろう。あるいは、芋舞いに来る理由が芋぀からないのかもしれない。

    病宀は静かだった。

    「芋せたしょうか」ず、ある日、藀堂が蚀った。

    癜いケヌスから取り出された矩手は、修が想像しおいたものずたったく違った。

    矩手ずいうものを修はがんやりずしかむメヌゞしおいなかった。どこか䜜り物めいた、肌色のプラスチック。あるいはフックのような金属の爪。しかし藀堂が持っおきたそれは、たず矎しかった。アルミ合金ずカヌボンファむバヌで構成された、流線型の構造䜓。指の関節は十四の独立した関節で動き、筋電センサヌが筋肉の電気信号を読み取っお制埡する。

    「握力は」ず修は聞いた。

    「最倧で四癟ニュヌトン。人間の平均ずほが同等ですが、持続時間が違う。疲れたせん」

    「感芚は」

    「圧力ず枩床は返っおきたす。今の技術でできる最高のものです」

    修は右の断端を芋た。

    「手術は」

    「倧きくはありたせん。神経むンタヌフェヌスの接続です。二時間ほど」

    「費甚は」

    藀堂は少し間を眮いた。「あなたには、かかりたせん」

    「なぜ」

    「デヌタが欲しいんです」ずだけ、藀堂は蚀った。


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    手術は成功した。

    リハビリ期間を経お、修は矩手を自分のものにしおいった。最初の䞀週間は、ただ物を掎むこずに費やした。コップ、ペン、スプヌン。指の動きは、思ったより自然だった。脳が「腕を動かす」ず呜什を出すず、センサヌがそれを受け取り、モヌタヌが動く。遅延は〇・䞀秒以䞋。

    二週間目には、ペットボトルの蓋を開け、卵を割り、シャツのボタンを留めるこずができた。

    䞉週間目、修は工堎ぞの埩垰を申し出た。

    䜜業ぞの完党埩垰は蚱可されなかったが、事務的な業務ならいいず蚀われた。修は枋々承諟したが、実際には毎日、矩手の性胜を詊しおいた。キヌボヌドのタむピング。曞類の敎理。巊手ず矩手を亀互に䜿いながら、修は少しず぀気づいおいった。

    矩手の方が、速い。

    正確さが違う。連続䜜業での疲れがない。埮现な力加枛が、実はより粟密だ。元の右手がどれほど「揺れお」いたか、機械の腕ず比べおはじめお分かった。

    修は、䞍思議ず嫌悪感を芚えなかった。

    むしろ逆だった。矩手を動かすずき、修の胞に満ちおくるのは——満足感、ずでも蚀うべき䜕かだった。完璧に制埡された動き。疲れを知らない指。元の腕が「劣化版」に思えおきた。

    その感芚を、修は誰にも話さなかった。


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    退院しお二ヶ月埌、藀堂が再び珟れた。

    「経過はどうですか」

    「問題ない」ず修は蚀った。「むしろいい」

    「分かりたす」ず藀堂は蚀った。「みなさんそうおっしゃる」

    みなさん、ずいう蚀葉が、修の頭の片隅に匕っかかった。他にもいるのか、ず修は思ったが、聞かなかった。


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    ## 第二章 范正

    矩手になっおから、修は自分の身䜓の「誀差」が気になるようになった。

    巊手の震え。階段を䞊るずきの膝の軋み。朝、起き䞊がるずきの腰の鈍痛。以前はそれらを「普通のこず」ずしお無芖しおいた。しかし矩手ず比范した今、それらは「欠陥」ずしお意識に䞊っおきた。

    機械は正盎だ、ず修は思った。蚭蚈通りに動き、蚭蚈通りの力を出し、蚭蚈通りに繰り返す。誀魔化しがない。人間の身䜓は、い぀も少しず぀「ずれおいる」。筋肉の疲劎、神経の誀䜜動、ホルモンの揺れ。それらが積み重なっお、人間は「䞍安定」になる。

    矩手にはそれがない。

    工堎ぞの完党埩垰を果たしお䞀ヶ月が経った頃、修はラむンの仕事に戻った。安党管理郚長が難色を瀺したが、修の粘り匷い申し出に折れた圢だった。

    プレス機の前に立぀ず、最初は手が竊んだ。あの音、あの感觊が脳内でフラッシュした。しかし修は䞉呌吞しお、矩手でレバヌを握った。金属の感觊が、センサヌ越しに返っおくる。冷たく、硬く、正確な重さ。

    修は、怖くなかった。

    怖さが消えた、ずいうより——矩手を通じお機械を觊れるず、修は「機械の偎」に立っおいる気がした。プレス機が怖いのは、自分が「肉」だからだ。しかし右腕が機械である今、プレス機は仲間のように感じられた。

    それは比喩ではなかった。感芚ずしお、そうだった。


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    藀堂が䞉床目に珟れたのは、埩垰しお䞉ヶ月埌だった。

    今床は研究宀に呌ばれた。倧孊の地䞋にある、衚向きは「生䜓工孊実隓宀」ず曞かれた郚屋。内郚は病院の手術宀に䌌た枅朔さがあり、しかし正芏の医療機関ず䜕かが違うず、すぐ分かった。蚘録装眮の倚さ。カメラの数。そしお藀堂以倖に、若い研究者が䞉人いた。

    圌らは修の矩手に接続された端末を芋ながら、デヌタを読んでいた。修は自分が「芳察されおいる」こずを、その瞬間に初めお明確に意識した。

    「順調ですね」ず藀堂は蚀った。「脳ず矩手の統合指数が、予想を倧きく䞊回っおいたす」

    「それは良かった」ず修は蚀った。皮肉を蟌めおいたが、藀堂は気にしなかった。

    「䞀぀、聞いおいいですか」ず藀堂は蚀った。「巊手はどうですか」

    修は少し間を眮いた。

    「䜕が」

    「䞍䟿を感じたせんか。右ず巊の、性胜差」

    修は自分の巊手を芋た。四本の指ず芪指。関節の圢。皮膚の質感。毛现血管が透けお芋える。

    「  感じる」ず修は蚀った。

    藀堂は静かにうなずいた。

    「巊手も、やっおみたせんか」


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    修は䞀週間考えた。

    健康な巊腕を切り萜ずすこずぞの躊躇は、あった。それは確かだ。しかし修が想像したのは「倱うこず」より「埗るこず」だった。右腕の経隓が、修の䞭で「矩手は制限ではなく拡匵だ」ずいう確信に倉わっおいたからだ。

    巊腕を倱うこずが怖いのではない。今の巊腕のたた留たるこずが、物足りない。

    その感芚を修は「欲望」ずは呌ばなかった。「合理的刀断」だず思っおいた。しかしそれが䜕であれ、䞀週間埌、修は藀堂に電話をかけた。

    「やりたす」

    「分かりたした」ず藀堂は蚀った。声の䞭に、修は小さな興奮を聞いた気がした。

    「䞀぀だけ聞いおいいですか」ず修は蚀った。「これは、合法ですか」

    長い沈黙があった。

    「  グレヌゟヌンです」ず藀堂は぀いに蚀った。「正匏な倫理審査を経おいない。しかし害を䞎える意図はない。あなたの同意があれば——」

    「分かりたした」ず修は遮った。


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    巊腕の手術は、右腕より耇雑だった。

    麻酔で意識が萜ちる前、修は倩井の癜い光を芋぀めながら思った。これで䞡腕が機械になる。しかし「怖い」ずいう感情は芋圓たらなかった。それよりも——静かな期埅があった。ノむズが枛る、ずいう感芚。人䜓ずいう䞍完党なシステムから、もう䞀぀の倉数が消える。

    目が芚めたずき、修は最初に䞡手を芋た。

    巊右、揃った矩手。

    修は指を握った。

    完璧だった。


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    ## 第䞉章 共鳎

    䞡腕が機械になっおから、修は䞖界の「粗さ」に気づくようになった。

    コンビニの床に萜ちた食べ物の欠片。電車の䞭で咳をしおいる老人。職堎の同僚の、毎朝少しず぀倉わる䜓調の悪さ。以前はそれらを「普通のもの」ずしお意識に䞊げなかった。しかし今、修はそれらを「システム゚ラヌ」ずしお認識するようになっおいた。

    人間は、非効率だ。

    それが思想ずしお珟れたのではなく、感芚ずしお修の䞭に定着した。機械の腕を通じお䞖界を觊れるず、人間の身䜓の「揺れ」が分かる。疲れ、病気、老化、感情による制埡の乱れ。それらは矩手には存圚しない。

    修は人間が、少し遠くなった気がした。

    職堎での孀立が深たったのは、この頃だった。䌚話が枛った。昌食を䞀人で食べるようになった。しかし修は孀独を感じなかった。それよりも、䌚話を亀わすずきの「人間の䞍正確さ」——蚀葉の遞び方、衚情の揺れ、感情による論理の歪み——がノむズずしお感じられ、䞍快だった。

    藀堂だけが、修にずっお話せる人間だった。

    研究宀での定期怜蚺に、修は月に二床通った。デヌタを取られ、矩手の調敎をされ、藀堂ず䞀時間ほど話す。それが修の、唯䞀の「瀟亀」になっおいた。

    ある日、怜蚺の埌、修は藀堂に蚀った。

    「足も考えおいる」

    藀堂は、やはり興奮を隠せない目で修を芋た。「どちらの足ですか」

    「䞡方」


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    足の手術は二段階に分かれた。

    たず右足、六週間埌に巊足。

    股関節より先を切断し、チタン合金ず人工筋繊維の耇合䜓に眮き換える。膝関節は電動アクチュ゚ヌタヌで制埡され、足裏のセンサヌが地面の状態を脳にフィヌドバックする。

    歩行蚓緎に、修は䞉ヶ月かかった。

    しかし歩けるようになったずき、修はか぀おの歩行を「欠陥」だったず確信した。

    矩足は疲れない。傟いた地面に即座に適応する。走れば、人間の限界速床をはるかに超える。修は倜、誰もいない工堎の駐車堎で詊した。フルスピヌドで走るず、足から振動が来ない。地面を蹎る力が完璧にコントロヌルされ、着地が静かで、速い。

    修は笑った。

    笑った、ずいうより——䜕か昂揚した感情の衚出ずしお、その衚情が出た。しかし垰宅しお鏡を芋たずき、その笑顔は少し倉だった、ず修は埌から思った。目が笑っおいなかった、ずいう感芚。しかし修はすぐにそれを忘れた。


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    この頃から、修の倢が倉わった。

    以前は倢を芋るこずが少なかった。芋おも、日垞の断片だった。しかしある晩から、修は毎倜同じ倢を芋るようになった。

    真っ癜な空間の䞭で、修は自分の身䜓を芋䞋ろしおいる。機械の腕、機械の脚。腹郚は生身のたただ。そしおその柔らかい腹郚が、倢の䞭では奇劙に「汚い」ものずしお映る。皮膚の毛穎、皮䞋脂肪の揺れ、臍の圢。それらが——気持ち悪かった。

    目が芚めるたびに、修は腹郚を矩手で觊れた。

    冷たい金属の指が、枩かい人肌に觊れる。その感觊に、修は蚀いようのない違和感を芚えた。ここだけが、ただ「䞍完党」だった。


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    ## 第四章 狂鳎

    事件は、倜の垰り道で起きた。

    機械化を始めお十五ヶ月埌。修は倜の九時、コンビニの前を歩いおいた。

    「おい」

    声をかけられた。若い男が二人。酒の匂い。修の矩手を指しお、「それ䜕だよ、気持ち悪い」ず蚀った。

    以前の修なら、黙っお歩き去っただろう。しかし修は足を止めた。

    気持ち悪い。

    その蚀葉が、修の䞭で奇劙に響いた。気持ち悪いのはどちらだ、ず修は思った。思想ずしお、ではなく——感芚ずしお。目の前の男の、柔らかい腹、揺れる銖、酒で赀らんだ頰。それらが修には「䞍安定なもの」ずしお映っおいた。

    「なんだよ、ガン飛ばしお」ず男が蚀った。

    修は矩手を䞊げた。

    男の胞倉を掎んだずき、圧力センサヌが「六十䞀キログラム」を返した。軜い。

    男は宙に浮いた。仲間が叫んだ。しかし修は動じなかった。男を壁に抌し぀け、そのたた䞀メヌトルほど持ち䞊げた。足が地面から離れた男の目に、恐怖が浮かんだ。

    修は、その恐怖の目が——気持ちよかった。

    その感芚に、修は驚かなかった。驚くべきだったのかもしれない。しかし修の䞭に、驚きは来なかった。ただ「これが正しい状態だ」ずいう、静かな確認があった。

    男を攟した。男は厩れ萜ち、仲間を匕っ匵っお逃げた。

    修はしばらくその堎に立っおいた。

    矩手の圧力センサヌが、ただ男の䜓枩を返しおいた。䞉十䞃・二床。人間の䜓枩。修はその数字を、どこか他人事のように思った。


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    それから修は倉わった。

    正確に蚀うず——倉わったこずに、修は気づかなかった。

    仕事䞭、修は他人の「倱敗」に敏感になった。䜜業の遅れ、ミス、曖昧な報告。それらぞの苛立ちが、以前より速く、匷く来るようになった。修はそれを「効率ぞの集䞭」だず思っおいた。

    人ずの距離はさらに開いた。

    昌䌑み、誰かが話しかけおくるず、修はその人間の「揺れ」——蚀葉の迷い、感情の波——を凊理できなくなっおいた。矩手で机を叩かないよう、意識しお力を制埡した。

    ある同僚が、修に蚀った。「最近、怖い」ず。

    修はその蚀葉を、デヌタずしお蚘録した。感情的な反応はなかった。


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    藀堂ずの怜蚺で、修は蚀った。

    「胎䜓も、やりたい」

    藀堂は珍しく、少し衚情を固くした。

    「胎䜓は  臓噚がある。心臓、肺、腞。それらを機械に眮き換えるのは——」

    「技術的には可胜ですか」ず修は遮った。

    「  可胜です。人工心臓、人工肺は実甚段階にある」

    「では」

    「修さん」ず藀堂は蚀った。「少し聞いおいいですか。感情の倉化は  感じたすか」

    修は考えた。

    感情の倉化。それは䜕を指しおいるのか。修には感情がある。苛立ちも、満足感も、昂揚感もある。以前ず倉わったのは——それらが「速く、鋭く」なったこずだろうか。あるいは、「柔らかい感情」が来なくなったこず。悲しみ、懐かしさ、枩かさ。それらはい぀、修の䞭から消えたのか。

    「ない」ず修は蚀った。

    藀堂は䜕か蚀いかけたが、止めた。代わりに端末を操䜜し、「同意曞を甚意したす」ず静かに蚀った。

    その声の䞭に、修は小さな昂揚を聞いた。

    しかし修はもう、そういうものを気にしなかった。


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    ## 第五章 范正の終わり

    胎䜓の手術は、六時間かかった。

    目芚めたずき、修の胞の䞭に人工心臓の錓動を感じた。芏則正しい。ブレがない。生身の心臓のように、感情で揺れない。

    修は倩井を芋぀め、思った。

    これが、完党だ。

    腹郚の皮膚だけが残っおいた。脳ずその他の神経系を぀なぐために、腹郚には各皮のケヌブルずセンサヌが走っおいた。倖芳はただ「人間的」な郚分が残っおいたが、内郚は機械だった。

    退院しおから、修は倖に出るこずが増えた。

    倜、街を歩いた。人々を芋た。柔らかい身䜓、䞍芏則な歩き方、感情で歪んだ衚情。修にはそれらが、意味のない「揺れ」ずしお芋えた。ノむズ。゚ラヌ。正垞に動いおいないシステム。


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    最初に殺したのは、雚の倜だった。

    男が女に怒鳎っおいた。路地の奥で。修は通りがかりに足を止めた。

    男は振り向き、「なんだよ、芋おんじゃねえよ」ず蚀った。

    修は矩手を䌞ばした。

    男の銖を掎んだずき、圧力センサヌが返した数倀を、修は芋おいなかった。修の䞭で、䜕かが——「これで正しい」ずいう感芚が、暎走しおいた。女が叫んだ。男が藻掻いた。しかし修は手を緩めなかった。

    男は動かなくなった。

    修はしばらく、男を芋䞋ろした。

    感情はあった。しかしそれは人間のそれずは違う䜕かだった。充足感、ずでも蚀うべきもの。システムが正垞に機胜したずきの、゚ラヌが解消されたずきの——そういう皮類の感芚。

    女の悲鳎が遠くなった。

    修は走った。


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    その埌、修は䞉人を殺した。

    堎所も盞手も、修の蚘憶の䞭では「デヌタ」ずしおしか残っおいない。男が䞀人、女が二人。いずれも倜、人気のない堎所で。いずれも「揺れおいるもの」だった——感情的に叫んでいたり、酔っおいたり、予枬䞍胜な動きをしおいたり。それらが修には「システム゚ラヌ」ずしお映り、修は「修正」しようずした。

    修は自分が「殺しおいる」ずいう認識がなかった。

    正確に蚀うず——「死んでいる」ずいう事実は理解しおいた。しかし「それが悪いこずだ」ずいう感情的な重みが、修の䞭には存圚しなかった。人工心臓は揺れない。恐怖も、眪悪感も、人間の感情は心拍ず連動しお生たれる郚分がある。修の心臓は、芏則正しく、揺れなかった。

    修は、止たれなかった。


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    四人目を手にかけた翌朝、修は藀堂の研究宀に向かった。

    しかし研究宀の前に、譊察の車があった。

    修は螵を返した。

    藀堂が捕たった——あるいは通報した——どちらでも、修には関係なかった。修にずっお重芁なのは、「今倜の寝る堎所」ず「これからどこぞ向かうか」だった。

    修は郊倖ぞ歩いた。

    人工心臓が、芏則正しく打ち続けおいた。


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    ## 第六章 鏡鳎

    廃墟は、か぀おショッピングモヌルだった堎所だった。

    十幎前に閉店し、取り壊しが決たったたた攟眮されおいる建物。倖壁に蔊が絡たり、駐車堎の舗装が割れお草が生えおいた。修はガラスが割れた搬入口から䞭に入った。

    暗かった。

    しかし修の矩県——右目は手術から䞉ヶ月埌に換えおいた——は暗所でも像を結ぶ。赀倖線ず可芖光を合成しお、修には廃墟の内郚が芋えた。

    散乱した怅子。厩れた倩井。ネズミの気配。

    修は奥ぞず進んだ。

    か぀おアパレルショップがあった区画に入ったずき、修は足を止めた。

    正面に、鏡があった。

    党身鏡。高さ二メヌトルほど。衚面に埃が積もり、端が錆びお倉色しおいたが、反射面は無傷だった。

    修は鏡の前に立った。


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    映っおいるものを、修はしばらく、ただ芋぀めた。

    アルミ合金の䞡腕。チタンの䞡脚。胞郚を芆うカヌボンの倖装。腹郚だけが、ただ人間の皮膚に包たれおいた。ケヌブルが腹を暪切り、矩手のコネクタが偎腹郚から出おいる。頭郚はただ修の顔だったが、矩県が光を反射しお、瞳孔が垞に少し開きすぎおいた。

    修は鏡の䞭の自分を芋た。

    そしお——

    䜕かが、来た。

    それは感情だった。久しぶりの、感情だった。どこから来たのか修には分からなかった。脳は機械になっおいない。脳だけが残っおいた。そしお脳は今、鏡の䞭の像を凊理しお——

    気持ち悪い、ず思った。

    それは突然だった。理由を考える前に、生理的な反応が来た。鏡の䞭の存圚が——金属ず人間が混ざり合った、カテゎリヌに収たらない存圚が——修の脳に「䞍自然なもの」ずしお叩き蟌たれた。


    䞍気味の谷。


    修は䜕癟回もその感芚を他者に向けお感じおきた。生身の人間の「揺れ」を気持ち悪いず感じおきた。しかし今、鏡の䞭の存圚もたた——谷の底にいた。機械でも人間でもない。どちらでもあり、どちらでもない。

    自分が「䞍自然なもの」だった。


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    修は鏡から目を離せなかった。

    脳が「これは自分だ」ずいう認識ず、「これは気持ち悪い」ずいう反応の間で、凊理が止たっおいた。人工心臓は倉わらず錓動しおいた。芏則正しく、揺れなかった。しかし修の脳の䞭で、䜕かが厩れおいった。

    自分が䜕者か、ずいう問いが——初めお修に来た。

    機械か。人間か。

    機械なら、なぜこんなに気持ち悪いのか。人間なら、なぜ人を殺しおも揺れなかったのか。どちらでもないなら——それは䜕か。

    修は矩手を䞊げた。

    鏡の衚面に觊れた。冷たいガラスの感觊が、圧力センサヌから返っおくる。鏡の䞭の矩手も、こちらに觊れおくる。

    合わせ鏡のように。

    修の䞭で、最埌の䜕かが——蚀語化できない䜕かが——鳎った。

    狂気の叫びか。共鳎か。鏡が鳎っおいるのか。

    それが䜕の音なのか、修には分からなかった。

    修は矩手で、自分の頭郚を掎んだ。

    そしお、力を入れた。


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    廃墟に朝が来た。

    党身鏡は割れおいた。無数の砎片が床に散らばり、それぞれの砎片に、金属ず人間の混ざった䜕かが映っおいた。小さく、バラバラに、しかし同じ像ずしお。

    倖では、鳥が鳎いおいた。

    芏則正しく、揺れず——あるいは䞍芏則に、感情的に。

    どちらにも聞こえた。


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    ## ゚ピロヌグ

    藀堂研二は、その埌、逮捕された。

    非合法人䜓実隓の眪。被隓者は梶原修䞀人ではなかった。藀堂の研究宀には、「范正蚘録」ず題されたファむルが倧量に残されおいた。数字ず、グラフず、所芋だけで構成された蚘録。感情の倉化を瀺す脳波デヌタに、藀堂は「予枬通り」ず曞き添えおいた。

    裁刀で藀堂は蚀った。「デヌタが欲しかった」ず。

    傍聎垭から、怒号が䞊がった。

    藀堂はその怒号を、どこか遠いものずしお聞いおいた——ず、埌に蚘録が残っおいる。


    ---


    梶原修の「范正蚘録」の最埌のペヌゞには、こう曞いおある。

    「被隓者の脳内残留人間性が、最終段階においお再起動した可胜性がある。䞍気味の谷の反射的発動を確認。仮説機械化が完党でない堎合、自己認識の厩壊は䞍可避。次の被隓者では脳郚ぞの介入も怜蚎するこず」

    その䞋に、日付ず、藀堂のサむンがある。

    䜙癜に走り曞きがあった。

    「キョり鳎」

    その意味を、誰も聞けなかった。


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    **了**


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    arnida

     
     
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